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『イラク自衛隊「戦闘記」』 佐藤 正久 

イラク自衛隊「戦闘記」イラク自衛隊「戦闘記」
(2007/03/15)
佐藤 正久

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「ヒゲの隊長」こと佐藤正久氏が今、二度目の旋風を巻き起こしている。
一度目は、イラクのサマワで自衛隊が派遣された時、ヒゲのおかげもあってイラクの人々から慕われる先遣隊長として名を馳せた。
二度目は、参議院議員として安全保障問題について理路整然と与党の曖昧さを質し、大臣達がしどろもどろになる様子がインターネット上の動画で多くの人々に視聴され、ヒゲ隊長の人気が再び高まっている。

私もその動画を見て虜になった一人である。
専門家であるにも拘わらず、誰にでもわかる言葉遣いで簡潔な質問をする。
持っている情報量が並みではない。
その情報を基にした適切な分析と問題点の抽出。
国防や外交という大局と現場や国民感情という細かな部分の両方を考えることのできる視野の広さ。
そして意外にも、と言っては失礼だが、かなり心優しい方のようなのだ。
外交防衛委員会などをじっくり聴いていると、与党が普天間問題で袋小路に入って困っているのを助け出そうとしているように思える。連立が足枷となって外務大臣が言いたくても言えないことを質問の形で代弁したり、首相や防衛大臣が知らなくてはならないことを一つ一つ丁寧に説明したりしており、ただ単に与野党対決という姿勢でなく、国防のためにはいくらでも協力しようとしているように見える。ただ、与党がその助け船に気づいていないか、プライドがあって助けを求められないのか、今のところ答弁の方は言い訳に終始している。

佐藤氏にとっては、与野党の確執などはちっぽけなことなのではないだろうか。
質疑の中で、とても印象に残った言葉がある。普天間の移設問題で、与党の段取りやアプローチができていない、きちんとしなければならないと指摘した後に、このようなことを呟いた。
「そういうところでずっと生きてきた。結果が出ないと死んでしまいますから。」
この一言で、必死で質問をする佐藤氏と、ぼんやりとしていてのらりくらりとした答弁を繰り返す閣僚との違いの本質がわかった気がした。本気で命を守ろうとしているかどうかなのだ。

この『イラク自衛隊戦闘記』を読むと、佐藤正久氏がなぜ、広い視野を持ち、分析力や交渉力に優れ、慎重さと迅速さを兼ね備えているかがよくわかる。そうしたことができなければ、部下である自衛隊員達の命が危ないからだ。

世の中には、自衛隊というと戦争が好きだとか命を大切にしないかのように言う人がいる。自衛隊があると今にも戦争が起こってしまうように考えている人もいる。
しかし、この『イラク自衛隊「戦闘記」』を読むと、佐藤氏を初めとした自衛隊の方々が、どんなに苦心して戦いやテロや揉め事のない国際貢献をしようと努力されてきたか、誰もが認めざるを得ないだろう。佐藤氏がイラクで信頼され人気者だったのは、決してヒゲのおかげだけではない。自衛隊員の命も、イラクの人々の命も、そして日本とイラクの友好も、本気で大切にしていたからだと思う。
本書に挿入されている、現地の青年が行方不明になったときの吉田純真二等陸佐の回想には、自衛隊員のイラクへの思いが溢れ、涙無くしては読めない。

まだヒゲ隊長のことをあまりご存じない方は、この本や外交防衛委員会や予算委員会の動画をご覧頂きたい。多くの人たちが「ヒゲ隊長を防衛大臣に!」と言う理由がわかるだろう。防衛は、真剣に国を護り命を守ってくれる人に託したい。自衛隊アレルギーの方々も、「自衛隊出身者が防衛大臣などになったら戦争を起こしてしまう。」という考えは、大きな誤解だと気づくのではないだろうか。


※佐藤正久議員関連リンク
佐藤正久議員(ひげ隊長)動画一覧
【ひげ隊長】2010/3/16 参・外交防衛委員会 動画
佐藤正久オフィシャルページ
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『砂漠に創った世界一の学校―学力世界ナンバーワンの生徒を育てた日本人女性校長、涙のビジネス戦記』 スワーダアルムダファーラ

