Entries

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

『閉された言語空間―占領軍の検閲と戦後日本』 江藤 淳

閉された言語空間―占領軍の検閲と戦後日本 閉された言語空間―占領軍の検閲と戦後日本
江藤 淳 (1994/01)
文藝春秋
この商品の詳細を見る


「何だか怪しい。」と思ったのは、私がまだ学生の頃のことである。ハーシーチョコレートはおいしいかどうかで、母と意見が食い違ったのだ。口溶けが悪くて、ざらざらしていて、脱脂粉乳か何かの独特な匂いがして、私は好きではないと言った。母は「おいしい。」という。しかし普段は味に関する語彙の豊富な母が、そのおいしさを説明できないのだ。ただの好みの違いかもしれないが何か腑に落ちない。そういえば食事は何でも手作りをする母が、キャンベルの缶スープは時々使っていた。「HERSHEY’S」と「Campbell’s」、どちらもアメリカを代表する食品ブランドだ。母が幼い頃「進駐軍」から流れてきたチョコレートや缶詰を食べたと言っていたことも思い出した。

「母は、アメリカに騙されている。」

この半分冗談で考えたことが、実はもっと恐ろしい類のもので、占領軍によって日本全国に隈無く行われ、今の日本社会にその影響が色濃く残っているという事実が、この本によって明らかにされている。

前の大戦で敗戦した日本はアメリカに占領された。そこでは、民間検閲支隊(CCD)によって新聞雑誌から私信に至るまで徹底的に日本人の言論が検閲され、そこから得られた情報を元に民間情報教育局(CI&E)ではラジオや学校教育を通じて日本人の思想改造とも言うべき宣伝工作が行われたのである。

CCDの出した「日本新聞遵則(日本出版法・Press Code for Japan)」は、次の十箇条から成り立っている。(お急ぎの方、面倒な方は読み飛ばしてください。)

第一条 報道は現に真実に則するを旨とすべし。
第二条 直接又は間接に公安を害するが如きものは之を掲載すべからず。
第三条 聯合国に関し虚偽的又破壊的批評を加ふべからず。
第四条 聯合国進駐軍に関し破壊的批評を為し又は軍に対し不信又は憤慨を将来するが如き記事は一切之を掲載すべからず。
第五条 聯合国軍の動向に関し、公式に記事解禁とならざる限り之を掲載し又は論すべからず。
第六条 報道は事実に即して之を掲載し、何等筆者の意見を加ふべからず。
第七条 報道記事は宣伝の目的を以て之に色彩を施すべからず。
第八条 宣伝を強化拡大せんが為に報道記事の些末事項を過当に強調すべからず。
第九条 報道記事は関係事項又は細目の省略に依って之を歪曲すべからず。
第十条 新聞の編輯に当り、何等かの宣伝方針を確立し、若しくは発展せしめんが為の目的を以て記事を不当に顕著ならしむべからず。


これはかなり強引な十箇条で、米極東陸軍総司令部の内部資料においてさえ、次のように指摘されている。

連合国軍隊の動向を報道することを禁じた第五条を除いて、禁止したいどんな記事についてもどんな理由でもつけることができ、かつそれを実際禁止できる合財袋のような十箇条から出来上がっていることが明らかである。

占領軍による検閲が始まるとまもなく、日本政府による検閲を廃止する指令が出された。
この措置によって、日本では、アメリカに都合の悪いことは一切書くことができず、日本政府に都合の悪いことはいくらでも自由に書けることになった。
「アメリカに都合の悪いこと」とはどのようなことかが、検閲現場の指針を見るとよくわかる。

削除または掲載発行禁止対象となるもの
1、SCAP-連合国最高司令官(司令部)に対する批判
2、極東軍事裁判批判
3、SCAPが憲法を起草したことに対する批判
4、検閲制度への言及
5、合衆国に対する批判
6、ロシアに対する批判
7、英国に対する批判
8、朝鮮人に対する批判
9、中国に対する批判
10、他の連合国に対する批判
11、連合国一般に対する批判
12、満州における日本人取扱についての批判
13、連合国の戦前の政策に対する批判
14、第三次世界大戦への言及
15、ソ連対西側諸国の「冷戦」に関する言及
16、戦争擁護の宣伝
17、神国日本の宣伝
18、軍国主義の宣伝
19、ナショナリズムの宣伝
20、大東亜共栄圏の宣伝
21、その他の宣伝
22、戦争犯罪人の正当化および擁護
23、占領軍兵士と日本女性との交渉
24、闇市の状況
25、占領軍軍隊に対する批判
26、飢餓の誇張
27、暴力と不穏行動の煽動
28、虚偽の報道
29、SCAPまたは地方軍政部に対する不適切な言及
30、解禁されていない報道の公表


この項目を一瞥すると、今でもこの検閲が生きているのではないかと錯覚する。不思議なくらい中国や韓国に肩入れしたり、愛国心を目の敵にしたり、靖国神社は戦犯が祀られているとか神道の施設だと毛嫌いするマスコミ、その原型がここに見られる。
占領軍が去った後でも、自主規制という形で検閲の中身だけが残っていたのだ。占領軍が検閲の存在を秘匿していたため、検閲者と非検閲者の間で共犯意識が芽生え、自主検閲に向かいやすかったのではないかと、江藤氏は書かれている。
また、もう一つの組織民間情報教育局(CI&E)によって行われた「ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム(戦争についての罪悪感を日本人の心に植えつけるための宣伝計画)」の成果でもある。

「ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム」の目的はSCAPの命令書によれば、

各層の日本人に、彼らの敗北と戦争に関する罪、現在および将来の日本の苦難と窮乏に対する軍国主義者の責任、連合国の軍事占領の理由と目的を、周知せしめること

である。つまり、その意図はこういうことだ。

「軍国主義者」と「国民」の対立という架空の図式を導入することによって「国民」に対する罪を犯したのも、「現在および将来の日本の苦難と窮乏」も、すべて「軍国主義者」の責任であって、米国には何ら責任もないという論理が成立可能になる。大都市の無差別爆撃も、広島・長崎への原爆投下も、「軍国主義者」が悪かったから起こった災厄であって、実際に爆弾を落とした米国人には少しも悪いところはない、ということになるのである。

