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『ぼくのじしんえにっき』 八起 正道・作/伊東 寛・絵 (再掲)

東日本大震災が起き、二週間になろうとしています。
震災で亡くなられた方のご冥福をお祈りし、被災された方々にお見舞い申しあげます。
まだ充分な支援が受けられていない方々に、暖かい場所と温かい食べ物がどうか早く届きますように、関係者の皆様、よろしくお願いいたします。

地震発生後、この記事へのアクセスが急増しましたので、再掲いたします。
元記事は2007年に書いたもので、今回の地震を踏まえた内容ではないこと、リンク先が消滅しておりますことを、ご了承ください。

以下は、過去記事です。
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ぼくのじしんえにっき ぼくのじしんえにっき
いとう ひろし、八起 正道 他 (1994/07)
岩崎書店
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「子供達への年賀状」という題名で、作家の曽野綾子さんが昨日の産経新聞(1月4日「正論」)に子供達への提案を書かれていた。とてもわかりやすく書かれていて、子供も大人もこれを読んで今年1年の過ごし方を考えるのも良いのではないかと思った。現実主義の人、家族はなにより大切だと思っている人、人間は「心」だと考えている人、甘やかすことより自立を促すことが必要だという考える人には、きっと納得のいく提案だと思う。
「優しい英雄になるために6つの提案」と副題がついていて、子供達に語りかける柔らかい言葉で書かれているので、それぞれの提案の最初の部分だけそのまま取り出してみる。

第1は、ある日曜日に、朝飯と昼飯を抜いてみてください。
第2には、一家でご飯を食べる時にはテレビを消す、という決心です。
第3に、毎日、少しずつでも本を読むこと。
第4に、うちのお手伝いをしてください。
第5に、荷物を持って歩けること。
第6に、優しい同情の心を持てる人になること。


本当は、これらの後にそれぞれ続く文章に味わいとユーモアがあってとても良いのだが、ここでは、私が今日紹介する本を思い出すきっかけとなった文章だけを引用する。

料理が自分でできなければ、人間は飢えに苦しみ、不衛生による感染症で死滅するからです。いつでもコンビニやデパ地下で、おかずを売っているという保証はありません。地震があって停電になれば、そうしたものは、明日から売り場に出なくなります。災害の日から、パンを配給できる国なんて、世界でほとんどありません。皆、自分で工夫して生きていくのです。子供だからって毎日の生活の責任を、全く担わなくていいということはありません。

曽野綾子さんは常々、人間は危険予知能力を養い、危険への備えをしておかねばならないとおっしゃる。その言葉は、戦争の体験、ボランティアや取材で目の当たりにした発展途上国の現状に裏付けされた重みのある言葉だ。国の危機管理について語られることの多い昨今だが、一般市民の私たちはまず個人の危機管理を行うべきではないかと気づかされる。

阪神淡路大震災や火山の噴火などの体験者は別として、子供達に「危機管理」「災害への備え」などと言っても、「何それ?」という感じだろう。大人の私だって、言葉でわかっていても具体的にどういうことが起こるかほとんど想像できない。

この『ぼくのじしんえにっき』は、地震の起きた地域の様子が刻々と実にリアルに描かれる。

物語は、地震が起こる前、おばあちゃんとおかあさんの喧嘩から始まる。お風呂の水の入れ替えなどという些細なことで言い合いをする。そしておばあちゃんが、いかに年寄り的な考えに毒されているかが披露される。動物が鳴くと「何か起きるんじゃないか。」と年寄りの取り越し苦労をするし、食べ物の好き嫌いは「もったいない。」と許してくれないし、「車やクーラーはエネルギーの無駄で贅沢だ。」といいながらお風呂の水は毎日入れ替えたり部屋に缶詰を溜め込んだりして年寄りの贅沢を楽しんでいる。一瞬、これはユーモア小説なのではないかと錯覚してしまうような始まり方だ。

地震が起きると、そんな年寄り臭い考えが、自分たちの飲み水や食料を確保していてくれたことがわかり、状況が悪化すればするほど、おばあちゃんの知恵が活かされていく。「情けは人のためならず」などという諺も教えてくれながら、被災地での暮らし方を主導していったのはおばあちゃんだ。

家庭の外でも、どんどん被害が広まっていた。水や食料をめぐる喧嘩、犯罪、伝染病の蔓延。悲しく、残酷で、怖いことが次々起こるが、それが現実なのだ。知っていなくてはならないことだ。

「怖くて読むのを止める子がいたら困る。」と作者が考えたのかどうかはわからないが、子供の日記という体裁をとっているため子供らしい素直な表現で書かれているので、必要以上に恐怖感を煽ることなく、自然と先が気になって読み進められる。

また淡々とした文体で、家族愛や生と死について語られているところも好感が持てる。家族愛の中でも、特に強調されているのは「お年寄りの経験を尊重しましょう。」ということだ。日記の最後にはこう書かれている。

 テレビで、「あと六十年は、じしんのしんぱいはありません」っていっていた。
 ぼくがおじいさんになるころ、またじしんがくるんだ。そのときは、ぼくがおふろを毎日そうじして、水をいっぱいためて、かんづめをかっとくんだ。


曽野さんの提案は、六十年に一度のことを疑似体験して、それに備える心構えと技術を養っておこうということだ。子供達だけでなく、豊かで平和な時代に生まれ育った私たち皆への年賀状だと考えてもよいのかもしれない。
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