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[C2967] 日本人以上の日本人

ハーンの深遠な観察力がよく分かる引用ですね。
日本人の微笑をこれほど意味深く説明できる人は、日本人にも居ないでしょう。
勿論当時来日した他の外国人でも、このように理解した人はなかったと思います。
特に高尚な認識の仕方だとは思いますが、単一民族であるからこその習慣だと思っています。

[C2968] >小楠さん

小楠さんのブログでも、以前この微笑について引用されていましたよね。
日本人にとっては何気なくしていることを、日本人でも納得できるように解説できる能力に感心します。観察力と感性と論理的思考のバランスがとれているのでしょうね。
「単一民族」は、人々を自然と穏やかにするのですね。

[C2969]

はたしてこのころの日本人の感覚は今の僕にも残っているのか
それがDNAから作られるものなのなら、まだ救いはあるが
もし長い間に醸成された風土や環境のようなものならば難しい。
どことなくDNAにあるような気もするし、風土はまだちょこっとだけあるのかもしれない。
出雲のあたりにいくと、なにか心に訴えかけられるものがありますね。
素朴にすっくと立つあの神魂神社の姿はしっかり頭に残ってます。
こういうのがかつての日本人のあり方だったと意識している時点で
僕はもう随分違う存在なんでしょうね
  • 2007-10-30
  • 投稿者 : ウナム
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  • 編集

[C2970] >ウナムさん

私は出雲や松江に行って、昔ながらの風景や人々に出会えたと思っていましたが、この本を読むと、松江の人たちは、毎朝おひさまに向かって四拍手、夜には月に向かって四拍手していたりして、やはり今とはだいぶ違うんですね。
だけどあの地味で渋い神魂神社を見て、「良い」と感じるのは日本人ならではだと思うのです。DNAには書き込まれている。そして、そのDNAを繋げて行くには、あれらを見て何かを感じておかないとなりませんね。出雲や松江で、修学旅行生に一人も会わなかったのは、とても残念なことです。

[C2971] 外国人の書いた本には新鮮な視点を感じることが良くあります

角川ソフィア文庫なんて、これまで書店で探した記憶がありません。
 この機会に一度この本を読んでみたいと思います。

 外国人がどう日本人を見ているか?と言う点に汲々とするつもりはありませんが、私たちとは全く違う文化の中で育った目で日本を見たときに見える姿に、新鮮な発見を感じることが良くあります。
 特に明治期に外国人が書いた本は、本当に面白いですね。

[C2972] >山本大成さん

この本は出雲や松江をご存じの方が読むと、よりおもしろいと思います。地名もたくさん出てきます。読むと、また行きたくなってしまいます。

外国人の見た目は、比較対象があるから、日本人が見るよりわかりやすい部分がありますよね。
小楠さん↑のブログ「反日ワクチン」はご存じですか?外国人から見た日本がたくさん紹介されています。
  • 2007-10-31
  • 投稿者 : milesta
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[C2973]

ウナムさんへのコメントに        >出雲や松江で、修学旅行生に一人も会わなかったのは、とても残念なことです。
とありますが、これが学校教育の現状なんですね。
大阪の小学校は子どもの頃は皆お伊勢さんへ行きました。今はその近所の遊園地です。
大阪、名古屋、東京からでも出雲、松江などに修学旅行で行ってほしいですね。日本の歴史を知る旅行をしてほしいものです。
私もそちら方面へはまだ行ったことがないのでいつか是非行ってみたいです。
  • 2007-10-31
  • 投稿者 : さくらこ
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  • 編集

[C2976] >さくらこさん

オーストラリアへの帰りの飛行機に日本の修学旅行生が乗っていて「外国に行く前に、日本で見ておいた方がよいところがいっぱいあるでしょう。」と思ってしまったんですよね。

