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『国民の教育』 渡部 昇一

国民の教育国民の教育
(2001/11)
渡部 昇一

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海外での子育ては恐ろしいと、時々思う。親の教育方針が純粋に子供に伝わり、子供を見ればどのように育てたかがわかってしまうからだ。
なぜ、そのようなことになるのかというと、まず、住んでいる国と日本との価値観や習慣が違い、どちらを選択するかは親次第だからである。家では靴を脱ぐのか、女の子でもあぐらをかいてもいいのか、食事の前に「いただきます」と言うのか黙って食べ始めるのか、神様とはジーザス一人のことなのか・・・。そして、日本と違って「友達と一緒」であることに重きを置かないので、自分の意思、価値観は尊重される。

様々な場面で、「どちらの考えを選択するか。」「何を与え、何を与えないか。」「どこまで許容するか。」などを迫られる。教育方針を定め、それに基づいて交通整理をしなければ、身が持たない。こちらで生活を始めてすぐ、そう気づいた頃に、ちょうどこの本を読んだ。

ここに書かれているのは、躾や教育の表層的なノウハウではなく、現代の教育の問題点や理想の教育についてである。教育といっても、「テストで良い点を取る」「良い学校に入る」ことでなく、人格とか思考力や視野の広さなどを念頭に置いていることに、大変共感を覚えた。

現代の家庭教育に欠けているものは何か、日本の社会が硬直しているのはなぜか、日本の国民として何を学ぶべきかなど、子供の教育を考える上での柱となるような思想がいろいろな方向から語られる。具体的な試案には、それが良いのかどうかわからないものもあったが、根底に流れる教育の理念は私の頭と心に染み渡り、たった一度通読しただけであるが、その後の我が家の教育方針には、ずいぶん影響を与えられた。また、オーストラリアの学校教育の中に、日本の教育で欠けている部分を見いだし、それを有効利用することもできた。

家庭教育で実践したのは、「怖いけれども好きだ」という父親像を主人が目指したところだ。先にも書いたように、文化の違う中で日本人としてまともな人間を育てるには、父親が正しい価値観を与えていくことが必要で、それには父親が子供からバカにされていたり嫌われていてはならない。母親は日常の細々とした事を口うるさく言うので、子供たちも慣れてしまって、あまり威厳がない。ここぞというときには、「怖いけれども好き」な父親に登場して貰うしかないのだ。

またここには、今の教育は日本と日本人についてきちんと教えていない、ということが書かれていたが、我が家は、日本や日本人についてある程度は知っていなければならない環境に置かれている。
学校の先生でも時々日本と中国を混同していたりして、うっかりすると、とんでもないことを教えられてしまう。また我が子たちは日本人であるからと、授業で日本についての説明を求められることもある。だから、充分とは言えないが、日本について知る機会をなるべく作るようにしている。
もしかすると、日本に住み続けていたら、今のように能動的に日本について学ぼうとはしていなかったかもしれない。

オーストラリアの学校教育を受けて、これは良いと思ったところは、多様性を認め、個性を伸ばし、失敗しても再チャレンジができるところである。これらは、この本の中で、日本の教育に欠けているものとして挙げられていることばかりだ。
日本の教育、特にエリートの進む道は、小さい頃から熱心に受験勉強して、東大に入り、官僚になるという単線で、人間としても、国としても、脆弱であると書かれている。詳細は省くが、この脆弱さの説明には、非常に納得のいくものがあり、エリートコースから一度外れた「ステップ・アウト」の経験を評価しようという提案には大賛成だ。

我が子たちは、エリートとはほど遠い人生を歩むだろうが、外国の学校に通うというステップ・アウトをしたおかげで得たものがたくさんあり、それは一生の宝物になるだろう。孤独に耐えられる強さ、わからないことをわからないと言える素直さ、異なる文化や考え方の存在を知ったこと、そういう違いを踏まえた友情の築き方、それには自己の確立と寛容の心が必要だということ。そしてこの本に書かれているのを見て気づいたのだが、「嫉妬心」をあまり抱かず優れた人を的確に評価することも、多様性や個性を重視するこちらで学んだことだ。机に向かって勉強だけしていたのでは学べないことばかりである。