この目的を遂行すべく、日本軍の残虐行為が強調された『太平洋戦争史』の新聞連載をCI&Eが企画し、後にこれが学校での歴史教育の教科書となる。またラジオでも『真実はこうだ』という同様の主旨の番組が放送された。
さらに、極東軍事裁判で最終論告と最終弁論を目前に控え、東條への共鳴や、広島への原爆投下についての非難の気運を危惧して、CI&Eはこのプログラムの強化を打ち出している。

b.一般的方法
一、超国家主義に対する解毒剤としての政治的情報・教育の強化。(現在までに大規模に実施され、現に実施されつつあるが、さらに一層強化された「プログラム」を展開中であり、承認をまっている。)
二、超国家主義運動の復活を示す、あらゆる具体的な動きを暴露し、細大もらさず報道すること。そして、そのことによってそれらの動きを支える謝った思想を指摘し、その不可避な結果を明らかにすること。
三、影響力のある編集者、労働界、教育界および政界等々の指導者とつねに連絡を密にすること。その際、全体主義国家に対する自由主義国家の長所を強調すること。
四、進歩的、自由主義的グループの組織発展を奨励すること。


このようにして、占領軍が去った後も、このプログラムが継続するような布石を打っていたのである。

アメリカの目論見は成功し、日本ではいわゆる「自虐史観」が定着した。上記三や四に挙げられた人々やグループなどの活動が、中国や韓国・朝鮮において「日本がアジアに侵略した」とする主張の広がりを手助けしてきたようにみえる。そしてその主張は、「南京大虐殺」と題した映画や「従軍慰安婦決議案」となって、宣伝を計画した本家本元のアメリカで徘徊するようになった。「閉ざされた言語空間」は、閉ざされたまま日本の外へ出てしまったのだ。
そのことに危機感を抱いている日本人もたくさんいる。

アメリカ下院の慰安婦問題に対して、日本の知識人達がワシントンポストへ意見広告を出した。これに関連して超党派議員の声明も出された。
南京事件では、真実を伝える映画の制作が行われようとしている。
フランスでは、六月十二日に「日本の文化人宣言」が出された。その一部に次のような文言がある。

政治・イデオロギー的歴史観にもとづいて我が民族を恒常的に貶め、悪魔化する行為に対して、断固、我々はこれを拒否する。

これは、世界に向けた発信であるが、日本国内の「閉ざされた言語空間」に気づいていない人々への発信でもあるのではないだろうか。

「影響力のある編集者、労働界、教育界および政界等々の指導者」や「進歩的、自由主義的グループ」の方々は、アメリカの宣伝に乗せられていたことに早く気づき、日本に「開かれた言語空間」を作って欲しい。母親のハーシー好きは笑ってすませられるにしても、自分が母親となった今、子供達には他国から強要された歴史観を持って欲しくないと真剣に思うのだ。
スポンサーサイト

『十一月の扉』 高楼 方子

十一月の扉 十一月の扉
高楼 方子 (1999/09)
リブリオ出版
この商品の詳細を見る


もしも、中学生ぐらいの時にこの本を読んでいたら、一番のお気に入りになっていたかもしれない。大人になってしまった私が読んで、つまらなかったり、不満があるわけではない。ここには中学生の頃に大好きだったものや憧れていたものがたくさん詰まっていて、その頃に読むのが最もふさわしいと感じたのだ。

物語の造りからして、とても贅沢だ。『赤毛のアン』や『小公女』『あしながおじさん』のように、女の子が親から離れて他人の中で暮らしている。その女の子が特別なノート綴っている物語は、まるで『たのしい川べ』や『クマのプーさん』のような、愉快な動物たちのお話だ。一冊で、女の子の好きそうな二種類の物語を楽しめる。すなわち等身大の少女の成長物語と、機知に富んだ動物たちの物語を。しかもその二つの物語は、登場人物を介して、うまく繋がっている。

中学生の爽子が「十一月荘」に下宿するようになったのは、その佇まいに惹かれたからだ。その建物を見つけたのと父親の転勤が重なり、区切りの良い学期末までの二ヶ月だけ、そこに下宿することを許してもらえた。

下宿には大人の女性三人とそのうちの一人の子である小学生の女の子が一人、爽子を合わせて五人の女性ばかりが暮らすことになる。そこで、おしゃべりをし、食事の支度をし、なごやかな日々を送る。その下宿を訪れるのは、近くにあるこぢんまりした『文房具ラピス』のご主人、お隣のおしゃべりなおばさん、そして英語を習いにくる中学生の耿介。

爽子は、家族ではない大人たちとの会話を楽しみ、紅茶を飲みながら特別なノートに物語を書き、耿介に淡い恋心を抱く。『文房具ラピス』、喫茶店『アプリコット』など、中学生にはちょっと敷居が高いお店にも足を踏み入れる。私が中学生の頃に、憧れていたようなことばかりである。

しかし、下宿とは離れた場所にいる人との間が、少しギクシャクしてくる。いつまでも子供扱いして電話をかけてくる母親、下宿することで自分が変わり始め、全てを話す相手ではなくなった親友のリツ子。この二人との関係が下宿を終える頃には、より良い関係に昇華しているところも、人間関係にも理想を追っている年頃に、しっくりとくる。

主人公の名前に「爽」という文字がついているところに、この物語のコンセプトがよく表れていると思う。中学生の憧れ、好きなもの、理想、そうしたものをいっぱい詰め込んで、出来る限り「爽やかな」展開にしようとしたのではないだろうか。
中学生らしく悩んだり親に反抗したりもするけれど、大人になるまでは無理して知らなくてもいい複雑怪奇な人間関係には入り込まず、恋にしても、中学生にしか感じ取れないような喜びや胸のときめきを思う存分味わえるよう、綿密に組み立てられていると感じる。

しかし大人からすればちっぽけなものでも、爽子にしてみれば大問題なのだ。そして問題を乗り越えたら少し成長している。中学時代とは、そんなことの繰り返しだ。
あぁ、もう一度中学生に戻ってみたい。ちょっとのことでは動じなくなった大人の自分が、鈍感でつまらない存在のように思えてきた。

