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[C2042]

記録が残っているって本当すごいことですね。
日本は古文書をかなりむかしまでさかのぼれるとききました。
ヨーロッパでは30年戦争でほとんどの戸籍や資料が消えてしまったけれど
日本は江戸時代はもちろん、もっと昔まで資料をたどることができる
それがすごい。と大学時代の先生が言ってました。
日記というものがこうして残り、後の世の人がそれを読んで時代を整理する。
当時の人はそんなこと思ってもみなかったのだろうけど
不思議なつながりですね。
歴史上は桜田門外の変という名前が付いた、一事件にすぎないのですけど
本当に歴史に載るような大事件だったということが日記から再確認されるって資料って大事だと思いました。

[C2043] 国防

当時は内部で対立があったにせよ、どちらも国防という観点では憂国の士たちですね。
しかも下級武士たち、今で言えば地方議員とか公務員でしょうか。
最近は若手地方議員のほうが国会議員より国を真剣に考えて行動に移している方がいるようです。
維新の頃の日本と似た部分もあるなーと思ったりします。

[C2044]

はじめまして~、トシです♪

グーグルのブログ検索から
訪問させていただきました♪

見やすくてきれいなサイトですね♪

また訪問させていただきま~す♪
  • 2007-03-13
  • 投稿者 : トシ★在宅時間自由人♪
  • URL
  • 編集

[C2045] 歴史を読む

milestaさん、またおじゃまします。
今日の記事、こちらまで一緒に本に対処しているように
一気に読んでしまいました。

本も色んな詳細が生き生きと描かれているようでしたが
milestaさんの文章も見事で、講談でも聴くように堪能しました。

私は先攻が西洋史だったのですが、
日本史は先生が退屈でさっぱり気が入らなかったので
いまだに「超」大事件でないと覚えていない始末。

でも、この年になって嬉しいのは、
好きな本が心置きなく読める時間が持てることでしょうか。
そのうちにぜひ読んでみたい本です。というか、作者ですね。

あ、今右側を見たら、わちきのBlogが……
ありがとうございますっ!

[C2046] >unamさん

この本の資料も、関係者の日記や伝記、郷土史など膨大な量だったようです。そして、吉村さんはそれを読み取る力というか勘が冴えているようです。吉村さんは、取材中に聞いた挿話から、短銃の入手先にピンときて、資料を調べたところ推測に間違いがなかったようで、とうとう探り当てたそうです。
吉村さんの小説の臨場感は、丹念な資料調べと現場視察を欠かさないことからきているようです。

[C2047] >小楠さん

>維新の頃の日本と似た部分もあるなーと思ったりします。

と私も思いました。外圧によって目ざめた危機意識なども似ていますよね。
しかし一方で、幕末の体を張った憂国活動に比べ、現代では情報機器が発達している分、政治家やブロガーはバーチャルな論議をしているだけで、切実感はあまりないのかもしれないとも思ってしまいました。

[C2048] >トシ★在宅時間自由人♪さん

はじめまして。
いろいろな本を紹介していますので、よろしかったら、またいらしてください。

[C2049] >ysbeeさん

この本は書きたいことがいっぱいありすぎて、冗長になってしまったかなと心配していたので、ysbeeさんのお言葉はとても嬉しゅうございます。

ysbeeさんは西洋史だったのですね。私は何を専攻していたかと聞かれたら、「体育会系部活」としか言えないくらい勉強不熱心だったので、どれもこれもうろ覚えで、そしてこうして本を読んでもまた忘れてしまうのです。せめてブログにでも書いておかないと・・・。

吉村昭さんは、私の大好きな作家さんです。とにかく取材がていねいですし、冷静に感情を排して書かれるので、偏りがありません。ぜひ、吉村作品をお読みになってみてくださいね。

[C2050] 記憶があいまい(汗)

吉村さんの小説が好きで、何冊も読みました。
本書も、文庫本になると同時に読みました。
が、いかんせん、物忘れがひどくて、どういう内容であったか思い出せません。
ログを読みながら、改めて読み直した感じで、勉強になりました。

[C2051] >ぜんさん

私も吉村さんの作品は大好きで、過去に読んだ本も紹介したいのですが、どれもこれも内容が濃いので、思い出して書くことはできず、また再読するにもさらっと読み飛ばすわけにはいかず、ここに紹介できないのが残念です。

