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『皇后宮美智子さま 祈りの御歌』 竹本 忠雄

皇后宮美智子さま 祈りの御歌皇后宮美智子さま 祈りの御歌
(2008/05/29)
竹本 忠雄

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「敷島の道」とは「日本古来の道」という意味で、和歌のことを指す。日本人は、古来から様々な場面で和歌を詠んできた。しかし現代では日常的に和歌を作る人は稀であろう。「敷島の道」が今も連綿と続いているのが、宮中である。こうした本を読むと、「敷島の道」を途切れることなく繋いでいくというのも皇室の大切な役割なのではないかと思うと同時に、和歌は自由にものを仰れない皇室の方々の限られた心情表現の場でもあるのかもしれない感じる。

皇后宮(きさいのみや)美智子さまは、世界の情勢から小さな虫や蚕にまで、実に繊細に御心を動かされ、それを美しい表現で和歌にされ、その御歌からは、世界中を包み込んで下さるような大きな慈愛が溢れ出ている。
また一方、一般国民にはとうてい想像もつかないような「私」の抑制をされているのであろうことに胸が痛む。ご母堂のことを詠まれた御歌は、実にせつない。しかしその徹底した「公」のお心構えには非常な尊敬の念を抱いた。この「私」の抑制があってこそ、初めて後述するような各国からの反響があるのだと思う。

この本では、そうした皇后宮美智子さまの御歌を、フランス語に翻訳していく過程と出来上がった歌集への反響が書かれている。

反響の部分を読むと、この翻訳を読んだフランス語圏の人々の方が、今の一般的な日本人よりも、より正しく深く、日本の皇室を理解することになったのではないかと感じる。中でも、海外の方々の感嘆を誘ったのは、美智子さまは日本国内だけをご覧になっているのではなく世界的な視点を持たれ、世界の隅々にまで等しく愛を注がれていることであろう。
この本を読みながら、ずっと私の頭に浮かんでいたのは、シチリアの小さな町の路地奥にあった祠と中に飾られた聖母マリア像である。シチリアと同じカソリックの国フランスでは、この和歌集が聖母のイメージと重なり、すぐに高い評価を得たのではないかと思った。アフリカの青年が「慈母観音」と表現したのも、同じような感覚であったのだろう。皇后宮美智子さまの御歌には、国籍や地域や、対象物、時代までもを越えた、普遍的な愛が満ちあふれている。

海外での正しい理解と素晴らしい反響は、翻訳に携わった竹本忠雄氏とフランスの文学者や詩人の方々のご尽力のおかげでもある。美しい響きやリズム感をそのままに、和歌に詠まれた御心や直訳では表せない深いところにある御心情などを、どのように奥ゆかしさを保ちながら訳されたのか。大変な作業だったに違いないと思う。それが最も表れている「幸」という言葉の訳のエピソードには、翻訳の妙味と感動を味合わせていただいた。またそのエピソードから教えられたもう一つの感動は、天皇皇后両陛下の絆である。

 よって-ほかの幾つもの例においてそうですが-両陛下の御歌は、合わせ鏡のごとく、一対のものとして拝誦すべき意義をおびていると申せます。

 人々の幸願いつつ国の内めぐりきたりて十五年経つ 天皇陛下御製
 幸くませ真幸くませと人びとの声渡りゆく御幸の町に 皇后陛下御歌



※本格的な書評はこちらでご覧下さい。 → 『皇后陛下の御歌』
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『絵本 源平絵巻物語 全10巻』 今西祐行・作/赤羽末吉・絵

絵本 源平絵巻物語 全10巻絵本 源平絵巻物語 全10巻
(2005/03/31)
今西 祐行

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我が子たちは、外国暮らしから解放され、自分の読みたい本を好きなだけ読むという自由を満喫している。そんな中で出会ったこの『源平絵巻物語』は、大袈裟でなく自然に誰の口からも「ああ、日本に帰ってきて良かった。」と出てしまうほどの素敵な本であった。

義経と弁慶の物語は、義経の伝記や『ノンちゃん雲に乗る』に出てくるお兄ちゃんの弁慶役の挿話によって、我が家ではお馴染みになっていた。現代の子供たちには、そう人気のある物語ではないのかもしれないが、『ノンちゃん・・・』を読めばわかるように、二昔くらい前は「義経と弁慶」といえば誰もが知っていて、しかも人気が高い“キャラクター”であったのだろう。外国滞在中は読める本が限られていたので、我が家では、このような古くさいキャラクターでも有り難く拝読していたのだ。

