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『ビルマの竪琴 』 竹山 道雄

ビルマの竪琴 (偕成社文庫 (3021))ビルマの竪琴 (偕成社文庫 (3021))
(1976/02)
竹山 道雄

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子供の机にあった『ビルマの竪琴』を何気なくパラパラとめくっているうちに、最後まで読んでしまった。子供の頃一度読んだはずなのに、読みながら感じることや考えることが、子供の頃とは全く違うことに驚きながら。

かつて読んだときには、「ビルマ僧は水島なのか?」という推理小説的な謎にばかりが気になっていた。水島はビルマ人に見えるということが鍵だと推測し、「水島とビルマ僧は実は双子だった?」とか「自分に似ているビルマ人を好きになってしまった?」などと、想像力を存分に膨らませていた覚えがある。その結果、本筋を忘れて読んでいたらしい。
また、当時から今までに読んだ別の本や様々な情報が、この本の理解を違ったものにしている。

(ここから先は、いわゆる「ネタバレ」もありますので、内容の知りたくない方は、ここまででお止めください。)

これまでに読んだ本の中でも、同じビルマで収容所生活を送っていた会田雄次氏の『アーロン収容所』は、理解を厚みのあるものにしてくれている。他の収容所に比べると、やや「気楽」と思われるような収容所生活の裏で、収容所に辿り着くまでの命がけの逃避行があり、その途中で命を落とした大勢の兵士たちがいた。そして彼らの御遺体はジャングルの中にうち捨てられ、金目の所持品が略奪されていく。このような事情を知った上で、『ビルマの竪琴』を読むと、「水島の手紙」の意味するところがとてもよくわかる。
亡くなった兵士達の御遺体を放っては置けないという気持ちがあふれ出て、ビルマは仏教国であるし供養をしてあげられれば・・・と、水島が思ったのであろうことが理解できる。

ビルマには供養してくれる僧が現れた。しかし・・・と今の私は本の内容を超えて、他の地域で亡くなった人々のことも考える。
収容所の様子が全く違うシベリアで亡くなった人たちは?
国内で戦いながら遺骨が未だに収集されていない硫黄島の人たちは?
世界各地に未だ遺骨も戻らない旧日本兵たちがたくさんいるが、現地で供養してくれる人はいない。
出陣していって帰らなかった人たちの霊は、やはり靖国神社に祀ることが必要だし、もっともふさわしい場所であると、この本を読みながら、とても納得した。本には靖国のことなど書かれていないのに、それしか慰霊の方法は無いという思いに至った。現地で弔ってくれる人がいなければ、後は靖国しかないのではないか、と自然にそう思えた。彼らは生前、靖国に戻るつもりで出て行ったのだから。

もう一つ、以前読んだときに気づかなかったのは、著者の戦後社会に対する思いが吐露されている部分だ。そこだけが物語から離れて、独立しているような印象の文章になっている。

わたしはよく思います。-いま新聞や雑誌をよむと、おどろくほかはない。多くの人が他人をののしり責めていばっています。「あいつがわるかったのだ。それでこんなことになったのだ」といってごうまんにえらがって、まるで勝った国のようです。ところが、こういうことをいっている人の多くは、戦争中はその態度があんまりりっぱではありませんでした。それがいまはそういうことをいって、それで人よりもぜいたくなくらしなどしています。ところが、あの古参兵のような人はいつもおなじことです。いつももくもくとして働いています。そのもくもくとしているのがいけないと、えらがっている人たちがいうのですけれども、そのときどきの自分の利益になることをわめきちらしているよりは、よほどりっぱです。どんなに世の中が乱脈になったように見えても、このように人目のつかないところでもくもくと働いている人はいます。こういう人こそ、ほんとうの国民なのではないでしょうか。こういう人の数が多ければ国は興り、すくなければ立ちなおることはできないのではないでしょうか。

戦後の世論や風潮に対するこうした忸怩たる思いは、『葡萄色のノート』『遠い日の戦争』の中にも見られる。戦時中に一生懸命やってきた人への批判や中傷が、戦後まもなくは少なくなかったということに、現代の私たちは気づかなければならないと思う。

