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[C3019] 戦前・戦中派の視点

 本題とは、ずれてしまい恐縮ですが、自分なりに体験談安堵を読んでいて、戦前・戦中派というのは二種類あると、ここの所思うようになりました。
 思春期を迎えられた時期が、戦時体制に入る前の方や、それなりの立場で部隊勤務を経験されていらした方、及びそのご子息は、同じ時を経験されたはずなのに、比較的冷静に戦争を捉えていらっしゃるように感じています。
 ともすると大正デモクラシーを経験された方の本などを読むと、戦時中もそんなに暗い印象で書かれてはいません。
(戦後民主主義も、連合国によって唐突に教えられて根付いた物ではなく、大正デモクラシーの延長線上に、現在の民主主義もあり得たと考えるようになりました。少なくとも日本以外の国では上手くいかなかったり定着に過度の時間がかかったのは、大正デモクラシーがなかったためでは?)
 違う視点や感覚で書かれた本は、とても貴重な視点を感じることが出来るのでとても楽しみです。
 この本も一度読んでみたいと思いました。

[C3021] 関連記事を書きました。

 付けさせていただいたコメントと同趣旨の関連記事を書きました。
 トラックバックを送らせていただいたのですが、上手くいかないようなのでURLを貼らせていただきます。
(承認制であれば失礼いたしました。その場合はこのモメントは削除下すって結構です)

戦前・戦後派の価値観?(戦時体制以前と以後で、かなりの相違があるのでは?)
http://blog.so-net.ne.jp/kawaraya-taisei/2007-11-12

[C3022] >山本大成さん

私も世代ごとに戦争の捉え方が違っていて、またそれは親の世代の考え方にもに影響されると感じていました。
西尾幹二さんの本に、国家の崩壊(敗戦)という大きな出来事に、子供は自分を表現することができず、親と一体化して親がするように表現したというようなことが書かれていました。そして、その西尾幹二さんの世代の子供たち、つまり私たちの世代もまた、見たこともない戦争に関しては、親の視点を踏襲しているというふうに、順繰りに繋がっているように思います。
大正デモクラシーを経験したかどうかは、確かに影響がありそうですね。

TBは届いていないようですので、このままコメントを残しておきますね。お手数おかけしてすみません。
  • 2007-11-12
  • 投稿者 : milesta
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[C3024] 戦後体験

 戦後生まれなので、戦争は当然分かりませんが、田舎で育ったせいで、戦後の雰囲気は比較的よく体験できたような気がします。
 父がシベリアの抑留から九死に一生を得て帰ってきたせいもあって、あの戦争の意味をいろいろ考えることがあります。父は抑留中のことを家族にほとんど何も話していなかったことが、父の死後母や兄たちと話して分かりました。僕が子供の時よく映画に連れて行かれて、伴淳やアチャコの出た「二等兵物語」とか見たのですが、喜劇仕立てではあるけど、戦争の実写映像なども混じっていた映画を見て、どんな心境だったのだろうと、今にして思います。戦争体験が辛かったのか、楽しかったのかと訊いたとしたら、何と答えていたのでしょうか。
 
  • 2007-11-13
  • 投稿者 : のらりひょん
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  • 編集

[C3025] >のらりひょんさん

のらりひょんさんのコメントを読んで、こんな記事を書いても良かったのだろうか?と思ってしまいました。
シベリアに抑留された方々には、戦争体験について「楽しかったか」と訊くなどとてもできないし、抑留の過酷さを想像し、体験談を語っていただくことさえ躊躇してしまいます。児童書を書く方々の心境が少しわかりました。戦争で大変な体験をされていた方々が多くいらっしゃるのに、少しではあっても楽しいことがあったということは後ろめたいような申し訳ないようなことで、言ってはいけない、書いてはいけないと自己制御することになり、それが戦時期を描いた児童書の傾向にあらわれていたのかもしれません。

