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『鬼の橋』 伊藤 遊・作/太田 大八・絵

鬼の橋 (福音館創作童話シリーズ) 鬼の橋 (福音館創作童話シリーズ)
太田 大八、伊藤 遊 他 (1998/10)
福音館書店
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この児童書を書かれた伊藤遊さんの経歴を見ると、史学科を卒業されたとある。なるほど作品の重厚感は、歴史の重みでもあるのかと納得がいく思いだった。

主人公の小野篁(たかむら)は平安時代に実在した人物だ。小野妹子の子孫とも小野小町の祖先ともいわれ、有能な官僚だったという。しかし、この物語は創作で、鬼、地獄、極楽といった、不思議な世界が篁を取り巻いている。そんな「作り話」であるはずなのに、ばからしいとか、あり得ないなどと思わずに真剣に読んでしまう。それは作者が、時代背景や古くから伝わる篁伝説をよく研究されているためではないかと思う。

元服前の篁は、ある事件のことで自分を責め、勉強にも力が入らず、無断外出をしたりして、父や母を心配させる。

橋の向こうの井戸の中には、別な世界があることを知り、鬼たちや三年前に亡くなった征夷大将軍坂上田村麻呂にも出会う。
こちら側の世界でも、新しい出会いがある。五条橋の下に住んでいる女の子阿子那だ。阿子那に近づく非天丸は、井戸の中からこちらへやってきた鬼のようだが、人間にとって脅威なのか、味方なのか・・・。

外出先で様々な事件に出会う篁は、家の中でも落ち着かない日々を送っていた。自分の成長やそれに伴う母離れや父の期待に、不安になったり、いらついては、五条橋に向かう。

坂上田村麻呂の登場回数は多くはないが、「生と死」「親子」「宮仕え」について、篁の指南役となる重要な人物だ。成長して大人になる途中で、子供は親を鬱陶しく感じる時期がある。そんな時に、よその大人の助言なら、少しは冷静に聞けることもある。田村麻呂は、篁の良き助言者であった。田村麻呂自身が悩みを抱えていたことも、篁を素直にさせた要因かもしれない。そういえば、ここに出てくる登場人物たちは、誰しもが何かしらの悩みや傷を抱えている。篁には悩んでいるのは自分だけではないと知ることが必要であったのであろう。

元服を目前に篁は人生最大の心の葛藤を迎えるが、それを乗り越えることができるのか。終始冷たいように感じられていた父親との関係は、どこへ向かっていくのか。

この作者は、幻想的な物語の中で子供の成長を描くのが、本当に上手だと思う。篁が父親をたじたじとさせる一言には、スコーンと抜けた明るさがあり、怖い鬼や痛々しい怪我の出てくる話だったことを忘れてしまう。深い味わいの本であるだけでなく、読後感がこのようにさわやかであることも好感が持てる。
老若男女問わず楽しめると思うが、男の子には是非読んで欲しい作品である。

※これまでに紹介した伊藤遊さんの本
『つくも神』 伊藤遊
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『宋姉妹―中国を支配した華麗なる一族 』 伊藤 純、伊藤 真

宋姉妹―中国を支配した華麗なる一族 (角川文庫) 宋姉妹―中国を支配した華麗なる一族 (角川文庫)
伊藤 純、伊藤 真 他 (1998/11)
角川書店
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「宋姉妹」、その響きはオールコットの『四人姉妹』にも似ているが、優しさに満ちた物語を想像すると、とんだ勘違いである。宋姉妹の生涯は、そのまま中国の歴史を形作り、日本や台湾を初めとする世界の歴史まで左右していたのである。宋姉妹が歴史に翻弄されたのではなく、宋姉妹が歴史を翻弄したといってもよいほどの積極的な働きによって・・・。

宋姉妹の父親宋耀如は、アメリカの華僑である養父の元から逃げ出しキリスト教に帰依、神学を学んだ後、上海に渡る。そこで生まれた耀如の三男三女は、すべてアメリカの大学に留学した。

その後、長女靄齢(あいれい)は財閥の御曹司孔祥熙と、次女慶齢(けいれい)は革命家孫文と、三女美齢(びれい)は蒋介石と結婚する。政治と金と武力が結びつき「宋王朝」と呼ばれる体制ができた。

しかし孫文亡き後の慶齢は、蒋介石のやり方に不満を抱き、家族たちに距離を置いていく。

蒋介石率いる国民党とソビエトをバックにつけた共産党が勢力争いを続け、慶齢は共産党員ではなかったがソビエトの支持を得て革命を完遂しようとしていた。姉妹の間は離れていくばかりである。
しかし西安事変を堺に、国民党は共産党の提案する「抗日」に共同してあたるという条件を飲み、両者は一気に接近する。この決定は、監禁されていた蒋介石が行ったのではなく、美齢が蒋介石を説得したのだ。

ここから美齢は、美貌、英語力、キリスト教徒という肩書きを武器に、西欧社会に「抗日」を訴えかける活動を始める。
アメリカ紙の中国特派員、元アメリカ空軍大佐、オランダの記録映画作家、「タイム」「ライフ」を発行していたヘンリー・ルース・・・西欧の世論を動かしそうな人物に積極的に働きかけて、中国への同情を喚起し、「抗日」の必要性を訴える。
一方、宋家の長男子文は、ワシントンに住まい、ルーズベルトに接近していく。そして抗日のための経済援助を取り付けるだけに留まらず、航空機やパイロットまでアメリカに提供させることに成功する。