もう一つこの文章には、大きな地震・津波被害と原発事故に遭い、何かに負けたような気分になっている今の日本人たちに響くものがあると感じ、ここだけが物語から浮き上がって、こちらに寄ってくるような気がしたのである。

多くの人が他人をののしり責めていばっています。
けれど
どんなに世の中が乱脈になったように見えても、このようにもくもくと働いている人はいます。こういう人こそ、ほんとうの国民なのではないでしょうか。こういう人の数が多ければ国は興り、すくなければ立ちなおることはできないのではないでしょうか。

この文章の後には、兵士達が、日本に帰ったらどのような暮らしをするかを考える場面が続く。もくもくと働き、それにささやかな誇りをもっている庶民の暮らし・・・。
物事を決めるような権限をもっていない普通の国民にできることは、「もくもくと働くこと」なのだと、改めて教えられた気がした。

子供の夏休みの読書にも良い本であるが、かつて読んだことのある大人も、もう一度読んでみることをお勧めしたい。

戦争に関する本

この時期になると戦争に関する本を検索する方が多くなるので、一覧を再掲します。
一番下に、映画 『樺太1945年夏 氷雪の門』を紹介したリンク先も加えました。
8月11日、最新記事『ビルマの竪琴』も追加しました。

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終戦記念日が近づいてきましたので、これまでに紹介した戦争に関する本を改めて一覧に致しました。
テーマは、戦時中のこと、子供の目から見た戦争、台湾や朝鮮のこと、戦後の引き揚げや捕虜や抑留そして裁判や占領のこと、とさまざまです。領土問題も敗戦に端を発しているので、リストに載せました。
本の形式も、小説、ノンフィクション、伝記、児童書などいろいろです。
内容は濃いけれど読みやすいという本を多く採り上げたつもりですので、ぜひお読みになってみて下さい。
題名の部分をクリックすると、紹介記事が出てきます。

『台湾人生』 酒井 充子(2010/04/21 - ノンフィクション(アジア))

『流れる星は生きている』 藤原 てい(2009/08/21 - 伝記)

『葡萄色のノート』 堀内 純子・作/広野 多珂子・絵(2008/06/27 - 童話・児童書)

『「北方領土」上陸記』 上坂 冬子(2008/06/03 - ノンフィクション(日本))

『日本の島々、昔と今。』 有吉 佐和子(2008/05/20 - ノンフィクション(日本))

『チンチン電車が走ってた』 菅原 治子(2007/11/12 - 童話・児童書)

『宋姉妹―中国を支配した華麗なる一族 』 伊藤 純、伊藤 真(2007/08/27 - ノンフィクション(アジア))

『遠い日の戦争』 吉村 昭(2007/08/16 - 吉村昭)

『閉された言語空間―占領軍の検閲と戦後日本』 江藤 淳(2007/06/30 - 歴史(日本))

『新・ゴーマニズム宣言SPECIAL 台湾論』 小林 よしのり(2007/06/20 - ノンフィクション(アジア))

『特攻へのレクイエム』 工藤 雪枝(2007/06/13 - ノンフィクション(日本))

『白洲次郎 占領を背負った男』 北 康利(2007/05/03 - 伝記)

『生活者の日本統治時代―なぜ「よき関係」のあったことを語らないのか』 呉 善花(2007/03/04 - ノンフィクション(アジア))

“Passage to Freedom The Sugihara Story” Ken Mochizuki (杉原千畝物語)(2006/11/14 - 洋書)

『アーロン収容所』 会田 雄次(2006/11/12 - ノンフィクション(日本))

『沖縄戦・渡嘉敷島「集団自決」の真実―日本軍の住民自決命令はなかった!』 曽野 綾子(2006/10/30 - 歴史(日本))

『「南京事件」日本人48人の証言』 阿羅 健一(2006/09/28 - ノンフィクション(日本))

『収容所(ラーゲリ)から来た遺書』 辺見じゅん(2006/08/19 - ノンフィクション(日本))

『おじいちゃん戦争のことを教えて―孫娘からの質問状』 中條高徳(2006/08/15 - ノンフィクション(日本))

