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『栄養と料理』2011年06月号-助けがくるまで自力でしのぐ食の防災キット-

栄養と料理 2011年 06月号 [雑誌]栄養と料理 2011年 06月号 [雑誌]
(2011/05/09)
不明

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東日本大震災後、オピニオン誌などの雑誌では、「復興」や「原発」をテーマとする震災特集が相次いでいるが、女子栄養大学が発行する老舗料理雑誌『栄養と料理』でも、6月号で震災特集を組んでいる。テーマは「助けがくるまで自力でしのぐ食の防災キット」。

私たち主婦にとってはもちろん、誰でも被災したら、まず生きていくために必要なのは「食べること」。水や食材の確保、ライフラインが破壊されたときの調理、水が使えない中での衛生的な食事。
この雑誌の「食の防災キット」は、阪神淡路大震災を経験された坂本廣子氏も協力して作られており、被災した人でなければわからない視点があって、とても実用的である。
キットの項目を挙げてみよう。

1 避難所の知恵
2 過去の震災に学ぶ
3 サバイバルクッキング
4 持ち物備品リスト
5 3日分の災害食
6 防災のヒント
7 備蓄食材レシピ

被災したことのない私が、「へぇ、なるほど」と思ったことをいくつか挙げてみると、
「食器が無ければ、紙を器型に折りアルミホイルで覆って器を作ろう。」(折り図付き)
「カセットコンロは長期にわたる被災生活では相当な量のボンベが必要。ガスより電気が先に復旧という場合もあるので、IHヒーターもあると便利。」
「ポリ袋は、水が無くて食器が洗えないときかぶせたり、衛生に調理するために手袋代わりにしたり、水を溜めたり、とにかく使える。」
など、被災してみなければわからない知恵がいろいろと書かれている。
そして大事なことは、食べるものも毛布や日用品も、できる限り自分の分は自分で賄うこと。その心構えで十分な備蓄や持ち出し袋を用意していても、命が危なければ、それらを置いて逃げること。

またこの雑誌は、元々「健康」と「料理」に関する記事の質が高い。
今回も、「健康」に関しての記事も充実している。放射能に関する記事が二つ載っているし、被災者と災害現場で働く救援者の心身を支える食環境についての記事もある。
「料理」の方は、備蓄食材・常備食材を使った料理のレシピが載っているが、非常食とは思えないほどおいしそうで、衛生面、栄養面にも気を配っていて、さすがと思わせる。

震災後しばらくして、もう一つ「食」に関わる事件があった。ユッケから食中毒が起きた事件だ。あのときの報道を見ていると、当事者だけでなく報道関係者や消費者側にも食の「衛生」に関する知識が乏しい気がした。食材はそもそも無菌でないことや、食中毒を増やさないためには「つけない」「増やさない」「殺す」が必要であることなどは、外食産業の従事者でなくても知っておいてよい知識ではないだろうか。『栄養と料理』には、これまでも食中毒予防の記事が繰り返し書かれていた。毎年たいてい梅雨時や夏場には、食中毒予防のための記事やコラムが載る。

前述の坂本廣子氏は、「食育」という言葉ができる前から、子供への食の教育を重視されていた。世界のどこでどんな環境におかれても、生きていくためには「食べる」ことが必要だ、という考えに基づいている。そして、家での食事機会を大事にして、自分の子供たちに教えていきましょうと提唱していた。
最近では、忙しかったり、外食が多くて、家庭で食に関する伝承がなかなかできていないのかもしれない。母親から、電気を使わず鍋でご飯を炊く方法を習ったことがある人は、どれだけいるだろう。家で食事作りを手伝いながら「ステーキはレアでもいいけど、ハンバーグは中まで火を通すのよ。」などと教えてもらう機会がなく、そのまま自分が母親になってしまった人もいるだろう。
大人たちが、このような雑誌などで学び直し、子供に教えていくという手もあると思う。

「生きる力」の基本は食べること。そう思うと、大人も子供も、食についてまだまだ学ばなければならないことがあるのではないだろうか。


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『海の史劇』 吉村 昭 (再掲)

本日5月27日は、日露戦争における日本海海戦でロシアのパルチック艦隊を撃滅した「海軍記念日」です。
4年前に書いたものですが、吉村昭氏の『海の史劇』を再掲いたします。