アメリカ軍のパイロットが一時的に退役し、義勇兵として中国に赴き、一年契約でシェンノートの指揮下で戦う。表向き日中間の紛争に中立を保っていたアメリカが軍人を中国へ派遣するための苦肉の策であった。
 二人(シェンノート、子文)の説得は見事に功を奏し、一九四一年四月十五日ルーズベルトはついにこの義勇兵を許可する行政命令を出した。


真珠湾攻撃より半年以上も前のことである。
何としても、抗日活動にアメリカを引き入れたかったのだ。

これは宋姉妹の物語であり、日本は敵とみなされて書かれているから尚更であるが、読みながら腹がたって仕方がない。宋一族の言いなりになるアメリカ人たち、そして美齢の高慢な態度。ルーズベルトが蒋介石の参謀長に任命したスティルウエル将軍の日記には、こう書かれている。

「会議。蒋夫人、シェンノート、私が出席。
夫人は言った。
『シェンノート君、飛行機はどれだけ必要ですか?』
『三〇〇機と月間補充二〇パーセントです。』
『よろしい。それではワシントンに連絡し、子文から圧力をかけさせましょう。スティルウエル将軍からもワシントンにその旨伝えて下さい。飛行機を手に入れるのはあなたの仕事です。』と蒋夫人。
 私は中国人となり、中国の欲することは何であれすべて合衆国にすすめて出させる代理人になるべきだというのだ。
『そうすれば、あなたが大将におなりになるよう骨を折りましょう』
何という連中だ!?」


美齢が華やかに活躍し、宋一族が裕福になっていくことを、慶齢は冷ややかな目で見ていた。慶齢と他の兄弟姉妹たちは、戦後再び共産党と国民党に分かれて戦うことになる。共産党政権が誕生したとき慶齢は副主席に選ばれ、美齢は台湾へ、靄齢はアメリカへ渡る。宋王朝は崩壊した。しかし、あまりにも歴史に与えた影響の大きい一族であった。

本書は、あとがきに書かれているように、アメリカ在住(当時)の宋美齢への面会はできず、台湾からも取材許可が下りず、一方で宋慶齢関係者からは取材協力が十分であったようだ。それで、三姉妹の中では最も慶齢に近い視点で書かれている。また取材者は日本人であるが、日本の立場や言い分などには一切言及していない。そうしたことを差し引いても、興味深い内容であった。

※追記
頂いたコメントを読み、アメリカが真珠湾攻撃より以前から日中戦争に介入していたことは紹介すべきだと考え、新たに引用文を差し入れ加筆しました。(平成十九年八月二十八日)

※こちらと合わせて読むのもお薦めです。↓

『わかったさんのマドレーヌ 』 寺村 輝夫・作/永井 郁子・絵

わかったさんのマドレーヌ (わかったさんのおかしシリーズ) わかったさんのマドレーヌ (わかったさんのおかしシリーズ)
永井 郁子、寺村 輝夫 他 (1991/11)
あかね書房
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我が子の一人は食べ物の出てくる本が大好きで、愛読書の半分以上は題名に食べ物の名前が入っている。その中でも、本棚で目立つのは、この『わかったさん』シリーズである。

わかったさんは、クリーニング屋の娘。洗濯物を受け取ったり、配達しに行ったりする途中で、いつも事件に巻き込まれる。事件の鍵を握るのは、必ずお菓子。クッキーだったり、ドーナッツだったり、プリンだったり・・・。事件を解決するためにわかったさんが、作り方の歌を歌いながら、そのお菓子を作る。おいしそうだし、簡単にできそうだし、本を読んでいると、そのお菓子を作りたくなってくる。そうしたら巻末を見ればよい。子供にもわかりやすく、かわいいイラスト入りの作り方が書いてあるから、すぐに取りかかれる。

このシリーズの中で、我が子が一番気に入っているのは『わかったさんのマドレーヌ』。この回の事件は、謎めいていて、ちょっぴり怖くて、ドキドキするからのようだ。

わかったさんは、港に停泊中の船にクリーニングを取りにいくことになる。そして海賊らしい男に「おしえろ!」と凄まれ、見たこともないお札でクリーニング代を支払われる。
「おしえるって何を?」とよくわからないままケーキ屋さんに行ったり、考古学者の先生の研究所に呼ばれたりして、とうとうマドレーヌ姫というお姫様まででてくる。しかし姫は、きれいだけどいじわるそうで「イヒヒヒヒ」などと笑うのだった。

怖いお話が、だんだん楽しいマドレーヌ作りの料理教室のようになってきて、恒例の作り方の歌も飛び出す。こうなってくると、もう海賊の話よりも、おいしそうなお菓子が気になって、食べる場面では「ああ、一緒に食べたいなぁ。」と、うっとりとしたまなざしになる。
そして決まったように「誕生日にはこれを学校に持ってきてね。」と言う。

我が子たちの学校では、子供の誕生日に母親がケーキをクラスに持ってきて、皆で食べることが多い。しかし、オーストラリアのケーキは、砂糖衣がかかっているのが一般的で、少なく見積もって日本の倍くらい甘い。その上砂糖衣に様々な色を使っている場合も多くて、我が子たちは食指が伸びないらしい。
だから自分の誕生日には、日本のレシピで何のデコレーションもないものを望むのだ。
よ~し、今年の誕生日はわかったさんのマドレーヌを一緒に作ろう!

