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『日本人が知らない幸福』 武永 賢

日本人が知らない幸福 (新潮新書)日本人が知らない幸福 (新潮新書)
(2009/09)
武永 賢

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あっという間に読めて、内容が濃く、深く考えさせられるこの本を、多くの若者-中学生くらいから読めるだろう-に読んで欲しい。著者の人生や考え方の一つ一つに、生きていく上で役に立つだろうことがたくさん含まれているからだ。
また、これから子供を育てていく人たちにも読んで欲しい。子供に何を与え何を与えずに育てるべきかを考える参考になると思う。

著者武永堅(たけながけん)氏の以前の名前はヴー・ダン・コイ。中学生の時にベトナム難民として日本にやってきて、後に帰化して医者となった。1965年生まれだというから、だいたい今の中高生の親世代である。

武永氏はかつて「ボートピープル」だった。ベトナム戦争が終わった後、多くのベトナム人がボートで国外脱出を図った。小さなボートで、家族と別れて、水も食料もほとんどなく、当局に見付かったり海が荒れれば命の保証はない。そんな危険な国外脱出を、コイ少年は七回も試み、全て失敗に終わった。
それほどまでにベトナムでの生活は厳しかった。共産主義政権から逃れるために、未開のジャングルを切り開き自給自足を目指す父親と姉。町に残った自分はまだ恵まれていたという。恵まれているといっても、10歳から16歳までの毎朝、母親の商売のための荷物を闇市から運んでくるという日々だ。
縁あって日本に来てからは、ベトナムよりはマシだとしても、周りの日本人と比べれば、極貧といえるような生活を送った。

その後、武永氏は医学部に合格し医者になった。
日本語を知らずに中学に編入し、経済的な理由から塾に行くこともできなかったという境遇を考えると、その努力と苦労は相当なものであっただろう。ところが、自慢することも愚痴を言うこともなく、「私は幸せだった」「私は幸運だった」と繰り返す。
ベトナムでの生活と比べ、今の医者という肩書きは輝かしいものである。しかし、医者になったことに対してではなく、さまざまな辛い経験をすることができて幸福だったというのである。

ここが、この本の題名の意味するところなのである。
辛い経験が自分を育ててくれた。苦しい思いがその後の幸福感をより大きなものにしてくれた。数々のマイナス要因を肥やしにしてきた武永氏だからこそ感じられる本当の幸福を、日本人に伝えようとしてくれている。
日本は、本当の幸福を感じるにはあまりに豊かすぎ、あまりに便利すぎ、あまりに平和すぎるのだ。それどころか、今の日本人は、ちょっとの不足やちょっとの不便に耐えられなくなってしまい、なんと不平不満の多い日々を送っているのだろうと、恥ずかしい気持ちになってくる。

日本人からすると、信じられないような辛い半生を送ってきた武永氏が、こんなにも幸福感を抱けるのはどうしてなのか。この本に書かれていたことを思い出しながら考えてみると、それには次の三つが大きく影響しているのではないかと思う。
一、家族がお互いに愛情をもち、支え合っていたこと。
二、夢を追うときでも、自分の才能や境遇と照らし合わせながら現実的な道を選び、夢に執着しすぎなかったこと。
三、何に対しても感謝の気持ちを持っていること。

こんな風にまとめてしまうには勿体ないような至言の数々を、武永氏はわかりやすい日本語で書き記している。ぜひ多くの皆さんに、本書を手にとってご覧頂きたいと思う。
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中川昭一氏の言霊-『飛翔する日本』を思い出して・・・

10月4日「中川昭一氏死去」というニュースを知ったのはJRの車内だった。公衆の面前でもあり、涙を流すことはなかったが、私は茫然自失となり、やっとのことで家までたどり着いた。お会いしたこともない方の死に、これほど動揺したのは初めてのことだ。

涙を流したのは、翌5日、メールマガジンで送られてきた西村眞悟氏の「中川昭一さん、心からご冥福をお祈りします」と題された文章を読んだときだった。同じ政党に所属したことのない政治家同士が篤い信頼感で結ばれ、西村氏は表題通り本当に「心から」中川氏の死を悼まれている。西村氏の無念が伝わってきた。
同日の産経新聞阿比留記者による追悼記事も「心」がこもった記事であった。
所属政党の異なる政治家や新聞記者に、形式的ではなく心から死を悼まれる政治家、中川氏自身が、心の人、魂の人であったのだと思う。