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海の史劇 海の史劇
吉村 昭 (1981/05)
新潮社
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オーストラリアでは、昨日4月25日は休日だった。年に9日ある国の休日のうちの一日、戦争記念日であるアンザックデーだったのだ。
「アンザック(ANZAC)」とは“Australian and New Zealand Army Corps(オーストラリア・ニュージーランド軍団)”の略で、第一次世界大戦に連合国の一員として参戦した軍隊のことである。
この日は、かつての兵士たちに感謝を献げ戦没者を偲ぶ記念式典を夜明けに行ったり、旧軍人やその家族や子孫が勲章を付けてパレードを行う。こうした行事が全国各地で行われる。

オーストラリアの関わった全ての戦争が対象であるのに、第一次世界大戦時の“ANZAC”が記念日の名称に使われているのは、オーストラリア・ニュージーランド開国以来初めての大戦参加であったことと、ANZACが上陸したトルコのガリポリでの戦いが過酷であったためのようだ。それで、アンザックデーになると、新聞やTVではガリポリ戦の特集が組まれたり、学校の授業で習ったりする。ANZACは勇敢だったと。そしてトルコ軍とANZACの間には友情のようなものさえ生まれたというエピソードを聞くこともある。

日本の近現代で、このように語り継がれるような代表的な戦いというのは一体何であろうか。戦史について詳しいわけではないが、日本海海戦のことは、もっと今の日本人が知っていても良い話ではないかと思う。

『海の史劇』には、日本海海戦の一部始終が丹念に描かれている。
ロシア側の資料にも当たっているので、海戦の八ヶ月以上も前にロシアの大艦隊がフィンランド湾の奥から出航するところから始まる。ロシアがあちこちの港で立ち往生したり、進路をどのようにとるかで悩んだりしながら、今の感覚からするとノロノロとやってくる。そして日本は圧倒的に小さな艦隊で迎え撃つ。ロシアのノロノロを読んできた後だから、東郷平八郎率いる連合艦隊の敏捷さが引き立つ。
しかし日本軍の快進撃を応援しながらもロシアを憎めないのは、両軍共に海軍魂とでもいうのか、戦闘においては命をかけて責任を全うしながら、心には温かいものが流れているのを感じたからだ。戦いにこういう表現はふさわしくないかも知れないが、お互いに「ああ、良い相手と戦ったな。」と思ったのではないかと想像した。

連合艦隊勝利の後も歴史は続く。ロシア人捕虜の日本での厚遇、ポーツマスで行われた講和会議、ロジェストヴェンスキー提督の日本での様子や帰国後のロシアでの処遇などまで追っている。

ところで、オーストラリアでは第一次世界大戦時に、戦地の兵士達に向けて、日持ちがして栄養豊かなビスケットが送られていた。今でもスーパーに行けば、この“ANZAC Biscuits(アンザック ビスケット)”が何種類も売られていて、いつでも買うことができる。ビスケットの袋の裏側にはANZACの説明が書いてあるものもあり、誰でもこの戦いの歴史を知ることができる。
一方日本では、東郷平八郎や小村寿太郎の名前が載っていない歴史教科書があるという。私自身もこの本を読まなければ、日露戦争よりも、毎年毎年四月になると聞かされるANZACやガリポリのことの方を詳しく知る日本人になってしまうところだった。本当は教科書に載せて欲しいけれど、それが無理なら、せめて若者達にはこうした本を読んで欲しい。


※日露講和会議については、やはり吉村昭さんが『ポーツマスの旗』を書かれています。戦闘は終わっているのに、こちらでは外交という戦いが行われていたということがわかります。合わせて読まれることをお薦めします。

『「大発見」の思考法』 山中 伸弥、益川 敏英

「大発見」の思考法 (文春新書)「大発見」の思考法 (文春新書)
(2011/01/19)
山中 伸弥、益川 敏英 他

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iPS細胞の山中博士と素粒子研究でノーベル賞を受賞した益川博士の対談、と聞くと、さぞ難しいことが語られているのではないかと思うだろう。ところが読んでびっくり。本当にこの人たちは世界的な科学者なの?というような笑ってしまう話がいっぱいで、専門分野の難しいことも誰にでもわかるように表現してくれているので、心の底から楽しく読める。
たとえば、こんなやりとり。