吉村昭さんや、やはりぜんさんのお好きな曾野綾子さんは、史実を大切になさり、フットワークが軽くどこへでも取材に行かれるところが素晴らしいですね。

[C2052] こんにちは

以前、milestaさんに教えていただいて、吉村氏の本を読み大変勉強になりました。ちょうど桜田門外の変について書かれていたのを今思い出しました。

おそらく本書を執筆された時のエピソードや考えを述べておられたんですね。ちょっと読んでみたくなりました。せっかくですのでTBさせて下さい。

[C2053] >VIVAさん

私はVIVAさんの記事を改めて読んで、『史実を歩く』を読んでみたくなりました。
この本の後書きを見ると、かなりの資料を集め、全国の関連する場所を歩かれたようですので、取材の裏話も読み応えがありそうですね。

[C2054] TB有り難うございます。

茨城県には関鉄之介の碑があるそうですね。
関鉄之介が脱藩したのは、水戸藩内で分裂のようになってしまったからのようです。
終戦まで井伊直弼は悪役のように言われてきましたので、今も悪人のように思っている人が少なくないと思います。
しかし、当時は攘夷も開国も国のことを思っての行いだと言えるでしょう。

井伊直弼、長野主善、村山たかを書いた「花の生涯」も宜しければご一読を薦めます。

[C2055] >まささん

>関鉄之介が脱藩したのは、水戸藩内で分裂のようになってしまったからのようです。

そのようですね。鉄之介の師でもある会沢正志斎は、安政の大獄後も、幕府に逆らってはならないと言い続けていたとこの本には書いてありました。この時、謀反を起こしたのは中堅どころの人たちなのですね。

この本を読んでいる最中に、まささんの記事を拝見して『花の生涯』も読みたいと思っていたたところです。

[C2056] 吉村昭先生。

おっと、出遅れました。僕も吉村昭氏の本は大好きでほとんど読んでます。小説ではありますが、事実に近いというのはものすごい調査研究の結果ですね。最近、一番気に入っている「遠い日の戦争」をアマゾンで購入しました。

[C2057] >HIRO。さん

そういえば、HIRO。さんのブログにお邪魔するきっかけとなったのも吉村昭さんではなかったかしら?

そして、なんと私も「遠い日の戦争」をアマゾンで購入したばかりです。町の図書館に、吉村さんの本(英語版)が二冊あって、そのうちの一冊がこれでした。さすがに吉村さんの本を英語で読むのは辛そうなので(笑)、日本語版を買って読むことにしました。この本が英語化されているって、とても好ましいことのような気がしませんか?

[C2058] 侍ニッポン

 この本は読んでいないのですが、「侍ニッポン」という本を読みました。ちょうどこの頃の話ですね。
 当時、歩いているだけで「攘夷か?」等と声を掛けられるというくだりがあったような。。
 現在、歩いていたら「改憲か?」なんて声掛けられますかね?

[C2059] >tonoさん

>現在、歩いていたら「改憲か?」なんて声掛けられますかね?

ゲラゲラ、tonoさん、相変わらず面白すぎです。でも最近では聞かれたら堂々と「ええ改憲です。」という人も多いかも。

確かにあの時代は、そうだったみたいですね。特に脱藩した水戸浪士は何も聞かれなくても、人相書きが全国にまわっていて、逃げ果せることは非常に難しかったようです。

[C2066] 小学生の時です!

 「雛祭りを題材にして詩でも作文でも良いから書きなさい!」
 「5/5は休日なのに3/3は、何故休みじゃないの?」
 書けば先生が、喜んでくれる事は、分かっていたけれど・・・
 私が作ったのは・・・

ふる雪や 我に縁なき 雛祭り
 万延元年 兵士を想う

[C2067] >鵺娘さん

こちらでは「はじめまして」ですよね。
なるほどそういうことを書いて欲しくて「雛祭り」を題材にする先生もいるのですね。
まさかこの事変を出してくるとは先生も驚いたことでしょう。

[C2073]

こんばんは。
井伊直弼公は彦根では名君として今でも慕われており、井伊家直系の曾孫は戦後長い間彦根市長でした。
私も直弼公シンパで彦根城にも行きましたが、靖國応援ブログ?の立場で言えば(維新殉難者も英霊なので)敵です。困りました(笑)
「桜(田門)」と「靖國(の敵)」という無理なつながりで、TBいれます、笑って許してください(笑)
  • 2007-03-17
  • 投稿者 : 練馬のんべ
  • URL
  • 編集