『円周率を計算した男』 鳴海 風

円周率を計算した男 円周率を計算した男
鳴海 風 (1998/08)
新人物往来社
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これは伝記と創作の両方で構成された短編時代小説集である。
理系の主人が和算に興味を持って先にこれを読み、「おもしろいよ。」と渡してくれたときは、難しい数式や数学用語がでてきて私にはわからないのではないか、退屈なのではないかと、ちょっと疑心暗鬼だった。
ところが読んでみると、江戸時代の和算が好きで堪らない人たちとその周りの人たちとの情で結ばれた世界を描いていて、「人情もの」といって良いような作品集であった。登場人物の何人かは実際の和算家で、短編が年代順に並んでいることから、和算の歴史の一端を垣間見ることも出来る。

和算といって思い浮かぶのは、「関孝和」「つるかめ算」「算額奉掲」ぐらいのもので、どんな人たちが和算の世界を支えていたのか考えたこともなかった。
知ってみれば当たり前のようなことだが、和算を使って仕事をしていたのは、藩の財務監査をする勘定吟味役、銀貨の鋳造と発行を行う銀座役人、公共工事の費用計算等をする普請方など、多岐にわたっている。彼らの中で算術の好きな人たちは算学塾に通う。
家元制度のような仕組みや、和算の本の巻末に新しい問題を出しておく慣習、解答には簡潔さや美しさが求められること、対立する理論は本の出版でやりあうといった、全く知らなかった和算の世界が広がっていて興味深く読み進んだ。

しかし算術は彼らの専売特許だったわけではなく、農家の子や町人だった人たちでも、算術の才能さえあれば、武士に取り立てられたり、高名な算術家の養子になったりしている。江戸時代は階級社会であったが、実力如何では、階級を越えていくこともできたのだった。

そんなわけで、江戸時代の算術家と一口に言っても、生まれも生活環境も生き方も様々であった。そしてそこに、妻や恋人の愛情や奉仕、親子のいたわり合い、友人の助けや諍いごとなどが絡み合って、彼らも同じ人間なのだと親近感が沸くような、感慨深い話になっている。

建部堅弘が発見した円理(円周率の公式)が、西洋で初めて見られるのはオイラーの書簡の中だが、堅弘はそれより15年も早くにその公式を発見していた。建部堅弘は関孝和の愛弟子であったが、それ以降も流派が増えたりして和算は発展していった。その理由について、あとがきにこう書かれている。

 しかし、和算が連綿と続いてきたのは、芸事特有の家元制度があったからというより、十九世紀において世界断トツの識字率と計算能力を有していた、日本人の知的欲求の高さが根底にあったからだと思います。事実、和算は特定の階層の人だけのものでなく、大名から長屋の住人、百姓に至るまでが没頭した趣味でした。鎖国の中にありながら、西洋の数学の発展にそれほど遅れなかった(部分的には西洋よりも早かった)ことは、和算の山の高さと裾野の広さを証明しています。

この本では、高さでなく裾野の広さに焦点を当てて書かれているので、私のような者にも読みやすく、おもしろかったのだ。
江戸時代を「和算」という切り口で見ている。この視点は新鮮で、江戸時代を複眼で見ている感じがした。

『遠い日の戦争』 吉村 昭

遠い日の戦争 (新潮文庫) 遠い日の戦争 (新潮文庫)
吉村 昭 (1984/07)
新潮社
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「戦後レジーム」とは何だろう?
憲法がどうしたとか、民主主義が良いのか悪いのかとか、理念的なことは難しいから、もっと国民にわかりやすく教えてよ、と思っている人も多いのではないだろうか。

『遠い日の戦争』は、吉村昭さんの得意とする逃亡小説である。米兵俘虜を処刑した清原中尉は、終戦後、戦犯として占領軍及び日本の警察から追われる立場となり、逃亡生活が始まる。
清原が処刑に加わった理由には「戦中」の価値観が、逃亡中の境遇には「戦後」の価値観が表れていて、これは「戦後レジーム」が国民レベルでどのようにして始まったかの物語ではないか!と感じ、ここに紹介することにした。

清原琢也中尉は、福岡の西部軍司令部の航空情報主任として、アメリカの航空機の動き、爆撃の場所、頻度、規模などを詳細に把握していた。ゲームのように日本の都市部で無差別殺人を繰り返す米兵たちに怒りを感じていたが、福岡の空襲では想像をはるかに越えた被害状況を目の当たりにして呆然とする。

 市街には軍事施設も軍需工場もなく、B29編隊は、市民を殺傷し家屋を灰にすることを唯一の目的に焼夷弾を散布していった。眼前に見られるような光景が日本各地の都市で繰展げられ、多くの非戦闘員が死に追いやられていることを知った。

