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[C2779] 同じく江戸時代の和算の本で、、、

もっと、素人用かもしれませんが、遠藤寛子著の「算法少女」という本を読んだことがあります。和算大好き少女を暖かく見守る父親、知的好奇心を育てようとする江戸時代の一面を楽しめました。

[C2780] 数学

こんばんは 数学物の本は結構すきです。数学は嫌いな授業でしたけれど、学問としては好きです。ぜひ読んでみたい本です。
  • 2007-08-21
  • 投稿者 : さんぼ
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  • 編集

[C2781] 歴史では教えていない

おはようございます。
このことも、微積分計算も当時の日本人が知っていたことなど、日本人の優秀性を実証するような事柄は、たぶん学校では教えていないでしょうね。
このような事実を今の学生諸君にも是非知って頂きたいものです。

[C2782]

 こんにちは。毎回興味深い本をとり上げて下さるので、楽しく読ませていただいています(戦争関連の本では、楽しいという表現は当たりませんが、いろいろ考えさせてもらいました)。

 今たまたま読んでいる本に、和算は最初実用的なところから始まったけれども、だんだん遊びの要素が大きくなったということが書いてありました。この特徴は、まさしく鳴海 風さんの言う「日本人の知的欲求の高さ」の現われで、もっと高く評価すべきことだと思います。理科離れという言葉が言われて久しいですが、たんに理科の問題というよりは、今の日本人が知的欲求の重要性を見失っている兆候のように見えてなりません。

 ところで、ヨーロッパの数学は、=による等式が使われるようになったことが、その後の発展の大きな要因になったと思われますが、和算家は、どうして(西洋的な)数式なしに、難しい問題を解くことができたのか、不思議な気がします。少なくとも一面では、われわれの習う算数と数学の違いのようなものでしょうか。数学で方程式を習うと、算数の問題が機械的に解けるのが分かって、なぁんだと思う人も少なくないのですが、そういう意味では、数学は楽だという一面があります。それに対して算数の難問は、ある種のひらめきを必要としますが、和算も、ひらめきのようなものの洗練と積み重ねの上になりたっていたのかなと想像します。

 ついつい、想像力を刺激されてしまって、長々と失礼しました。
  • 2007-08-22
  • 投稿者 : のらりひょん
  • URL
  • 編集

[C2783] >街中の案山子さん

『算法少女』少女までもが算術をしていたのですね。おもしろそうです。・・・と思って、今Amazonで見てみたら、とても良さそうな本で読みたくなりました。きっと読むことになるでしょう。

[C2784] >さんぼさん

「数学の授業は嫌いで学問は好き」というのは、何となくわかります。私も授業はちょっと・・・。だけど、数学が面白いという気持ちもわかるんですよね。

[C2785] >小楠さん

>たぶん学校では教えていないでしょうね。

そうですよね。習った覚えはありませんね。
日本が独自に発展させてきた学問や芸術のこと、学校ではほとんど習わなかった気がします。今になって、「何でこんな凄いことを教えてくれなかったの?」と思うことがいっぱいあります。

[C2786] >のらりひょんさん

和算は数学に対する算数のようなもの・・・私もそのような気がします。
私は数学は大の苦手ですが、算数は好きでした。難問ほど燃えます。(笑)和算の問題(もちろん初歩)を見ると、解きたくなってしまうのですよね。

また算術家が本を出すとき、巻末に解答のない問題をいくつか出しておくというのが慣習となっていたそうです。解答がないから、皆必死で考える。その解答を誰かが本にして、また巻末に解答なしの新しい問題を出す、を繰り返して、和算は発展してきたそうです。考えざるを得ない環境で切磋琢磨して、個々の算術家も伸びたのかもしれませんね。

[C2787]