『ふしぎなおばあちゃん×12』 柏葉 幸子・作/三木 由記子・絵

ふしぎなおばあちゃん×12 ふしぎなおばあちゃん×12
柏葉 幸子、三木 由記子 他 (1995/03)
講談社
この商品の詳細を見る


「惜しい!」と思ったのは題名だ。『×12』という記号と算用数字が、この本の魅力を伝えきれない題名にしてしまっている。この題名からすると、魔女のようなものか、もしくは空を飛んだりするスーパーおばあちゃんを想像してしまう。しかし、実際ここに出てくるのは、今の子供達のおばあちゃん世代というよりも、ひいおばあちゃん世代の、懐かしい感じのするおばあちゃんばかりだ。『ふしぎなおばあちゃん十二話』とでもした方がまだ良いような気がする。

スキー列車の中で正座をして、外にお地蔵さんが見える度に手を合わせて拝むおばあちゃん。
幼なじみと「子供の頃は悪いことをすると、お仕置きのために倉に入れられたわね。」と懐かしむおばあちゃん。
宵宮に合わせて、新しい浴衣を何枚も縫うおばあちゃん。

それはもう絵に描いたような、おばあちゃんらしいおばあちゃんばかりが出てくる。しかし、そのお地蔵さんや倉や着物には、ちょっとした不思議が隠されているのだ。その不思議さは「狐や狸に化かされる」類のもので、おばあちゃんの日常生活と馴染んでいる。

生活している町全体が、普通の人には気づかないけれど、不思議な仕掛けになっていることもある。おばあちゃん達は、その仕掛けを熟知して、利用したりしているのだ。だからある町のおばあちゃんは、遠くの町から驚くような速さで帰ってこられる。また別の町のおばあちゃんは、ユキの友達が三年小路に行けない理由を教えてくれる。入院中のおばあちゃんが、病院を抜け出してまで女学校通りにいこうとする。

『かくらん日の代役』の発想には、ついつい吹き出してしまった。
裕子のおばあちゃんは厳しくて口うるさいから、「修身」というあだ名がついている。そのおばあちゃんが珍しく風邪で寝込んだ朝、裕子はおばあちゃんが心配で部屋を覗き込んだ。すると

おばあちゃんのふとんのそばに大きな赤鬼が正座して、寝息をたてているおばあちゃんに、
「かくらん日の代役、うけたまわりました。」
と両手をついておじぎをしたところだったのだ。


その日一日、赤鬼がおばあちゃんの代わりに、吹きこぼれそうなガスの火を消したり、シーツのしわを伸ばしたり大活躍する。そして、やはり偶然、おじいちゃんの代役の鬼を見てしまった幼なじみの二郎に、教えてもらう。

「この町の人間で、鬼と呼ばれる、あれっ、なんていったっけ、ああ、強者だ。その者がいっせいに寝込む日にだけ、ほんものの鬼がその人達の代役をしにくるのさ。おじいちゃんのおとうさんも、すっごくきびしい人で、鬼が代役しにきてたんだって。」

そして、二郎の次の台詞が頼もしいではないか。

「おれ、大きくなったら、鬼の代役がきてくるようなりっぱなおじいちゃんになるんだ。裕子ちゃんも、裕子ちゃんちのおばあちゃんみたいになれよ。」

こうして、鬼の代役が来るおじいちゃん、おばあちゃんの孫達が皆、大きくなったら強者になっていったら、この町は安泰だ、などと思ってしまった。

強者と言えば、『エバリーン夫人の不思議な肖像』に出てくる脇役の日本のおばあちゃんも強者だ。外国人エバリーン夫人の肖像画の中に後から日本のおばあちゃんが描き込まれ、二人は会話を始める。エバリーン夫人がぞうきんをぬったことがないと言うと、

「おやおや。いいお年とお見受けするのに、ぞうきんもぬえないんですか。それに、いわせてもらえば、そういうことはいばっていうもんじゃありませんね。もっと、はずかしそうにいうもんです。」
「ぞうきんなど召使いが使うものです。」
「なにをおっしゃるんです。裁縫、そうじは女のたしなみでござんすよ。なにが勉強です。小むずかしいことをいう女は、ろくなもんじゃない。よござんす。わたしがぞうきんのぬい方からしぼり方、床のふき方までおしえてさしあげましょう。」
おばあさんは、ぽんと自分の胸をたたいた。


私は、笑いながら拍手をしてしまった。日本のおばあちゃんは、こうでなくちゃ。

12の作品は、ユーモアに満ちていたり、ちょっぴり悲しかったり、まるで星新一のショート・ショートのようなびっくりするようなオチが付いていたりして飽きずに楽しめる。

読み終わって、私は自分の祖母がかつて聞かせてくれた天狗の話を思い出した。高い木の上に住んで木の実を食べて、夕方になると下りてくる。この話を聞いたのは三~四歳の頃だったが、おばあちゃんとは不思議なことをよく知っているんだなぁと思ったことを覚えている。
そんな記憶を引っ張り出してくれたこの本に感謝している。

『新・ゴーマニズム宣言SPECIAL 台湾論』 小林 よしのり

新・ゴーマニズム宣言SPECIAL 台湾論 新・ゴーマニズム宣言SPECIAL 台湾論
小林 よしのり (2000/10)
小学館
この商品の詳細を見る


李登輝さんが台湾から日本にいらして、ネット上では喜びの声が多く見られたが、その中に

「りなんとかって人」は台湾人で、台湾は中国の一部で、中国は靖国参拝に反対しているのに、何で「りなんとかさん」は靖国神社に参拝したのか?

