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『思いやり』 ダライラマ14世テンジンギャツォ

思いやり思いやり
(2006/09)
ダライラマ14世テンジンギャツォ

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 愛は、私たちがお母さんのおなかのなかにいたときから、私たちにとってとても大切なものでした。もし母親がゆったりとくつろいだ気持ちで過ごし、心の平和と幸福感をもっているならば、おなかのなかの子供にも大変よい影響を与えると言われていますね。その逆に、もし母親の心がかき乱されていて、とても不幸な気持ちでいたとしたら、おなかのなかの子供にも悪い影響を与えると言われているのです。
そしてお母さんのおなかから生まれたあとも、赤ちゃんがお母さんの肌のぬくもりに接して過ごすことは、子供の脳の発達にとても重要な働きをすると言われています。さらに、赤ちゃんはお母さんに母乳を与えてもらうことで大きく成長していきますね。ですから私たちはみな、この世に生まれ落ちたそのときから、お母さんの愛情に包まれて大きくなってきたのです。
 生まれてから何年かのあいだは、お母さん、あるいはお母さんに代わる人の愛情のこもったケアがたとえ一日でもなかったら、私たちは自分で何一つできず、生き延びることさえ困難になってしまいます。このように、この世に生を受けた最初の段階において、お母さんの愛情は私たちにとって欠かせぬ重要なものだったのです。
 私たちがもう少し成長してからのことを考えてみても、より愛情深い環境のなかで育てば育つほど、その子供のものの考え方や態度は、よりやさしく思いやりあるものになります。しかし、もし愛情に欠けた寂しい環境のなかで育ってしまうと、何か問題に直面したときや、不安や心配事、恐怖などが起きたときに、それらの状況にうまく対処することのできない子供になってしまうのです。
 そして最後に死ぬときも、もし愛情をもった家族や友人がまわりにいてくれたなら、より安らかに死を迎えることができますね。
 このように、私たちの一生は最初から終わりまで、他の人たちに支えられているのだということがよく理解できたのではないかと思います。


この優しさと愛情に満ちた温かい言葉は、ダライ・ラマ14世が2005年に日本で講演されたときのものだ。この本には、日本での二つの講演内容と質疑応答が収められおり、人間が生きていく上で大切なことがとてもわかりやすく述べられている。講演や質疑応答を通じて、

「私たちひとり一人の人間の未来は、この地球上に生きているすべての人たちの人間性に依存している」
「人間には、もともと備わっているよき資質があります。愛と慈悲の心がそうです。他者を大切にいつくしみ、やさしく思いやる気持ちのことです。」


だから、家族や学校は愛情をもって子供に接して、他者へのやさしさと思いやりのある人間に育てましょうと繰り返す。
世界中の全ての人々がこのように育てられ、他者へのやさしさと思いやりを持っていれば、安易な無差別殺人や凄惨な人権侵害は行われなくなるだろう。しかし、現実には悲惨な事件や弾圧が起こり続けている。
ダライ・ラマ法王ご自身の慈悲深さは、普通ならば憎む対象になるような「他者に対して本当にひどいことをする人たち」にも向けられる。

 世の中には、他者に対して本当にひどいことをする人たちもいますが、明らかに彼らは、煩悩に影響されてそのような間違ったことをしているだけなのですから、そういった事実を正しく見ることさえできれば、煩悩に引きずられて間違った行いをしている人たちを、気の毒に思う慈悲の心が生じ、その人に対する怒りや憎しみは減っていくはずなのです。

これこそが仏教の教えなのであろうが、ここにはチベット民族・文化の消滅を図ろうとする人たちまで含まれていることに、私は驚き、暗澹とした気持ちになる。

私はついついチベットの置かれた状況をも考えながら読んでしまったが、本書の中には、チベットを巡る政治的な問題は一切書かれておらず、読めば心が洗われるような言葉が散りばめられている。そして、その言葉はとても馴染みのある親しいもののように感じる。日本でも以前は、このような教えが、家庭でも、学校でもなされていたからではないだろうか。

  最近では、世界中で教育に関する議論がされていて、教育に対する関心がますます高まってきていますが、そのほとんどの場合、単なる知識や教養を増やすことばかりを考えていて、子供たちが心のやさしい思いやりのある人間になるための努力はあまりされていないように思います。
 そのような教育方針では、たとえ多くの知識や教養を得たとしても、一人の人間としてのよき資質を高めていくことはできません。


