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『いのちをはぐくむ農と食』 小泉 武夫

いのちをはぐくむ農と食 (岩波ジュニア新書 596)いのちをはぐくむ農と食 (岩波ジュニア新書 596)
(2008/07)
小泉 武夫

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「くさいはうまい」という強烈なせりふで発酵食品の魅力を語る小泉武夫氏は、ご専門の発酵学を軸にユニークな発想をされる。以前雑誌のインタビュー記事で、「ゴミを全部集めて発酵処理すれば、手間もエネルギーもかからず環境にやさしい。」というようなことを話されていて、発酵学は食べるもの以外にもさまざまな可能性を秘めているのだと知った。

そのような小泉氏が書かれた『いのちをはぐくむ農と食』には、発酵学の分野を超えて、食糧問題の解決に向けたアイデアや取り組みが紹介されていて、先行きの不安な日本の食糧事情に、初めて光を見せてもらった気がする。

土作りから始めて農家の平均収入が全国で一番になった村、地産地消の給食がもたらした成果などの事例はそれぞれ興味深いが、特に感心したのは、農業高校の生徒たちが運営するレストランの試みである。
農業高校で農産物を作り、それらの材料を使い、足りないものは自分たちで仕入れに行き、下ごしらえから盛りつけまでの調理をし、接客も全て生徒たちが行う。この運営に関わった生徒たちの作文を読むと、なんと物事をしっかりと見つめ、自分の将来や日本の将来について真剣に考えているのだろうと、本当に驚かされた。社会の現実に触れて問題意識を持ち、自分の専門分野に誇りを持つ、このような高校生が増えてくれれば、日本の将来は明るいのではないかと期待が持てる。

そしてやはり、発酵学の専門家としてのご意見は、なるほどと思うことばかりであった。印象に残ったことを簡単に記してみよう。

◇日本の食品は、醤油、みそ、豆腐など大豆由来のものが多いのだから、休耕田を大豆畑にしたら補助金を出し、何も作らないことに補助金を出すのはやめよう。
◇最近注目されているバイオ燃料は、穀物のでんぷんをブドウ糖にして、ブドウ糖を発酵させて液体化し、できた液体を蒸溜する、という過程を経なければならず、エネルギーをつくるのに大量のエネルギーを使う。バイオ燃料は地球に優しいと言えるのだろうか。
◇将来のエネルギー不足に向けて、水素エネルギーの利用を考えよう。エネルギーをつくりだす水素細菌の餌として生ゴミが利用できれば一石二鳥だ。

小泉氏が、このような本を書かれたり、農業の改善に関わったりしていらっしゃるのは、「日本」を消滅させてはならないという熱い思いを持たれているからだろう。
フランス料理がおいしいといくら世界的に評判でもお隣のイギリス人は真似たりしないとか、イギリスとフランスはあんなに近いのに言葉が全く通じないという例を挙げて、次のように訴える。

 民族の違いの一つは、異なった文化によって成り立っていますから、文化を失った民族は存在価値がなくなるのです。たとえば日本文化がすべてアメリカ化したら、どうなるのでしょうか。そうなったら、日本人は文化を失い、民族とはいえない状態になってしまいます。そのくらい民族文化は大切なのです。

 そして、民族文化の主なものは「言葉」と「食」だという。昨今は、栄養学や健康、自給率の面から、日本の「食」についての関心が高まっているが、この文化という側面も忘れてはならないと思う。

国の「食」に関する最近の動きとしては、消費者庁の設立がある。民主党も消費者権利院というものを構想しているらしいが、この本を読んだ後では、どちらも何となく些末で陳腐に感じる。
本当に縦割りをなくして、長期的に考えなくてはならないのは、自給率や食文化の問題ではないのだろうか。

以前、自給率のことを少し調べてみた時、この縦割り行政では、誰も日本の「食」について総合的に考えている人がいないのではないかという印象を受けた。
食料自給率を担当している農水省では「どんな農薬を使うと収量が上がる」とか「天候が悪かったので収穫高が減った」というような農業技術や生産性の話ばかりで、輸出入のことも踏まえた戦略のようなものはないようだった。
食品の輸入についての詳細を把握しているのは、予想していた経済産業省ではなく厚生労働省であり、衛生面のことだけを担当していた。
輸出入の戦略を立てるのかと想像していた経済産業省では、食品産業に対する位置づけは低い方のようで、国内の食品産業をどう活性化するかなどに取り組んでいるようにはみえなかった。