[C2075] >練馬のんべさん

歴史的事実は一つだけど、歴史認識は一つではないという好例ですね。(笑)靖国応援ブログの方には会津藩の日新館の教えや家訓に共感をもつ方も多いですし、どちらかが一方的に良い悪いではないことがたくさんあるのですよね。
この本は、水戸藩に寄り添っているにもかかわらず、井伊直弼を「極悪人」として書いているわけでもなくて、史実を掘り起こしたいという著者の姿勢が窺えます。

[C2080]

“歴史”を感じます。
国を憂い、
その時代を必死に生きた方々の歴史を!
やっぱり歴史は難しいですね。

[C2081] >刀舟さん

私は特に歴史好きだったわけではないのですが、こういう本を読むと、もっと歴史を勉強しなくちゃと思います。
大きな事件の事象でなく、先人たちは「どういう思いだったのか」に非常に興味が沸きますね。

[C2119] 牛肉味噌漬けが原因?

 井伊家は、武具製作のため唯一、牛の屠畜が許されており、冬には将軍家に牛肉の味噌漬けをおくり、大変喜ばれておりました。もちろん、徳川御三家にも彦根からおすそ分けを。
 あるとき水戸様へ牛肉が届かなかった。江戸場内で井伊直弼さんにたまたま出会った牛肉大好きの水戸斉昭さん、婉曲に牛肉を催促、もと僧侶だった直弼さんは「拙者は殺生が嫌いでござる!」とつれない返事。この態度に腹を立てた水戸公が家臣に不満を。これがしだいに増大、桜田門外の変となったホントの理由です。真面目に論じる方もおいでですけど、誰も信じてくれません。
  • 2007-03-26
  • 投稿者 : hoihoihoi
  • URL
  • 編集

[C2120] >hoihoihoi さん

へぇ----!そんな説があるのですか。おもしろいですね。

この本でも、度々食べ物のことがでてきました。
暗殺後、跡継ぎが決まらないまま直弼が亡くなったとわかると、藩が取り潰しになるので、重傷で生きていることにして、幕府から氷砂糖、朝鮮人参、鮮魚などが見舞いとして贈られた、とか、関鉄之介が隠れていた場所は「蒟蒻会館」でした。
また武士たちが集まると、たいてい食事でなく、酒と酒肴がでていました。

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[T211] 『史実を歩く』 吉村昭

吉村氏の著作は読んだことがなかったのですが、先日、氏がお亡くなりになった折、よくおじゃまする、HIRO。さん、 tani先輩、 milestaさん  のブログ。みなさん、吉村氏逝去に言及されているではありませんか。実は、“あっ出遅れた。きっとおもしろい

[T213] 靖國神社の開花標準木に3輪の花

この時季は花粉症で山にもいけず運動不足です。でも、今日は比較的花粉が飛んでいない

[T994] [今月の唄]斬殺・桜田門外の変「侍ニッポン」

安政七年三月三日( 1860 年 3 月 24 日)、「安政の大獄」で攘夷派志士や反対派の弾圧を行った大老・井伊直弼が江戸城に登城途中、桜田門外( 東京都千代田区 )にて水戸・薩摩の浪士らに襲撃され、首を取られた。 昭和六年( 1931 年)の日活映画『侍ニッポン』は、この...
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『桜田門外ノ変』 吉村 昭

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「桜田門外ノ変」で知っていることと言えば、雪の降る中、井伊直弼が尊王攘夷派に暗殺された、ということぐらいであった。
実際の襲撃から首を討ち取るまでの時間はほんの数分間であったという。しかし歴史の傍観者ではなく、当事者たちにしてみれば、そこに至るまでの計画から暗殺決行、その後の身の処し方など、前後に続く知られていない歴史がある。

例えば、桜田門外で待ち伏せをする藩士たちは「武鑑」(大名年鑑のようなもの)を携えていた。「武鑑」を片手に大名行列を見物する好事家を装っていたからである。
また襲撃前、現場には大名行列見物客を当て込んだ茶屋が出ていた。井伊直弼を擁する彦根藩の行列を待つ間、雪に凍えた水戸藩士たちは、その茶店でおでんを食べ、お茶を飲み、体が温まる薬を飲んだりしていた。

