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『家守綺譚』 梨木 香歩

家守綺譚 家守綺譚
梨木 香歩 (2004/01)
新潮社
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「お酒はお好きですか?」と聞かれたら「日本酒は好きです。」と答える。苦みや酸味のある味は好きではなく、甘みと辛みで成り立っている日本酒の味が一番馴染みがあるし、また日本酒を飲んでいる限りは二日酔いになることはない。自然に体に入ってくる感じがする。

「ファンタジーはお好きですか?」という質問は、私にとってはお酒の質問とよく似ている気がする。この本を読んでそう気づいた。ファンタジーは苦手だ苦手だと思っていたけれど、純粋に日本的なものは自然に心に入ってくるようだ。

この本には、日本人にはお馴染みの河童や、小鬼や、化ける狸、竜など、本当にはいないだろうものがたくさん出てくる。そういう話は白けてしまうと思っていたのに、すっかりその世界に浸ってしまった。

なぜすんなりと受け入れられたのだろう。

一つには、それらは子供の頃から馴染みのある者たちで、違和感なく受け入れられたから。日本では万物に神が宿っていて、私に見えないだけだという潜在意識があったこともある。

もう一つは現実と幻想の橋渡しがうまくいっているから。
おそらく時代は明治、主人公の綿貫征四郎は駆け出しの作家である。征四郎が一人称で書く文章の調子や言葉遣いが、現代のものとは違っていて、そこで少し現実から離れはじめる。
ボートを漕いでいるうちに行方不明になった友人高堂の実家が空き家になり、征四郎はそこの家守として住まわしてもらう。
ある日部屋の掛け軸の水辺の絵から、ボートが近づいてくる。高堂が漕いできたのだ。高堂は学生時代のように征四郎をからかったりして、なんともさわやかな再会だったので、多少の不思議もそのまま受け入れてしまった。

そこから始まる家の庭や近隣の自然の中で起こる不思議な出来事は、読んでいて楽しくて仕方がなかった。
白木蓮がタツノオトシゴを生んだり、庭の池に迷い込んだ河童を犬のゴローに預け川まで連れ戻してやったり、狸に化かされたと思ったら助けに来てくれたのは・・・というような話が次から次へと出てくる。

面白い話を読んだ時は、夕飯時に子供達に話してやる。そうすると身を乗り出して
「それで、それで?」
と夢中になって聴いている。そして
「ねぇ、ねぇ、それ本当にあったこと?」
と訊いてくるので、
「これは百年以上前の話だからね。その頃の山の方では、きっとこういうこともあったんだね。」
と答えると、
「いいねぇ、百年前に生まれたかったなぁ。」
と言うのだ。私も百年前に生まれてみたかった。

その頃のこの山間では、征四郎の隣家のおばさんも山寺の和尚さんも、度々起こる不思議な現象の正体を知っていて、何も知らない征四郎に解説をしてくれる。これも、「ああ、この地域にとっては当たり前のことで、私が知らなかっただけなのだ。」と思える仕掛けの一つだ。

さらに、明治二十三年のエルトゥールル号の遭難の史実まで、ちょこっと出てきて、ますます現実との境目がなくなってくる。

読み終わるのが惜しい本だった。もっと読んでいたかったが、それは叶わない。代わりに今度『村田エフェンディ滞土録』を読むことで我慢しよう。征四郎の友人である考古学者村田はエルトゥールル号の縁でトルコに招聘されており、この本はその村田によるトルコでの滞在日誌であるそうだ。



※先日、日本にもフェアリーテールのような現代の神話があったら良いと書きましたが、ここにそれを発見しました。やはり日本には昔から数多くの妖精が住んでいたことが再確認でき、楽しくなりました。



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『怪人二十面相』 江戸川 乱歩

怪人二十面相 怪人二十面相
江戸川 乱歩 (2005/02)
ポプラ社
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小学校の図書室で、自分の好きなジャンルの本はだいたい読んでしまって、しかたなく選んだのがこの本だった。思いがけずおもしろく、それから続けて江戸川乱歩シリーズを次々と読んだ。読む本の幅が広がるきっかけを作ってくれた思い出の一冊だ。