砂漠に創った世界一の学校―学力世界ナンバーワンの生徒を育てた日本人女性校長、涙のビジネス戦記砂漠に創った世界一の学校―学力世界ナンバーワンの生徒を育てた日本人女性校長、涙のビジネス戦記
(2009/02)
スワーダアルムダファーラ

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スワーダ・アル・ムダファーラ氏は、オマーンというイスラムの国で、私立の学校を一から創り、数年後には世界規模の学力テスト(IGCSE A-Level)で世界一位の成績を修める生徒を誕生させた。その「世界一の学校」の創始者であり校長であるスワーダ氏が、日本のラジオに出演され流暢な日本語で語った。

「私のアイデンティティーは『日本人』です。」
「オマーンでは日本人は信用されている。それはこれまでの日本人達のおかげです。」
「校則とは、子供達が我慢を学ぶためにあるのです。」


流暢な日本語を話すのは当然のことで、彼女が東京生まれの歴とした日本人であったからだ。オマーンに移り住み、イスラムに帰依し、名前も変えた。しかし、日本人としての誇りを持ち続け、日本人としてオマーンに生きた証が欲しくて学校を創ったという。

この人物に興味を持ち、また教育方針に共感を覚え、スワーダ氏自らが書かれたこの本を読んだ。

高校生の時から自分の生き方は自分で選び、失敗する度に何かを掴んで立ち上がり、脇目もふらずに前進する。四度の結婚と三度の離婚、数え切れないほどの起業歴、政府と交渉し前例を覆しながら自分の理想を実現させていく交渉力・・・。身近にいたら圧倒され、話しかけることもできないくらいの「強い女」というのが、本を半分ほど読んだ辺りの印象だ。
戦後の進歩的な女性が憧れる、自立していて、何ものにも束縛されず、自由を謳歌し、古い価値観をぶっ壊し、男性並み(実際は男性以上)に仕事がデキる、その代表者のような人物である。

学校の運営について書かれている後半に読み進むと、印象が少しずつ変わっていく。「強い女」であることに変わりはないのだが、全く新しい側面も見せてくれる。
スワーダ氏が教育を語るとき、そこには子供達への強い愛情が感じられる。子供達に何をどう与えたら、よりよい学校生活が送れるか、よりよい未来が開けるか、常に子供に心を寄せている。そして子供に心を寄せるということは、子供の我が儘を聞き入れ子供に迎合することではないということが、はっきりと書かれている。
スワーダ氏の学校では校則に「してはいけないこと」を掲げていて、その中には例えば携帯電話の持ち込み禁止などがあるという。なぜ禁止なのかを考えさせ、理解させ、「けじめ」を身につけさせる教育が大切だと考えるからだ。

自分の心をコントロールして精神力を強くする-。これが私の躾教育の核です。欲しい物が買ってもらえなくても膨れっ面をしない、欲しくても持たない、持っていても自慢しない。そうした精神力を養う時期は子ども時代しかありません。学校とは、校則を通じて子ども達が自分の心をコントロールしていく場所なのです。

このような教育の基本的な考え方は、自分の受けた日本の教育の素晴らしさにあるという。特にオマーンの子供達に教えたい日本の心は、
一、相手を非難する前に自分の行動を振り返り、悪いと思ったらすぐ謝ること。
二、一歩引いて相手の気持ちになって考えること。
三、目上の人に敬意を払うこと。

他にもラジオ体操、運動会、折紙など、私たちが当たり前だと思っている日本的な教育プログラムにも価値を見出し、自分の学校に取り入れているそうだ。

また、子供達だけでなく女性達への提言も書かれている。

ただ、一つだけ言いたいのは、子どもを持つ女性には、仕事を休んで我が子の世話をする時期が必要、ということです。もちろん、女性は働くなと言うのではありません。「よき子どもを育てるための母親の役割」を、よくよく考えてみてほしいのです。
 日本にもオマーンにも言えることですが、今、子ども達が荒れているのは、母親が家庭にいて子どもの話をちゃんと聞いてあげないからではないでしょうか。
 荒れた子どもを立て直すことは、社会を立て直すことにもつながります。蟻や蜂を見ても、“家”にいるのは王様ではなくて女王様。人間社会も同じように、男性が外で働いて収入を家に持ってくる、女性はまずしっかりと家庭を築く。それが自然の原理であり、そのサイクルがうまく回れば社会を築き直せるはずです。