私の祖父は、若くなかったので戦争末期になって招集されました。負傷もしているのですが、家族に話すのはちょっとしたおもしろい出来事ばかりでした。辛かったことは、家族にはあまり話したくなかったのかもしれませんね。
  • 2007-11-13
  • 投稿者 : milesta
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[C3026] 苦あれば楽あり

 辛い経験の中にも、何か希望の光を見いだすことのできる出来事があることが多いのではないでしょうか。ソルジェニーツィンの『イワン・デニーソヴィチの一日』を読んで、政治犯が収容所で抑留日本人たちと共闘する場面に痛快な気持になったのを思い出しました。父も楽しいと言えるような話を、僕にはしていたのを断片的に思い出します。

 紹介して下さった本が戦時中の楽しい側面も書いているのは、そういうことがあったのだから当然のことであり、意義のあることです。とくに、戦争を暗く書くことが、いわゆる自虐史観の押し付けに協力して来たという事情があるだけに、こういう本も、またその紹介も大事なことだと思います。
  • 2007-11-13
  • 投稿者 : のらりひょん
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[C3027] >のらりひょんさん

再びのコメントを有難うございます。

>政治犯が収容所で抑留日本人たちと共闘する場面

そんな場面があるのですか!
そういえば、会田雄次さんは『アーロン収容所』に楽しそうなことを書いて、収容所仲間から叱られたそうですね。
また、辺見じゅんさんの『収容所から来た遺書』には、普通なら全ての希望を失ってしまうような過酷な環境の中で、生き甲斐を創り出していくすばらしい日本人が書かれていて感動しました。

>こういう本も、またその紹介も大事なことだと思います。

そう仰っていただけて安心しました。お気遣い痛み入ります。
  • 2007-11-13
  • 投稿者 : milesta
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『チンチン電車が走ってた』 菅原 治子

チンチン電車が走ってた (福音館創作童話シリーズ)チンチン電車が走ってた (福音館創作童話シリーズ)
(2006/11/09)
菅原 治子

商品詳細を見る


母はよく、
「お父さんは学童疎開が辛かったのかしら、楽しかったのかしら?」
と不思議がっていた。確かに不思議だった。父は、疎開中に食べてた食材は「辛かったことを思い出すから嫌だ。」と言って食べようとしなかったり、空腹のあまり狡いことをしてしまった同級生のことを苦渋に満ちた表情で語ってくれたこともある。「気持ちはよくわかるんだ。だけど見たくはなかった。」と。そのわりには、テレビで学童疎開の特集をやっていれば必ず観ていたし、疎開仲間とかつての疎開先へ旅行に行った時は、たいへん嬉しそうにしていた。

自伝小説『チンチン電車が走ってた』を書かれた菅原治子さんは、昭和八年東京生まれ。学童疎開の経験者だ。戦前の意外に豊かで文化的な生活から、戦争中の学童疎開、家族での疎開、戦後の焼け残った家での賑やかな暮らしぶりまで、変化に富んだ子供時代を、活き活きと書かれている。

私の子供の頃は、戦争の頃を描いた児童書といえば、怖い、悲惨、残酷、そんなイメージの作品ばかりで、読むと、暗い気持ちになっていた。しかし、この『チンチン電車が走っていた』は、読むと元気が出てくるような作品である。それは、菅原さんが、子供の頃の視点、気持ちを忘れずに、その時その時の一生懸命に生きた軌跡を、何の誇張もなく書かれているからだと思う。

直接の被害を受けていない子供にとって、戦争というものはよくわからない世界の出来事で、現実はもっと身近なことに関心があるものなのかもしれない。
幼い頃の菅原さんは、アイスクリームを食べた、動物園に行った、そんな楽しいことの方に心が動く。楽しいことばかりではなく、辛いことも、身近であるほど切実だ。この本の中で、最も菅原さんが辛い目にあっているのは、戦前の学校でのいじめだ。おとなしいのに頑固な性格が災いして、男の子にも女の子にもいじめられていた。今も昔も、いじめとは何と陰険で残酷なものだろうと、恐ろしくなるほどの仕打ちにあう。しかしあることがきっかけで、またみんなと遊ぶようになった。
学童疎開は、その後の出来事だったから、みんなで遊んだり、勉強したりということが、他の人たち以上に楽しく感じられただろう。ちょっとしたいざこざがあった後、すぐに仲直りができたことに、とても喜んでいる。頭の片隅には以前のいじめのことがあって、心配だったに違いない。