我が子も最近これを読み、すっかり気に入り、「次は『夜光人間』が読みたい。」「それとも『透明怪人』にしようかな。」などと言っている。あまりに楽しそうなので、私ももう一度読んでみることにした。

大人になって読んでみると、怪人二十面相がどんな人にも化けられるという設定は何となく「ずるい」という気もするが、子供の頃は、そうして警察や人びとの目をくらましてなかなか捕まらない展開にハラハラしたものだ。そして何と言っても、「小林少年」という自分と同じ年頃の子供が活躍するというのが、嬉しくてワクワクした。

大人になって読んだから気づいたこともある。その頃の東京はずいぶん小さかったのだなぁということ。二十面相の隠れ家があるのが「新宿の原っぱのむこうの杉林の中」だったり、明治神宮の近くの「雑木林の中」にあったりするのだ。その辺りからもう郊外という位置づけだったのだろう。
その他、家の前に乞食が座っていたり、紙芝居屋が出てくるのも、昭和の初めはこうだったのか・・・と想像できておもしろい。

しかし、おそらく今の子供が読んでも、時代など関係なく、ほとんど違和感なく読んでしまうだろう。我が子はそうだった。読み始めたら食事の時以外は本から離れず、あっという間に読み終えてしまった。簡潔で躍動的な文章は、70年余りも前に書かれたものとは思えない。

子供が次に読むと言っている『夜光人間』か『透明怪人』が手に入ったら、また私も読ませてもらおうと思っている。



『日本人とユダヤ人』 イザヤ・ベンダサン

日本人とユダヤ人 日本人とユダヤ人
イザヤ・ベンダサン、Isaiah Ben-Dasan 他 (1971/09)
角川書店
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この本は山本七平氏が亡くなる前に「自分が書いた」と奥様に仰られたそうで、角川oneテーマ21版では著者名は「山本七平」になっている。
また面倒なことに、偽名を使って出したとか内容に嘘があると指摘する批判本『にせ日本人とユダヤ人』(浅見定雄著/朝日新聞社)まで出ている。

しかし私は宗教の専門家でも比較文化の研究者でもないから、好き勝手な読み方ができる。
そこで、清水義範氏が『序文』という作品で「英語の語源は日本語である」というデタラメを書いたのと同じように、山本氏がイザヤ・ベンダサンという偽名を使って書いたパロディのようなものだとして読んでみた。なぜなら、ここが嘘、あそこが嘘、などと指摘していくには、あまりにみえみえの嘘も多いからだ。

例えば日本にあまたいる「評論家」について語るとき、次のような例を引いている。
山本書店主がプールに泳ぎに行くと、必ずどこのプールサイドにも人の泳ぎを批評する“プールサイダー”がいて、実に的確に批評するが、プールに突き落としてみるとたいていカナヅチだ、と。これはおそらく嘘だろう。
しかし、そこでワイドショーなどに出てくる有象無象の“プールサイダー”を思い浮かべてしまう。それが、このパロディの恐ろしいところだ。パロディのふりをして本質を突いている。

白眉は、日本人は皆「日本教」の信徒だという部分だ。日本には、その「日本教」に則した法外の法があるという。

では、この法外の法の基本は何であろう。面白いことに、それは日本人が使う「人間」または「人間性」という言葉の内容なのである。今のべたような「人間味あふるる判決」とか、また「人間性豊かな」「人間ができている」「本当に人間らしい」とかいう言葉、またこの逆の「人間とは思えない」「全く非人間的だ」「人間って、そんなもんじゃない」「人間性を無視している」という言葉、さらに「人間不在の政治」「人間不在の教育」「人間不在の組織」という言葉、この、どこにでも出てくるジョーカーのような「人間」という言葉の意味する内容すなわち定義が、実は、日本における最高の法であり、これに違反する決定はすべて、まるで違憲の法律として棄却されてしまうのである。

