Entries

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

『悪者見参―ユーゴスラビアサッカー戦記』 木村 元彦

悪者見参―ユーゴスラビアサッカー戦記 (集英社文庫)悪者見参―ユーゴスラビアサッカー戦記 (集英社文庫)
(2001/06)
木村 元彦

商品詳細を見る


コソボが独立宣言をした。そのニュースを見て慌ててこの本を読んだ。読まないまま積んでおいたのは、私はサッカーにもコソボを巡る紛争にも疎く、全くわからないことだらけの本を開くことに躊躇していたからだ。しかし一度読み始めると、著者の命がけの取材によって民族紛争の実態が次々と明らかにされていき、今度は本を閉じることができなくなる。

取材の対象は、実に「狭く」て「広い」。というのは、著者の元々の関心はユーゴスラビアのサッカー選手やチームにあるため、取材対象は、サッカー選手、サッカーチームのオーナー、サッカー協会のお偉いさん、有名フーリガンやサポーターなど、サッカーに関わる人々という限定的なものになる。こちらが「狭い」方。
次に「広い」方。そのサッカー関係者の民族、出身地をみていくと、セルビア、アルバニア、モンテネグロ、コソボ、クロアチア、スロベニア、マケドニアと、旧ユーゴスラビア全域に散らばる。著者はそのほとんど全てに赴いている。また、それらのサッカー関係者を取材すれば、必ずそこには政治的な問題が絡んでくる。選手達が政治とスポーツは別だと言い政治的発言を避けていても、もっと大きな力が選手の居場所を失わせ、それに憤ったサッカー関係者が、新しいリーグやチームを作っていく。この地域のサッカー組織の複雑さは、政治の複雑さを映す鏡なのだ。

今回のコソボの独立宣言は、いわゆる旧西側陣営からは、概ね好意的に受け止められている。しかし、この本を読むと、その裏にある、世界中から一方的に悪者扱いされているセルビア人達の悲しみのことにも思いが及ぶようになる。

コソボは、セルビア人にとって京都や奈良のような場所だとか、富士山のような場所だという。そのような場所に、過去の戦争や周辺国との紛争でアルバニア人が大量に流入し、コソボの人口の大多数を占めるに到り、セルビア人を排除しながら独立へ向かおうとしている。

セルビア人が他民族に虐殺されたり被害を受けたことは問題にならず、セルビアの加害者的側面ばかりが報道される。

クロアチアを始め、他民族はどんどん独立していく中、セルビア人だけがユーゴスラビアという古い入れ物の中で残務処理をしなければならない理不尽さ。なぜクロアチアはクロアチア国歌が歌えるのに、セルビア人は未だにセルビア国歌がなく、民族融和の幻想を引きずるユーゴスラビア国歌を歌わなければならないのか!

サッカーに詳しければ五倍も十倍も興味深く読めたと思うが、選手のことをほとんど知らない私でも、心打たれたのは「矜持」と題された第三章だ。それを象徴するのが、表紙の写真で、『NATO STOP STRIKES』と書かれたシャツを着ているストイコビッチ。コソボ空爆を受けて、それまで政治的発言は慎んできたユーゴスラビアの選手達が、一致団結して反NATOの意思表示を示し始めるのはこの瞬間からだ。世界中に悪者だと喧伝されてきた悔しさが一気にこみ上げてきたことが伝わってくる。家族を空爆のさなかに残して海外でプレーをしなければならない選手達に、これ以上黙っていることはできなかったのであろう。

この本の中には、セルビアだけでなく、この地域の様々な民族の「矜持」を見ることができる。どんなに人口が少なくても、どんなに貧しくても、どんなに悪者扱いされても、自分の民族が好き、自分の出身地が好き、サッカーが好き、それを守るために自分にできることを精一杯やっている。本に出てくる民族が替わる度に、「こんなに真摯に生きている、この民族は悪くない。」と感じてしまう。それでは、いったい誰が悪いのか?著者は言う。
「絶対的な悪者は生まれない。絶対的な悪者は作られるのだ。」

コソボの独立を支持すべきかどうか、難しすぎて私にはコメントできない。しかし、セルビアだけが絶対的な悪者だというニュースが流れてきても、鵜呑みにはするまい。そして、部外者である他民族が口を挟むべきことだったのかどうかという疑問を持ち続けていようと思う。