空襲の翌日、司令部には数十名の市民がB29の搭乗員捕虜を処刑しろと押しかけた。
そして広島に原爆が落とされ、

その後、伝えられる新型爆弾による広島市の被害状況に、琢也はアメリカ軍がすでに日本人を人間の集団と認めていないことを感じた。建築物はすべて消滅し、市民の大半は瞬間的に飛散し焼死したという。それは、野鼠の群を一時に焼殺する駆除方法にも等しいものに思えた。

米軍俘虜を処刑することは、国民を代表した行為だという感覚が清原たちにはあったのだろう。

ところが終戦後、占領軍がやって来てマッカーサー司令部は「俘虜虐待をした者には残らず日本政府の手で逮捕する」と発表。裁判が行われ、最初の刑確定者には、脱走常習の俘虜を殴ったという罪で絞首刑の判決が下った。

逃げよう、とかれは思った。逃げずにおくものか、とも思った。その高ぶった感情は、絞首されることへの恐怖からではなく、かれらに対する腹立たしさからであった。連合国側は、日本人を殺した自国の将兵を英雄視し、敗北した自分たちには侮蔑的な死を科そうとしている。その矛盾が、かれには許し難かった。

この「許し難い」というのが日本人としては普通の感情に見えるが、当時、清原が逃亡中に出会った日本人たちの中で、この感情を共有できる人はほんの僅かであった。占領軍への怯えや食糧不足から清原の逃亡とは関わりたがらない人たちもいたが、そのころはまだ清原にも自分を煩わしく思う人々の気持ちが理解できた。しかし、そのうち

通行人も連合国側関係者や警察関係者と同じように、自分にとって敵である

と感じるようになってくる。新聞は連日、民主主義を称え、ラジオでも、戦争は日本の軍部のせいであり連合国は悪くない、庶民は被害者で軍人は加害者だと繰り返す。それに同調した有識者の中には

戦争犯罪者を極刑にすることこそ日本に民主主義を根付かせる基本的条件だ

という論文を書く人もあった。
アメリカ兵のジープに群がり食糧を施される人たち、アメリカ兵の腕にぶら下がる良家の子女・・・変わっていく国民を横目で見ながら、一人冷静なのは戦犯として追われる身の清原であった。

読んでいるうちに、これは単純な逃亡小説ではないと気づいた。清原というぶれない視点をもつ人物を主人公に据え、私たちに戦後レジームの起こりを冷静な目で追体験させてくれているのだ。

吉村さんは、思想的な偏りがなく「史実」と「取材」に重きをおかれる方だ。この小説も、司令官らの無責任や旧軍人の臆病さをも書いており、旧軍は悪くなかったと擁護するものではない。
イデオロギーに囚われず、戦中と戦後の価値観の転換を客観的に書かれているので、どなたにも抵抗なく読めると思う。

私はこの本を読んで、「終戦」ではなく「敗戦」だったのだということを、言葉面だけでなく実感できた。吉村昭さんと清原中尉のおかげである。


※関連図書の紹介記事
◇占領軍の政策
『閉された言語空間―占領軍の検閲と戦後日本』 江藤 淳
『白洲次郎 占領を背負った男』 北 康利
◇「終戦」でも戦いが終わらなかった人たち
『収容所(ラーゲリ)から来た遺書』 辺見じゅん
『南十字星に抱かれて―凛として死んだBC級戦犯の「遺言」』 福冨 健一
『夢顔さんによろしく』 西木正明


『おじいちゃん戦争のことを教えて―孫娘からの質問状』 中条 高徳 (過去記事)

おじいちゃん戦争のことを教えて―孫娘からの質問状 おじいちゃん戦争のことを教えて―孫娘からの質問状
中条 高徳 (2002/08)
小学館
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昨年の終戦の日に採り上げた一冊ですが、多くの方々、特に夏休み中の学生さんなど若い人たちに読んでいただきたいと思い、今年も紹介いたします。
以下は、昨年と同じ記事です。

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大ベストセラーになったこの本を今更紹介するまでもないかとも思ったが、もしもまだ読んだことがない方がいらしたら、一人でも多くの方にこの名著を読んで欲しいと思って採り上げることにした。

著者の孫娘は父親の赴任先であるアメリカの高校に通っていた。そこで第二次世界大戦について学ぶ授業があり、当時の戦争体験者の話を聞こうという課題が出た。孫娘が祖父への質問を思い立ち先生に話したところ、先生は敵国だった日本の立場を学ぶことに興味を持たれて、孫娘が祖父に質問の手紙を出す。その質問の答えが本にすると250ページ近くに及ぶほどの内容になったのだ。

この本は、題名に「戦争」とつく本にありがちな「難しい、怖い、暗い」というイメージを完全に払拭してくれる。ここには、戦争の悲惨さを描き過去を反省したり嘆いたりするものとは正反対ともいえる、未来志向がある。それは祖父から孫への手紙という性質上、孫が生きていく将来の日本に対する著者の愛情が全体を覆っているからに違いない。
実際、本の内容は戦争のことだけでなく、戦後の日本が辿ってきた道、その間に失われてしまったもの、今後何を回復していかねばならないかということが多く語られている。

著者の中條さんが、失われたものや回復していかねばならないものを重視したのは、この本の中にも採り上げられている「ノンチックさんの詩」の影響もあるのかもしれない。ノンチックさんはマレーシア人。詩は次のような言葉で始まる。