と混乱している人も周りにはいる、という主旨の文章を見つけた。台湾に特に関心がある人以外の認識は、まだまだそんなものなのかもしれない。なぜなら、新聞などには、李登輝さんの来日を意地悪く報道するところもあるようだし、そもそも台湾に関する情報があまりに少なすぎる。

この『新・ゴーマニズム宣言SPECIAL 台湾論』は、「台湾て何?」「りなんとかってどんな人?」という疑問にわかりやすく答えてくれる。
また台湾と同時に、「日本て何?」ということまで考えさせられる。

私は李登輝さんを始め、日本統治時代を知る台湾人の本を何冊か読んで、とても勉強になったのだが、彼らの郷愁にも近い日本への愛情だけでは、台湾は語れないとも感じていた。
私と同世代の台湾人の友人とその七歳年下の妹は、統治時代を知る祖父世代とは日本について持っている情報も意識も違うらしい。「日本統治時代の本当の歴史は、学校で教えてくれなかった。」というのも大きな要因の一つだろう。また祖父とは母語が違うから、話を聞くことも容易でないらしい。その友人に、中国語版『台湾論』(台湾では発禁だがオーストラリアでは売っていた)を贈ると、中立で良い内容だと評価していた。

台湾では近年まで中国(国民党)の意に添った教育が行われ、日本統治は悪だと教わっていたそうだが、そんな他国の支配がない日本でも台湾統治の歴史はきちんと教えられることはない。日台の若者に正しい歴史を知ってもらおうと、小林よしのりさんが、台湾をテーマに一冊の本を描き、日本語版と中国語版を作った気持ちがよくわかる。

小林よしのりさんの描くイラストや文章は、とても熱く、一見煽動的な感じがするが、内容を追っていくと、意外に客観的、冷静に見ていることがわかる。
李登輝さんや台湾のことをどんどん好きになりながらも、これはおかしいというところは疑問を投げかけたり異論を書いている。
台湾人からの日本を高く評価する声に甘んじず、日本の悪かったところ、悪いところもしっかりと描いている。
また、統治時代の世代と若者とのズレを感じてもいる。特に言語の問題を重要だと捉えているところに、大変共感を覚えた。私も友人に「祖父(日本語)と父(台湾語)と自分たち(北京語)の使う言語は全部違う。」と聞いて驚いたことがあるからだ。

統治していた国から、こんなに慕われている国は珍しいが、その理由もこれを読むとわかってくる。
日本の統治は、八田與一のダム建設などの貢献もしたが、朝鮮に比べて台湾は「二等国民」と位置づけられており、差別的待遇もあった。統治=悪とする人たちは、これをもって「アメとムチ」の政策だったという。しかし「アメとムチ」は強権をもつ支配者が「アメ」と「ムチ」を自在に操って意図的に民意をコントロールすることであろう。しかし統治時代の「アメ」と言われる部分の中には、総督府に抗議する日本人の行動も多かったのだ。

統治の内容に不満をもつ台湾人達の政治組織も作られた。この組織作りに板垣退助が尽力しているという。また、この運動を鎮圧しようとする総督府との裁判になったとき、涙を流しながら台湾を弁護したのは日本の衆議院議員であった。
戦争中に全員玉砕の命令に背いて台湾人を生き残らせ自分だけ自決した巡査隊長。
貧しい村民のために総督府に税金の減免を懇願し懲戒処分とされ、抗議の自殺をした巡査。

かれらは総督府の政策上の「アメ」ではない。台湾、台湾人の立場を慮った人たちばかりだ。台湾に渡った日本人には、こうした正義の人たちがたくさんいたことを、私たち日本人が知らない。それで、台湾が親日的であることを不可解に思ってしまう人も多いのではないだろうか。
小林よしのりさんによると、台湾で日本を懐かしむ世代の方から話しかけられても、「統治時代のことを糾弾されるのではないか。」と思いこみ、それらの年配者を疎ましく思ったり、避けてしまう日本人もいるという。なんと悲しい光景だろう。

今回の李登輝さんの来日で「台湾」に少しでも興味を持った人に、ぜひとも読んで欲しい本である。
本当は中国語版も台湾で解禁になり、祖父世代とは情報や思想が断絶してしまった、台湾の若者達にも読んで欲しい。
お互いが共通認識を持てば、台湾と日本は姉妹国とも言えるような良い関係が築けるに違いない。


※これまでに紹介した台湾人著者の本
『台湾人と日本精神(リップンチェンシン)―日本人よ胸を張りなさい』 蔡 焜燦
『台湾の主張』 李 登輝
『日本ほど格差のない国はありません!』 金 美齢

『一葉』 鳥越 碧

一葉 一葉
鳥越 碧 (2005/02)
講談社
この商品の詳細を見る


樋口一葉が五千円札の肖像に選ばれた時、少し驚いた。あの「貧乏」の象徴のような作家と「紙幣」との不釣り合いがおかしかったからだ。

一葉といえば、貧乏の他にも、頭痛持ち、若くて勝ち気な戸主、庶民派などの印象がある。それで私は勝手に、父親や祖父は江戸の職人か何かだったのだろう、二人姉妹の長女なら戸主としての責任感も培われるだろう、などと思っていた。しかし、この本を読んで、その思いこみは全くの見当違いだったことを知った。歴史が一葉の人生を翻弄し、その苦境がなければ、庶民や社会の裏側を描き出す作品は生まれなかったことがわかった。

一葉の父親は、私の想像に反して士族であった。といっても、生まれは父母共に甲州の農家である。二人で江戸に出て、働きに働き節約に節約を重ねて、南町奉行所の同心株を購入した。やっとのことで念願の幕臣となった、その三ヶ月後に大政奉還。悪夢のような事態に、父母ともに激しく落胆した。そのような経緯が、樋口家の「士族」への執着を生み、それが一葉の人生を形作っていく。

士族としての誇りを守ることに使命感を覚えた一葉は、実は長子ではなかった。兄が二人、姉が一人、いるにはいたが、さまざまな事情から、父親は一葉に戸主を引き継ぐ。勝ち気で真っ直ぐな性格から、一葉は「戸主であること」「士族であること」を頑なに守るがために、幾多の困難にぶつかっていくことになる。「武士は食わねど高楊枝」を、明治になっても、しかも女だてらに守り続けようとしていたのだ。

この一葉が和歌の才能を発揮し始め、小説を学び、次々と作品を書いて売れっ子作家になっていく姿を、一葉の内面に入り込んで書き表したのが、鳥越碧さんである。
鳥越さんは、少女の頃から樋口一葉に憧れていたという。そう仰るだけあって、まるで自伝のように、樋口一葉の苦悩や喜びや迷いが書かれている。
あまりに真に迫っているから、読んでいる私にまで夏子(一葉の本名)が乗り移り、お金に困っては「嫌だ、嫌だ、嫌だ」、自分の性格を嘆いては「嫌だ、嫌だ、嫌だ」、にっちもさっちもいかない半井桃水への恋慕を思いつめ「嫌だ、嫌だ、嫌だ」と呟きながら、読んでいた。
この「嫌だ、嫌だ、嫌だ」が、一葉の作家としての才能に出会い、作品となって吐き出されていたのだろう。