益川 その頭文字をとってiPS。でも、どうして「i」だけ小文字にされたのですか?
山中 実はですね、若者に人気の「iMAC」や「iPod」にあやかろう、と。(笑)そういう気持ちが多少あったのは事実です。


益川博士の小学生時代のエピソードもほほえましい。

益川 ・・・あるとき母は父兄会で先生に、「たまには宿題を出していただかないと、子供が家で勉強しなくて困ります」と注文をつけたらしい。母は大恥をかきました。先生から「宿題は毎日出していますよ。しかし、お宅の息子さんは、一度もやってきたことがない」と逆に注意されてしまったんです。その夜はひどい目にあいましたよ。両親から二時間も説教を喰らいました。
山中 非常に勇気づけられるお話ですね。(笑)


と、山中博士の漢字が書けない話、塾をすぐにやめた話が続く。

お二人のユーモアと、自信に裏打ちされた謙虚な態度が、このような楽しい対談となったのだろう。
楽しいだけではなく、本の題名通り「大発見」をする人の思考法もよくわかる。
お二人は違ったタイプの科学者のようであるが、共通するのは、失敗を糧にするところだ。
山中博士は、マウスの実験二種類で仮説とは全く違う結果が出て、普通ならがっかりするところを「面白い」と感動し、その研究の延長線上にiPS細胞があるそうだ。
益川博士は、予想通りに行かなくても「できない」ことがわかったから成功例だ考えるそうだ。

共通点はまだまだあって、いろいろな分野の科学に興味があり研究分野もフラフラと迷った時期があったこと、生まれが自営業の家で稼業をそばで見ていたことなど。これらは、自分で創意工夫したり、自分独自の視点を持ち他の人が考えないことを思いつくのに役立っているというように感じた。

母親という立場で読んでいて興味深かったのは、最近の子供たちを取り巻く環境についての会話である。
山中博士は子供の頃ラジオや時計を、益川博士はテレビを分解していたという。昔は物の仕組みがきちんとわかるようにできていた。しかし今は・・・

益川 今のテレビは外側のことはわかるけど、中にどんな装置が入っていて、どういう仕組みで動くのかわからない。ブラックボックス化しているわけです。皮肉なことに、科学が発展すればするほど、科学的な事柄が人々の生活から乖離していく。

またゲーム機の普及についての言及もある。

益川 この頃は家族旅行にいっても、子供たちがそれぞれゲーム機に夢中になって会話もろくにしないといいます。携帯ゲームの性能が良くなって、ソフトを入れ替えれば何百通りのゲームができて時間がつぶせるから便利なんだそうだ。
 でも、そんなゲームのソフトが束になってもかなわないくらい、人間の頭の中には楽しいことがいっぱいつまっていることに気づいてほしいなぁと思いますね。
山中 ゲーム機の中には本当の世界も自然も存在しませんからね。
益川 それぞれの頭の中にこそ無限がある-僕はそう思っています。


益川博士は、このほかにも大学受験や子供向け科学教室などについても語っておられ、日本の教育について、いろいろと危惧されている。

山中博士は、最先端を走っているだけあって、研究者の持っているべき技術に詳しく、特に、プレゼン力の重要性を強調されている。また、ご本人が仰っているわけではないが、成功を収める科学者には人徳も大事ではないかと感じた。iPS細胞の論文を世界に先駆けて出すことができたのは、ライバルの動向を教えてくれた知人の助言があったからであるし、また実績がないのに希望する研究室に入ることができたのも、その人柄によるところが大きいのではないだろうか。

東日本大震災から日本が復興するためにも、また、将来の災害対策にも、新しいエネルギー供給にも、多くの科学の力が必要であろう。これまでには考えつかなかったような科学的「発見」が役立つかもしれない。津波の被害や、被災地の様子を見て、「人の役に立つ科学者や医療従事者になりたい」と思っている子供や若者もいるだろう。この本は、今後の日本を背負って立つ人たちに「自分にもできそうだ。」「よし、夢を叶えるぞ。」と希望を与えるような本でもある。たくさんの子供たち、若者たちに、是非読んでほしいと思っている。
 

Appendix

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