なるほど。そういえば弁護士にも「人権派」というのがいる。また日本の新聞は、この法外の法によって論じた記事が多いという。再び、なるほど。

そして、実にこまったことに、日本教の根本理念を形成する「人間」なるものの定義が、すべて言葉によらず、言外でなされていることである。

日本教においては、最も大切なことは言葉によらず言外にあるという。これは思い当たる節がある。
友人に「君が代」を英語訳して欲しいと頼まれたことがある。そしていざ訳そうとして、述語がないことに気づいた。「君が代」は、どうなるとか、どうなってほしいとか、そういうことが一切詠われていないのだ。英語では、そんなことは考えられない。しかし日本人なら誰でも(この歌の好き嫌いを問わず)「きっと続いて欲しいということだろう。」と解するであろう。しかも述語がないことに気づかないまま、ごく自然に。

言外のことを同じように読み取れる日本人は、誰しも日本教の信徒であり、キリスト教徒だと思われている人は日本教徒キリスト派で、共産主義者だと思われている人も日本教徒共産主義派なのである、と説明する。

パロディならではの、いろいろな見方を教えてくれるなぁ、愉快だなぁと思って読み進んでいたが、これだけはパロディのままであって欲しいという章『しのびよる日本人への迫害』に出くわした。

「朝鮮戦争は、日米の資本家が(もうけるため)たくらんだものである。」と平気でいう進歩的文化人がいる。ああ何と無神経な人よ。そして世間知らずのお坊ちゃんよ。「日本人もそれを認めている」となったら一体どうなるのだ。その言葉が、あなたの子をアウシュヴィッツに送らないとだれが保証してくれよう。

そして、朝鮮の日本に対する言い分と第一次世界大戦後のドイツのユダヤに対する言い分が対句のように書かれている。もちろんパロディだ。

「われわれが三十八度線で死闘して、日本をも守ってやったのに、日本はそのわれわれの犠牲の上で、自分だけがぬくぬくともうけやがった」

「われわれが西部戦線で死闘していた間、あいつらは銃後にあって、われわれに守られてぬくぬくともうけやがった」


そして後者はアウシュヴィッツに続いていった。前者は・・・こればかりはパロディのまま終わって貰わないと困る。ところが最近、「慰安婦に謝れ」「南京に謝れ」という海外でのキャンペーンが盛んになってきたのをみると、「まさか本当に日本人への迫害がしのびよっているのでは・・・?」と不安になってくる。

「嘘の書物だから」「にせのユダヤ人だから」とバカにして、

「あなたの子をアウシュヴィッツに送らないとだれが保証してくれよう。」

という警告を受け止めなかった人たちの言動や態度が、昨今の日本叩きに繋がっていると思えてならない。

パロディとして読むなんて、こんな読み方はきっと邪道なのだ。この本の支持者からは「まじめな本をパロディだなんて、ふざけている。」、批判者からは「偽物をパロディと言ってごまかすな。」とお叱りを受けるだろう。
けれど私としては、頭からペテン師だとか嘘つきだとか決めつけず、珍説があったとしても「言外に真理が書いてあるのだ。」とユーモアをもって楽しみ、警告は警告として受け止める方が、どんなにか役にたつだろうと思うのだ。


※この本は「明日へ架ける橋」のおしょうさんに薦めていただきました。ありがとうございました。

『ルルちゃんのくつした』 せな けいこ

ルルちゃんのくつした ルルちゃんのくつした / せな けいこ

大人にとっては「えっ、どうして?」と思うような本を子供は好きだったりする。
この『ルルちゃんのくつした』は、ゲラゲラ笑うような話でも、ドキドキするような冒険の話でも、かわいいお姫様の話でもないのに、小さな子供たちに読んで聞かせると、とても喜ぶ。年齢でいうと一歳半くらいから三歳ぐらいの子供達。我が子たちも好きだったし、友人や親戚の子に読んでやっても、たいていこのくらいの年齢の子供には受けがよい。

ルルちゃんは、保育所かどこかでお昼寝をしたときにくつしたを片方だけなくしてしまう。
第一ページ目に、眉を八の字にして困っているルルちゃんがでてくるから、それは小さな子でも気になるらしい。いっしょに眉を八の字にして困った顔をしている。
先生に聞いても、お友達に聞いても、どこにいったかわからない。「どこかな?どこかな?」とますます気になる。