森鴎外や幸田露伴からも認められ、筆一本で家族を養っていくことも夢ではなくなった矢先に、病が一葉を襲う。この間の悪さは、一葉の父母が士族に名を連ねた直後に武士という身分が無くなってしまった不運を思い起こさせ、ここまで運に見放されなくても・・・と同情の念が沸いてくる。

波瀾万丈な女流作家の一生が、単なる伝記の枠に収まらず一つの優れた小説となっている。一葉信奉者にはもちろんだが、一葉の作品には関心のない人にも、おもしろく読めるだろう。そして一葉が五千円札の肖像になっていることは、何かの冗談か皮肉のように感じるのではないだろうか。

『特攻へのレクイエム』 工藤 雪枝

特攻へのレクイエム 特攻へのレクイエム
工藤 雪枝 (2004/07)
中央公論新社
この商品の詳細を見る


「泣ける小説」「泣ける映画」、そんな文句を最近よく見かけるが、あざとい感じがして好きではない。それで、このように書くのははばかられるのだが、この本を読んでいる間中、涙が止まらなかった。そして何日もその気持ちを引きずっていた。小説を読んで泣いても、読み終われば現実の世界に戻って、きっぱりと日常の生活に戻れるのに、この本はそうはできなかった。ここに書かれている特攻隊員達やその家族達は実在の人物であるし、彼らの思いを受け止めていかなければならないのは、今に生きる私たちであるということが心に染み入ってきたからだ。

流した涙を同情の涙にするか、遺志を引き継ぎ何かを残していくかは、現在生きている私たちにかかっている。
著者の工藤さんはこう書いている。

散華した特攻隊員達は、後世の人々に「かわいそうだった」などとは思われたくなかったと、私は思う。「自分は、与えられた環境の中で国のために精一杯生きたのです。かわいそうなどと思わないでください」と語る特攻隊員の声が聞こえてくるような気がするのである。

私と同世代の工藤さんは戦後生まれであるが、この言葉には説得力があり、親しい友人を特攻で亡くされた元戦闘機操縦士も「よくぞ、書いてくれた。」と絶賛している。私はその方の推薦文を読んで、この本を手にしたのだ。

「特攻隊員の声が聞こえてくる気がする」のは、読んでいる私も同様だった。それは、工藤さんが特攻隊員の出撃までの日々の過ごし方や死に向かう心の動き、遺書に込められた家族への思いや自分の死に対する意義づけを丹念に追い、特攻隊員の気持ちに肉薄しているからだ。そして綿密な取材によって、死の直前の操縦席の様子まで書き込まれている。そこには特攻というとよく言われるような「狂信的」とはほど遠い、冷静沈着で強固な精神をもつ若者達の姿がある。
例えば、大塚晟夫少尉候補の出撃前日の日記には次のように書かれている。
 
 君達は一生懸命勉強しなければならない。これからの日本にはさらにさらなる試練があるだろう。俺は天命によっていまの日本を救うべく、また両親及び君達を救うべく死ぬ。
 彼の世とやらでも君達を必ず加護するから安心してほしい。今日は滅法天気が良い。快適な飛行日和だ。
 明日にそなえて早く寝る。ここへ来てから十二時前に寝たことなし。今日は早く寝る。おやすみなさい。春の月が美しい。明日は満月だ。
 願わくば母艦の上に砕けなむ その卯月の望月の頃

 本当におやすみなさい。
 父上、母上、おやすみなさい。
 姉さん、淳子、知子おやすみなさい。
 最後の眠りにつきます


戦況は厳しいと現実を直視し、その上で自分の死に意義を見つけ、遺す家族を思い、穏やかな心境に至っている。
他の隊員達の日記や遺書からも、自分の死を意識して苦悩し葛藤しながらも、家族への思いやりと祖国への想いは変わらず、自分の死の意味を自分の頭で考えていることが窺える。そうして自分を納得させて出撃していけたのは、

戦争の勝ち負けと関係なく、たとえ、どちらの結果になろうとも、自分たちの死に方を見て、残された国民は日本を誇り高き国として維持してくれるだろう、どうかそうあってほしいというものであったに違いない。

彼らが後世の私たちに望むことは、国への非難や軍の責任追及ではないだろう。私たちがすべきことは、彼らに恥ずかしくない国づくりをすることだ。

現在の日本では、家族を傷つける事件が珍しくなくなっている。また事件に至らずとも、家族の絆が緩んできているようにも感じる。素晴らしい国をつくるには、まずは社会の最小単位である家族が温かいものでなくてはならないのではないか。特攻隊員とその家族の絆が、そんなことも気づかせてくれる。
一例として、もう二度と母親に会うことはできない、そう思ったときの感情の発露が迸る相花信夫伍長(享年十八歳)の遺書を紹介したい。

遺書 母を慕いて

 母上お元気ですか
 永い間本当に有難うございました
 我六歳の時より育てくだされし母
 継母とは言え世のこの種の女にある如き
 不祥事は一度たりとてもなく
 慈しみ育て下されし母
 有り難い母 尊い母
 俺は幸福だった 
 遂に最後迄「お母さん」と呼ばざりし俺
 幾度か思い切って呼ばんとしたが
 何と意志薄弱な俺だったろう 
 母上お許し下さい
 さぞ寂しかったことでしょう
 今こそ大声で呼ばして頂きます
 お母さん お母さん お母さんと


家族の大切さ、命の大切さ、国を思うことの尊さ、現在の教育に欠けているとされているものが、この本の中にぎっしり詰まっている。特攻の歴史が、それらを知る教材となり、素晴らしい日本の復活に繋がれば、それこそが若くして命を落とした特攻隊員達の望んでいたことではなかっただろうか。


※この本から私が感じ取ったことは、実は半分も書けていません。
遺書は一つ一つそれぞれに訴えかけてくるものがあり、見送った家族や上官、生き残った兵士達の思いも、胸が痛くなるようなものでした。
また工藤さんは海外での特攻隊員の慰霊などを例に引いて、日本の態度はこれでよいのかと論じています。
ぜひ多くの方々に、この本を読んでいただき、ここに書ききれなかったことも感じ取って欲しいと思っています。