事件の直前のことだけでも、こんなに具体的で興味深い逸話があったのだ。

吉村昭氏による『桜田門外ノ変』では、その知られていない部分を、ここまで掘り起こすかというくらい丹念に調べ、感情や思い入れを排して、この事件の全体像を明らかにしている。
書かれている内容が日常の細かなことまで実に具体的で、私自身もその時代に生きているように錯覚してしまう。それほど取材が綿密だという証だろう。

細かいことまで描かれている一方で、尊皇攘夷思想が興った発端や全国に広まっていた開国への危機意識など、その頃の日本の空気もしっかり伝わってくる。それは、主人公である関鉄之介の冷静沈着な思考と全国を渡り歩く行動力に寄るところが大きいと思う。吉村氏自身あとがきで、こう書いている。

 小説の主人公を襲撃現場の指揮をとった関鉄之介にしたのは、鉄之介に多くの日記が遺されていることを氏(吉田常吉氏)に教えていただいたからだが、その事件のすべてに直接ふれているかれを視点に据えたのは正しかった、と今でも思っている。

この関鉄之介の日記を基に、とても吉村氏らしい書き方でこの事件の全貌を明らかにしようとしている。事件前は情報収集や根回しのため、事件後は逃亡のため、鉄之介が全国を歩き回った足跡を、事細かに書いているのだ。読者は鉄之介の全国行脚に付き合うことで、その時代の空気を自分の物にしていくことになる。

蝦夷地の経済価値を調べるために越後に逗留したり、暗殺計画の根回しに中国・山陰地方まで歩いて訪れたり、同志との打ち合わせに江戸を縦横無尽に動き回ったり、鉄之介を始めこの時代の武士たちは、とにかく足を使って、人脈を使って、日本中を巡っている。尊皇攘夷思想の「水戸学」が全国に広まっていったのも、こうした人づてだったのかと思うと非常に興味深い。

ところが、尊皇攘夷運動に好意的な藩主に期待を寄せて訪れてみると、藩主はもう数年前に亡くなっていたり、色よい返事をした藩が数ヶ月で慎重になっていたりして、計画通りに行かなくなることがある。通信機器も交通機関もなく徒歩に頼っていたことによる誤算も少なくなかったのだ。

ここで歴史の傍観者に戻って考えてみると、鉄之介たちの攘夷思想の陳腐さも見えてくる。
井伊直弼を確実に討つことができたのは、外国からやって来た短銃という武器のおかげであり、また計画が当初の目的を果たせなかったのは、西洋では整備されていた交通や通信の技術がなく、協力してくれるはずだった薩摩藩との連絡が取れていなかったためである。成功も失敗も、西洋文明の有無に左右されるという皮肉な結果になった。
日本が開国せざるを得ない要素は揃っていた。

それでも鉄之介たちに共感する部分もあるのは、幕府の危機感の無さ、井伊直弼の安易な譲歩を、歯がゆく思うからである。

 井伊大老は、ハリスと応接する下田奉行井上清直と目付岩瀬忠震に、条約締結は朝廷の許可を得る必要があるので、なるべく調印を延期するように命じた。
 その折、井上が
「ハリスの要求が強く是非におよばぬ場合には、調印してよろしゅうございましょうか」
と、ただしたのに対し、井伊は、
「その折は、致し方あるまい」
と答えた。


そして、実際ハリスの強硬な意見に屈して調印してしまったのだ。きちんとした交渉の上での条約であればまだしも、このようにして決まってしまったことに怒る藩主や藩士がいるのは当然だろう。

この事件の悲しいところは、誰もが国のためを思っていたのに、このようなことになってしまったというところだ。井伊直弼は私腹を肥やすために権力を強めていったわけではない。水戸藩士たちも、藩の命令に反しても、脱藩し命をかけてでも、国の名誉を守ろうとした。どちらが悪いとも決めらず、そういう時代だったとして納得せざるをえないが、多くの気概ある志士たちが命を落としていったのは残念なことである。

