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『14歳の子を持つ親たちへ』 内田 樹/名越 康文

14歳の子を持つ親たちへ (新潮新書)14歳の子を持つ親たちへ (新潮新書)
(2005/04/15)
内田 樹名越 康文

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十年ほど前から、ある少年犯罪をきっかけに、「十四歳」という年齢が何か特別なもののように語られるようになった。
私自身の十四歳の頃を思い返すと、脳天気に運動部の練習ばかりやっていたので、「十四歳」という年齢の特殊性にはあまりピンとくるものがなかった。
ところが、この本の中で次のように語られているのを読んで、なるほどそういうことかと思った。

内田 (十四歳くらいの時は)・・・頭は子どもなのに身体は大人って感じることもあるだろうし、逆に身体が子どもなのに頭は大人っていう感じがすることもある。・・・

その例として、内田氏が中学生の時に文通していた同年代の少年と初めて会った時の衝撃が語られる。お互いに生意気な、気取った、毒々しい文面を送り合っていただけで、相手の容貌を知らない。

内田 僕は彼が細面で痩身の知的な風貌の青年だろうと想像していて、彼も僕のことを勝手にそういうふうに想像していたらしい。で、待ち合わせの場所に行くと、丸顔坊ちゃん狩りの中学生が二人ぼおっと立ってて、「もしかして君、内田?」「もしかして、君が松下?」って二人とも愕然としたという。(笑)

そして、その「実際に会った」ことが良かったそうだ。

内田 二人が同時に「げっ」となった時に、初めて僕の中の苦しみが解消したわけです。「なんだよ、こいつもあんなえらそうなこと書いてっけど、丸顔の中学生なんじゃん」っていう。「あ、そういうもんなんだ、世の中は」って。(笑)

名越氏の方も、ある同級生に出会ったことで安心を得た体験を語る。

名越 彼と中二の時に出会った時も、すごくそれによく似ていますね。「こんなにひどい奴がいる。強烈で、攻撃的で、大人をバカにしていて、でも真っ直ぐ歩けてる奴がこの世にはいる」ってほんと思いましたもん。「こんなアバンギャルドな奴がこの進学校にいるんだったら、僕も辞めないで済むかな」ってやっぱりほっとしたことを覚えています。

そんなお二人の話を読んで思い出した。私は、小学校の高学年の頃に同じような感覚を持ったことがある。
同級生の中に詩作をしたり玄人はだしの少女漫画を描く子がいて「なんで同じ歳なのに、こんなに大人っぽいんだろう?」と圧倒されたかと思えば、アイドルに夢中になる友人を幼いと感じたり、くだらないギャグばかり言っている友人が実は鋭い洞察力を持っている事に気づいて親近感を覚えたり・・・。
精神年齢がものすごく凸凹していて、居場所の定まらないような感じがしていた。

内田 そういう片づかなさを味わいながら、その違和感そのものを自分にとっての「自然」として、そこに腰を据えるということができるようになると、だんだん成熟してゆくってふうになるんですけど。でも誰も教えてくれないんですよね、「中途半端で、いいじゃないか」、「それでいいんだ」ってことは。

ある子供は似たような友達と出会うことでそれを知り、ある子供はおおらかな親によって「いいんだ」という安心をもらう。
昔なら、共同体の中で「もう君は大人だ」と決められて迷いがなくなる。
私のように、スポーツに夢中になっているうちに、気づいたらいつの間にかその時期を過ぎてしまったという場合もあるだろう。

しかし、お二人の対談を読んでいると、現代の子供たちは大変だ。
子供集団の均質化が進み、ちょっと違っているとはじき出されてしまう。
精神科医の名越氏が指摘するように、親の方が治療が必要だと思われるような場合も多くて、父母は頼りにならない。
共同体や制度が崩壊して、何を基準にしたらよいのかわからない。

中でも、親の方が治療が必要だという話はショックであったが、数々の具体例を聞くと、確かにこれは子供より親の問題なのかもしれないと思う。
子供が苦しんだり悩んだりしているシグナルを無視し、助けを求める「声」として拾うことを面倒がり、「ノイズ」として切り捨ててしまう親が多いという指摘。
「むかつく」と「かわいい」しか言えない少女のまま情緒の成長が止まってしまっている母親。
こういう親たちの下で、悩み多き思春期の子供たちは、道標を失っているのかもしれない。

そんな親に対して、提案されていることは三つある。

まず、子供が集中しているときに、あまり邪魔をするなということ。

次に、母性は元々備わっているものだと考えず、トレーニングして身につけていきましょうということ。
自分には母性の素養がないと決めつけている人は、「面倒くさい」という感じで母親をやっている。しかし、それではいけません、きちんと母親になりましょうということだ。

もう一つは、家庭でのルーティンを大切にしましょうという当たり前のようなことだ。
毎日同じ時間にご飯を食べるとか、寝る前には「おやすみなさい」と言うとか、そういう決まり切ったことの上にしつけやコミュニケーションが成り立ち、「感情の土壌」ができてきて、その安定した土壌には、きちんと根付いたり、葉っぱが生えたり、実がなったりするという。
その例えは、とても説得力があり、我が子たちにも、しっかりした「感情の土壌」を作ってやりたいと思った。

実は、子供たちが不安になるのは、親や他の大人たちの方の「土壌」がしっかりとしていないからかも知れない。大人たちが、自分の価値観を持たず、情報や流行に右往左往し、フラフラとした日々を送っていれば、子供だけ不安になるなといっても無理な話だ。だから、名越氏の「親の方が治療が必要だ」という言葉は、現実味がある。
つまり、子供か大人かに関わらず、私達ひとりひとりがしっかりとした土壌作りをすることが大切なのではないかと思う。

ふと考えてみると、十四歳の頃体育会系だった私の「土壌」は、筋力や体力ばかりでできているのではないか!?早く別な土も入れて、作り直さねばならない。
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