スポンサーサイト

『楽園』 宮部 みゆき

楽園 上 (1)楽園 上 (1)
(2007/08)
宮部 みゆき

商品詳細を見る


私が忙しいのを知った友人が、
「骨休めに読みなよ。」
と本を何冊か貸してくれた。どれも気軽に読めておもしろい本だという。
「この『楽園』なんて、ほとんど徹夜で読んだ。」
と教えてくれる。それじゃあ骨休めにならないじゃないの・・・と笑いながらも、「そんなにおもしろいの?」と半信半疑だった。宮部みゆきさんの短編を一つだけ読んだことがあるが、スラスラ読めるのだが、ちょっと現実離れしていて、後に何も残らない軽さが苦手だった。

そして『楽園』。スラスラ読める。人が頭の中に思い浮かべている光景を見てしまう能力のある男の子・・・やはり現実離れしている。しかし、続きが気になって読み進む。

次々と登場する様々な家族。男の子と母親、母親の生家とその家族や親戚、男の子が人の頭の中に見た事件に関わる一家、男の子に頭の中を見られた人物の家族や親戚・・・。
家族の誰かが誰かに影響を与え、誰かが誰かから影響を受け、それぞれの人生ができていく。誰かの一言が、昔のボタンの掛け違いが、人生を狂わせていくことになる。

優しかったり、面倒見が良かったり、端から見ると美徳であることが、良い結果を生まないということもある。家族に対して真の優しさをもっているなら、心を鬼にして叱ったり、突き放したりしなければならないこともあるのだ。『楽園』に出てくる不幸な道を辿った人たちの家族は皆、そこをはき違えている。

私が特に興味をもったのは、妹への嫉妬からグレていった姉とその一家だ。
妹や弟が生まれるとヤキモチを焼くというのは良くある話だ。だから第二子以降が生まれるとき、上の子のヤキモチをどのように逸らし、どのように乗り越えさせるかに、親は心を砕く。子供たちに同等の愛情を注ぎながら、よく観察して、時には上の子への愛情表現を大げさにしてみたり、「全く同じ」を求められた時には、そうはいかない場合もあるのだと諭したり・・・。親も試行錯誤しながら、嫉妬心を収めさせ、仲の良い兄弟姉妹関係を築かせることに腐心する。

『楽園』の姉は、嫉妬心が小さな芽であるうちに摘まれることなく、自分の成長とともに嫉妬心も大きくなっていったのだろう。嫉妬心が大きくなって、グレ始めたときも同様に、その不良の芽は誰からも摘まれなかった。三つ子の魂百までという言葉があるように、大きくなってからの芽は摘みにくい。小さいうちに、自分の子供をよく観察し、良い芽は伸ばし、悪い芽は摘んで置いた方が、親の方も楽ができただろうに。それを怠ったが為に、楽ができないどころか、あんな苦渋を味わうことになるとは・・・。後の祭りとはこのことだ。

前回読んだ作品とは違って、『楽園』は読み終わった後に、現実の社会、現実の家族に当てはめて、考えることの多い作品だった。
宮部みゆきさんは、「ミステリー作家」と分類されることがあり、推理小説の謎解きのようなものを期待していると、肩すかしをくう。筋書きの中に事件が出てくるが、それは現代社会を書き表す材料のひとつに過ぎないのかもしれない。
たまには友人に本を借り、読まず嫌いをなくすというのも良いものだ。

中国製餃子事件を考える(其の二)-『民間防衛 新装版―あらゆる危険から身をまもる』

民間防衛 新装版―あらゆる危険から身をまもる民間防衛 新装版―あらゆる危険から身をまもる
(2003/07)
不明

商品詳細を見る


中国製の餃子に健康を害するものが入っていた。この事件で誰もが思うのは、日本人の生命や健康を守らなくてはならないということだ。しかし、その後の対処法については議論が分かれる。おおまかに言って、一方の主張は、
「日本の食料自給率は低く、中国産・中国製がなければ需要を満たすことができない。検査体制を厳しくして、安全なものしか入ってこないようにしよう。」
で、もう一方は、
「中国から食品を買うのを減らし、食料自給率を上げていこう。」
である。
日本の食料自給率は40%程度(カロリーベース)だと言われている。国内の生産で全てを賄うのは、すぐにできる話ではない。しかし方向性として、私は後者を目指すべきではないかと思っている。私の頭の片隅にはいつも、次に記した『民間防衛』の中の一節があるからだ。