こんにちわ!
「関孝和」「つるかめ算」「算額奉掲」
のどれもわからないウナムさんがやってきましたよ!
最近は目次を作ってて、訪問もコメントも夏休みになってましたw
お久しぶりです。
算術って言い方が好きです。
なんていったって術ですからね。
専門的な香りがしていいです。
なんだか極めたくなります。
とはいっても僕は高校数学Bで零点というすばらしい点数を取ってしまっただめだめ君ですけども。
なんか公式を使うと不安になるんですよね。
これでいいのかな??って。
それで試験中に公式をもう一度作り直す、考え直す作業をしてたら
零点でした。
はい。
  • 2007-08-25
  • 投稿者 : ウナム
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  • 編集

[C2788] >ウナムさん

お久しぶりです。
「関孝和」は、和算の有名な先生です。
「つるかめ算」は、「つるとかめが合わせて5匹(羽)いて、足の数は合わせて14、それぞれ何匹(羽)?」というような問題です。
「算額奉掲」は、算術の問題とその解法を書いて神社に奉納し、飾って貰う仕組みです。庶民も、この額を見て、算術を学ぶことができます。

>なんか公式を使うと不安になるんですよね。
これでいいのかな??って。
それで試験中に公式をもう一度作り直す、考え直す作業をしてたら
零点でした。

算術に夢中になっていた人たちって、たぶんそのような人たちだったのだと思います。ウナムさん、和算に向いているかも。
関孝和は、円周を出す方法を知っていて、機械的に時間をかけて計算すれば正しい数値に近づくことはわかっていたけれど、それを途中で止め、円理(円周率の公式)を考えることに重点を置きました。単純に既知の計算方法を使って数字を出すことより、理論的なことを考えることが大事だと悟ったからだと思います。
公式そのものを疑うって、大切なことかもしれませんよ。

[C2793] こんばんは

この本も面白そうですね。
そういえば、わたしの高校時代の数学の先生も、和算の研究をされていたそうです。わたしも興味はありながら、敷居が高そうであまり知りませんでした。
コーシーやハミルトンに匹敵するような業績もあるそうですが・・・。

ちなみに、わたしは逆に算数が苦手でした。あのアイディア一発勝負なところが嫌いで(特に幾何)。数学のように緻密な理論の方が性に合うようです。多分、天才じゃないので閃きが足りないのでしょうね・・・。

わたしもウナムさんのように公式を無理やり暗記するのは好きじゃありませんでした。ただ、数学の公式は"美しい"ので、学んでいるうちに自然と頭に残ってしまうのです。だから、間違えることも記憶に不安を覚えることもありません。ここまで勉強すると、数学はとても楽しいのですけどね。
  • 2007-08-26
  • 投稿者 : cyber_bird
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[C2796] >cyber_birdさん

コメントが理系の人の代表という感じで新鮮です。
この本には、数学の専門的なことはあまり出てきませんが、和算の歴史のようなものがわかって楽しいですよ。

この本と一緒に、和算の入門書のようなのも購入しましたが、「コーシーとかハミルトンって誰?」というような私にでも解けるような和算もありました。

[C2797] そういえば・・・

milesta さん、素早いレスありがとうございます。わたしも見習わないと。

そういえば、どこで読んだか忘れましたが、オイラーやリーマンといった数学の大家は計算マニアだったそうで、普通の人は面倒くさがるような計算を延々と楽しんでいたようです。そういうちまちました計算を繰り返すことで、数を扱うコツと言うか、数の神秘を感じ取る感性を養っていたのでしょうか。

おそらく、関孝和などの和算の大家もそうだったに違いありません。一見無駄に思えることの積み重ねが大きな発見に繋がるのかもしれません。そういう注意力を持って日々を生きていけるかどうかに天才と凡人の差があるのでしょうかねえ。
  • 2007-08-27
  • 投稿者 : cyber_bird
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  • 編集

[C2798] >cyber_bird さん

まさに仰るとおり、コツコツと計算を重ねていくことが発想の手助けになるようで、記事に紹介した建部堅弘は、同じ計算を何年もかけて繰り返しているうちに、円理を発見したのですって!

