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『史実を歩く』 吉村 昭
![]() | 史実を歩く 吉村 昭 (1998/10) 文藝春秋 この商品の詳細を見る |
この本の内容を一言で言い表せば「史実を歩く」。この題名そのものである。
私が吉村昭さんの小説を好むのは、どの時代のものでも現実味があり、不自然さやごまかしが感じられないからである。それは史実に忠実に書くという姿勢と、そのご自身のポリシーを守るための綿密な取材による賜である。
どのくらい史実に忠実であることを、吉村さんがご自身に課しているかが、戦史小説を書くのをやめた理由に表れている。
それらの戦史小説を発表する度に、その史実に関与した多くの方から手紙をいただいたが、「背後にそのような事実があったのを初めて知った」といった類のものに限られていた。つまり新しい史実をしめす手紙は皆無といってよかったのだ。
ところが、ある時、吉村さんが掴むことのできなかった事実が書かれた手紙が送られてきて、その作品で戦史を書くことを止めたという。丹念な取材をされていたことは吉村さんの他の随筆で読んだことがあるが、ここまでストイックだとは驚いた。
そして歴史物を書くときにも、実に細かい部分に及んで納得のいくまで調べ上げる。
資料に添って一端「刀で肩から斬り下げた。」と書いたが、斬られた側が日本の馬ではなく背の高いアラブ種の馬に乗っていたことが気になって眠れなくなる。そんな高さから斬り下げることができるだろうか?そこで、斬った側の出身地に赴き武道研究家に話を聞き、またその流派の会長に会って実際の刀と技を見せてもらう。そこで初めて、確かに斬り下げたのだと納得して、真実味を増す一文を書き加えて、次を書き進める。
吉村さんの作品が素晴らしいのは、この執念にも近い史実を知ろうとする熱意の他に、想像力とネットワークをお持ちだからだと感じた。
史実と想像力は相反するようだが、史実を明らかにするには想像力が必要だ。手持ちの資料にない部分を想像し、仮説を立て、その仮説の証拠を掴むための取材を行う。想像力がなければ、わかっていない史実を明らかにすることができないのだ。この時必要とされる想像力は、「創造力」ではなく、論理的な思考である。思いつきで歴史を勝手に作り替えることではない。
ネットワークの方は、吉村さんの人柄によって構築されたものではないかと思う。歴史の専門家、郷土史家や各地の図書館の館長に感謝し敬意を示す表現があちこちに出てくる。情報を独り占めするのではなく、共有化して皆で史実を明らかにしていくことこそが面白いと思われているふしがある。事件の関係者で最初は口を開きたがらなかった人たちも、氏の作品を読んだり、誠実な態度に触れて、徐々に口を開くようになる。
熱意、想像力、人柄、この三つが揃って初めて、密度が高く信憑性の高い小説が書けるのだと、改めて納得した。
そのようなことが、具体的な小説の取材ノートのような形で書かれているので、読んだことのある小説については「あの箇所を書くのにこれだけの裏付けがあったのか。」などの感慨を持つし、読んだことのない作品は「そこまでして調べた作品なら是非読んでみたい。」と思う。
ロシア皇帝は、日本で刺青を彫らせたのか?
桜田門外の変での戦い振りが、映画の殺陣のように鮮やかではなかっただろう理由は?
脱獄の常習犯は、手錠足錠をはめられていたのにどのように脱獄したのか?
高野長英が潜伏していた隠し部屋とは?
これらの答えは、この本の中にある。しかし答えを知っただけでは飽きたらず、小説の方も読みたくなってしまうのだ。
12件のコメント
[C2338] 史実を歩く
- 2007-05-11
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[C2339] 吉村昭氏
「吉村昭」に敏感に反応してしまうHIRO。です。すみません。この本は実はまだ読んでません。小説以外は読んでないのです。分類は作家研究ですね。吉村氏が全国各地を調査する時、必ず図書館を訪れてますね。図書館は郷土資料の宝庫です。ベストセラーだけでなくあらゆるニーズに応えるのが図書館の役目だと改めて感じました。
- 2007-05-11
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[C2340] 破獄
こんばんわ 吉村昭さんの本はまだ一冊も読んでいません。しかし、かなり前に破獄のテレビドラマ化された物を見た事があります。(子供の時の記憶ですが多分破獄だったと思います)ものすごく衝撃的でした。映像と小説では、楽しさが違うので今度読んでみます。今は白洲次郎を手に入れましたので読んでいます。
- 2007-05-11
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[C2341] >小楠さん
私も、吉村さんの取材姿勢を見るにつけ、日本のジャーナリストや作家で取材もロクにしなかったり、きちんと裏をとらずに書いている人と比較してしまいます。事実を踏まえて意見を書くなら、異なる意見があっても良いと思いますが、事実の追究ができていないジャーナリズムは、小楠さんの仰る「報道テロ」に汲みすることになりますよね。
- 2007-05-11
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[C2342] >HIRO。さん
「作家研究」という分類があるのですか。知りませんでした。
>吉村氏が全国各地を調査する時、必ず図書館を訪れてますね。
そのようですね。そして、面白いことに、テーマを決めて出かけていくと、普段は奥の方にしまってあるはずの自分の見たい資料が、特別展などで展示されていることがよくあり、「資料の方から来てくれる。」と書かれていました。
郷土史や郷土史家については、非常に重視されていますね。こうしたものを丹念に調べて、私たちの目に触れさせてくださる作家さんは、吉村さん亡き後もいらっしゃるのでしょうか。本当に亡くなられたのが惜しまれます。
>吉村氏が全国各地を調査する時、必ず図書館を訪れてますね。
そのようですね。そして、面白いことに、テーマを決めて出かけていくと、普段は奥の方にしまってあるはずの自分の見たい資料が、特別展などで展示されていることがよくあり、「資料の方から来てくれる。」と書かれていました。
郷土史や郷土史家については、非常に重視されていますね。こうしたものを丹念に調べて、私たちの目に触れさせてくださる作家さんは、吉村さん亡き後もいらっしゃるのでしょうか。本当に亡くなられたのが惜しまれます。
- 2007-05-11
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[C2343] >さんぼさん
『破獄』は私も二十年以上前に読んだので、具体的な内容を忘れていましたが、この本に概要が書いてあって思い出しました。確かに、ドラマにはふさわしい題材かもしれません。私もこれを読んで、もう一度読んでみたくなりました。
- 2007-05-11
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[C2344] こんにちは!