全体戦争の今の時代に於いては、経済は、政治と戦争の基本的武器である。スイスが経済活動の面で外国に依存する状態にあることは、この点からいって重大な危険である。われわれの攻撃者となるかもしれない国に、われわれが必要とする物の供給を独占させることは、どうしても避けなくてはならない。

文章の中に「スイス」とあるのは、これはスイス政府が編集したものだからである。永世中立国スイス政府は、自国の独立と平和を守れるように、この『民間防衛』を全国民に配布していた。そこには、武力を伴う攻撃だけでなく、他国からのあらゆる攻撃に備える国民の心構えが書かれている。その「あらゆる攻撃」のうちの一つが、経済によるものである。

日本の食料自給率は、他の先進国に比べて際立って低い。経済大国だとしても、輸入先の国が供給をストップして兵糧攻めを仕掛けてきたり、一斉に毒物を入れられたら、ひとたまりもない。
今回の餃子事件でも、「お弁当に入れるものがない。」「スーパーの棚ががら空きになった。」「外食店で提供できないメニューがいくつもできてしまった。」と、困っている人たちがたくさんいるようだ。餃子一つでこれである。しかも供給元は、普段から反日教育や反日プロパガンダ盛んな中国である。

われわれの攻撃者となるかもしれない国に、われわれが必要とする物の供給を独占させることは、どうしても避けなくてはならない。

という危機意識を持つべきではないのだろうか。
日本の食品輸入量を国別に見てみると、中国からの輸入量は第二位(一位はアメリカ)であるが、加工食品については第一位の品目も多い。そして厚生労働省による検査に違反した件数は、中国が圧倒的に多く、世界第一位である。(平成17年度・厚生労働省)
自給率が低いから中国に頼らざるを得ない、というのは本末転倒な話で、中国に頼らない方法を考えなければならない。

一番ハードルが低いのは、中国以外の外国からの輸入にシフトしていくという方策であろう。一国からの供給に偏っていなければ、リスクは軽減できる。

それから、原料は輸入するが加工は国内で行うようにすることも有効だ。
この方法のメリットは、まず、製造工程の管理が可能で、製造中に毒物を入れるなどという攻撃を防ぐことができる。また、原料の仕入れ先を選ぶことができるので、原料の安全も保つことができる。
原料ベースでの自給率に変化はないが、外国への依存度を少しでも減らすことになる。自給率が低いからと言って、加工の工程まで外国に任せておく必要はない。
具体的には、海外の比重が高くなってしまった生産拠点(工場)を国内へ戻すことと、国民が加工食品の利用を減らし、食材を購入して自分で調理する習慣を取り戻すこと。経済防衛のためには、割高な加工費を負担したり、調理に手間をかけることも、避けていてはならない。

難しいかもしれないが目指して欲しいのは、原料の国内生産を増やすこと。技術の向上や、国民が安全に対しての費用負担を覚悟するようになれば、不可能ではないかもしれない。

最後に、食品を無駄にしないこと。
自給率のベースとなる国民一人に供給される食糧のカロリーは一日2,548Kcal(平成18年度・農林水産省)と算出されているが、これは日本人のエネルギー摂取量が男性平均2,119Kcal・女性平均1,904Kcal(平成17年度・厚生労働省)であるという実態とは、かけ離れた数字である。供給されているけれど、摂取されていない、つまり廃棄されているものが多いということである。
消費者個々の努力も大切だが、コンビニ・スーパーなど流通業や食品メーカーでの大量廃棄をどう減らしていくかを考えるべきではないだろうか。

『民間防衛』には、次のような一文もある。

つまり、危険が目前に迫ったことによって、これまでどっちつかずの態度でいた者は、はっきりとした態度をとらざるを得ないことになり、また、スイス国民の精神的連帯感は刻一刻と強まっていくのである。

餃子事件によって、日本の食糧問題が「危険」の領域にさしかかっていると気づいた国民は多いのではないだろうか。連帯感をもって、日本の食を守ることを考えなければならない時が来たのかもしれない。