私も今回初めて行きましたが、とても良くて、行ったばかりなのにまた行きたい気分になっています。

[C2979] 西洋かぶれかぁ

 そうですね、近代化だ合理化だと言うのは、基本的に情から損得への移行のように思えますね。
 八百万の神がおわす日本という神州に住む民族には、やはり、心や魂が基本にあることが似合いますね。
 山が怒る、空が泣く、木が騒ぐ、草木が眠る。。。何でも神様のおおらかさ。

 大事にしたいと思います。

[C2980] >tonoさん

明治の頃はまだ損得だけではなかったのかもしれませんが、最近は損得への移行を強く感じますね。
心や魂が忘れ去られていますよね。
本文にちらりと書きましたが、東京のファミリーレストランで、制服を着た女子高校生に向かって「禁煙席になさいますか、喫煙席になさいますか?」と聞いていた店員さん!心はどこへ行ってしまったのでしょう?(心というより頭かなぁ・・・?)

[C2987]

都会に居ると“日本らしさ”という感じがしません。
米国の都会と同じような作りです。
近年、京都でさえ同じように感じます。
ところがそのような都会でも、ビルの谷間に神社が残されています。一歩神社の中に足を踏み入れると、ここだけ別世界のように都会の喧噪が嘘のように感じます。

松江の八重垣神社に神魂神社。
特に神魂神社は伊勢神宮に似た雰囲気を感じたのを覚えています。

小泉八雲が捉えた視点は、現代の日本で風化されつつあるもののように感じます。


[C2988] >まささん

私は都会で育ったのですが、近くに神社があり、毎日そこで遊んでいたせいか、神社はとても心が落ち着く場所です。広々した大自然よりも、農村よりも、神社の方が好きなんですよね。まささんの書かれている「別世界」的なところがよいのかもしれません。

小泉八雲の見たものが、風化されつつあるけれど、まだ残っているものもあると、今回の帰国で感じました。行く場所や会った人の年齢などによって、「このまま無くなってしまう」という不安と、「まだまだ大丈夫だ」という安心が、交互にやってきていました。

[C3056]

読みました。この本と今「日本の心」を読んでいます。
小泉八雲は日本人以上に日本人ですね。
美しく情緒あふれる日本がまだあった時代、日本人以上にその美しさいとおしさに気づいていた人。
「日本の心」の中の生き神様も「嵐の中の灯台」の稲叢の火で読んだときよりも感動的でした。
君子 これは泣けてしまいました。すばらしいお話で劇化、映画化されたらいいのにと思いました。
まだ読み終わっていませんが読むたびに感動しています。
  • 2007-11-22
  • 投稿者 : さくらこ
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[C3058] >さくらこさん

実に、日本人以上に日本人ですよね。
『日本の心』も良さそうですね。小泉八雲旧邸に確か英語版が置いてありました。八雲の英語の著書は、年々手に入りにくくなっているそうです。本当は外国人が日本を理解するのにも読んで欲しいのですけどね。
  • 2007-11-22
  • 投稿者 : milesta
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[T376] 金大中に立命館大学が名誉博士号? 

【筆者記】金大中拉致事件について、韓国の柳明桓駐日大使は30日夕刻、外務省に高村正彦外相を訪ね、1973年の金大中事件をめぐり韓国政府の報告書が当時の韓国中央情報部(KCIA)の組織的犯行と認めたことについて「遺憾だ。こういう事件が二度とあってはならない
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『新編 日本の面影』 ラフカディオ-ハーン・作/池田 雅之・訳

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日頃外国にいて、日本からのニュースなどを聞くにつけ、日本はどんなつまらない国になってしまったのかと、とても心配だった。
実際に帰ってみると、日本の良さを再確認することも多く、楽しい日々を過ごせた。しかし、これには少しからくりがあって、「昔の日本」を感じられるような場所ばかりを選んで訪れていたからかもしれない。