かつて 日本人は
清らかで美しかった
かつて 日本人は
親切でこころ豊かだった
アジアの国の誰にでも
自分のことのように
一生懸命つくしてくれた


くすぐったくなるような賛美であるが、「戦後の日本人は・・・」と続く後半部分では、今の日本は自信を失い一体どうなってしまったのかと心配し、歯がゆいとまで言ってくれている。こんなに日本を思ってくれているアジアの人達もいるのに、我々日本人ときたら・・・という思いが著者にもあるのだろう。
これからの日本を担う子供を育てていく私たち、そして子供達自身も、このことを知る必要があると思う。アジアには、日本に謝って欲しいのではなく、自信を取り戻して欲しい国々があるのだ。『台湾人と日本精神(リップンチェンシン)―日本人よ胸を張りなさい』を読んだときにも同様のことを感じた。

年齢は小さいが、孫娘景子さんと同じく外国の学校に学んでいる我が子たちに、ことあるごとにかみ砕いて説明しているのが次のくだりである。

 景子、きみはいま、国際人としての素養を身につけるための絶好の環境で学んでいる。しかし、そこで学ぶべきものが単に英語に堪能になるとか、外国の友人をたくさんつくるといったレベルに止まってはならない。それでは単に英語屋であり、社交上手であるというにすぎず、真の国際人とはいえない。
 真の国際人とは、まず何よりも自国のアイデンティティを身にしみ込ませ、自国の公のために身を捧げるという心棒をしっかり備えていることが第一条件だ。外国の若者は日本の若者よりも押しなべて公に対する意識が強い。お互いがお互いの公に対する意識をしっかり持った上で交わる。そのとき、お互いの違いがはっきりと見え、その違いを認め合うことができる。その上に結ばれるのが真の友好というものなのだ。
 日本という国へのしっかりした意識をまず構築すること。それが景子の国際人の第一歩になるのだということを、くれぐれも忘れないでほしい。


この本を読み終えると不思議な感動が沸いてくる。
まず著者の日本を愛する気持ちが伝わってきて自分が日本人であることが嬉しくなる。
そして祖父から孫へと自分の体験や考え方を伝え、それによって祖父と孫の絆が深まることの大切さがわかる。最後に添えられた孫娘の書いた「おじいちゃんのレポートを読んで」には、祖父と孫娘の固い絆が感じられ、羨ましささえ覚えるほどである。ああ、私も祖父が生きている間にもっともっといろいろなことを聞いておけば良かった、亡父にはまだまだ我が子たちに教えてほしいことがたくさんあったと、残念でたまらない。

まだ、この本を読んだことのない人、特に中学生・高校生はぜひ一度手に取ってみて欲しい。もしも難しそうに感じたら「ノンチックさんの詩」や「おじいちゃんのレポートを読んで」を読んでみて欲しい。そして、少しずつでも良いから全編を読んで欲しい。若者たちが日本に誇りを持つことが、日本から失われたものを取り戻す第一歩となると私は確信している。

【追記】
本日8月15日は靖国神社に参拝された方もいらっしゃるでしょう。
中條高徳さんは、戦争に至る過程で日本は間違ったこともあったという考えの持ち主でいらっしゃいますが、毎朝(毎年ではありません。)靖国神社に参拝されています。また警察・消防関係の殉職者が祀られている弥生廟にもお詣りされているそうです。それは、そこに祀られている方々は「公」のために身を捧げたからだそうです。靖国神社に参拝するからといって、右翼だとか軍国主義だという批判は、全く的を射ていないものだと思います。

『天狗童子―本朝奇談(にほんふしぎばなし)』 佐藤 さとる・作/村上 豊・絵

天狗童子―本朝奇談(にほんふしぎばなし) 天狗童子―本朝奇談(にほんふしぎばなし)
佐藤 さとる、村上 豊 他 (2006/06)
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昔、祖母がしてくれたお話の天狗は、山の上の高い木の上に住んでいて、腰に下げた袋に入った木の実を食べていた。そのお話を聞きたくて祖母に何度もねだると、そのうち語る祖母の方が飽きてきて、天狗がカエルを食べたりしてしまう。
「ちがう、ちがう、本物の天狗は木の実しか食べないのでしょ。」
と抗議しても、もう新しい別の話しか出てこない。あの木の実を食べる天狗の話を聞きたいのになぁと、思っていた。だから、この本の中で、

シイの実やカヤの実か、せいぜいぜいたくをして、クリの実くらいしか食わなかったじゃないか。

というのを見て、心臓がどきっとした。ついに、あの天狗に再び出会えたのだ!