『南十字星に抱かれて―凛として死んだBC級戦犯の「遺言」』 福冨 健一(2006/07/28 - 歴史(日本))

『夢顔さんによろしく』 西木正明(2006/06/29 - 歴史(日本))

『台湾人と日本精神(リップンチェンシン)―日本人よ胸を張りなさい』 蔡 焜燦(2006/06/23 - ノンフィクション(アジア))

『ビルマの竪琴』 竹山道雄

映画 『樺太1945年夏 氷雪の門』

『トコトンやさしいバイオガスの本 』(B&Tブックス―今日からモノ知りシリーズ) 澤山 茂樹

トコトンやさしいバイオガスの本 (B&Tブックス―今日からモノ知りシリーズ)トコトンやさしいバイオガスの本 (B&Tブックス―今日からモノ知りシリーズ)
(2009/06)
澤山 茂樹

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理科音痴の私が、この本を中身も見ないでアマゾンで注文する気になったのは、「トコトンやさしい」という言葉に惹かれたのと、以前読んだ小泉武夫先生の本に「生ゴミは発酵させるとエネルギーになる」ことが書かれていて興味を持っていたからだ。
また、この本を薦めてくださった方は、「トコトンやさしいけど専門家にも重宝がられている本だ」というようなことを仰っていた。子供だましではないということだ。

さて、読んでみて「トコトンやさしい」は看板通りだった。
まず第一章では「バイオガス」と「バイオマス」の用語の違いから始まり、何が原料で、どういう化学的反応でガスが発生するか、どのようなプラントで作るのか、どう利用するのか、それが社会に及ぼす影響などが、簡潔に説明されている。
簡潔にと言っても、それぞれの項目ごとに見開きで、右側に文章、左側に図解や写真が載せられた丁寧な構成になっていて、これは二章以降も最後まで同じレイアウトが続く。
二章以降は、一章で説明されたことが、さらに細かく解説される。

第一章「バイオガスってどんなもの?」1~11
第二章「バイオガスができるまで」12~23
第三章「バイオガスの原料はどんなもの?」24~34
第四章「バイオガスを利用しよう」35~43
第五章「もっと知りたいバイオガス化事情」44~55
第六章「バイオガスの新しい技術」56~68


各章の後ろについている数字が、見開きになっている説明項目の通し番号である。細分化されていて読みやすい。
体系立てて、バイオガスを原料から、法律、実際の利用、研究内容まで幅広く取り上げているので、専門家が重宝がるというのもよくわかる。

折しも、津波による原発事故が起こり、自然エネルギーが注目されているが、バイオガスに関しては、既存の原発や火力の代替エネルギーとして考える類の物ではないという感想をもった。

まずは原料からして同じ品質のものを供給できない。牛の糞尿と豚の糞尿では糞と尿の割合に相当な差があるし、生ゴミではその度ごとに中身の成分が違う。
ガス化過程でも、原料や温度が違えば、発酵されて出てくる成分が違う。違ってしまえば、ガスにならない場合もある。という非常に不安定なものである。

また、工場内プラントなどで原料が一定に保てても、エネルギー発生の効率は悪く、たとえば、適正にガス化するための温度調節に使う分のエネルギーしか供給できなかったり、食品製造では容器の洗浄分のエネルギーにしかならなかったりする。

しかし、効率が悪くてもバイオガスを利用する意味は大きい。これまでは海や山に捨てられ、環境を破壊していた「生ゴミ」「産廃」「糞尿」類を、ガスや電気や副産物である肥料などに変えて無害化でき、僅かであっても化石燃料や原発の利用を減らすことができる。このような、発生するエネルギー量に換算できない利点もある。

とはいっても、効率が良いに越したことはない。この本にも、さまざまな研究チームや実験プラントのことが紹介されているが、この分野は研究途上であるようなので、さらに研究を進めてほしい。バイオガスの先進国はドイツだとされているが、日本が本気を出せば追いつくことも夢ではない。最後の第六章「バイオガス化の新しい技術」を読んでいると、そう思えてくる。