何があったにせよ、部屋の仲間は私を仲間として受け入れてくれたのだという、幼い友情を確認できた喜びでいっぱいになった。
 東京で通学している学園生活だったら、生まれ得ない感情だろう。「同じ釜の飯を喰う」と言うが、それも一日や二日ではなく、何ヶ月も生活を共にしていることで、家族のような感情が育っていったのだ。


私の父も、疎開先でひもじい思いはしていたかもしれないが、そんな友情をはぐくんでいたのかもしれないと思った。

戦後になると、たまたま焼け残った自分の家に、何家族もの他人を同居させ、価値観の違う人たちと日々顔を合わせなければならなくなる。中には外国人もいる。お嬢さんだった菅原さんには、耐えられないのではないかと思うが、菅原さんの何でも面白がる性格が幸いしたのか、賑やかで刺激的な生活に悲壮感はない。

戦争と一言に言っても、それを経験した年齢や環境、個人の性格で、捉え方は違う。また、たまたま自分の生きてきた人生のある一時期に、戦争というものもあったかもしれないが、それが全てではない。長い人生の中では、楽しいこともあり、自分にとっては戦争以上の別な辛い目にも遭い、戦争が何も特別なものではないという人もいるのだろう。
これまでの、戦争前後を舞台とした児童書からは、このことはなかなかわからない。主題が戦争の悲惨さであることが多いからだ。戦争を知らない世代に、戦争の悲惨さを伝えることはもちろん大事だけれど、それが全てではないということも、時代の空気を知るには大切なことではないかと思う。
疎開世代の菅原さんが自然体で書いてくださったこの本は、戦前から戦後にかけてこういう生活もあったのだという、ありのままを知ることができる貴重な一冊である。

7件のコメント

[C3019] 戦前・戦中派の視点

 本題とは、ずれてしまい恐縮ですが、自分なりに体験談安堵を読んでいて、戦前・戦中派というのは二種類あると、ここの所思うようになりました。
 思春期を迎えられた時期が、戦時体制に入る前の方や、それなりの立場で部隊勤務を経験されていらした方、及びそのご子息は、同じ時を経験されたはずなのに、比較的冷静に戦争を捉えていらっしゃるように感じています。
 ともすると大正デモクラシーを経験された方の本などを読むと、戦時中もそんなに暗い印象で書かれてはいません。
(戦後民主主義も、連合国によって唐突に教えられて根付いた物ではなく、大正デモクラシーの延長線上に、現在の民主主義もあり得たと考えるようになりました。少なくとも日本以外の国では上手くいかなかったり定着に過度の時間がかかったのは、大正デモクラシーがなかったためでは?)
 違う視点や感覚で書かれた本は、とても貴重な視点を感じることが出来るのでとても楽しみです。
 この本も一度読んでみたいと思いました。

[C3021] 関連記事を書きました。

 付けさせていただいたコメントと同趣旨の関連記事を書きました。
 トラックバックを送らせていただいたのですが、上手くいかないようなのでURLを貼らせていただきます。
(承認制であれば失礼いたしました。その場合はこのモメントは削除下すって結構です)

戦前・戦後派の価値観?(戦時体制以前と以後で、かなりの相違があるのでは?)
http://blog.so-net.ne.jp/kawaraya-taisei/2007-11-12