子供の教育の話ばかりを書いてしまったが、この本の題名は『国民の教育』である。「子供の」ではない。子供の教育には、親、学校、社会が、影響を与える。それは海外暮らしに限ったことではない。大人たちが子供たちの教育について真剣に考えなければならないのは、どこに住んでいても同じことだ。その為には大人たちも正しい知識を持ち、子供の手本となり、きちんとした教育理念を持たなければならない。国民を、そう教育してくれる本であるのだ。

私にとっては海外での子育てというのがよいきっかけとなったが、日本の皆さんも、子供のいない方も、ぜひこの本を読んでみて欲しいと思う。
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『暴走老人!』 藤原 智美

暴走老人!暴走老人!
(2007/08)
藤原 智美

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ずいぶん過激な題名だが、テーマは老人ではなく現代社会である。
最近、老人の犯罪や老人が「キレる」場面が多くなったという現象から、芥川賞作家である藤原智美氏が、作家らしい推察力で、老人が生きにくくなった現代社会のあれこれを取り出して見せてくれる。小説でもデータに基づいた分析でもなく、事件や現象を推察で繋げていくというスタイルだ。

藤原氏は、現代社会の変化の速さについていけずに、焦り、困惑し、ついには怒る老人を、「新老人」と名付けているが、読み進めて行けば行くほど、「自分はまさに新老人である」という思いが強くなる。そして、あの時のことを思い出した。

十年ほど前、海外での不便であるが人間的な暮らしから日本に戻ったときに、「便利さ」は「待つ」ことのできないギスギスした社会を作り出すと感じていた。その便利さの筆頭は、ケータイとコンビニであると思い、何人かの知人にその思いを話してみたが、「でも便利になったものは、元には戻せないんだよ。」と相手にされなかった。私一人が、世の中から取り残された気がしたものだ。

本物の新老人達は、そういう思いを日々積み重ね、人によっては犯罪にまで及んでしまうのか。その短絡的な行動には賛同できないが、「気持ちはわかる」というケースはいくつかあった。

ある老人が、行きつけのコンビニで立ち読みを注意され、自分の車に積んであったチェーンソーを持ち出して店員を脅したまま、また店内の立ち読みに戻った事件。藤原氏は、この新老人の振る舞いに、次のような切り口を与える。

ひと昔前の雑貨屋や食料品店といえば、たいていの客と店主は気心の知れた仲であり、世間話、四方山話に花が咲いたりした。そこは、モノの売り買いだけでなく、日常のなにげない会話が可能な空間だった。床屋談義という言葉が示すように、町中の店というのは交流の場所でもあった。私の幼い頃まではそんな光景があたりまえだった。

私がかつて海外で思い出させてもらった「不便だが人間的な生活」は、この光景なのだ。
そして藤原氏は、このように推察している。

コンビニが人と人とのなにげない交流のある、かつての店のような場所だったら、この犯行は果たして成立しただろうか。

人間らしさと逆行する「マクドナルド化する社会」の考察は、それが珍しいことではなくなっているというところにぞっとした。ここでは、スターバックスで年配のグループが「アイスティ」や「ジュース」といった「非スタバ的」なものを注文しようとした例を引いている。お客さんまでもがラインの一部となって目に見えないマニュアルに従う店では、ラインに適応できない者は、ラインを構成している他のお客さんから排斥されてしまうというが、そう説明されるまでもなく、年配者グループの居心地の悪さは想像できてしまう。

また、昨年日本で私が奇妙に感じた、サービス業のバカ丁寧な言葉遣いと満面の作り笑顔について、藤原氏も同じように奇妙に感じているようで、これは社会現象であると書かれている。

世代は違うが、藤原氏と私の感覚は非常によく似ている。とすると、これはやはり、老人だけの問題ではないような気がする。私としては、できるだけ多くの人に新老人(予備軍)の仲間入りをして欲しい。そして、怒りや犯罪の方向に走るのではなく、便利さと人間らしさの関係について少しだけでも思いを馳せてもらえたら・・・と願ってしまう。再度、あの知人達に話してみる勇気はないけれど。

明けまして御目出度うございます。

明けまして御目出度うございます。
昨年は多くの方に拙記事を読んでいただき、たいへん感謝しております。そして、皆様のご意見やコメントには、いつも励まされました。
相変わらず引っ越し準備で慌ただしい日々を送っておりますが、少し落ち着いたら、また本を紹介していきたいと考えています。
本年もよろしくお願いいたします。
milesta

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