我が子が生まれたばかりの頃、北海道に住んでいたので、『十勝毎日新聞』で中川昭一氏の単独インタビューや大きめの記事を読む機会が多かった。中川氏は一般には、農業や輸出入の問題に強いという評判だったが、私はちょうど子供を授かったばかりだったこともあり教育問題への考え方、取り組みを素晴らしいと感じた。そこには、未来を担う子供達への温かいまなざしがあった。
もうひとつ、血の通った政治家であることを感じさせてくれたのが、拉致問題にいち早く取り組まれたことだ。
政治の世界では「お金にならない」「注目度が低い」と言われることでも、国民の精神にとって大切だと思われることには労を惜しまない。立派な政治家だと思った。心の人、魂の人なのである。

その後、道外に住むことになっても、中川氏の活躍には注目し続けていた。そして昨年、中川氏の著書である『飛翔する日本』を読んだとき、中川氏の心や魂は、お父様から引き継がれているのだとわかった。そして今日、西村眞悟氏が書かれていた中川昭一氏とお父様との関わり(涙)を読んで、それを思い出した。

中川昭一氏のお父様中川一郎氏の政治家としての信念は、「日本の共産化を阻止しなければならない」ことであったそうだ。そういわれてみれば、昭一氏の政治活動の根幹にも、「日本の国体を護ろう」という強い意志があった。
『飛翔する日本』には、学生時代に自分の学校の先生に呼び出されて、お父様の政治活動について批判的なことを言われた経験もあると書かれていた。学校というごく身近なところにある共産勢力を目の当たりにして育ったのだ。
そして現在の日本では、政党としての共産党が躍進しているわけではないが、社会のあちらこちらでマルキシズムがジワジワと浸透している。中川氏はこのことに危機感を抱き、衆院選も「日本が危ない」ことを主張して戦っていた。
中川氏の公式HPでは、選挙前に民主党の政策を細かく分析し、その結論として次のようなことを書いている。

 以上、述べた様に民主党の政権公約は意味不明、あいまい、弱者切捨て、お粗末、まやかし、矛盾のオンパレード。しかも、まだまだたくさんあって書ききれない。(書く方も読む方もそんなに暇ではない-民主党はそれを狙って隠しているのか?)民主党の言動を見ていると、自民党とあまり変わりない様に見せて政治と政策は(極左も含めた)一部が支配し、その他大勢は政策にも全く関与できない駒にすぎず、恐ろしい北朝鮮労働党の様な政党に見えてならない。
 そもそも、この公約は一体どこの国の公約だろうか。民主党と知らずに読む人にこの公約はどこの国の政党だと思いますかと問うてみたい。毒の入った「ヤミ鍋」だ。(言われたら後から何でも入れる)
 こんな政策が実現したら、国民は意欲をなくし、経済や地方は衰退し、国力は必ず破壊し、公務員の労働組合だけが盛える国家になる。
 ヒトラーや毛沢東も似たような手法で権力を握ったが、その後の国家と国民はどうなったか。平成5年の細川内閣成立後の日本(不景気、凶作、ウルグアイ・ラウンド終結等)はどうなったのか。
「民主党の風」は「日本破滅の風」だ。絶対に阻止しなければならない。「希望と発展、魂もない国家」にしてならない。これでは日本は沈没する。
(中川昭一公式サイト「中川昭一が語る」より)


これは、お父様と同じ「日本の共産化を阻止しなければならない」という訴えではないだろうか。共産党も社民党も獲得票数が多くない日本で、そんな訴えを続けなければならないのが、今の日本の複雑さであり危うさなのだ。
その訴えは有権者の耳に届かなかった。落選後の記事の終わりには、

私は今後新たに決意を持って進んでいきます。発信していきます。「日本が危ない」から。
(中川昭一公式サイト「中川昭一が語る」より)


と書かれていた。これが公式サイト上の最期の言葉である。
中川一郎氏の発した言霊は、一郎氏亡き後も昭一氏に引き継がれていた。今度は昭一氏の言霊を、心ある政治家の方々は引き継いでいただきたい。(お願いします。)
そして「えっ?なんで中川昭一氏の死がこんなに話題になっているの?」というような国民の方々も、「絶対に阻止しなければならない」という言霊の意味するところを、この機会にぜひ調べたり考えたりして欲しい。(お願いします。)

※以前書いた紹介記事
『飛翔する日本』中川昭一 

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