『昔のくらしの道具事典』 小林 克

昔のくらしの道具事典 昔のくらしの道具事典
小林 克 (2004/03)
岩崎書店
この商品の詳細を見る


以前『親子三代で楽しめる感動の物語』という本を採り上げたが、こちらは親子三代もしくは四代で楽しめる事典である。

暮らしに密着した昔の道具が、「台所の道具」「食卓の道具」「水回りの道具」「住まいの道具」「夏の道具、冬の道具」「畑仕事の道具」の各章に分けられ、九十点以上紹介してある。

見開きページの真ん中に大きく道具の写真。周りには、いつ頃の道具なのか、その道具の使い方、時代を経てどのような道具に変わってきたのかが、イラストや写真入りで説明されている。その道具の名前を用いたことわざなどが「道具と言葉」として紹介されている場合もあり、これもなかなか興味深い。一例を挙げると「ちゃぶ台」のページには「ちゃぶ台をひっくり返す」が採り上げられており、怒った顔のお父さんが食事中のちゃぶ台をひっくり返している小さな絵が添えられている。

ひと昔前の日本のがんこ親父といえば、怒るとちゃぶ台をひっくり返すイメージがありました。怒りを爆発させ、食事ののったちゃぶ台をひっくり返すのです。漫画にもよく描かれました。

というまじめな説明文に思わずクスリと笑ってしまう。

「昔」の範囲は江戸時代から昭和までなので、実物を見たことがないようなものから、子供の頃によく使っていた懐かしいもの、今でも現役のものまで、さまざまな道具が載っている。

子供の頃は馴染み深かったのに、最近は見かけない物が数多くある。
「かつお節削り」を見ると、引き出しを開けてちびたかつお節は入っていないかと捜したくなる。もう削れなくなった小さなかつお節のかけらは私の大好きなおやつだったから。
「足踏みミシン」では、よくベルトが外れて空回りしたことを思い出す。
「蚊取器・蚊取り線香」は夏の風物詩。幼少の頃の夏といえば、蚊取り線香の匂いと波の音に等間隔で部屋まで差し込む灯台の光・・・。
そういえば一緒に暮らしていたひいおばあちゃんともう一人の親戚のおばあさんは、いつも「火鉢」のそばに座っていた。

こんな思い出話を子供達にすると、「いいなぁ、お母さんの時代に生まれたかったな。面白い物がいっぱいあっていいなぁ。」と言う。
特に「五右衛門風呂」のページの「関東は鉄砲風呂」という解説文に描かれた、船のような形のお風呂に入っていたと言うと、とても羨ましがる。上がり湯と温度調節の水を入れる小箱のような場所がついていて、煙突も立っている。確かに子供心をくすぐる造りだ。あのお風呂は、地面の高さに置いてあって、子供が出入りするのは大変なのだが、ただの四角い風呂釜に換わったときは、残念な思いでいっぱいだったことを思い出す。

この本を親子四代で眺めておしゃべりしたら、さぞかし楽しいだろう。母は「衣こう・乱れ箱」を愛用していたし、掃除機の時代になっても畳の目は「ざしきぼうき」で掃いていた。祖母は洗い張り用の「張り板」を知っているだろう。「火打ち箱」まではちょっと無理だろうか。

コラムのページには、前回紹介した「付喪神」や、「捨てる物の少ない生活」と題して「いかけ屋」やうつわ持参で買い物をする習慣などが載っている。
道具のページもよく見れば、ぼろ布から作った「ぞうきん」に「はたき」、「湯たんぽ」のお湯は朝の洗顔に再利用することなど、昔の物を大事にしていた様子が、そこここに出てくる。

親や祖父母、曾祖父母の世代がこの本を手にしたら、「懐かしい」という感情で満たされるだろう。それを「懐かしい」だけで留めておかず、子供や孫にも伝えて欲しい。家族の会話が増え、それと同時に物を大切にする精神を次の世代に教えることができる。道具は進化しても、この精神は後世に残していきたいものである。

『つくも神』 伊藤 遊・作/岡本 順・絵

つくも神 つくも神
伊藤 遊、岡本 順 他 (2004/11)
ポプラ社
この商品の詳細を見る


「つくも神」とは使い古された道具につく神様のことだそうだ。手元にある『昔の暮らしの道具事典』によると、

昔の日本人は、動物や草木はもちろん、すべてのものにはたましいが宿っていると信じていました。人間がつくったものも新しいうちはただの道具ですが、つかっているうちにだんだん霊の力が強くなり、最後には妖怪となって動き出すと考えました。これを「付喪神(つくもがみ)」といいます。

付喪神に変わるのは、百年くらいたった古い道具や、そまつにつかわれた道具などです。人びとは道具を大事にあつかい、つかえなくなって捨てるときも、供養したり、感謝の気持ちをこめて手放しました。


ということらしい。近年世界にも知られるようになった「もったいない」精神が、日本にこうした妖怪を生み出したのだろう。
外国人に「神道って何?」と聞かれることがよくあるが、万物に守護神がいて、どんなものも粗末にしてはいけないという考え方を披露すると、どんな宗教の人でも、それは良い考えだと言ってくれる。国を超えて、宗教を超えて、日本の考え方が評価されるのはとても嬉しいことだ。

そんな経験もあって「つくも神」には興味を持っていた。そして『つくも神』という題名の児童書があることを知り、読んでみることにした。

題名と表紙の印象から昔話のようにゆったりとしていて幻想的な話だと思って読み始めたら、全く予想と違う展開で驚くやら、物語にぐいぐいと引きずり込まれるやらで、あっという間に読み終えてしまった。ゆったりどころではなかった。

マンションのゴミ置き場のぼや騒ぎから物語は始まる。
このマンションに住む小学生のほのかは、家でも学校でもモヤモヤしたものを抱えている。兄の雄一は中学生のくせにタバコを吸い、夜中に帰宅する。兄のことを怒ってばかりの母親やアイドルに夢中な同級生とも何かズレを感じていて、グレてはいてもお兄ちゃんの方が、ほのかの気持ちをわかってくれそうな気がしている。
このほのかのおかれた立場や気持ちが、とてもよく描かれている。これくらいの年頃の女の子の悩みとも言えないような悩み、心の機微がじつによく表されている。