学校では毎朝、スワーダ校長が一人一人の子供と握手をし、子供の様子を知り、心を通わせることに努めているそうだ。

スワーダ氏が世界から注目されるような学校を創り、教育のプロフェッショナルとして成功したのは、高い学歴があったためでも、資産家であったためでもない。必要な資金は自分で稼ぎ、必要な知識は自ら貪欲に学ぶ。その過程で失敗があっても、そこから次に繋がる何かを掴み取る。
スワーダ氏の生き方を見ていると、私たち現代の日本人は、なんと甘やかされているのだろうと思わざるを得ない。不況だから・・・、子育てに手がかかるから・・・、教育にはお金がかかるから・・・、と、国からの支援ばかりに期待するのは、一人一人の自立の妨げになっているのではないかと思えてくる。 

スワーダ氏は、「どんな経験も無駄なものはなかった。」と言う。そういう姿勢で生きることが、いかに未来を希望に満ちたものにしてくれるだろう。スワーダ氏と同じ生き方は到底無理だけれど、「どんな経験も無駄なものはない。」という言葉は、いつも心に持っていようと思う。

『坊っちゃん』 夏目 漱石

坊っちゃん (新潮文庫)坊っちゃん (新潮文庫)
(2003/04)
夏目 漱石

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今の子供達はつくづく幸せだと思う。私の子供の頃に比べて、読み応えのある児童書や中高生向けの小説がたくさんある。かつては小学校の高学年から中学生の読むものは本当に少なかった。子供達が新しい作家の本を見つけ、次々とそのシリーズを読んでいくのを見て、うらやましいと思う。

「でも・・・」と時々思う。選択肢が豊富にあることで、古くからある名作を読まないままになってしまうことが残念だ。読むことを薦めても、「だって古くさいんだもん。」と言う。ぱらぱらとめくって、言葉や情景が古くさいからきっとおもしろくないだろうと思いこむのは勿体ない。『坊っちゃん』なんて落語みたいにおもしろいのに・・・。

そんなことをこぼしていたら、文学にたいへん造詣の深い方が、
「『坊っちゃん』を読み聞かせたらいかがですか?」
と提案してくださった。なるほど!と、さっそく毎晩夕食後のひととき、『坊っちゃん』を少しずつ読んでみることにした。
するとこれが大当たり。子供達はゲラゲラと笑いながら聴いている。私が読むのを忘れていると、
「ねぇ、『坊っちゃん』!『坊っちゃん』!」
と催促される。
下の子など、あまり『坊っちゃん』に夢中になり過ぎて、フィギュアスケートのコーチの名前を「ゾナモシ」だと勘違いしたくらいだ。(正解は「モロゾフ」)

読んでいる私も、威勢の良い文章に乗っかって、調子よく啖呵が切れるようになってくる。
そして『坊ちゃん』は黙読より音読こそがふさわしい読み方なのではないかと思えてくる。
例えば、生徒にいたずらを仕掛けられて悔しがるこんな場面。