それはそうと、リーマンてサラリーマンの略称じゃないの?と思った私は、本当に数学音痴です。(笑)

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[T345] 歴史人物スクープ91

仕事の移動時間の暇つぶしになった色んな裏話が載っていてなかなか面白かったです。なかなかおもしろいです。・それでは・・・・嘉納治五郎・嘉納治五郎・素数に憑かれた人たち・160748 血塗られたアメリカの歴史?~コロンブスは「勇敢な ...・織田信長の巨大鉄船・栄家の血
  • 2007-09-20
  • 発信元 :

[T906] 円周率を計算した男

江戸時代に発達した算術(和算)に情熱を傾けた人たちに焦点をあてた短編集。 以前から読もうと思っていたのですが、最近、文庫化されたのを機に読んでみました。 著者の鳴海風さんは、これがデビュー作ということで、小説としての完成度は低いと感じました...
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『円周率を計算した男』 鳴海 風

円周率を計算した男 円周率を計算した男
鳴海 風 (1998/08)
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これは伝記と創作の両方で構成された短編時代小説集である。
理系の主人が和算に興味を持って先にこれを読み、「おもしろいよ。」と渡してくれたときは、難しい数式や数学用語がでてきて私にはわからないのではないか、退屈なのではないかと、ちょっと疑心暗鬼だった。
ところが読んでみると、江戸時代の和算が好きで堪らない人たちとその周りの人たちとの情で結ばれた世界を描いていて、「人情もの」といって良いような作品集であった。登場人物の何人かは実際の和算家で、短編が年代順に並んでいることから、和算の歴史の一端を垣間見ることも出来る。

和算といって思い浮かぶのは、「関孝和」「つるかめ算」「算額奉掲」ぐらいのもので、どんな人たちが和算の世界を支えていたのか考えたこともなかった。
知ってみれば当たり前のようなことだが、和算を使って仕事をしていたのは、藩の財務監査をする勘定吟味役、銀貨の鋳造と発行を行う銀座役人、公共工事の費用計算等をする普請方など、多岐にわたっている。彼らの中で算術の好きな人たちは算学塾に通う。
家元制度のような仕組みや、和算の本の巻末に新しい問題を出しておく慣習、解答には簡潔さや美しさが求められること、対立する理論は本の出版でやりあうといった、全く知らなかった和算の世界が広がっていて興味深く読み進んだ。

しかし算術は彼らの専売特許だったわけではなく、農家の子や町人だった人たちでも、算術の才能さえあれば、武士に取り立てられたり、高名な算術家の養子になったりしている。江戸時代は階級社会であったが、実力如何では、階級を越えていくこともできたのだった。

そんなわけで、江戸時代の算術家と一口に言っても、生まれも生活環境も生き方も様々であった。そしてそこに、妻や恋人の愛情や奉仕、親子のいたわり合い、友人の助けや諍いごとなどが絡み合って、彼らも同じ人間なのだと親近感が沸くような、感慨深い話になっている。

建部堅弘が発見した円理(円周率の公式)が、西洋で初めて見られるのはオイラーの書簡の中だが、堅弘はそれより15年も早くにその公式を発見していた。建部堅弘は関孝和の愛弟子であったが、それ以降も流派が増えたりして和算は発展していった。その理由について、あとがきにこう書かれている。

 しかし、和算が連綿と続いてきたのは、芸事特有の家元制度があったからというより、十九世紀において世界断トツの識字率と計算能力を有していた、日本人の知的欲求の高さが根底にあったからだと思います。事実、和算は特定の階層の人だけのものでなく、大名から長屋の住人、百姓に至るまでが没頭した趣味でした。鎖国の中にありながら、西洋の数学の発展にそれほど遅れなかった(部分的には西洋よりも早かった)ことは、和算の山の高さと裾野の広さを証明しています。

この本では、高さでなく裾野の広さに焦点を当てて書かれているので、私のような者にも読みやすく、おもしろかったのだ。
江戸時代を「和算」という切り口で見ている。この視点は新鮮で、江戸時代を複眼で見ている感じがした。