年表の上での事件でしかなかった『桜田門外ノ変』が、この本を読んだだけで、まるで見てきたように、その時代に生きていたように思えるようになる内容の濃い一冊であった。


※この本を読みながら同時に、吉田松陰の生涯を書いた『ひとすじの蛍火』(産経新聞連載中)を読んでいました。
同時代の似たような思想を持つ水戸と長州の武士たちですが、今のところ(まだ連載中なので)どちらにもお互いのことはあまり書かれていません。鉄之介が長州を訪れた時に吉田松陰が捕らえられたといううわさ話を聞いているくらいです。その時代には、全国の様々なところで同じようなことを考えていた人たちがいて、しかしその中には相互に面識もない人たちがたくさんいたということでしょう。
そのような尊皇攘夷思想の分布の仕方(広がり方)を味わえたという点で、この二つを同時に読むというのは、大変おもしろい体験でした。




26件のコメント

[C2042]

記録が残っているって本当すごいことですね。
日本は古文書をかなりむかしまでさかのぼれるとききました。
ヨーロッパでは30年戦争でほとんどの戸籍や資料が消えてしまったけれど
日本は江戸時代はもちろん、もっと昔まで資料をたどることができる
それがすごい。と大学時代の先生が言ってました。
日記というものがこうして残り、後の世の人がそれを読んで時代を整理する。
当時の人はそんなこと思ってもみなかったのだろうけど
不思議なつながりですね。
歴史上は桜田門外の変という名前が付いた、一事件にすぎないのですけど
本当に歴史に載るような大事件だったということが日記から再確認されるって資料って大事だと思いました。

[C2043] 国防

当時は内部で対立があったにせよ、どちらも国防という観点では憂国の士たちですね。
しかも下級武士たち、今で言えば地方議員とか公務員でしょうか。
最近は若手地方議員のほうが国会議員より国を真剣に考えて行動に移している方がいるようです。
維新の頃の日本と似た部分もあるなーと思ったりします。

[C2044]

はじめまして~、トシです♪

グーグルのブログ検索から
訪問させていただきました♪

見やすくてきれいなサイトですね♪

また訪問させていただきま~す♪
  • 2007-03-13
  • 投稿者 : トシ★在宅時間自由人♪
  • URL
  • 編集

[C2045] 歴史を読む

milestaさん、またおじゃまします。
今日の記事、こちらまで一緒に本に対処しているように
一気に読んでしまいました。

本も色んな詳細が生き生きと描かれているようでしたが
milestaさんの文章も見事で、講談でも聴くように堪能しました。

私は先攻が西洋史だったのですが、
日本史は先生が退屈でさっぱり気が入らなかったので
いまだに「超」大事件でないと覚えていない始末。

でも、この年になって嬉しいのは、
好きな本が心置きなく読める時間が持てることでしょうか。
そのうちにぜひ読んでみたい本です。というか、作者ですね。

あ、今右側を見たら、わちきのBlogが……
ありがとうございますっ!

[C2046] >unamさん

この本の資料も、関係者の日記や伝記、郷土史など膨大な量だったようです。そして、吉村さんはそれを読み取る力というか勘が冴えているようです。吉村さんは、取材中に聞いた挿話から、短銃の入手先にピンときて、資料を調べたところ推測に間違いがなかったようで、とうとう探り当てたそうです。
吉村さんの小説の臨場感は、丹念な資料調べと現場視察を欠かさないことからきているようです。

[C2047] >小楠さん

>維新の頃の日本と似た部分もあるなーと思ったりします。

と私も思いました。外圧によって目ざめた危機意識なども似ていますよね。
しかし一方で、幕末の体を張った憂国活動に比べ、現代では情報機器が発達している分、政治家やブロガーはバーチャルな論議をしているだけで、切実感はあまりないのかもしれないとも思ってしまいました。

[C2048] >トシ★在宅時間自由人♪さん

はじめまして。
いろいろな本を紹介していますので、よろしかったら、またいらしてください。

[C2049] >ysbeeさん

この本は書きたいことがいっぱいありすぎて、冗長になってしまったかなと心配していたので、ysbeeさんのお言葉はとても嬉しゅうございます。

ysbeeさんは西洋史だったのですね。私は何を専攻していたかと聞かれたら、「体育会系部活」としか言えないくらい勉強不熱心だったので、どれもこれもうろ覚えで、そしてこうして本を読んでもまた忘れてしまうのです。せめてブログにでも書いておかないと・・・。