正直に白状してしまうが、おれは勇気のあるわりあいにちえが足りない。こんなときにはどうしていいかさっぱりわからない。わからないけれども、けっして負けるつもりはない。このままにすましてはおれの顔にかかわる。江戸っ子はいくじがないといわれるのは残念だ。宿直をして鼻たれ小僧にからかわれて、手のつけようがなくって、しかたがないから泣き寝入りにしたと思われちゃ一生の名折れだ。これでも元は旗本だ。旗本の元は清和源氏で、多田の満仲の後裔だ。こんな土百姓とは生まれからしてちがうんだ。ただちえのないところがおしいだけだ。どうしていいかわからないのがこまるだけだ。こまったって負けるものか。正直だから、どうしていいかわからないんだ。世の中に正直が勝たないで、ほかに勝つものがあるか。かんがえてみろ。今夜じゅうに勝てなければ、あした勝つ。あした勝てなければ、あさって勝つ。あさって勝てなければ、下宿から弁当を取り寄せて勝つまでここにいる。おれはこう決心したから、ろうかのまん中へあぐらをかいて、夜のあけるのを待っていた。蚊がぶんぶん来たけれどもなんともなかった。さっき、ぶつけたむこうずねをなでてみると、なんだかぬらぬらする。血が出るんだろう。血なんか出たければ勝手に出るがいい。

坊ちゃんはこの通り、単純で喧嘩っ早いけれど、育ててくれた清への愛情や感謝の気持ちもあちこちに散りばめられている。清の出てくる場面になると、自分の読み方も心持ち優しい声色になっている。

『坊ちゃん』を読み聞かせる。そうすると、約百年も前に書かれた物語が、目の前で活き活きと動き出す。もう「古くさい」なんて誰も言わない。
『坊ちゃん』の読み聞かせ、試してみませんか?

必読『未来予想図 選択的夫婦別姓を問う』 安藤慶太(産経新聞)

はじめにお断りしておくが、これは書籍ではない。今朝まで三回に渡って新聞に連載された「フィクション」を交えた記事である。とても読みやすく、かつ考えさせられるので、このテーマに関心がある人もない人も、ぜひ読んでいただきたいと思う。(記事の下にリンクを貼りました。)

現政権が、積極的に成立させようとしている「選択的夫婦別姓」。国民の間にはまだよく知られていない法案で、賛否両論あるようだが、各種アンケートやインタビューを見ていると、女性には比較的好意的に受け止められているようだ。「男女平等のためには必要だ。」「自分は別姓にしたくないけど、自由に選べるのは良いことだ。」などが、その理由になっている。

しかし、私はどうもこの法案には薄気味の悪いものを感じていた。
「子供が18歳になったら『家族解散式』をやろう。」と著書に書いている福島瑞穂少子化担当大臣が、この法案にたいへん積極的であることからも、この法案を望んでいる人たちは、家族の絆を軽視している人々が多いような気がしていたからだ。
推進派の人たちは「慣れ親しんだ姓を捨てることを苦痛に思う人が多い。」という。そんなことが我慢できないなら、結婚生活や子育てをしていく上で次々と出てくる自分の意に沿わないことにどう対処していくのだろう。親の自分都合の選択によって、子供が「親と別姓であることに感じる苦痛」が生まれないとも限らない。
社会のあり方さえ変えてしまうこの法律に対して、「選択したい人はすればいい」という他人事にしておいてよいとは思えなかった。

新聞紙上に連載されたこの「フィクション」は、もしも選択的夫婦別姓法が成立してしまったら、どのような事が起こるのかを、具体的にいくつかの家庭を想定して描かれている。各三回の内容は、次の通り。

上『ほころぶ家族の絆 お父さんだけ違う姓』
◇夫婦別姓を希望する女性と別姓に反対の男性との結婚準備をめぐるゴタゴタ
 田中京子は結婚を目前に控え、憂鬱だった。・・・
◇夫婦別姓を選んだ両親の元に暮らす中学生の心の内
 佐藤りえは中学2年生。両親が別姓を選択した。・・・
◇夫を亡くした女性が、亡夫の婚外子だという見も知らぬ人物に息子と同等の相続を与えなければならなくなった困惑と焦燥
 自分も死にたいと、大山妙子は思った。四十数年連れ添った夫が先日、急逝した。・・・

中『自立からすれ違い 米国の教訓』
◇女性の経済的自立こそ女性の幸福だと信じて別姓を選択したアメリカ人女性の結婚生活
 「ローラ、もしもの時に男性に頼らなくても生きていけるように仕事を持っておきなさい」 母は、娘の私に繰り返しこう話した。・・・