14件のコメント

[C2779] 同じく江戸時代の和算の本で、、、

もっと、素人用かもしれませんが、遠藤寛子著の「算法少女」という本を読んだことがあります。和算大好き少女を暖かく見守る父親、知的好奇心を育てようとする江戸時代の一面を楽しめました。

[C2780] 数学

こんばんは 数学物の本は結構すきです。数学は嫌いな授業でしたけれど、学問としては好きです。ぜひ読んでみたい本です。
  • 2007-08-21
  • 投稿者 : さんぼ
  • URL
  • 編集

[C2781] 歴史では教えていない

おはようございます。
このことも、微積分計算も当時の日本人が知っていたことなど、日本人の優秀性を実証するような事柄は、たぶん学校では教えていないでしょうね。
このような事実を今の学生諸君にも是非知って頂きたいものです。

[C2782]

 こんにちは。毎回興味深い本をとり上げて下さるので、楽しく読ませていただいています(戦争関連の本では、楽しいという表現は当たりませんが、いろいろ考えさせてもらいました)。

 今たまたま読んでいる本に、和算は最初実用的なところから始まったけれども、だんだん遊びの要素が大きくなったということが書いてありました。この特徴は、まさしく鳴海 風さんの言う「日本人の知的欲求の高さ」の現われで、もっと高く評価すべきことだと思います。理科離れという言葉が言われて久しいですが、たんに理科の問題というよりは、今の日本人が知的欲求の重要性を見失っている兆候のように見えてなりません。

 ところで、ヨーロッパの数学は、=による等式が使われるようになったことが、その後の発展の大きな要因になったと思われますが、和算家は、どうして(西洋的な)数式なしに、難しい問題を解くことができたのか、不思議な気がします。少なくとも一面では、われわれの習う算数と数学の違いのようなものでしょうか。数学で方程式を習うと、算数の問題が機械的に解けるのが分かって、なぁんだと思う人も少なくないのですが、そういう意味では、数学は楽だという一面があります。それに対して算数の難問は、ある種のひらめきを必要としますが、和算も、ひらめきのようなものの洗練と積み重ねの上になりたっていたのかなと想像します。

 ついつい、想像力を刺激されてしまって、長々と失礼しました。
  • 2007-08-22
  • 投稿者 : のらりひょん
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  • 編集

[C2783] >街中の案山子さん

『算法少女』少女までもが算術をしていたのですね。おもしろそうです。・・・と思って、今Amazonで見てみたら、とても良さそうな本で読みたくなりました。きっと読むことになるでしょう。

[C2784] >さんぼさん

「数学の授業は嫌いで学問は好き」というのは、何となくわかります。私も授業はちょっと・・・。だけど、数学が面白いという気持ちもわかるんですよね。

[C2785] >小楠さん

>たぶん学校では教えていないでしょうね。

そうですよね。習った覚えはありませんね。
日本が独自に発展させてきた学問や芸術のこと、学校ではほとんど習わなかった気がします。今になって、「何でこんな凄いことを教えてくれなかったの?」と思うことがいっぱいあります。

[C2786] >のらりひょんさん

和算は数学に対する算数のようなもの・・・私もそのような気がします。
私は数学は大の苦手ですが、算数は好きでした。難問ほど燃えます。(笑)和算の問題(もちろん初歩)を見ると、解きたくなってしまうのですよね。

また算術家が本を出すとき、巻末に解答のない問題をいくつか出しておくというのが慣習となっていたそうです。解答がないから、皆必死で考える。その解答を誰かが本にして、また巻末に解答なしの新しい問題を出す、を繰り返して、和算は発展してきたそうです。考えざるを得ない環境で切磋琢磨して、個々の算術家も伸びたのかもしれませんね。

[C2787]