中国製餃子事件を考える(其の一)-『ベターホームのきょうの献立』 ベターホーム協会

ベターホームのきょうの献立ベターホームのきょうの献立
(1992/03)
ベターホーム協会

商品詳細を見る


中国製の餃子を食べた人が食中毒を起こした事件。同じ工場で作られた製品の多さに驚いた。中国の事情に詳しい宮崎正弘氏は、週刊誌の取材にこう答えられたそうだ。

「要するに日本の家事に当たる人(主婦でも主夫でも)が炊事に横着を決め込んで、冷凍をオーブンにかけて食事を済ませるのが、需要を富ませる。中国からの冷凍加工食品の輸入は過去十年間で五倍になった。ということは日本人の食事が五倍横着になったことではないのか」(「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」 平成20年(2008年) 2月1日(金曜日) 弐 通巻 第2073号)

生産拠点が日本から中国に移った分もあるだろうから、五倍全部が横着のせいではないと思うが、加工食品が安くなって利用しやすくなっていたことは確かだろう。
中国製は危ない!ならば手作りを・・・と思っても、はて?具材は何だろう?白菜はゆでるのか?と戸惑う人も多いかもしれない。

主婦を何年もやっていると、使う挽肉は豚でも鶏でもいいし、白菜はゆでても塩もみしてもいい、白菜が無ければキャベツでも、時には大根やインゲンでも代用しちゃう、という臨機応変な対応ができるが、やはり基本は大切だ。
かくいう私も、主婦になって初めて餃子を作ったときに、「あれあれ?具に卵は入れるんだっけ?」というところで迷ってしまった。実家では、よく餃子作りを手伝っていたが、白菜を刻んだり、皮を包んだりという作業だけをしていて、卵を入れるかどうか覚えていない。そこでこの本で確認すると、卵は入れなくてもよいことがわかった、という経験がある。

中国製餃子の事件をきっかけに、加工食品に頼るのはやめようという方に、この『ベターホームのきょうの献立』をお薦めしたい。本屋さんにはきれいな料理の本がたくさん並んでいるが、この本は基本の家庭料理が網羅されている質実剛健料理本だ。

ハンバーグ、コロッケ、炒飯といった当たり前すぎて他の本には載っていないものから、炒り豆腐、揚げ出し豆腐、ぬたなどの昔ながらのお総菜、かと思うと、パエリア、青椒牛肉絲、テリーヌ、キムチ鍋、シャシリク(シシカバブ)など世界の料理まで載っている。献立形式になっているから、付け合わせにも困らない。料理教室を開いているベターホーム協会のレシピなので、作り方もわかりやすいし、味の方もお墨付きだ。
夕食に作る料理は、よく考えてみると、ここに載っているかそのアレンジであることが多い。これ一冊あれば、家庭料理回帰にかなり役立つのではないかと思う。

我が子たちの通うオーストラリアの現地校で、日本文化を紹介して欲しいと頼まれることがある。その時に、この本を持っていき、
「日本の家庭ではこのような夕食を食べている。」
というと、バラエティ豊かなことにとても驚かれる。こちらでは、焼いたお肉とゆでた野菜かサラダというワンパターンか、冷食を温めるだけという夕食が、一般的であるからだ。
そんな時に、私は日本人であることに幸せを覚える。

横着になり家で料理を作らなくなって、全国各地どこの家でも均一の味のものを食べ、献立のバラエティも少なくなったら・・・私にとっての日本の魅力は半減だ。スペイン人かイタリア人に生まれ変わりたくなるかもしれない。(笑)
安全であるかどうかがきっかけとなり、たとえ安全であっても市販のものに頼らない豊かな食生活を取り戻せたら・・・という願いを込めて、この本をお薦めしたい。
みなさん日本人であることの幸せに気づいてね。


※全くの料理初心者の方は、同じシリーズの『お料理一年生』があると心強いでしょう。魚の裁き方、野菜の下ごしらえ、調理器具の選び方や手入れの仕方などが、豊富な写真入りで丁寧に説明されています。




Appendix

本のブログ

にほんブログ村 本ブログへ

プロフィール

milesta

Author:milesta
◇これまでに紹介した本の一覧は下の「全タイトルを表示」の文字をクリックすると、ご覧になれます。
◇コメントとTBは承認制にしました。
◇記事に関係がなかったり、このサイトにふさわしくないコメントやTBは削除することもあります。

全記事(数)表示

全タイトルを表示

最近の記事+コメント

カテゴリー表示

ブログ内検索

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。