ある日、ほのかはエレベーターの中で変な置物を見る。同じ頃雄一は真っ黒で巨大な鳥につきまとわれる。となりのおばあさんの家の土蔵が怪しい!家族とはろくに顔も合わせなかった雄一が、ほのかとの会話を取り戻していく。
不思議なものたちの謎解きと、雄一の非行との葛藤、ほのかの成長が、同時進行で進み、その中で「つくも神」は重要な役割を果たしている。

現代に甦ったつくも神は、物を大事にすることだけでなく、家族の会話や手作りの食事の大切さも教えてくれ、また成長する途中で迷路に入った子供の手を引き正しい方向を気づかせてくれる。
今の時代に活き活きと活躍するつくも神たちに出会えるとは思っていなかったから、出会えてとても嬉しかった。我が子に感想を聞くと「読み終えたくなかった。」と言っていた。私も同じ。本を閉じつくも神たちとお別れするのが辛かった。

『最近捕鯨白書』 土井 全二郎

最近捕鯨白書 最近捕鯨白書
土井 全二郎 (1992/05)
丸善
この商品の詳細を見る


『最近捕鯨白書』という題名だが、平成4年に出された本だからもう15年も前の本だ。ここに反捕鯨国に乗っ取られ、多数決でいかなる科学的論拠もねじ伏せて、反捕鯨を貫いてきたIWC(国際捕鯨委員会)の実態が書かれている。この15年間IWCはその姿勢を変えず、一昨日(平成19年5月31日)とうとう日本は「IWC脱退や新たな国際機関の設立」の可能性を口にした。この本の中では既に同じ捕鯨国であるアイスランドの脱退(平成3年)が書かれていた。日本はよくここまで我慢し続けてきたものだと思う。

私が、捕鯨問題について強く関心を持つようになったのは、オーストラリアに来てからである。普段は他民族に寛容なオーストラリア人でも、こと捕鯨問題になると「鯨を捕るな。」「鯨を食べるなんて残酷だ。」と言うのである。反捕鯨の市民活動も盛んで、日本の調査捕鯨船がオーストラリア近海にやってくるときは、日本領事館から「反捕鯨デモが行われる可能性があるので日本人は危害を与えられないよう注意してください。」というようなメールが届いたりする。

調べてみると、鯨は頭数が増えている種類もあり、「鯨を絶滅から救う。」という理由での反対は成り立たないと言うことがわかった。身近なオーストラリア人の反応を見ると「頭の良い鯨を食べてはいけない。」「かわいい鯨を食べるのはかわいそう。」という感情論が多いことに気づく。
そこで大いなる疑問が沸いてきた。

一体誰に、この動物は食べて良くて、この動物は食べてはいけないと決める権利があるのだろう?

オーストラリアの原住民は、もともと鯨を食していた。打ち上げられた鯨を貴重な蛋白源として摂取し、資源の有効利用に努めていた。ところが、新しくこの土地にやってきたアングロサクソンにより、鯨を食べる文化は抹殺されてしまった。また原住民は芋虫やアリも食べていたが、アングロサクソンからは「野蛮だ。」と言われる。高等動物である鯨はダメで、芋虫やアリの下等動物もダメ。その中間の牛や羊なら良いという論理はおかしくないだろうか。誰が、ここからここまでは良いと決められるのだろう?

ヒンズー教徒が「神聖な牛を食べるな。」と言ったら・・・。
海洋民族が「哺乳類は高等だから食べるな。魚を食べろ。」と言ったら・・・。
敬虔な仏教徒が「殺生はダメだから動物全般を食べるな。」と言ったら・・・。

言われて困るのはオーストラリア人だろう。しかし誰もそんなことを言わない。食文化は民族の問題で、誰も口を出すべきことでないからだ。普段はほとんど感じないのに、捕鯨の話題が出ると、アングロサクソンまたはキリスト教徒が潜在的な優越感を持っていることに気づかされ、嫌な思いをする。

この本では、捕鯨問題の経緯が、新聞記事と共に整理されており、手軽に概略を知ることができる。

そもそも鯨が品種によっては絶滅の危機に陥ったのは、欧米諸国が鯨油を取るために鯨を乱獲したからだが、鯨油の需要が減り、それまで乱獲していたアメリカ・イギリス・オーストラリアが一転して鯨保護を唱えだした。

当初の反捕鯨活動は、アメリカが主導権を握っていた。色々理由は考えられる。①ベトナム戦争への非難の目を逸らすため。②選挙時期に候補者は反捕鯨を訴えれば、国内の誰を傷つけることなくイメージアップが図れる。③日米貿易摩擦や漁業交渉の中で「脅し」の対象とされた。など。

今回もまた、日本の伝統的な捕鯨地での捕鯨は許されず、アラスカのイヌイットの捕鯨は「先住民捕鯨」として継続して許可されていることからも、アメリカの都合が優先されていることがわかる。

IWCで各国の捕獲枠が決められ、その枠も減らされ、とうとう1982年(昭和57年)商業捕鯨全面禁止決議(モラトリアム)が出される。IWCは、鯨を再生産可能な生物資源として捕鯨業の健全な発展を目指して設立されたはずなのに、科学的根拠無しに多数決で「捕鯨禁止」を決議した。これは環境保護団体が動き、反捕鯨国をIWCに加入させ、多数決で有利になるように準備していたのだという。

その後、捕鯨国である日本、アイスランド、ノルウェー、ソ連(現ロシア)が、どのような科学的な調査報告を出そうとも、捕鯨枠の拡大や商業捕鯨の再開などの要請は、全て却下または否決されてしまう。
鯨資源は年々増えており、IWCの科学委員会で合意した鯨資源の「新管理方式」を当てはめると、捕獲可能数は数千頭にもなると予想されたが、「新管理方式」の適応は多数派である反捕鯨国に拒否された。ニュージーランドの言い分はこうだ。

「いかなる形でもこの方式を認めることは捕鯨につながる。」

捕鯨につながることは何も認められない。つまり始めに捕鯨撲滅ありきなのだ。IWA内部の委員会の合意でさえ採用されない。この年に、アイスランドが脱退を決めたのは当然のことのように思える。