うさこが みみに はいたかな
わんこが くびに まいたかな
ねこちゃんが しっぽに はいたかな
ぞうさん ますくに してるかな


と、かわいい動物たちが靴下を身につけている様子が、ページをめくる毎に次々出てくる。リズムに乗って、読む方もちょっと楽しくなってくる。子供もうれしそうに眺めている。

だけど・・・結局見つからないまま、絵本は終わってしまう。「あ~あ。」という溜息の次に出てくる言葉は「もう一回!」

靴下、先生、友達というとても身近な物や人、動物たちが靴下をはくという飛躍しすぎていない夢のある発想、この年齢の子供達の生活範囲や経験の量にちょうどぴったりで、状況を想像しやすいのが、人気の秘密かも知れない。
そしてなくした靴下を巡って、誰かに聞いたり、推理したり、ちょっと大げさに言えば「初めての推理小説」みたいな気分も楽しめる。
小さな子供達に、等身大の本の楽しみを教えてくれる素敵な絵本である。

『累犯障害者』 山本 譲司

累犯障害者 累犯障害者
山本 譲司 (2006/09/14)
新潮社
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この本を読み終わり、何日間も悩みに悩んだ。ブログで紹介すべきだろうか?と。
ここには、同じような犯罪を何度も犯してしまう障害者たちのことが書かれている。「犯罪者」と「障害者」、そのどちらもが軽々しく語ることはできないテーマであり、私は次のことを怖れた。

①障害者に対する偏見を広めることになってしまうのではないか?
②とても複雑な問題を深く理解しているわけではないのに、他人に紹介して良いものか。
③解決方法も見いだせず、何かを訴えることもできない。空しくなるだけではないか。

しかし、一方で採り上げなければならないという別の声も聞こえてくる。

①マスコミには報じられない。そしてそれをいいことに「こういう人たちは世の中に存在しない」ということにしておいてよいのか。
②累犯を少しでも防ぎ、被害者を増やさないようにすべきでないか。
③福祉、法整備の面で改善の余地が全くないわけではないから、多くの人に知ってもらう意義はあるのではないか。

何日悩んでも「知らせなくていいのか?」の声はやまない。それほど、未知のことで衝撃が大きかったのだ。きっとご存じない方が多いだろう。やはり紹介しておこう。

この本を書かれた山本譲司氏は元国会議員。政策秘書給与の流用事件を起こし実刑判決を受け、控訴せずに服役した。そこで障害者のグループをサポートすることが懲役作業として割り当てられた。
議員であるときから福祉問題には関心があった山本氏も知らなかったこと、驚きの連続だったという。そして、出所後は福祉の仕事に身を投じようと考え、犯罪を犯した障害者の裁判を傍聴したり障害者のインタビューを行い、この本にまとめている。

刑務所で体験したこともいくつか書かれている。ある受刑者たちは、刑務所にいても、そこが刑務所であることが理解できず、

「おいお前、ちゃんとみんなの言うことをきかないと、そのうち、刑務所にぶち込まれるぞ」
そう言われた障害者が、真剣な表情で答える。
「俺、刑務所なんて絶対に嫌だ。この施設に置いておいてくれ」


という会話が成り立ってしまう。
犯罪という意識がなく罪を犯してしまう人たちの理由は様々だ。この居心地のよい施設(刑務所)に戻りたいから。意思の疎通ができず追い詰められて。売春の相手だけが自分を人間扱いしてくれる。健常者に利用されて。障害者だけで構成された暴力団の一員として。等々。
そして警察の事情聴取、裁判の場でも、意思の疎通はたいへん困難である。警察側に脅迫するつもりが全くなくても、言われたこと全てに「はい」と答えてしまう者もいるのだ。