「トコトンやさしい」シリーズ(正式名称「今日からモノ知り」シリーズ)には、「太陽電池」や「エネルギー」や「天然ガス」などもあるので、原発事故以降エネルギーに興味を持ち始めた方は、そちらもご覧になると良いかもしれません。

『栄養と料理』2011年06月号-助けがくるまで自力でしのぐ食の防災キット-

栄養と料理 2011年 06月号 [雑誌]栄養と料理 2011年 06月号 [雑誌]
(2011/05/09)
不明

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東日本大震災後、オピニオン誌などの雑誌では、「復興」や「原発」をテーマとする震災特集が相次いでいるが、女子栄養大学が発行する老舗料理雑誌『栄養と料理』でも、6月号で震災特集を組んでいる。テーマは「助けがくるまで自力でしのぐ食の防災キット」。

私たち主婦にとってはもちろん、誰でも被災したら、まず生きていくために必要なのは「食べること」。水や食材の確保、ライフラインが破壊されたときの調理、水が使えない中での衛生的な食事。
この雑誌の「食の防災キット」は、阪神淡路大震災を経験された坂本廣子氏も協力して作られており、被災した人でなければわからない視点があって、とても実用的である。
キットの項目を挙げてみよう。

1 避難所の知恵
2 過去の震災に学ぶ
3 サバイバルクッキング
4 持ち物備品リスト
5 3日分の災害食
6 防災のヒント
7 備蓄食材レシピ

被災したことのない私が、「へぇ、なるほど」と思ったことをいくつか挙げてみると、
「食器が無ければ、紙を器型に折りアルミホイルで覆って器を作ろう。」(折り図付き)
「カセットコンロは長期にわたる被災生活では相当な量のボンベが必要。ガスより電気が先に復旧という場合もあるので、IHヒーターもあると便利。」
「ポリ袋は、水が無くて食器が洗えないときかぶせたり、衛生に調理するために手袋代わりにしたり、水を溜めたり、とにかく使える。」
など、被災してみなければわからない知恵がいろいろと書かれている。
そして大事なことは、食べるものも毛布や日用品も、できる限り自分の分は自分で賄うこと。その心構えで十分な備蓄や持ち出し袋を用意していても、命が危なければ、それらを置いて逃げること。

またこの雑誌は、元々「健康」と「料理」に関する記事の質が高い。
今回も、「健康」に関しての記事も充実している。放射能に関する記事が二つ載っているし、被災者と災害現場で働く救援者の心身を支える食環境についての記事もある。
「料理」の方は、備蓄食材・常備食材を使った料理のレシピが載っているが、非常食とは思えないほどおいしそうで、衛生面、栄養面にも気を配っていて、さすがと思わせる。

震災後しばらくして、もう一つ「食」に関わる事件があった。ユッケから食中毒が起きた事件だ。あのときの報道を見ていると、当事者だけでなく報道関係者や消費者側にも食の「衛生」に関する知識が乏しい気がした。食材はそもそも無菌でないことや、食中毒を増やさないためには「つけない」「増やさない」「殺す」が必要であることなどは、外食産業の従事者でなくても知っておいてよい知識ではないだろうか。『栄養と料理』には、これまでも食中毒予防の記事が繰り返し書かれていた。毎年たいてい梅雨時や夏場には、食中毒予防のための記事やコラムが載る。

前述の坂本廣子氏は、「食育」という言葉ができる前から、子供への食の教育を重視されていた。世界のどこでどんな環境におかれても、生きていくためには「食べる」ことが必要だ、という考えに基づいている。そして、家での食事機会を大事にして、自分の子供たちに教えていきましょうと提唱していた。
最近では、忙しかったり、外食が多くて、家庭で食に関する伝承がなかなかできていないのかもしれない。母親から、電気を使わず鍋でご飯を炊く方法を習ったことがある人は、どれだけいるだろう。家で食事作りを手伝いながら「ステーキはレアでもいいけど、ハンバーグは中まで火を通すのよ。」などと教えてもらう機会がなく、そのまま自分が母親になってしまった人もいるだろう。
大人たちが、このような雑誌などで学び直し、子供に教えていくという手もあると思う。