下『廃れる先祖への敬慕 戸籍も墓も個人単位』
◇結婚と同棲の垣根がなくなっていき、戸籍やお墓も個人別になっていく究極の個人社会
 選択的夫婦別姓法が導入されると、やがて戸籍の個人別管理をめざす「戸籍改革」が掲げられた。・・・

選択的夫婦別姓法の思想的な背景には「マルクス・レーニン主義」の目指す完全な個人社会があるという。
そう聞くと、とても難しい問題のような気がして思考停止や無関心になりそうだが、この連載記事は身近な例に置き換えて、どのようなことが起こるのかがよくわかるように書かれている。
新聞紙面の中でも、比較的難しくなく読める記事だと思う。ぜひ、リンク先で読んでいただきたい。(上中下それぞれの表題をクリックするとすぐに読めます。)

『未来予想図 選択的夫婦別姓を問う』
 上『ほころぶ家族の絆 お父さんだけ違う姓』
 中『自立からすれ違い 米国の教訓』
 下『廃れる先祖への敬慕 戸籍も墓も個人単位』


『中山成彬はなぜ日教組と戦うのか』 伊藤 玲子 (過去記事)+北教組についての新しい戯言

北教組の政治資金問題が表に出て、国会でもヤンキー先生こと義家弘介参議院議員が北教組の政治活動や偏向教育について鋭く斬り込んでいらしたという報道がありました。義家議員は、北海道の私立高校で教鞭をとっていらした方なので、他人事ではないという思いもあったのではないでしょうか。

昨年亡くなられた中川昭一元衆議院議員は北海道選出の議員でいらして、ずいぶん早くから教育の改善を政策の中心に掲げられていました。

また同じ北海道選出の町村信孝衆議院議員も、46協定や鉛筆年休を批判なさってきましたし、つい最近では北教組の資料に「竹島は韓国領だ」とあるのを指摘しています。

昨年の今ごろ下掲の記事に書いた入学式の体験も、北海道での出来事でありました。

北海道の教育に触れる機会があると、「この教育は何かおかしい。」と気づくことが多いのではないかと思います。このような実態は一般にはあまり知られていないようなので、昨年は書かなかったことも少し紹介したいと思います。

我が子の入学式で君が代が歌われなかった(下記参照)ことに衝撃を受け、当時20代の若者に以前から同様だったのか訊いてみました。
中学の卒業式の前に担任の先生から「君が代のメロディーが流れるときは、先生達退出して会場からいなくなるけどびっくりしないでね。」と言われ、本当にその通りになったそうです。

数年前、友人の子供の学校では、学習発表会(学芸会)の劇のテーマが、兄弟どちらの学年も「戦争」であったそうです。日教組の好む「反戦平和教育」がこのような形で取り込まれているのでしょう。二学年も、というのには思想教育的なものを感じ、学習発表会の場が利用されているのではないかと感じました。

我が家では一時、北海道新聞を取っていたことがあります。46協定のおかしさが指摘されはじめていた時期でしたが、道新の記事では「過酷な労働に耐える教職員に同情する」というような論調ばかりでした。また、その頃起こった卒業式に生徒が国旗を引きずり降ろしたという事件についても、生徒の「気持ち」を大切にすべきだという内容の記事を書いていました。我が家が購読を止めた後も、熱心に「国家・国旗を強制するな。」という記事を書き続けています。
教育とマスコミが一枚岩となって、教育を歪めていく事態を恐ろしく感じました。

北海道の先生方が皆怠けていたり、思想教育に熱心なわけではありません。
我が子がお世話になった先生は、とても教え方も上手でしたし、放課後も子供のスポーツ指導で毎日遅くまで学校に残り、休日も試合の付き添いにいらしているようでした。
知人の中学の先生は、自ら問題のあるクラスを担任し、他の先生方の嫌がるクラブの顧問も率先して引き受けていました。
私が君が代問題で質問をした20代の若者は、公立高校で担任の先生から「日本が悪いとばかり言う偏向した教育や情報を鵜呑みにしてはならない。」と教わったそうです。
こうした先生も少なくないことから、保護者が北教組の問題になかなか気づかないのかもしれません。