私はこれまで、あまり深く考えもせず「障害者であろうと被害者にとっては罪を犯した者。同じように罰すべきだ。」と思っていた。しかしこの本を読んで、それでいいのか疑問が生じてきた。
「犯罪を犯した」という自覚のない者が、自覚のないまま刑務所に入り刑期を終えても、罪を償ったとは言えないし、反省の気持ちがなければ再犯の可能性もあるのだ。

山本氏によると、今の日本の法律では、全く同じように罰するか刑事責任能力なしとして無罪にするかという、両極端の判決しか選べないという。障害者用の矯正施設も矯正という思想もないからだ。
また判決に至らず公判停止になり、今まで通りの生活を送る者もいた。ろうあ者で筆談も手話もできず、一切の意思の疎通ができない場合である。

ここに紹介したのはほんの一部で、この本の中には「いったい、どこから手をつけたら良いのだろう?」と思うほどの気の重くなる問題がいくつも書かれている。

そして、そのことを私たちが知らないのは、犯罪に関わった人が障害者であるとわかった途端にマスコミは一斉に報道を止めてしまうからだそうだ。そしてこういう人たちは存在しないことにされてしまう。問題を起こす障害者は福祉との接点を持たないことが多いのだが、そういうことを論じる場もなく、福祉とは繋がらないまま、存在しないことにされ続け、同じような犯罪が繰り返される。
またマスコミについては、努力する障害者については美談として頻繁に採り上げるのに、問題行動を起こす障害者については採り上げないことも批判している。

山本氏は、この社会の表には出ない問題に取り組んでいる。福祉関係者からは「障害者の問題を扱うんだったら、まずは被害者になる障害者を採り上げる方が先ではないか」と叱られてきたという。それでも受刑者に視点をあてた方が問題の実態に近づくという信念をもち、活動している。
その姿勢は、実に真摯で行動的だ。議員時代の活動は存じ上げないが、受刑経験が、机上論ではない実質的な社会活動に繋がっているという気がしてならない。
蛇足になるが、山本譲司氏と同じ罪で起訴されながら議員の座に居座る某女史は、口は達者だけれど、社会の現実をどれほど知っているのか?社会のためには目立たない地味な仕事にも取り組む気概はあるのか?と思えてきてしまうのだ。

『千年、働いてきました―老舗企業大国ニッポン』 野村 進

千年、働いてきました―老舗企業大国ニッポン 千年、働いてきました―老舗企業大国ニッポン
野村 進 (2006/11)
角川書店
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「老舗の話?そんな古くさいものには興味はないよ。」という若者に是非とも読んで欲しい本である。
日本の老舗企業がなければ、世界中の携帯電話がなくなってしまう。それも一社だけでなく、何社もの日本の老舗がケータイの技術を支えているのだ。こう聞いたら、少しは老舗に興味を持ってくれるだろうか?

この本に採り上げられているのは、百年以上続いている日本の老舗製造業。日本には世界の中で突出して老舗企業が多いという第一章の始まり方からして「老舗」がキーワードではあるが、「製造業」というところも重要である。著者の野村氏はそれを「職人」の支える老舗とも書いている。

オーストラリアに住んでいると、日本の製造業の素晴らしさを日々実感する。
洋服をハンガーに掛け「日本なら頭の部分がくるくる回って便利なのに・・・。」
シャワーを浴びて「日本なら壁から取り外せるし向きや高さが変えられるのに・・・。」
アイロンをかけて「日本ならコードが絡んだりしないのに・・・。」
と日本の製品の優秀さを感じない日はない。しかし、私が子供の時分はオーストラリアで今使っているようなものを日本でも使っていた。それが今ではこんなに品質に乖離が見られるのは、日本の製造業は創意工夫が得意で、それを商品化してしまう能力があるからだろう。

そう思っていたことが、この本で証明されただけでなく、思っていた以上の先端技術や世界的な競争力を日本の製造業がもっていることがわかった。しかも、本の中で紹介されている企業は皆、百年以上も昔からある古い企業なのだ。