[C3022] >山本大成さん

私も世代ごとに戦争の捉え方が違っていて、またそれは親の世代の考え方にもに影響されると感じていました。
西尾幹二さんの本に、国家の崩壊(敗戦)という大きな出来事に、子供は自分を表現することができず、親と一体化して親がするように表現したというようなことが書かれていました。そして、その西尾幹二さんの世代の子供たち、つまり私たちの世代もまた、見たこともない戦争に関しては、親の視点を踏襲しているというふうに、順繰りに繋がっているように思います。
大正デモクラシーを経験したかどうかは、確かに影響がありそうですね。

TBは届いていないようですので、このままコメントを残しておきますね。お手数おかけしてすみません。
  • 2007-11-12
  • 投稿者 : milesta
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[C3024] 戦後体験

 戦後生まれなので、戦争は当然分かりませんが、田舎で育ったせいで、戦後の雰囲気は比較的よく体験できたような気がします。
 父がシベリアの抑留から九死に一生を得て帰ってきたせいもあって、あの戦争の意味をいろいろ考えることがあります。父は抑留中のことを家族にほとんど何も話していなかったことが、父の死後母や兄たちと話して分かりました。僕が子供の時よく映画に連れて行かれて、伴淳やアチャコの出た「二等兵物語」とか見たのですが、喜劇仕立てではあるけど、戦争の実写映像なども混じっていた映画を見て、どんな心境だったのだろうと、今にして思います。戦争体験が辛かったのか、楽しかったのかと訊いたとしたら、何と答えていたのでしょうか。
 
  • 2007-11-13
  • 投稿者 : のらりひょん
  • URL
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[C3025] >のらりひょんさん

のらりひょんさんのコメントを読んで、こんな記事を書いても良かったのだろうか?と思ってしまいました。
シベリアに抑留された方々には、戦争体験について「楽しかったか」と訊くなどとてもできないし、抑留の過酷さを想像し、体験談を語っていただくことさえ躊躇してしまいます。児童書を書く方々の心境が少しわかりました。戦争で大変な体験をされていた方々が多くいらっしゃるのに、少しではあっても楽しいことがあったということは後ろめたいような申し訳ないようなことで、言ってはいけない、書いてはいけないと自己制御することになり、それが戦時期を描いた児童書の傾向にあらわれていたのかもしれません。

私の祖父は、若くなかったので戦争末期になって招集されました。負傷もしているのですが、家族に話すのはちょっとしたおもしろい出来事ばかりでした。辛かったことは、家族にはあまり話したくなかったのかもしれませんね。
  • 2007-11-13
  • 投稿者 : milesta
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[C3026] 苦あれば楽あり

 辛い経験の中にも、何か希望の光を見いだすことのできる出来事があることが多いのではないでしょうか。ソルジェニーツィンの『イワン・デニーソヴィチの一日』を読んで、政治犯が収容所で抑留日本人たちと共闘する場面に痛快な気持になったのを思い出しました。父も楽しいと言えるような話を、僕にはしていたのを断片的に思い出します。

 紹介して下さった本が戦時中の楽しい側面も書いているのは、そういうことがあったのだから当然のことであり、意義のあることです。とくに、戦争を暗く書くことが、いわゆる自虐史観の押し付けに協力して来たという事情があるだけに、こういう本も、またその紹介も大事なことだと思います。
  • 2007-11-13
  • 投稿者 : のらりひょん
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[C3027] >のらりひょんさん

再びのコメントを有難うございます。

>政治犯が収容所で抑留日本人たちと共闘する場面

そんな場面があるのですか!
そういえば、会田雄次さんは『アーロン収容所』に楽しそうなことを書いて、収容所仲間から叱られたそうですね。
また、辺見じゅんさんの『収容所から来た遺書』には、普通なら全ての希望を失ってしまうような過酷な環境の中で、生き甲斐を創り出していくすばらしい日本人が書かれていて感動しました。

>こういう本も、またその紹介も大事なことだと思います。

そう仰っていただけて安心しました。お気遣い痛み入ります。
  • 2007-11-13
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