吉村昭さんは、私の大好きな作家さんです。とにかく取材がていねいですし、冷静に感情を排して書かれるので、偏りがありません。ぜひ、吉村作品をお読みになってみてくださいね。

[C2050] 記憶があいまい(汗)

吉村さんの小説が好きで、何冊も読みました。
本書も、文庫本になると同時に読みました。
が、いかんせん、物忘れがひどくて、どういう内容であったか思い出せません。
ログを読みながら、改めて読み直した感じで、勉強になりました。

[C2051] >ぜんさん

私も吉村さんの作品は大好きで、過去に読んだ本も紹介したいのですが、どれもこれも内容が濃いので、思い出して書くことはできず、また再読するにもさらっと読み飛ばすわけにはいかず、ここに紹介できないのが残念です。

吉村昭さんや、やはりぜんさんのお好きな曾野綾子さんは、史実を大切になさり、フットワークが軽くどこへでも取材に行かれるところが素晴らしいですね。

[C2052] こんにちは

以前、milestaさんに教えていただいて、吉村氏の本を読み大変勉強になりました。ちょうど桜田門外の変について書かれていたのを今思い出しました。

おそらく本書を執筆された時のエピソードや考えを述べておられたんですね。ちょっと読んでみたくなりました。せっかくですのでTBさせて下さい。

[C2053] >VIVAさん

私はVIVAさんの記事を改めて読んで、『史実を歩く』を読んでみたくなりました。
この本の後書きを見ると、かなりの資料を集め、全国の関連する場所を歩かれたようですので、取材の裏話も読み応えがありそうですね。

[C2054] TB有り難うございます。

茨城県には関鉄之介の碑があるそうですね。
関鉄之介が脱藩したのは、水戸藩内で分裂のようになってしまったからのようです。
終戦まで井伊直弼は悪役のように言われてきましたので、今も悪人のように思っている人が少なくないと思います。
しかし、当時は攘夷も開国も国のことを思っての行いだと言えるでしょう。

井伊直弼、長野主善、村山たかを書いた「花の生涯」も宜しければご一読を薦めます。

[C2055] >まささん

>関鉄之介が脱藩したのは、水戸藩内で分裂のようになってしまったからのようです。

そのようですね。鉄之介の師でもある会沢正志斎は、安政の大獄後も、幕府に逆らってはならないと言い続けていたとこの本には書いてありました。この時、謀反を起こしたのは中堅どころの人たちなのですね。

この本を読んでいる最中に、まささんの記事を拝見して『花の生涯』も読みたいと思っていたたところです。

[C2056] 吉村昭先生。

おっと、出遅れました。僕も吉村昭氏の本は大好きでほとんど読んでます。小説ではありますが、事実に近いというのはものすごい調査研究の結果ですね。最近、一番気に入っている「遠い日の戦争」をアマゾンで購入しました。

[C2057] >HIRO。さん

そういえば、HIRO。さんのブログにお邪魔するきっかけとなったのも吉村昭さんではなかったかしら?

そして、なんと私も「遠い日の戦争」をアマゾンで購入したばかりです。町の図書館に、吉村さんの本(英語版)が二冊あって、そのうちの一冊がこれでした。さすがに吉村さんの本を英語で読むのは辛そうなので(笑)、日本語版を買って読むことにしました。この本が英語化されているって、とても好ましいことのような気がしませんか?

[C2058] 侍ニッポン

 この本は読んでいないのですが、「侍ニッポン」という本を読みました。ちょうどこの頃の話ですね。
 当時、歩いているだけで「攘夷か?」等と声を掛けられるというくだりがあったような。。
 現在、歩いていたら「改憲か?」なんて声掛けられますかね?

[C2059] >tonoさん

>現在、歩いていたら「改憲か?」なんて声掛けられますかね?

ゲラゲラ、tonoさん、相変わらず面白すぎです。でも最近では聞かれたら堂々と「ええ改憲です。」という人も多いかも。

確かにあの時代は、そうだったみたいですね。特に脱藩した水戸浪士は何も聞かれなくても、人相書きが全国にまわっていて、逃げ果せることは非常に難しかったようです。

[C2066] 小学生の時です!