「生きる力」の基本は食べること。そう思うと、大人も子供も、食についてまだまだ学ばなければならないことがあるのではないだろうか。


『海の史劇』 吉村 昭 (再掲)

本日5月27日は、日露戦争における日本海海戦でロシアのパルチック艦隊を撃滅した「海軍記念日」です。
4年前に書いたものですが、吉村昭氏の『海の史劇』を再掲いたします。

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海の史劇 海の史劇
吉村 昭 (1981/05)
新潮社
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オーストラリアでは、昨日4月25日は休日だった。年に9日ある国の休日のうちの一日、戦争記念日であるアンザックデーだったのだ。
「アンザック(ANZAC)」とは“Australian and New Zealand Army Corps(オーストラリア・ニュージーランド軍団)”の略で、第一次世界大戦に連合国の一員として参戦した軍隊のことである。
この日は、かつての兵士たちに感謝を献げ戦没者を偲ぶ記念式典を夜明けに行ったり、旧軍人やその家族や子孫が勲章を付けてパレードを行う。こうした行事が全国各地で行われる。

オーストラリアの関わった全ての戦争が対象であるのに、第一次世界大戦時の“ANZAC”が記念日の名称に使われているのは、オーストラリア・ニュージーランド開国以来初めての大戦参加であったことと、ANZACが上陸したトルコのガリポリでの戦いが過酷であったためのようだ。それで、アンザックデーになると、新聞やTVではガリポリ戦の特集が組まれたり、学校の授業で習ったりする。ANZACは勇敢だったと。そしてトルコ軍とANZACの間には友情のようなものさえ生まれたというエピソードを聞くこともある。

日本の近現代で、このように語り継がれるような代表的な戦いというのは一体何であろうか。戦史について詳しいわけではないが、日本海海戦のことは、もっと今の日本人が知っていても良い話ではないかと思う。

『海の史劇』には、日本海海戦の一部始終が丹念に描かれている。
ロシア側の資料にも当たっているので、海戦の八ヶ月以上も前にロシアの大艦隊がフィンランド湾の奥から出航するところから始まる。ロシアがあちこちの港で立ち往生したり、進路をどのようにとるかで悩んだりしながら、今の感覚からするとノロノロとやってくる。そして日本は圧倒的に小さな艦隊で迎え撃つ。ロシアのノロノロを読んできた後だから、東郷平八郎率いる連合艦隊の敏捷さが引き立つ。
しかし日本軍の快進撃を応援しながらもロシアを憎めないのは、両軍共に海軍魂とでもいうのか、戦闘においては命をかけて責任を全うしながら、心には温かいものが流れているのを感じたからだ。戦いにこういう表現はふさわしくないかも知れないが、お互いに「ああ、良い相手と戦ったな。」と思ったのではないかと想像した。

連合艦隊勝利の後も歴史は続く。ロシア人捕虜の日本での厚遇、ポーツマスで行われた講和会議、ロジェストヴェンスキー提督の日本での様子や帰国後のロシアでの処遇などまで追っている。

ところで、オーストラリアでは第一次世界大戦時に、戦地の兵士達に向けて、日持ちがして栄養豊かなビスケットが送られていた。今でもスーパーに行けば、この“ANZAC Biscuits(アンザック ビスケット)”が何種類も売られていて、いつでも買うことができる。ビスケットの袋の裏側にはANZACの説明が書いてあるものもあり、誰でもこの戦いの歴史を知ることができる。
一方日本では、東郷平八郎や小村寿太郎の名前が載っていない歴史教科書があるという。私自身もこの本を読まなければ、日露戦争よりも、毎年毎年四月になると聞かされるANZACやガリポリのことの方を詳しく知る日本人になってしまうところだった。本当は教科書に載せて欲しいけれど、それが無理なら、せめて若者達にはこうした本を読んで欲しい。


※日露講和会議については、やはり吉村昭さんが『ポーツマスの旗』を書かれています。戦闘は終わっているのに、こちらでは外交という戦いが行われていたということがわかります。合わせて読まれることをお薦めします。

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