※北教組の活動についてはこちら↓に詳しく書かれています。
『北教組の深い闇 学校を支配する諸悪の根源「46協定」とは』

※(21:26追記)日教組と戦い続ける阿比留記者が北教組についての新しい資料を紹介しています。
『北教組の極めて異様な国家国旗反対文書』


以下は、過去の紹介記事です。

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中山成彬はなぜ日教組と戦うのか中山成彬はなぜ日教組と戦うのか
(2008/11/26)
伊藤 玲子

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卒業・入学シーズンになると、我が子の小学校の入学式を思い出す。「懐かしく」とか「微笑ましく」といった感情ではなく、背筋がぞっとするような感覚と共に、である。

入学式だから当然「君が代斉唱」の場面がある。式次第に「斉唱」と書かれていたかどうか定かではないが、ともかく伴奏が始まった。私も歌い始めようと口を半分開きかけたが、左右の保護者はピクリとも動かない。次の瞬間声を出して歌い始めたのは、校長先生と一人の父親だけであった。生徒などまるでいないかのように子供の声はひとつも聞こえない。以前から日教組の強い地域であることはわかっていた。だからこそ、こういう場面では必ず声に出して歌おうと考えを固めていたのに、いざその異様な雰囲気に身を置くと、金縛りにあったように、動くことも声を出すこともできなかった。
さらに不可思議なのは、「校歌斉唱」になると子供達も先生方も保護者もみんな大きな声で堂々と歌うのだ。これが先ほどまでしーんと押し黙っていた人たちかと驚くほどの大声で。ここが母校である保護者が多いこともあり、多くの父母が校歌を歌える。そして君が代は歌わない。普通は逆なのに。
普段日教組は「国歌・国旗の強制はいけない。」というが、あの時、私は「歌わないことを強制されている」と感じた。

歌う、歌わないの問題より(これももちろん大切だが)、このように知らず知らずのうちに、子供達が特定の、それも反国家的な思想に染まっていくということに私は恐怖を感じた。

たかが入学式で何を大袈裟なと思う方も多いだろう。
何か過激で嫌ね、と感じる方もいらっしゃるだろう。
しかし、そう思った方にこそ、この本を読んでいただきたい。
著者の伊藤玲子氏は、長い間ごく普通の専業主婦でいらした。お孫さんの学校での通信簿のつけかたに疑問をもったのがきっかけで、日教組の実態を知ることになり、市議となり実態調査や教育改革に取り組まれてきた。
普通の主婦で、もう子育ても終わり、おばあちゃんになっていた女性をここまでの行動に駆り立てるほどの「悪」とは何なのか。

この本には、もしも自分の子供がこのような学校に通っていたら・・・とぞっとするような事例が、これでもかこれでもかと出てくる。日教組だけでなく共産党系の全教の例も含まれているが、思想的にもやることもほぼ同じである。

小学校の音楽の授業に突然チマ・チョゴリを着た女性が現れ、朝鮮語の謎の歌を一緒に歌わされる。真面目に歌わないと、普段以上にひどく怒られる。その挙げ句、教員がこう語り始める。

「日本がかつて朝鮮を支配していた時代に、その悔しさと苦しみの中で朝鮮の人たちが歌っていた歌です。皆さん、そのときの朝鮮の人たちの気持ちになって歌いましたか」

その後、どのような背景があるのかの説明もなく、本当にあった事かどうかもわからない話が披露される。

「この女性(チマチョゴリの女性)のお父さんの知り合いは、戦前に日本の統治下でひどいことをされました。みな道路わきに並べられ、順番に鉄砲で撃たれていったんです」

溺れた子供を大学生が助けようとして二人とも亡くなってしまったニュースに対して、こう語る社会科の教員。

「この大学生は命を大切にするということさえ分かっていれば、こんな結果にならなかったはずだ。自分の命を大事にするということさえわかっていれば、川に飛び込まなかったはずだ。君たちは自分の命をもっと大切にしなければならない」