こんにちわ!
「関孝和」「つるかめ算」「算額奉掲」
のどれもわからないウナムさんがやってきましたよ!
最近は目次を作ってて、訪問もコメントも夏休みになってましたw
お久しぶりです。
算術って言い方が好きです。
なんていったって術ですからね。
専門的な香りがしていいです。
なんだか極めたくなります。
とはいっても僕は高校数学Bで零点というすばらしい点数を取ってしまっただめだめ君ですけども。
なんか公式を使うと不安になるんですよね。
これでいいのかな??って。
それで試験中に公式をもう一度作り直す、考え直す作業をしてたら
零点でした。
はい。
  • 2007-08-25
  • 投稿者 : ウナム
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[C2788] >ウナムさん

お久しぶりです。
「関孝和」は、和算の有名な先生です。
「つるかめ算」は、「つるとかめが合わせて5匹(羽)いて、足の数は合わせて14、それぞれ何匹(羽)?」というような問題です。
「算額奉掲」は、算術の問題とその解法を書いて神社に奉納し、飾って貰う仕組みです。庶民も、この額を見て、算術を学ぶことができます。

>なんか公式を使うと不安になるんですよね。
これでいいのかな??って。
それで試験中に公式をもう一度作り直す、考え直す作業をしてたら
零点でした。

算術に夢中になっていた人たちって、たぶんそのような人たちだったのだと思います。ウナムさん、和算に向いているかも。
関孝和は、円周を出す方法を知っていて、機械的に時間をかけて計算すれば正しい数値に近づくことはわかっていたけれど、それを途中で止め、円理(円周率の公式)を考えることに重点を置きました。単純に既知の計算方法を使って数字を出すことより、理論的なことを考えることが大事だと悟ったからだと思います。
公式そのものを疑うって、大切なことかもしれませんよ。

[C2793] こんばんは

この本も面白そうですね。
そういえば、わたしの高校時代の数学の先生も、和算の研究をされていたそうです。わたしも興味はありながら、敷居が高そうであまり知りませんでした。
コーシーやハミルトンに匹敵するような業績もあるそうですが・・・。

ちなみに、わたしは逆に算数が苦手でした。あのアイディア一発勝負なところが嫌いで(特に幾何)。数学のように緻密な理論の方が性に合うようです。多分、天才じゃないので閃きが足りないのでしょうね・・・。

わたしもウナムさんのように公式を無理やり暗記するのは好きじゃありませんでした。ただ、数学の公式は"美しい"ので、学んでいるうちに自然と頭に残ってしまうのです。だから、間違えることも記憶に不安を覚えることもありません。ここまで勉強すると、数学はとても楽しいのですけどね。
  • 2007-08-26
  • 投稿者 : cyber_bird
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[C2796] >cyber_birdさん

コメントが理系の人の代表という感じで新鮮です。
この本には、数学の専門的なことはあまり出てきませんが、和算の歴史のようなものがわかって楽しいですよ。

この本と一緒に、和算の入門書のようなのも購入しましたが、「コーシーとかハミルトンって誰?」というような私にでも解けるような和算もありました。

[C2797] そういえば・・・

milesta さん、素早いレスありがとうございます。わたしも見習わないと。

そういえば、どこで読んだか忘れましたが、オイラーやリーマンといった数学の大家は計算マニアだったそうで、普通の人は面倒くさがるような計算を延々と楽しんでいたようです。そういうちまちました計算を繰り返すことで、数を扱うコツと言うか、数の神秘を感じ取る感性を養っていたのでしょうか。

おそらく、関孝和などの和算の大家もそうだったに違いありません。一見無駄に思えることの積み重ねが大きな発見に繋がるのかもしれません。そういう注意力を持って日々を生きていけるかどうかに天才と凡人の差があるのでしょうかねえ。
  • 2007-08-27
  • 投稿者 : cyber_bird
  • URL
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[C2798] >cyber_bird さん

まさに仰るとおり、コツコツと計算を重ねていくことが発想の手助けになるようで、記事に紹介した建部堅弘は、同じ計算を何年もかけて繰り返しているうちに、円理を発見したのですって!

それはそうと、リーマンてサラリーマンの略称じゃないの?と思った私は、本当に数学音痴です。(笑)

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  • 2007-09-20
  • 発信元 :

[T906] 円周率を計算した男

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