古い老舗企業が世界や日本の最先端で活躍しているのは「伝統性」と「時代性」が調和したものづくりを行っているからだという。
またマーケティング的な見方をすれば「シーズ(種)」と「ニーズ(要求)」の調和である。老舗の強みは「シーズ(種)」の部分に、技術や経験や知識の積み重ねがあり創意工夫の幅が広いということであろう。

例えば、廃棄されたケータイ1トンには280グラムの金が含まれる。質の高い金鉱でも1トンあたり60グラムしか含まれていない。それならと、誰もがケータイのゴミの山から金を取り出せるわけではない。かつて明治から大正にかけて、純度が低く扱いにくい銅鉱石から多種の金属を選り分ける技術を苦労して開発した小坂銅山の伝統的な技術がなければ、金を取り出すことはできないのだ。

ここに出てくる老舗企業は、どこも自社の技術に自信をもっている。そして愛情ももっている。原材料や製品や技術に対する表現が、まるで人間の子供に対するようで、「かわいいやつ」と思っているような場面が度々出てきて微笑ましい。

そういえば、その業界では世界的な企業なのに、社長が「町工場のおやじ」風だったり、野村氏曰く「宇宙人」風だったりするのも、こうした企業の特徴のようだ。
経営者たちの人間性に呼応したような野村氏の筆致も面白い。大手企業に技術を盗まれた経営者に

「これ、向こうの会社の実名出して、書きましょうか。あまりにひどいですよ」

と言って

「・・・品がなくなりますから」

と微笑まれてしまったり、別の企業では

それにしても、「永瀬留十郎工場」というネーミングはシブすぎやしないか。・・・(中略)・・・近頃の若いモンにはダサく聞こえないだろうか。

と考えて、永瀬社長に尋ねてみる。

「私も以前には、そう思っていた。でも、いまは逆でね。だって、最近『手づくり』とか『ものづくり』とか、さかんに言うじゃないですか。その感じは、私もいま自分の体の中に聞こえてくるので、名前をヘンに変えなくてよかったなと思う」
 あっ、いいな、その表現。「自分の体の中に聞こえてくる」なんて、現場で働いてきた人にしか言えない台詞だ。


と共感してしまったりする。
こんなやりとりができるほど、それぞれの経営者たちはざっくばらんで、偉そうでないのだ。彼らに成功の秘訣を聞くと、

「身の程をわきまえる」
「生かされている」
「不義にして富まず」
「私欲起こせば家崩壊する」


など、まぁ謙虚で誠実な言葉ばかりが返ってくる。技術だけでなく、そんな精神も脈々と受け継がれてきていることに感動を覚えた。

この他、どこまで中国に技術移転するかについての様々な見解、同族経営・非上場企業の強みと株式会社・上場企業の弱み、日本の醸造技術の特異性など、興味深い話題が満載である。

語り口は若者に向けたもののようで、非常に読みやすい。
古いものが好きな人にも、新しいものにしか関心がない人にも、ビジネス一筋の人にも、もちろん老舗の跡継ぎや若旦那にも、面白く読める一冊だと思う。




『桜田門外ノ変』 吉村 昭

桜田門外ノ変〈上〉 桜田門外ノ変〈上〉
吉村 昭 (1995/03)
新潮社
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「桜田門外ノ変」で知っていることと言えば、雪の降る中、井伊直弼が尊王攘夷派に暗殺された、ということぐらいであった。
実際の襲撃から首を討ち取るまでの時間はほんの数分間であったという。しかし歴史の傍観者ではなく、当事者たちにしてみれば、そこに至るまでの計画から暗殺決行、その後の身の処し方など、前後に続く知られていない歴史がある。

例えば、桜田門外で待ち伏せをする藩士たちは「武鑑」(大名年鑑のようなもの)を携えていた。「武鑑」を片手に大名行列を見物する好事家を装っていたからである。
また襲撃前、現場には大名行列見物客を当て込んだ茶屋が出ていた。井伊直弼を擁する彦根藩の行列を待つ間、雪に凍えた水戸藩士たちは、その茶店でおでんを食べ、お茶を飲み、体が温まる薬を飲んだりしていた。