『源平絵巻物語』の第一巻は義経が、第二巻は弁慶が主人公。
我が子の一人は、もともと弁慶贔屓であったが、これを読んでますます好きになった。なにしろ、生まれたときにはもう三歳くらいの大きさで、修行に行った寺では他の小僧さんやお坊さんを片っ端から投げ飛ばす、知らない寺に忍び込んで自分で頭をジョリジョリ剃り袈裟を拝借して坊さんに成りすます・・・。自称「ふざけんぼう」の我が子のツボにはまったらしい。
もう一人の子は、義経の伝記を読んだとき、平清盛を前に義経の母と祖母がそれぞれ自分の身を犠牲にして家族を救おうとした場面に感動していた。この絵巻では、その場面を含む逃避行、兄弟との別れなどが、美しい絵になってより一層しみじみと味わえるようになっている。
義経と弁慶の生い立ちを復習すると、いよいよ源平の壮大な物語に入っていった。

「絵巻」と名付けられているとおり、大型絵本の片面いっぱいの挿絵が、全部のページに描かれている。ある時は主人公たちの白熱したやりとりのアップであり、ある時は合戦の行われた地形がわかる背景画に豆粒ほどの馬や人間がいっぱい描かれていたりする。どんなに小さくても、どんなにたくさん描かれていても、それぞれの馬や人間が丁寧に描かれていて、それが臨場感を醸しだしている。地形等については、作者の今西祐行氏と画家の赤羽末吉氏が、現地に赴いたそうで、その土地を知らない者にも、雰囲気がよく伝わるように描かれていると思う。赤羽氏の画風は、ほんわかと温かく、ユーモラスなところもあって、それがこのいにしえの物語をずいぶんと身近なものに感じさせてくれている。
そんな絵の魅力を子供たちには充分に感じさせたくて、この絵巻は十巻全て、私が読み聞かせた。もう読み聞かせの年齢ではない子も、挿絵に見入りながら聴いており、大人向け紙芝居という風情だった。いや、題材からして絵付きの琵琶法師というべきだろうか。

さて、十巻読み終えて、気に入った箇所はそれぞれに異なっていた。
弁慶好きはやはり、弁慶が機転を利かせる安宅の関に感心し、最後の立ち往生に感動していた。
もう一人は、平知盛が自分の愛馬が敵の手に渡ろうとも射殺すことをしなかった場面が印象深かったようだ。助けられた馬と知盛が別れを惜しみながら離れていくところに、いつまでも見入っており、その日の日記には、この本のことが書かれていた。
私は、木曾義仲と斉藤実盛の悲劇に涙した。

今西氏によると、この絵巻は『義経記』『平家物語』『源平盛衰記』『平治物語』などの他、謡曲や歌舞伎で親しまれている場面などを出来るだけ多く参考にし、ゆかりの地を歩かれて、制作されたそうだ。そのような大変な作業をされた原動力は、次の言葉に凝縮されていると思う。

・・・どこまでが事実かはわかりません。
しかし、昔から、義経ほど人々に好かれてきた人物はないようです。歴史的事実はどうあれ、私達の先祖が、義経という人物をこのようにつくりあげてきたということは、大切な事実です。その事実を、わたしたちが今、考えられるかぎり自然な、しかしもっとも美しい形で本にしようとしたのが、この日本の歴史絵物語です。


この本の副産物は、これを読んだために、他の日本文化がより一層楽しめるようになったことだ。
たとえば、博物館に絵を見に行くと、武士が倒れている絵があり、子供たちはその横に笛が落ちているのを見て「敦盛だ!」とわかる。「那須与一」など、お茶の子さいさいだ。
歌舞伎や能でも、義経や弁慶を題材にしたものには非常に興味を持つ。実際に観に行くと、多少セリフがわからなくても、物語の背景がわかっているから飽きることなく楽しんでいた。
今西氏の書かれているように、この物語をかつてわたしたちの先祖が好んだという事実は、とても大切なことだと実感している。

アニメやゲームのキャラクターもいいけれど、このちょっと古くさいキャラクターたちに目を向けてみてはどうだろうか。新しい世界が広がり、キャラクターを通しておじいちゃんやおばあちゃんとの会話も弾むかも。
まずは、豪快キャラクター『弁慶』あたりから読み始めてみよう。そして、『ウォーリーをさがせ』のように、挿絵の中に豆粒ほどの弁慶を捜しながら次々と読んでいく。これは我が子秘伝の楽しみ方である。

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