日本にはかつて、すぐれた道徳教育や教育勅語という心の教育の指針があったのに、戦後それらが毛嫌いされ軽視されてきた。平和だから、豊かだからと、油断して、心が健全に育てられなければ、人々は他者を思いやることができなくなり、社会の平和は保てなくなる。

平和ということの重みを切実に感じ、人々の苦しみや痛みを肌で感じていらっしゃるダライ・ラマ14世の助言は、示唆に富んでいる。特に子供を育てる立場の人たちにはぜひお薦めしたい。
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『三月ひなのつき』 石井 桃子・作/朝倉 摂 ・絵

三月ひなのつき三月ひなのつき / 石井 桃子、朝倉 摂 他

昨年の三月三日にご紹介しましたが、しみじみとしたとても良い児童書で、雛祭りの日にはぴったりなので、もう一度掲載いたします。
薄くて絵本のような体裁ですが、内容は小学校高学年くらいからの方が深く味わえるのではないかと思います。また大人の方々は、デパート食堂、地元の商店、母親の踏むミシンの音など、懐かしい情景を思い出すことができるでしょう。

以下は過去記事です。
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幸せなことに私も我が娘も、初節句の時から雛人形を持っている。私の時は母方の祖母が、娘の時は私の両親が選んでくれた。どちらの時も、これと決めるまでに御人形屋さんの店内を何周もして、一番良い顔の人形を選んでくれたらしい。「自分の孫には納得のいく御人形を。」という気持ちが嬉しい。

自分の子や孫に雛人形を選ぶときは、誰しも同じような気持ちを抱くのだろう。
この『三月ひなのつき』のよし子は、十歳になるのにお雛様を持っていない。おかあさんの気に入ったお雛様が見つかるまで買ってくれないからだ。

おかあさんは、自分が子供だった頃に持っていたお雛様が忘れられない。おかあさんの祖母が、隣に住む人形づくりのおじいさんに頼んで作ってもらった特別のひと揃いは、女の子なら誰でも欲しくなるようなつくりになっている。

他にはない魅力のひとつは、木でできた箱の中に全部一式が入っていて、外箱と御人形が一つ一つ入っている内箱を組み合わせて、ひな壇を成すことだ。だから外箱の引き戸には美しい春の絵が描いてある。一つの箱に全てがきちんと収まっていて、こぢんまりとした檀飾りができるというのは、豪華な大きいものよりも愛着が沸いて好きだという女の子が多いのではないだろうか。

もう一つの魅力は「小道具一式」。私も自分の雛人形を出したときに、一番楽しみだったのは御人形よりもお道具だった。このおかあさんの小道具はとても凝っている。

 まず最初にさがすのは、内裏びなのそばにおくものです。女びなには、まるい平らな赤い箱にはいった鏡があり、男びなのためには、刀掛けがありました。それから、その外側に燭台が一つずつ。これも、かわらけに油をつぎ、灯心をいれてともす式の、古風なあかりでした。そして・・・

と小道具だけで四ページもの説明がある。
そんな素敵なお雛様だったが、一九四五年五月二十六日の空襲で焼けてしまって今はない。

 それいらい、よし子の家には、おひなさまはありません。あまり、まえのおひなさまが、おかあさんの心に美しくきざみこまれてしまったので、おかあさんは、ほかのものを、あのおひなさまのかわりにかざることができなくなってしまったのです。

そして、よし子が生まれ、毎年おかあさんの気に入るのが見つからないうちに、おとうさんが亡くなり、お雛様がやってくる望みはもっと薄くなっていた。
よし子は、本当は自分のお雛様が欲しかったが、家のことを考え我慢してきた。ところが、とうとう我慢ができなくなり、おかあさんに、欲しい気持ちを言ってしまう。

おかあさんは意を決して二人でデパートに行くが、やはりなかなか気に入ったものが見つからない。休んでいる間に、おかあさんがよし子に話してくれた「あのおかあさんのおひなさまが、今のおかあさんを助けてくれている。」という話は感動的である。その話は、よし子を「もう少し待ってみよう。」という気にさせた。

そして今年もお雛様を買わないまま三月三日を迎えた。
その日よし子は、あの時買わずに待って良かったと思ったに違いない。おかあさんも、よし子にさみしい思いをさせずにすんで、ほっとしたに違いない。おかあさんからよし子へ宛てた手紙に、「三月三日 おとうさんの日に」とあるのが、じーんとくる。

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