自衛隊員の子供がクラスメートの前で、教員からこういわれた例がいくつもあるという。

「○○ちゃんのお父さんは自衛官です。自衛隊は人を殺すのが職業です」

これらのことが、「平和教育」「人権教育」などといういかにも子供にとっても社会にとっても大切であるかのようなスローガンの下で行われているのだ。「生徒の人権」の具体的な内容にはこんなことまで掲げられている。

『遅刻しても授業を受ける権利』『飲酒・喫煙を理由に処分を受けない権利』『セックスするかしないかを自分で決める権利』『子供を産むか産まないかをきめるのは女性自身の権利』・・・

伊藤玲子氏が、日教組の教育で育った人が権利ばかりを主張するモンスターペアレンツになり、今になって自分たちのしたことが跳ね返っていると指摘するのはもっともだ。きちんとした教育をされている先生方がお気の毒でならない。

この他、授業を疎かにした組合活動、労働者の権利への執着、選挙活動に組織を利用する実態、教員同士のいじめ、校長先生を何人も自殺に追い込むような吊し上げ・・・などが事細かに書かれている。
日本の教育問題の根幹は日教組(と全教)の「反国家の政治活動」と「まともな人間をつくらない教育」だという伊藤氏の分析が、決して荒唐無稽でなく、いかに的を射たものかがよく分かる。

これらの実態を知った伊藤氏が、平成六年から歴代の文部・文科大臣に
「日教組支配を断ち切らなければ日本の教育はよくならない」
と訴え続けて十年、初めて、それに応えて真剣に取り組んだのが中山成彬元大臣だったという。大蔵畑で何もわからないからと、現場に足を運び、全国からの報告に目を通し、教育改革に道筋をつけた。
その後、国交大臣に就任された際に「失言」問題で辞任されたのは周知の通り。辞任をしてでも、言わなければならないことを言い続けると決意されたそうだ。

私は、文部科学大臣在職中も含めて何度も日教組について発言しているのに、マスコミは全く採り上げてくれませんでした。しかし、「失言」にして叩けると思った瞬間に、食いついてきましたね。

マスコミだけでなく、日教組については、文部科学省も各地の行政機関や教育委員会も、気を使ったり恐れたり取り込まれたりして、問題点を指摘することが少ない。教育の実態も、政治家との癒着も、酷いことになっているのに、報道されることがない。
中山氏が、国交大臣を辞してまで国民に伝えたいと思った教育の実態を、私達はきちんと知っておくべきではないかと思う。教育が、未来の日本をつくっていくのだから。


※以下は日教組と戦う阿比留記者の記事の一部です。
民主・輿石氏「教育の政治的中立などありえない」
輿石氏の政治信条「逃げない、ウソつかない」と過去エントリ
ミスター日教組、槇枝元文氏と北朝鮮の関係について
日教組女性部によるPTA工作と石坂啓氏の講演



『三月ひなのつき』 石井 桃子・作/朝倉 摂 ・絵 (過去記事) +平成22年の戯言

三月に入り、女の子のいる家にはお雛様が飾られていることだろう。
この本を初めて紹介した頃は、「女らしさを押しつける」として学校で「雛祭り」を行わないよう呼びかけるパンフレットが文科省の委託団体によって作られていたそうだが、最近ではそのような日本文化の否定という非常識は是正されたのだろうか。子供の学校では、お雛様が飾られたり、雛祭りの由来についてのお話があったりする。

雛祭りは、日本の伝統文化であり、またこの本にあるように家族の歴史と繋がっていることも多いのではないだろうか。
戦争で焼かれてしまった思い出のお雛様、なかなか買えない中での高価ではないが心のこもったお雛様・・・。
私の家では、父の病状が悪化して、父母が揃って最後に電車に乗って出かけた先が御人形屋さんだったと、母が教えてくれた。我が子、つまり孫娘のための初節句の御人形を選びに行ってくれたのだ。

日本の人形作りは世界に誇るものだと思う。
何枚もの布を重ねて美しい衣装を作る色彩感覚、筆一つで微笑むような表情をつくれる技、そして小さくても本物に負けないどころか本物よりも精巧で美しいつくり。私たちは当たり前のように思っていることも、外国の人に見せると「信じられない!」と絶賛を浴びる。
このような手先の器用さや美的感覚は、人形作り以外でも、末永く日本の得意分野として持ち続けたいものだ。