その最たるところが出雲であった。昔も昔、神話の世界である。
『出雲大社』は大国主命が国譲りをした後、隠居住まいをされたお宮である。素戔嗚尊がヤマタノオロチから救った稲田姫と共に新居を建てられた場所『八重垣神社』。日本最古の大社造りである『神魂神社』にはイザナミノミコト・イザナギノミコトが祀られている。
そこから、松江城に向かうと、お堀端の武家屋敷跡の一角に旧小泉八雲邸がある。松江には「松江の七不思議」を始め、昔から伝説がたくさんあったという。
八雲は、神話や伝承の話を採集するのにふさわしい場所に居を構えていたことがわかる。

この『日本の面影』には、八雲が来日してから松江を去るまでの一年七ヶ月のことが書かれている。訳者あとがきで、そのことを知ったとき、私は信じられない思いだった。なんと中身の濃い一年七ヶ月を過ごしていたのだろう。初めて見る日本の風景や人々に刺激を受け、どんどん日本に惹きつけられていく。松江に移り住んでからは、精力的に周辺の神聖な場所、妖気溢れる場所を訪れ、日本を、そして日本人を理解していく。日本人の私にさえ気づかなかった日本人の個性、日本人の心を、こんなに短期間で捉えていたとは、いくら以前ジャーナリストの仕事をしていたからと言って、並大抵の観察力ではない。

『東洋の第一日目』には日本の第一印象が書かれている。日本的なものは繊細で、美しく、かわいらしく、優美で、どれも買いたくなってしまうと書いた後、このように述べている。

認めにくいことかもしれないが、もしかしたら読者が心底ほしいものは、店に置いてある商品でなく、その店であり、店員であり、のれんも住人もひっくるめた、店々の並ぶ通りである。さらには、町全体であり、入り江であり、それを取り巻く山々であり、雲ひとつない空にそびえる富士山の美しい白い頂きではなかろうか。実のところ、魅惑的な樹木、光り輝く大気、すべての都市、町、寺、そして世界でもっとも愛らしい四千万人の国民も一緒に、日本全体をまるごと買ってしまいたいのだ。

「もの」「人々」「街並み」「自然」など視覚的に捉えたものから、既に日本贔屓が始まっていることがわかる。

松江に英語教師として赴任して日本家屋に住まいしてからは、日本人でも入ることができない杵築(出雲大社)の本殿に招かれたり、子供たちの霊が夜な夜な集まるという加賀の潜戸の洞窟に行ってみたり、盆踊りを見学したり、各地に伝わる怪談を聴いたりと、貪欲に日本を感じとる体験を重ねている。その結果、視覚的なものだけでなく、人々の心、古来から連綿と続いている日本的な「何か」に惹かれ、また日本人以上にその「何か」を説明できるようになっていった。

都会育ちであまり盆踊りに縁のなかった私は、八雲の書く『盆踊り』で初めて、土地土地で古くから毎年行われている盆踊りの雰囲気を知ることができた。盆踊りは、太古の調べや感情を伝えていることを、そしてその自然な発露である歌や踊りに出会ったならば、感動を覚えるであろうことを想像できた。

また、辛いときも悲しいときも、他人に心配をかけるまいと笑顔を絶やさないのは、日本人独特の振る舞いであり、美徳であるのだと、『日本人の微笑』は教えてくれる。

 日本人のように、幸せに生きていくための秘訣を十分に心得ている人々は、他の文明国にはいない。人生の喜びは、周囲の人たちの幸福にかかっており、そうであるからこそ、無私と忍耐を、われわれのうちに培う必要があるということを、日本人ほど広く一般に理解している国民は、他にはあるまい。

しかし、このようなことも書かれている。

 日本人の微笑を理解するには、昔ながらの、あるがままの、日本の庶民の生活に立ち入る必要がある。西洋かぶれの上流階級からは、なにも学び取ることはできない。

私は、この本を読む前に出雲、松江を旅したのだが、お世辞ではなく地元の人たちの穏やかな笑顔を、とても心地よく感じた。大げさでない心からの笑顔のように思えたのだ。東京では、どこかお店に入っても、ばか丁寧な台詞-たぶんマニュアル通りだ-と共にとってつけたような笑顔に会うことが多く、このように穏やかで自然な笑顔は、なかなか見ることができない。上流階級でなくても、西洋にかぶれると笑顔の質まで変わってしまうのだろうか。