この台詞を言ったのは、カラス天狗の九郎丸。大天狗の小姓を務める『木っ端組』の一員だ。九郎丸は、お仕えしていた大天狗から山番人の与平に預けられ、笛の吹き方の修行をする。一年半も一緒に暮らすうちに情が移ってきて、与平は九郎丸を返したくないと思い、九郎丸は早く帰らなければ天狗の世界に戻れなくなると焦り始める。
そして、ちょっとした騒動の後、まずは九郎丸が、続いて与平が、大天狗の館に行くことになる。

天狗の館の造りや、天狗社会の組織や出世の仕組み、天狗やカラス天狗の衣装などについて、実際に見たのではないかと思えるような細かい描写がされていて、文章を読んでいるだけで、館の見取り図や組織図が書けてしまうほどだ。
佐藤さとるさんは、こうして細部を鮮明にすることで、読者をファンタジーの世界にぐいっと引きずり込むのが本当にお上手だ。非現実的な話は苦手な私も、すぐに引きずり込まれてしまった。

細かいことを書き込みながら、話はどんどん大がかりになっていく。時は戦国時代、舞台は相模の国。この地でにらみ合っている三浦家と伊勢家、堀越公方と呼ばれる足利家、これらのお家騒動と木っ端組のカラス天狗たちは深い因縁で結ばれている。歴史の好きな主人に訊いてみると、ここに出てくる武将やその子供たちは実在の人物らしい。
その後、与平たちが世話になる鎌倉のお寺も、円覚寺、東慶寺、光明寺と実在のお寺ばかり。あっ、そういえば鎌倉でカラス天狗が立ち並ぶお寺に行ったことがあると思い出し、ますます話は信憑性を増してくる。

歴史と天狗の世界が絡み合う中で、徳のある天狗や母親のような包容力のある女天狗など、人間の世界でもなかなかいないような立派な天狗たちに助けられながら、人間とカラス天狗、カラス天狗同士が、人間的な「情」を持ち、絆で繋がれていく。天狗やカラス天狗の恐ろしい顔つきとは裏腹に、温かく懐かしいような感情の沸いてくる物語だった。

私より先に読んでいた娘は、読みながらしきりに「この作者はお話を作るのが上手だねぇ。」と何度も呟いていた。大ベテランの佐藤さとるさんに向かって、何と生意気な!と思っていたが、読んでみると、私も思わず娘に「上手だねぇ。」と言っていた。ファンタジーを本当にあったことのように思わせてくれる技は、職人芸といってもいいだろう。

また今回は、佐藤さとるさんのほとんどの本に絵を描いていらっしゃる村上勉さんではなく、同姓であるが作風の違う村上豊さんが挿絵を描かれている。朴訥としてユーモラスな絵が物語を引き立て、より温かみのある作品になっている。
以前私は、佐藤さとるさんの本の挿絵が村上勉さんでなかったら「読んでいた本を放り投げたくなるだろう。」などと乱暴なことを書いてしまったが、この作品を読み、前言を撤回したいと思う。

『アメリカへ行った僚子』 加藤 恭子

アメリカへ行った僚子 アメリカへ行った僚子
加藤 恭子 (1985/04)
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加藤恭子さんは、憧れの女性である。自立していて、好奇心旺盛で、行動力があって、柔軟性もあって、心が温かい、そして何よりも家族思いである。まるでお会いしたことがあるように書いているが、著書から感じた加藤さんのお人柄である。

女性の「自立」というと経済的な自立を指すことが多いが、私の意味しているのは、自分の頭で考えるということだ。学者であり、何冊もの本を書かれ、経済的にも自立していらっしゃるのだろうが、それよりも私が憧れているのは、思考が自立しているところである。

『アメリカへ行った僚子』は、子育てや外国暮らしについて教わることの多い、私にとっては宝物のような本である。
加藤さんは昭和四十(1965)年に、ご主人と四才のお嬢さん僚子さんと共に、アメリカに渡る。今から四十年以上も前の話だ。そこで子育てを通して経験したこと、考えたことが、ここには書かれている。
時代も住んでいる国も違うのに、この本に教えられることが多いのは、加藤さんの深い洞察と子供に対する愛情は、地域や時を超えた普遍性のある大切なことだからだ。

加藤さんは、子供を育て、アメリカ社会と接する中で沸いてくるさまざまな疑問を、ひとつひとつ採り上げて考察を加えて、子育てに反映させていく。当時のアメリカは、まだ日本より一歩進んでいて、良い点も悪い点も切実な思いでご覧になっていたのだと思う。アメリカで問題になっている麻薬、拝金主義、逆差別、テレビの弊害等々は、いつか日本に来るという予感があったのだろう。子育ての方針を決める上でも、その観点が強く出ているように感じる。そして、やはりそれらの「アメリカの問題」が今は「日本の問題」になっていることを見て、改めて加藤さんの洞察力に感心してしまうのだ。

例えば、子供のおこづかいについての考察は、拝金主義や家族というものの意味を考えさせられる鋭いものだ。
アメリカでは子供に早くから独立心を持たせることに熱心で、おこづかいを「サラリー」制にしている家が多かったそうだ。自分のベッドを整える、ごみ捨て場にごみを運ぶ、自分の部屋の掃除など、仕事に対する報酬としてお金をもらう。このことについて、加藤さんは疑問を投げかける。

 これらの仕事が、サラリーに価するかどうか長い間疑問に感じてきた。いわゆる、自分のことは自分でする式の、躾の一部ではないだろうか。ごみ捨てや皿洗いにしても、自分もその一員である家庭の日常生活に必要な仕事として、一セントの報酬だって期待すべきものではない。
 “サラリー”意識を植えつけられた子供は、無意識のうちに、計算するようになるのではないだろうか。一つ一つの仕事をするに当たって、報酬が多いか少ないか。多ければ得、少なければ損、と感じるであろう。だが、損得勘定のすぐには出来ない性質の仕事も、世の中にはあるのだ。
 余分の仕事をたのむためには、母親さえもお金をはらわなければならないとしたら、全ての人間関係の基礎は金銭になってしまう。