お久しぶりです。
milestaさんの的確でシンプルな解説には、本当に驚かされると言いますか、憧れます。
私は、すぐ感情的になる嫌いがありますので・・・・・
誠に勉強になります。
史実を歩くの著者、吉村さんのモノ書き姿勢には、頭が下がります。
私も含め、朝●とか毎●の記者さんに是非、一読せねばならない書籍のようです。
いつも、素敵な書籍のご紹介感謝致します。
milestaさんの的確でシンプルな解説には、本当に驚かされると言いますか、憧れます。
私は、すぐ感情的になる嫌いがありますので・・・・・
誠に勉強になります。
史実を歩くの著者、吉村さんのモノ書き姿勢には、頭が下がります。
私も含め、朝●とか毎●の記者さんに是非、一読せねばならない書籍のようです。
いつも、素敵な書籍のご紹介感謝致します。
- 2007-05-12
- 編集
[C2345] >お竜さん
お久しぶりです。
最近、ブログ記事の文章が長くなりがちで反省し、なるべく短くまとめようと努めていたところに、お竜さんからの嬉しいお言葉・・・ありがとうございます。
これからも、なるべく読みやすく書くように精進しようと思います。
この本は、吉村さんの小説のダイジェストのような要素もあって、とても面白いですよ。それと、九州にはよく取材に行かれていたということも書かれていました。
最近、ブログ記事の文章が長くなりがちで反省し、なるべく短くまとめようと努めていたところに、お竜さんからの嬉しいお言葉・・・ありがとうございます。
これからも、なるべく読みやすく書くように精進しようと思います。
この本は、吉村さんの小説のダイジェストのような要素もあって、とても面白いですよ。それと、九州にはよく取材に行かれていたということも書かれていました。
- 2007-05-12
- 編集
[C2350]
歴史小説もそうですが小説ってすごいですよね
本当想像力がいると思います。
僕はその想像力があんまりないので
自分の話しか書けません。
想像力のかたまりのような本なのですね。
いや~気になるなぁ~
本当想像力がいると思います。
僕はその想像力があんまりないので
自分の話しか書けません。
想像力のかたまりのような本なのですね。
いや~気になるなぁ~
- 2007-05-13
- 編集
[C2353] >ウナムさん
吉村さんの場合、想像力というよりも、推察力、推理力と言った方が良いかもしれません。さまざまな資料から、事実を推理し、証拠集めに走り、検証していく。探偵になられても大成功を収めただろうと思われます。
この本は、吉村さんの小説の案内のようにもなっていて、お薦めです。
この本は、吉村さんの小説の案内のようにもなっていて、お薦めです。
- 2007-05-13
- 編集
[C2368]
ご無沙汰しております。夫に振り回される毎日を送っておりました(嘘です)
吉村さんの本は一度も読んだことが無いのですが、書店に行くとかならず「桜田門外ノ変」が眼に留まります。
これも吉村さんが書かれたものだったのですね。
一度読んでみようかな。
吉村さんの本は一度も読んだことが無いのですが、書店に行くとかならず「桜田門外ノ変」が眼に留まります。
これも吉村さんが書かれたものだったのですね。
一度読んでみようかな。
- 2007-05-18
- 編集
[C2371] >akeyanさん
お久しぶりです。
『桜田門外の変』は長いけれど、おもしろかったです。幕末というと、直接維新に関わった人たちの話は多いですけれど、そこに繋がる大事な事件「桜田門外の変」について書かれたものってあまり見かけないのですよね。これが維新を生み出す空気だったのか~ということがよくわかります。記事も書いたのでよろしければこちらも↓どうぞ。
http://milesta.blog72.fc2.com/blog-entry-133.html
『桜田門外の変』は長いけれど、おもしろかったです。幕末というと、直接維新に関わった人たちの話は多いですけれど、そこに繋がる大事な事件「桜田門外の変」について書かれたものってあまり見かけないのですよね。これが維新を生み出す空気だったのか~ということがよくわかります。記事も書いたのでよろしければこちらも↓どうぞ。
http://milesta.blog72.fc2.com/blog-entry-133.html
- 2007-05-18
- 編集
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[T244] 『史実を歩く』 吉村昭
吉村氏の著作は読んだことがなかったのですが、先日、氏がお亡くなりになった折、よくおじゃまする、HIRO。さん、 tani先輩、 milestaさん のブログ。みなさん、吉村氏逝去に言及されているではありませんか。実は、“あっ出遅れた。きっとおもしろい
- 2007-05-11
- 発信元 : 本を読もう!!VIVA読書!
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この作り替えを平気でやっている国が、それを世界にバラ撒いていますね。
日本にも朝日という作り替え専門紙があるようで、このためにどれほど国益を毀損してきたか計り知れないものがあります。これまでのように安易に見過ごさずに、報道テロは徹底追及するべきです。