小泉八雲は、すでに明治の頃、西洋化されつつある日本を嘆いていた。

 出雲だけではない。日本国中から、昔ながらの安らぎと趣が消えてゆく運命のような気がする。ことのほか日本では、無常こそが物事の摂理とされ、変わりゆくものも、それを変わらしめたものも、変わる余地がない状態にまで変化し続けるのであろう。

変わらないというのは無理な話であるし、変わったからこそ、飛行機を使って、限られた時間で私は出雲に行けたわけだ。しかし、「変わる余地がない状態にまで変化」してしまったら、日本が日本でなくなってしまう。変わらなくても良いところは変えない。昔から伝わることは大事にする。そうして必死に「日本」を守っていくしかないのである。

14件のコメント

[C2967] 日本人以上の日本人

ハーンの深遠な観察力がよく分かる引用ですね。
日本人の微笑をこれほど意味深く説明できる人は、日本人にも居ないでしょう。
勿論当時来日した他の外国人でも、このように理解した人はなかったと思います。
特に高尚な認識の仕方だとは思いますが、単一民族であるからこその習慣だと思っています。

[C2968] >小楠さん

小楠さんのブログでも、以前この微笑について引用されていましたよね。
日本人にとっては何気なくしていることを、日本人でも納得できるように解説できる能力に感心します。観察力と感性と論理的思考のバランスがとれているのでしょうね。
「単一民族」は、人々を自然と穏やかにするのですね。

[C2969]

はたしてこのころの日本人の感覚は今の僕にも残っているのか
それがDNAから作られるものなのなら、まだ救いはあるが
もし長い間に醸成された風土や環境のようなものならば難しい。
どことなくDNAにあるような気もするし、風土はまだちょこっとだけあるのかもしれない。
出雲のあたりにいくと、なにか心に訴えかけられるものがありますね。
素朴にすっくと立つあの神魂神社の姿はしっかり頭に残ってます。
こういうのがかつての日本人のあり方だったと意識している時点で
僕はもう随分違う存在なんでしょうね
  • 2007-10-30
  • 投稿者 : ウナム
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[C2970] >ウナムさん

私は出雲や松江に行って、昔ながらの風景や人々に出会えたと思っていましたが、この本を読むと、松江の人たちは、毎朝おひさまに向かって四拍手、夜には月に向かって四拍手していたりして、やはり今とはだいぶ違うんですね。
だけどあの地味で渋い神魂神社を見て、「良い」と感じるのは日本人ならではだと思うのです。DNAには書き込まれている。そして、そのDNAを繋げて行くには、あれらを見て何かを感じておかないとなりませんね。出雲や松江で、修学旅行生に一人も会わなかったのは、とても残念なことです。

[C2971] 外国人の書いた本には新鮮な視点を感じることが良くあります

角川ソフィア文庫なんて、これまで書店で探した記憶がありません。
 この機会に一度この本を読んでみたいと思います。

 外国人がどう日本人を見ているか?と言う点に汲々とするつもりはありませんが、私たちとは全く違う文化の中で育った目で日本を見たときに見える姿に、新鮮な発見を感じることが良くあります。
 特に明治期に外国人が書いた本は、本当に面白いですね。

[C2972] >山本大成さん

この本は出雲や松江をご存じの方が読むと、よりおもしろいと思います。地名もたくさん出てきます。読むと、また行きたくなってしまいます。

外国人の見た目は、比較対象があるから、日本人が見るよりわかりやすい部分がありますよね。
小楠さん↑のブログ「反日ワクチン」はご存じですか?外国人から見た日本がたくさん紹介されています。
  • 2007-10-31
  • 投稿者 : milesta
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[C2973]