 「雛祭りを題材にして詩でも作文でも良いから書きなさい!」
 「5/5は休日なのに3/3は、何故休みじゃないの?」
 書けば先生が、喜んでくれる事は、分かっていたけれど・・・
 私が作ったのは・・・

ふる雪や 我に縁なき 雛祭り
 万延元年 兵士を想う

[C2067] >鵺娘さん

こちらでは「はじめまして」ですよね。
なるほどそういうことを書いて欲しくて「雛祭り」を題材にする先生もいるのですね。
まさかこの事変を出してくるとは先生も驚いたことでしょう。

[C2073]

こんばんは。
井伊直弼公は彦根では名君として今でも慕われており、井伊家直系の曾孫は戦後長い間彦根市長でした。
私も直弼公シンパで彦根城にも行きましたが、靖國応援ブログ?の立場で言えば(維新殉難者も英霊なので)敵です。困りました(笑)
「桜(田門)」と「靖國(の敵)」という無理なつながりで、TBいれます、笑って許してください(笑)
  • 2007-03-17
  • 投稿者 : 練馬のんべ
  • URL
  • 編集

[C2075] >練馬のんべさん

歴史的事実は一つだけど、歴史認識は一つではないという好例ですね。(笑)靖国応援ブログの方には会津藩の日新館の教えや家訓に共感をもつ方も多いですし、どちらかが一方的に良い悪いではないことがたくさんあるのですよね。
この本は、水戸藩に寄り添っているにもかかわらず、井伊直弼を「極悪人」として書いているわけでもなくて、史実を掘り起こしたいという著者の姿勢が窺えます。

[C2080]

“歴史”を感じます。
国を憂い、
その時代を必死に生きた方々の歴史を!
やっぱり歴史は難しいですね。

[C2081] >刀舟さん

私は特に歴史好きだったわけではないのですが、こういう本を読むと、もっと歴史を勉強しなくちゃと思います。
大きな事件の事象でなく、先人たちは「どういう思いだったのか」に非常に興味が沸きますね。

[C2119] 牛肉味噌漬けが原因?

 井伊家は、武具製作のため唯一、牛の屠畜が許されており、冬には将軍家に牛肉の味噌漬けをおくり、大変喜ばれておりました。もちろん、徳川御三家にも彦根からおすそ分けを。
 あるとき水戸様へ牛肉が届かなかった。江戸場内で井伊直弼さんにたまたま出会った牛肉大好きの水戸斉昭さん、婉曲に牛肉を催促、もと僧侶だった直弼さんは「拙者は殺生が嫌いでござる!」とつれない返事。この態度に腹を立てた水戸公が家臣に不満を。これがしだいに増大、桜田門外の変となったホントの理由です。真面目に論じる方もおいでですけど、誰も信じてくれません。
  • 2007-03-26
  • 投稿者 : hoihoihoi
  • URL
  • 編集

[C2120] >hoihoihoi さん

へぇ----!そんな説があるのですか。おもしろいですね。

この本でも、度々食べ物のことがでてきました。
暗殺後、跡継ぎが決まらないまま直弼が亡くなったとわかると、藩が取り潰しになるので、重傷で生きていることにして、幕府から氷砂糖、朝鮮人参、鮮魚などが見舞いとして贈られた、とか、関鉄之介が隠れていた場所は「蒟蒻会館」でした。
また武士たちが集まると、たいてい食事でなく、酒と酒肴がでていました。

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[T211] 『史実を歩く』 吉村昭

吉村氏の著作は読んだことがなかったのですが、先日、氏がお亡くなりになった折、よくおじゃまする、HIRO。さん、 tani先輩、 milestaさん  のブログ。みなさん、吉村氏逝去に言及されているではありませんか。実は、“あっ出遅れた。きっとおもしろい

[T213] 靖國神社の開花標準木に3輪の花

この時季は花粉症で山にもいけず運動不足です。でも、今日は比較的花粉が飛んでいない

[T994] [今月の唄]斬殺・桜田門外の変「侍ニッポン」

安政七年三月三日( 1860 年 3 月 24 日)、「安政の大獄」で攘夷派志士や反対派の弾圧を行った大老・井伊直弼が江戸城に登城途中、桜田門外( 東京都千代田区 )にて水戸・薩摩の浪士らに襲撃され、首を取られた。 昭和六年( 1931 年)の日活映画『侍ニッポン』は、この...
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