環境保護を訴えるなら、毎年一㎏の畜肉(牛・豚・羊など)を生産するのに百平方メートルの耕地が必要だが、それだけの森林の伐採は問題ないのか、という記述もある。
これは、つい最近我が家で話題になったことと同じだ。オーストラリアは現在、前代未聞の水不足に悩んでいる。もともと雨の少ない土地を牧草地にして、牛や羊を飼うということに無理はなかったのかと主人と話していたところだ。また、この干ばつのせいで、野生のラクダが大量に死亡したというニュースもあった。入植当初、移動手段として連れてきて、必要なくなったからと野に放ったラクダたちだ。
彼らに、天然の資源である鯨を科学的調査をしながら健全に利用していくことを非難されるとは、片腹痛い。

もう一つ書いておかなければならないのは、環境保護団体のことである。日本が調査捕鯨をする度に、グリーンピースの船がやってきて、横断幕を掲げる。しかし横断幕は英語で、しかも日本の船からは裏返しにしか見えないように掲げるという。なぜならグリーンピースの撮っているビデオカメラに向けてアピールしているからだ。この勇ましい姿を放映して、寄付金集めをするのだそうだ。

この本に書かれているのはここまでで、最近の暴力的なやり方は載っていない。グリーンピースから分かれた団体シェパードは、日本の調査捕鯨船に対して、薬瓶、発煙筒、ロープ、綱、もやい銃などを投じ、日本の船員二人は投げ込まれた薬品を浴び左目と顔面に化学熱傷を負うという事件があった。国際捕鯨取締条約に基づいて日本政府が許可した合法的な調査活動に対する、このような行動は、テロリズムと言えるのではないだろうか。
なぜ、あまり報道もされず、政府も強く抗議をしないのか不思議である。

ここまで、捕鯨で身を立てている人たちのことには触れてこなかった。なるべく感情を排した内容にしたかったからだ。しかし先に挙げたニュースで、日本の毅然とした態度に、日本小型捕鯨協会の会長が会場から飛び出し泣き崩れた、と書かれているのを見て、捕鯨船員たちの思いを紹介しておくべきだと感じた。下記サイト
「せめて人間らしく~我々は正しいままここに倒れる~」(サイトを開いたら、ページの下の方にあるのでこの表題のところまでスクロールしてください。)
に、元捕鯨船員の方の思いが綴られている。彼らの心の叫びを、同じ日本人にはぜひ知っていていただきたい。

『万葉のふるさと』 清原 和義

万葉のふるさと 万葉のふるさと
清原 和義 (1973/01)
ポプラ社
この商品の詳細を見る


オーストラリアに住むことになって心配だったのは、日本の本が手に入らないだろうということ。来てみれば和書の古本屋さんがあり、送料はかかるけれどネットで購入することも可能だったが、とにかく来る前はそのことが心配だった。特に子供達には年齢に応じた本を読ませたかったから、出来る限りの子供の本を集めて持ってきた。

住んでいた地域の図書館でも、除籍になった本の中から幾冊か戴いてきた。除籍になるくらいだから、人気がなく貸し出しが一度もなかった本もある。この『万葉のふるさと』も貸し出し記録ゼロの不人気書籍だった。中学生向きの万葉集解説の本で、まず私が読み、子供が大きくなったら読ませればいいと思って何気なく選んだ。

和歌については、学校の古文の時間に習っただけで百人一首すら覚えていない。遠い昔に詠まれた歌は、外国語のようで、別の世界のものだと思っていた。

ところがこの本を読み進めると、確かにこれは、私たちの先祖が日本に暮らしていて、そこで感じたことを謳ったのだと実感できるようになる。なぜなら、ここには歌の解説だけでなく、その時代の様々なことが図や写真、地図などを使って説明されており、こんな場所で、こんな人たちが、こんな時に感じたことだったと、わかるようになっているからだ。
例えば

石見(いはみ)のや 高角山(たかつのやま)の 木の際(ま)より わが振る袖を 妹(いも)見つらむか

この句に対して「袖振る」の解説がある。現代人が手を振るのと同じく別れ際に「袖」を振った。しかし今より激しい愛の心を表し、時には求婚の意味もある。そしてこの「袖」とはどのようなものか、万葉時代の貴族の服装が描かれ、詳しい解説も載っている。続いて平民の服装も絵と文章で説明されている。
このように至れり尽くせりの解説で、当時の様子が目に浮かぶようになってくる。

「万葉の伝説歌」の章では、昔話の一場面を詠んだような歌がいろいろと紹介されている。もともと昔話は、文字ではなく歌の形で継承されてきたのだ。だから、同じ名前の姫が地域によって違うお話になっていたり、同じ題名のものでも結末が違ったりするのだろう。

「万葉の作家たち」の章は、歴史上の人物の詠んだ歌が、その人の功績や歴史的な出来事、ゆかりの地の写真などと共に紹介される。
「こんな大変な事件の時でも歌を詠んでいたのね。」とか、「深い心の傷を歌を詠むことで癒していたのね。」と、歴史上の人物の心に触れるような気がする。
中大兄皇子にはめられた有間皇子が護送される道で詠んだ歌や、大伯皇女が身辺の危機迫る弟大津皇子を思って詠んだ歌などは、歌に悲しみを込めるしかない辛さが伝わって涙を誘う。

ここで私ははっきり「和歌は外国語などではない。」と目が醒めた。和歌を詠んだ人間は、日本の歴史のどこかに実際存在していたのだ。
学校でも、このように歴史と和歌を一緒に教えてくれればわかりやすかったのに、とつくづく思った。和歌は歴史の中で謳われており、和歌が現代の私たちに歴史を伝えてくれているのだから。

この本が図書館で一度も借りられたことがないのは、本当に勿体ないことだ。中学生向きに書かれた本だけれど、「和歌って外国語みたいでわかりにくい。」と思っている大人もきっと楽しめる。そして和歌や歴史を学び直したくなるに違いない。


※紹介した本は手に入りにくいので、ちょっと調べてみたら同じ著者でこんなものも出ていました。


Appendix

本のブログ

にほんブログ村 本ブログへ

プロフィール

Author:milesta
◇これまでに紹介した本の一覧は下の「全タイトルを表示」の文字をクリックすると、ご覧になれます。
◇コメントとTBは承認制にしました。
◇記事に関係がなかったり、このサイトにふさわしくないコメントやTBは削除することもあります。

全記事(数)表示

全タイトルを表示

最近の記事+コメント

カテゴリー表示

ブログ内検索

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。