政府の「縦割りの弊害をなくそう」という視点は良いのだが、横の繋がりを強化して行うべきことの内容がずれているように思えてならない。
国政を担う人々は、国民の顔色を窺う付け焼き刃的なアイデアや減点主義ではない、国民の「食」をトータルコーディネイトするような発想をして欲しいと思う。
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『幸子の庭』 本多 明

幸子の庭 (Y.A.Books)幸子の庭 (Y.A.Books)
(2007/09)
本多 明

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淡々とした、しかし植木に水をやるように大切なものがじわじわと心に染みこんでくる、奥の深い児童書である。

かつて住んでいた家に「人生最後の旅」と称して、九十六歳の久子おばあちゃんがやってくる。 慌てたのは孫にあたる幸子の母だ。この家を譲り受けたが、ここ数年庭木の手入れを怠っていた。この「おばけ屋敷」のように荒れ果てた庭を、おばあちゃんが悲しまない状態に修復することができるのか・・・。
母や久子おばあちゃんを思う幸子のおかげもあって、植木屋さんが入ることになった。
幸子は、はさみのパチン!パチン!という音と職人さんの仕事ぶりに引き込まれ、学校を休んで閉じこもりがちだった部屋から出てくるようになる。

『幸子の庭』という題名ではあるが、この植木職人田坂健二こそが、物語の要となる人物である。
第二章『庭師修業』に描かれる健二の半生には、他の同世代の若者とは比べものにならないほどの濃縮した時間が流れ、健二は心と技を兼ね備えた一人前の職人に成長していく。
物語の中とはいえ、今や消滅したかと思っていた本物の職人が目の前に現れたことに、私は感動を覚えた。

先祖代々の職人の血と職人魂は、職種が変わろうとも健二に引き継がれている。
庭師になるための熱心で禁欲的な修業の日々。
健二が働く小橋造園の先代清吉と、健二の祖父銀二の、短歌を巡る不思議な共通点。
テンポの良い話の運びと、植木ばさみの「パチン!パチン!」というリズミカルな音が重なり合う。

自分の先祖や職業を誇りに思う健二に魅了される幸子のように、これを読んだ子供たちや若者も、大いに魅了されて欲しいと思う。
ひけらかすでもなく、その人の中に静かに存在する自信は、健二を「男前」にもしているし、人間としての魅力を溢れさせてもいる。有名でなくても、お金持ちでなくても、こんな人間て格好いいなぁと思わせてくれるのではないだろうか。

この本物の職人によって、幸子の家の庭はみるみる生き返り、それと同時に幸子も活き活きとしてくる。また幸子の母親も、やや鈍くなっていた自分の感覚を省みることになる。庭木の手入れが、住む人の内面をも生き返らせてくれたのだ。

いよいよ久子おばあちゃんや親戚一同がやってくる。
そこで幸子もまた、先祖代々の血を、久子おばあちゃんから受け継いだものを、誇らしく思うことになるのだった。

『14歳の君へ―どう考えどう生きるか』 池田 晶子

14歳の君へ―どう考えどう生きるか14歳の君へ―どう考えどう生きるか
(2006/12/23)
池田 晶子

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中学生の頃、心が不安定になるきっかけは、至る所に転がっている。友人関係、勉強、親、お金、将来・・・、ちょっとしたことが気になって気になって、誰にも相談できずに悩みが深まるというのは、この,年代にはよくあることだ。

でもその気になった事って本当に重要なこと?
悩みの本質は何?
視点を変えて、ちょっとじっくり、自分のことや世の中のことを考えてみない?

と、哲学者の故池田晶子氏が呼びかける。

池田氏にかかると、どんな悩みも「な~んだそんなちっぽけなこと」に変わってしまう。
例えば、「成績下がっちゃった。」「勉強っておもしろくねぇ。」なんてところから始まって、「そもそも今やってる勉強って、知らなくても生きていけるよね。」と思い至った人へは、次のような言葉を紹介しよう。

勉強をするのは、いい学校に行って、いい生活をするためではなくて、賢い人間になって、賢い人生を送るためだ。賢い人間になることこそが、人生の目的だ。

今の学校は、いい学校に行くための勉強が多いから、成績がよいからといって賢くなるわけではないという。

 文法や年号を覚えて、試験でいい点をとることなんか、その意味では簡単だ。自分で考える必要がないからだ。だから自分で考えずに覚えただけのことなんか、試験が終われば忘れちゃうんだ。それで賢くなっているわけがないじゃないか、だって忘れちゃうんだから。
 自分で考えたこと、自分の頭を使って自分でしっかり考えたことというのは、決して忘れることがない。その人の血となり、肉となり、本当の知識となって、その人のものになるんだ。人間が賢くなるということは、こういうことだ。