そして、老衰した母親の面倒を見るにも金銭を要求するようになるだろうと想像している。

サラリー意識と、家族間での金銭の相互支払の中で育つ子供は、何か大切なものを人工的に喪失させられているのではないだろうか。母の無償の愛を信じられるであろうか。そして、もしそれが信じられないとしたら、どういうことになるのだろうか。

と将来の「アメリカ」を心配している一文が、四十年たつとまるで日本のことを書いているように見える。

テレビについても早々とその「魔力」に気づいていた。加藤さんご夫妻は、昭和二十八年から最初の渡米をしていた時に、日本にはまだ普及していなかったテレビに出会った。夫婦して夢中になってしまった経験から、直感で「幼児にとっては好ましくないもの」と捉えて、子供が生まれたらテレビに触れさせないと決める。幼児に親とテレビという二人の教師はいらないと感じたからだそうだ。

母として私が与えようとする価値観の全く反対のことをもう一人の「教師」が教えるだろうことを私は知っていた。二人はことごとく衝突し合うであろう。そして、二人の「教師」が真正面から対決し合ったとしたら、敗北するのは私だろうということも。だから、もう一人の邪魔者を、初めから抹殺してかかったにすぎない。

またテレビと読書との比較もしている。すぐれた本は深い感動を与えてくれるが、テレビは感動源があまり価値がないものでも“感動状態”をつくり出してしまう。それに慣れてしまうと、本当の感動に気づかなくなると指摘している。

日本の変化を憂えている箇所もある。
加藤さんの母親から孫の僚子に少女雑誌が届く。雑誌を開き、どぎつい表紙やグラビヤ、嫁姑のトラブルの出てくる漫画、スターのゴシップ、恋愛ごっこ・・・に驚く。そして、そんなものを送ってきた母親への怒りのような失望のような感情が吐露されている。自分が子供の頃は一流品にしか触れさせなかったのに、現代の風潮の中で母の鑑識眼が曇ったのだとしたら「許せない」と激しい筆致で書かれている。そこには、日本文化の退廃が身内にまで襲ってきたことへの嫌悪感が表れている。

滞米中、加藤さんは、大学で自らの研究を続け、ご主人から任せられている家事家計の一切を取り仕切りながら、子育てをなさっていた。子供たちが遊んでいる裏庭に机を置いて自分の勉強をし、ビデオもカセットテープもない時代に手作り教材で僚子に英語を教え、僚子の日本語が怪しいとなると今度は日本語も教える。さらに子供の交友関係や、子供の友人たちの性格や家庭の教育方針まで把握している。その活力溢れる生活ぶりは、尊敬に値する。
そして、そんな生活の中から「マザーグース」「ニューイングランド」「モーゼスおばあさん」と興味の対象を広げて、それぞれを研究し本を書いてしまう。だから、加藤さんの著書には、学術的な香りと生活の香りが同居していることが多く、本に「魂」がこもっていると感じる。

この本は小説ではないのに、ラストシーンでは思わず涙がこぼれてしまった。雪の中で母親を導くようにして歩く僚子を見て、加藤さんの母親と加藤さん自身との同じような瞬間を思い出す。脈々と続く母子の繋がりを強く感じる場面で終わっている。

加藤さんの全てを真似することなど到底無理だけれど、
家族を大切にする
自分の頭で考える
魂のこもった文章を書く
を心がけて、少しでも憧れの女性に近づく努力をしていこうと思っている。


※追記(平成19年8月10日)
最初の記事では、昭和四十年代に日本ではテレビが普及していないととれる箇所があり、ご指摘を受けましたので、一部文章を変えました。
魂がこもっていても、意味が通じなければダメですね。反省。

『神の代理人』 塩野 七生

神の代理人 神の代理人
塩野 七生 (1996/03)
中央公論社
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「神の代理人」とはカトリック界の頂点に立つローマ法王のことである。この本で四人のローマ法王を知ると、彼らは「神の代理人」というより「人間の代表」といった方が良いのではないかと思えてくる。それくらい、さまざまな型の人間を見せてくれる。

ピオ2世-教養があり洞察力に優れ現実的な人間も、頂点に立つと大きな夢を見てしまうことがある。
アレッサンドロ6世-血縁を重視し、自分たちの一族が世の中に君臨するためには、どんな邪魔者もあらゆる手を使って排除する。
ジュリオ2世-理想に燃え、信仰のため、教会のため、と盲目的になり、状況判断のための視野と耳を持たず、気づいたときには取り返しの付かないことになっている。
レオーネ10世-人間の欲望、享楽を知り尽くし、神の代理人とてまずは民心を掴むべしと、贅沢の限りを尽くした策を次々と繰り出す。