ウナムさんへのコメントに        >出雲や松江で、修学旅行生に一人も会わなかったのは、とても残念なことです。
とありますが、これが学校教育の現状なんですね。
大阪の小学校は子どもの頃は皆お伊勢さんへ行きました。今はその近所の遊園地です。
大阪、名古屋、東京からでも出雲、松江などに修学旅行で行ってほしいですね。日本の歴史を知る旅行をしてほしいものです。
私もそちら方面へはまだ行ったことがないのでいつか是非行ってみたいです。
  • 2007-10-31
  • 投稿者 : さくらこ
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[C2976] >さくらこさん

オーストラリアへの帰りの飛行機に日本の修学旅行生が乗っていて「外国に行く前に、日本で見ておいた方がよいところがいっぱいあるでしょう。」と思ってしまったんですよね。

私も今回初めて行きましたが、とても良くて、行ったばかりなのにまた行きたい気分になっています。

[C2979] 西洋かぶれかぁ

 そうですね、近代化だ合理化だと言うのは、基本的に情から損得への移行のように思えますね。
 八百万の神がおわす日本という神州に住む民族には、やはり、心や魂が基本にあることが似合いますね。
 山が怒る、空が泣く、木が騒ぐ、草木が眠る。。。何でも神様のおおらかさ。

 大事にしたいと思います。

[C2980] >tonoさん

明治の頃はまだ損得だけではなかったのかもしれませんが、最近は損得への移行を強く感じますね。
心や魂が忘れ去られていますよね。
本文にちらりと書きましたが、東京のファミリーレストランで、制服を着た女子高校生に向かって「禁煙席になさいますか、喫煙席になさいますか?」と聞いていた店員さん!心はどこへ行ってしまったのでしょう?(心というより頭かなぁ・・・?)

[C2987]

都会に居ると“日本らしさ”という感じがしません。
米国の都会と同じような作りです。
近年、京都でさえ同じように感じます。
ところがそのような都会でも、ビルの谷間に神社が残されています。一歩神社の中に足を踏み入れると、ここだけ別世界のように都会の喧噪が嘘のように感じます。

松江の八重垣神社に神魂神社。
特に神魂神社は伊勢神宮に似た雰囲気を感じたのを覚えています。

小泉八雲が捉えた視点は、現代の日本で風化されつつあるもののように感じます。


[C2988] >まささん

私は都会で育ったのですが、近くに神社があり、毎日そこで遊んでいたせいか、神社はとても心が落ち着く場所です。広々した大自然よりも、農村よりも、神社の方が好きなんですよね。まささんの書かれている「別世界」的なところがよいのかもしれません。

小泉八雲の見たものが、風化されつつあるけれど、まだ残っているものもあると、今回の帰国で感じました。行く場所や会った人の年齢などによって、「このまま無くなってしまう」という不安と、「まだまだ大丈夫だ」という安心が、交互にやってきていました。

[C3056]

読みました。この本と今「日本の心」を読んでいます。
小泉八雲は日本人以上に日本人ですね。
美しく情緒あふれる日本がまだあった時代、日本人以上にその美しさいとおしさに気づいていた人。
「日本の心」の中の生き神様も「嵐の中の灯台」の稲叢の火で読んだときよりも感動的でした。
君子 これは泣けてしまいました。すばらしいお話で劇化、映画化されたらいいのにと思いました。
まだ読み終わっていませんが読むたびに感動しています。
  • 2007-11-22
  • 投稿者 : さくらこ
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[C3058] >さくらこさん

実に、日本人以上に日本人ですよね。
『日本の心』も良さそうですね。小泉八雲旧邸に確か英語版が置いてありました。八雲の英語の著書は、年々手に入りにくくなっているそうです。本当は外国人が日本を理解するのにも読んで欲しいのですけどね。
  • 2007-11-22
  • 投稿者 : milesta
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