そう聞くと、成績がちょっとくらい下がっても、「なんだそんなこと。」と少し気分が楽にならない?
だからといって学校の勉強をしなくていいというわけではなくて、同じ勉強をするにしても、成績や暗記という憂鬱なことを忘れて、考える楽しさを知ろうということだ。

友人関係については『友愛』の章が、自由やうるさい決まりについてのことは『道徳』の章が、何か大事なことを気づかせてくれるだろう。

この本を読んで何かを気づくのは、子供だけとは限らない。むしろ大人が読むと、ズキンと胸に突き刺さったり、へぇこういう発想もあるのかと、とても考えさせられる。そして、今の大人のようになったらダメだよ、というメッセージのように聞こえる部分さえある。

例えば、『個性』の章では「自分探し」をする若者や大人を「不毛」だと断じている。

「本当に好きなこと」「本当の自分」というのがどこかにあって、それを探さなくちゃいけないのだと最近の大人は思っている。・・・

・・・でも、本当に好きなものが、きっとどこかにあるに違いないと探し続けて、結局何が好きだったかわからずに終わる人生というのは、何だか空しい人生じゃないか。


「本当の自分」は、どこかよそにあるのだろうか。

悩んだり、文句をいったり、自分を探したりしているその自分、自分探しをすることができるのは、まさに自分がいるからだという、ものすごく当たり前なことに君は気がつかないか。

つまり、探さなくても「自分」は今ここにこうしているのである。

全ての事柄をこのように突き詰めて考えていくと、「お金儲け」や「男か女か」などということも、たいした問題ではなくなるという。

ラクしてもうけられるなら、その方がいいに決まってるじゃーん。君はそう思うかな?それなら考えてごらん?

せっかくだから、ここから先は自分で考えよう!

「男か女か」は、十四歳よりずっと大人の、特に女性がよく問題視するテーマだ。

 人間にはそれぞれ個性があるのに、男、女の型にはめるのはよくないと主張する女性がいる。型にはめるのは男の発想で、女の個性を無視しているというんだ。だけど、おかしいね。「女はこれこれと思う」という言い方で、女の個性を無視しているのは、他でもないその人だ。「女はこれこれと思う」と思っているのはその人であって、すべての女がそう思っているわけじゃないからだ。だいいち、主語になっている「女」なんて、この世のどこにも存在しない。存在するのは一人一人の個性を持った女だけだ。

私は生まれてこの方「女らしい」と言われた記憶がなく、型にはめられたくない方だ。しかしそれは「女だからと差別しないで!」と叫ぶ人々の感覚とは全く違うのだ。私はその人々の決めた「男に見下され、虐げられ、自由がないと感じる」という女の型からも逸脱している。その私の気持ちを、ここで池田氏が代弁してくれているように感じる。。
このような女性の意見というのはあまり公になる機会がないようなので、もう少し引用しておこう。

 女は男に差別されていると主張する人は、男か女かは、敵か味方だと思ってるみたいだ。
女の敵は男であり、男の味方は女の敵だって具合にね。敵か味方でしか人間を見ることができないのは、これはすごく貧しいことだ。とても貧しい人生だ。
 女は子供を産む道具じゃないなんて、必ず損か得かで発想する。でも、女が産むんでなけりゃ、男が産むと言うのかな?
 たまたま肉体の自然がそうなっているというそれだけの事実に、敵か味方か、損か得かのものさしを持ち込んでいるのは、その人でしかない。「差別」というのは、外にあるものではなくて、その人の心の中にあるもの、そう見るその人の心の中にしかないものなんだ。
 だけど、差別を外にある、女性は差別されていると見る人は、だから「自由」を外に要求する。女を不自由にしているのは男だ、男が作った社会のせいだ、女にも自由をよこせってね。
 でも、君にはもうわかるだろう。男、女にこだわることで、自分を不自由にしているのは他でもないその人だ。人間は本来同じ人間であり、男、女は偶然そうであるにすぎない。偶然そうであるにすぎないことにこだわると、人は必ず不自由になる。自分で自分を不自由にしているのに、社会に自由を要求するのは無理なことだ。


池田氏の主張は、この例のように強く賛同できることが多いが、そうでもないことも時々ある。それは個性であり、考えていることは一人一人違うからだ。
他人の考えていることを知り、そしてまた自分が考える。
考える事って、なんておもしろいんだろう。
その繰り返しで、自律した、ちょっとやそっとのことでは動じない、個性的な自分ができていく。そのおもしろさを知ったら、これまでの悩みなんて、ちっぽけなものに思えてくるのではないだろうか。

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