この中で、最も神の忠実なしもべであろうとしたのは、恐らくジュリオ2世だ。キリスト教界での法王庁の独立と栄光を確固たるものにするため、まずは法王に不従順なイタリアの都市を服従させることにする。最初はボローニャを征服するために、フランス勢と同盟国ヴェネツィアを導入。ここから、戦いに勝利した国や都市の勢力を牽制する、もぐら叩きゲームのような政策が始まる。
対ヴェネツィア戦に、フランス勢と同盟国ドイツ、スペイン、フェラーラ、マントヴァ、フィレンツェを導入。
対フランス、フェラーラ戦に、スペイン勢と同盟国ヴェネツィア、スイスを導入。
対スペイン戦に、ドイツ勢導入を画策。
こうしてイタリアの国土は、近隣国を引き込んだ戦場となり、法王は自分で蒔いた種を必死に刈り続けることになる。このジュリオ2世の物語の書き出しはこうである。

 動機が純粋で真面目であり、利己的でなかったという理由だけで、その行為の結果に対する人人の評価が驚くほど寛容になるのには、暗澹たる気持ちにさせられる。
 そういう人は、一私人として見れば、善人で尊重すべき人物で済むのである。だが、彼が、多くの人の生活に影響を与える立場と力を持つ人物であった場合、はたして、その動機の純粋さを誉め称えるだけで済むであろうか。利己的でないということは、それほど立派な免罪符であろうか。


この言葉の裏には、ジュリオ2世とは対照的なアレッサンドロ6世の姿がある。
チェーザレ・ボルジアの父親であるアレッサンドロ6世は、親子でイタリアに君臨しようとしていた。親は宗教界の、息子は世俗界の頂点に立ち、ボルジア家の繁栄に貢献したかったのだ。
動機は利己的であるが、目的の達成のためには慎重に計略を練り、あらゆる策を弄する。自分が損をしたくないという、よくいる型の人間の代表だ。イタリアが他国に支配されることを許さず、フランスの介入を断固として阻止しようとして、それに成功する。
塩野氏は、イタリアにとって、動機が崇高なのと、結果が円満なのと、どちらが良かったのだろうかという投げかけをしている。

このアレッサンドロ6世の物語には、ある修道士との書簡を通じた戦いが描かれる。フィレンツェの修道士サヴォナローラは教会改革に邁進し、フランス軍と手を組んで法王アレッサンドロ6世の退位を目論む。それを知った法王があの手、この手でサヴォナローラを懐柔しようとする。
ここで私が関心をもったのは、法王の懐柔策ではなく、フィレンツェ市民の態度である。サヴォナローラは演説によってフィレンツェ市民の熱狂的な支持を取り付け、フィレンツェ全体が反法王の様相を呈する。しかし、法王が仕掛けてきた「火の試練」から、のらりくらりと逃れようとするサヴォナローラの姿に市民が失望し、激怒し、暴徒と化し、死者まで出してしまうことになる。愚かしいほど単純で熱しやすく醒めやすいことに呆れながら読んでいたが、私たち日本人だって似たような国民性だと思い出し、呆れるのをやめた。

 だが、民衆のこの畜生性を軽蔑してみたところで、またそれを嘆いてみたところで、いったい何になろう。現実は、それを直視するしかない。
 民衆をある事柄に熱狂させることは、さほどむずかしいことではないはずだ。なぜならば、民衆は、常に何かに熱狂することを欲しているのだから。ただし問題は、民衆のその熱狂を続けさせることである。それはむずかしい。


この民衆の熱狂を、祭りや芸術に向けさせたのが、レオーネ10世だ。
彼の贅沢な宗教行事に反発するかのように、ドイツではマルティン・ルターが出てくる。神と人間は直接結ばれているから「神の代理人」は不要であるという考え方だ。
しかしレオーネ10世は、この新しい潮流は、個人主義的で、単眼的で、人間の感情にそぐわないと語る。ルターは聖人信仰や偶像崇拝も禁じている。しかし、それらは民衆の欲していることで、自然な信仰ではないのか、無理矢理禁じていいものかと。その話を聞いた法王の話し相手は言う。

「それは大変だ。フィレンツェ生れのわたしは、市の守護聖人洗礼者聖ヨハネ様と、生まれ日の聖人マリアーノ様に守られ、床屋の守護聖人聖トマソ様の守護もあるし、旅にでる時は聖クリストファロ様にお祈りすれば、旅の間中守ってくださるし、何か物を失くした時は、聖アントニオ様にお願いすれば、失くし物も早く見つかるというのに、そういう聖人を皆、いけないっていうんですか。私らとしては、とても親しみを感じている聖人様たちなのに」

日本の「学問の神様」や「とげ抜き地蔵」などに相通じるところがあり、聖人信仰には共感できる。
私は、カトリックの国では宗教的なストレスをほとんど感じず、カトリックの行事も気軽に見物できたのに、プロテスタントの国では「神は唯一」という言葉を何度も聞かされ、宗教行事にはほとんど参加したことがない。カトリックには多分に多神教的要素と人間重視の信仰が感じられ、プロテスタントには疎外感を抱かされる。

これからは、殉教か勝利かを、むりやり選ばせられる世の中になるだろうよ。

むりやり選ばせられることはないけれど、常に「二つに一つ」という価値観を突きつけられているような感じがして、落ち着かないのは確かである。
カトリック教会が「人間の代表」を「神の代理人」に据えることの意味が、何となくわかったような気がする。

Appendix

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