また雛祭りに、ひなあられや桜餅、菱餅などを頂くことも子供達の楽しみの一つである。
クリスマスにはブッシュドノエルやパネットーネ、シュト-レンなど各国の伝統的なケーキやパンが手に入るようになったというのに、雛祭りに雛ケーキを食べ、日本の伝統的な御菓子を選ばない傾向があるというのは寂しい限りだ。
みなさん、今年は雛ケーキをやめて、和菓子にしてみませんか?

以下は、過去の紹介記事です。

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三月ひなのつき三月ひなのつき / 石井 桃子、朝倉 摂 他
 
幸せなことに私も我が娘も、初節句の時から雛人形を持っている。私の時は母方の祖母が、娘の時は私の両親が選んでくれた。どちらの時も、これと決めるまでに御人形屋さんの店内を何周もして、一番良い顔の人形を選んでくれたらしい。「自分の孫には納得のいく御人形を。」という気持ちが嬉しい。

自分の子や孫に雛人形を選ぶときは、誰しも同じような気持ちを抱くのだろう。
この『三月ひなのつき』のよし子は、十歳になるのにお雛様を持っていない。おかあさんの気に入ったお雛様が見つかるまで買ってくれないからだ。

おかあさんは、自分が子供だった頃に持っていたお雛様が忘れられない。おかあさんの祖母が、隣に住む人形づくりのおじいさんに頼んで作ってもらった特別のひと揃いは、女の子なら誰でも欲しくなるようなつくりになっている。

他にはない魅力のひとつは、木でできた箱の中に全部一式が入っていて、外箱と御人形が一つ一つ入っている内箱を組み合わせて、ひな壇を成すことだ。だから外箱の引き戸には美しい春の絵が描いてある。一つの箱に全てがきちんと収まっていて、こぢんまりとした檀飾りができるというのは、豪華な大きいものよりも愛着が沸いて好きだという女の子が多いのではないだろうか。

もう一つの魅力は「小道具一式」。私も自分の雛人形を出したときに、一番楽しみだったのは御人形よりもお道具だった。このおかあさんの小道具はとても凝っている。

 まず最初にさがすのは、内裏びなのそばにおくものです。女びなには、まるい平らな赤い箱にはいった鏡があり、男びなのためには、刀掛けがありました。それから、その外側に燭台が一つずつ。これも、かわらけに油をつぎ、灯心をいれてともす式の、古風なあかりでした。そして・・・

と小道具だけで四ページもの説明がある。
そんな素敵なお雛様だったが、一九四五年五月二十六日の空襲で焼けてしまって今はない。

 それいらい、よし子の家には、おひなさまはありません。あまり、まえのおひなさまが、おかあさんの心に美しくきざみこまれてしまったので、おかあさんは、ほかのものを、あのおひなさまのかわりにかざることができなくなってしまったのです。

そして、よし子が生まれ、毎年おかあさんの気に入るのが見つからないうちに、おとうさんがなくなり、お雛様がやってくる望みはもっと薄くなっていた。
よし子は、本当は自分のお雛様が欲しかったが、家のことを考え我慢してきた。ところが、とうとう我慢ができなくなり、おかあさんに、欲しい気持ちを言ってしまう。

おかあさんは意を決して二人でデパートに行くが、やはりなかなか気に入ったものが見つからない。休んでいる間に、おかあさんがよし子に話してくれた「あのおかあさんのおひなさまが、今のおかあさんを助けてくれている。」という話は感動的である。その話は、よし子を「もう少し待ってみよう。」という気にさせた。

そして今年もお雛様を買わないまま三月三日を迎えた。
その日よし子は、あの時買わずに待って良かったと思ったに違いない。おかあさんも、よし子にさみしい思いをさせずにすんで、ほっとしたに違いない。おかあさんからよし子へ宛てた手紙に、「三月三日 おとうさんの日に」とあるのが、じーんとくる。

Appendix

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