事件の直前のことだけでも、こんなに具体的で興味深い逸話があったのだ。

吉村昭氏による『桜田門外ノ変』では、その知られていない部分を、ここまで掘り起こすかというくらい丹念に調べ、感情や思い入れを排して、この事件の全体像を明らかにしている。
書かれている内容が日常の細かなことまで実に具体的で、私自身もその時代に生きているように錯覚してしまう。それほど取材が綿密だという証だろう。

細かいことまで描かれている一方で、尊皇攘夷思想が興った発端や全国に広まっていた開国への危機意識など、その頃の日本の空気もしっかり伝わってくる。それは、主人公である関鉄之介の冷静沈着な思考と全国を渡り歩く行動力に寄るところが大きいと思う。吉村氏自身あとがきで、こう書いている。

 小説の主人公を襲撃現場の指揮をとった関鉄之介にしたのは、鉄之介に多くの日記が遺されていることを氏(吉田常吉氏)に教えていただいたからだが、その事件のすべてに直接ふれているかれを視点に据えたのは正しかった、と今でも思っている。

この関鉄之介の日記を基に、とても吉村氏らしい書き方でこの事件の全貌を明らかにしようとしている。事件前は情報収集や根回しのため、事件後は逃亡のため、鉄之介が全国を歩き回った足跡を、事細かに書いているのだ。読者は鉄之介の全国行脚に付き合うことで、その時代の空気を自分の物にしていくことになる。

蝦夷地の経済価値を調べるために越後に逗留したり、暗殺計画の根回しに中国・山陰地方まで歩いて訪れたり、同志との打ち合わせに江戸を縦横無尽に動き回ったり、鉄之介を始めこの時代の武士たちは、とにかく足を使って、人脈を使って、日本中を巡っている。尊皇攘夷思想の「水戸学」が全国に広まっていったのも、こうした人づてだったのかと思うと非常に興味深い。

ところが、尊皇攘夷運動に好意的な藩主に期待を寄せて訪れてみると、藩主はもう数年前に亡くなっていたり、色よい返事をした藩が数ヶ月で慎重になっていたりして、計画通りに行かなくなることがある。通信機器も交通機関もなく徒歩に頼っていたことによる誤算も少なくなかったのだ。

ここで歴史の傍観者に戻って考えてみると、鉄之介たちの攘夷思想の陳腐さも見えてくる。
井伊直弼を確実に討つことができたのは、外国からやって来た短銃という武器のおかげであり、また計画が当初の目的を果たせなかったのは、西洋では整備されていた交通や通信の技術がなく、協力してくれるはずだった薩摩藩との連絡が取れていなかったためである。成功も失敗も、西洋文明の有無に左右されるという皮肉な結果になった。
日本が開国せざるを得ない要素は揃っていた。

それでも鉄之介たちに共感する部分もあるのは、幕府の危機感の無さ、井伊直弼の安易な譲歩を、歯がゆく思うからである。

 井伊大老は、ハリスと応接する下田奉行井上清直と目付岩瀬忠震に、条約締結は朝廷の許可を得る必要があるので、なるべく調印を延期するように命じた。
 その折、井上が
「ハリスの要求が強く是非におよばぬ場合には、調印してよろしゅうございましょうか」
と、ただしたのに対し、井伊は、
「その折は、致し方あるまい」
と答えた。


そして、実際ハリスの強硬な意見に屈して調印してしまったのだ。きちんとした交渉の上での条約であればまだしも、このようにして決まってしまったことに怒る藩主や藩士がいるのは当然だろう。

この事件の悲しいところは、誰もが国のためを思っていたのに、このようなことになってしまったというところだ。井伊直弼は私腹を肥やすために権力を強めていったわけではない。水戸藩士たちも、藩の命令に反しても、脱藩し命をかけてでも、国の名誉を守ろうとした。どちらが悪いとも決めらず、そういう時代だったとして納得せざるをえないが、多くの気概ある志士たちが命を落としていったのは残念なことである。

年表の上での事件でしかなかった『桜田門外ノ変』が、この本を読んだだけで、まるで見てきたように、その時代に生きていたように思えるようになる内容の濃い一冊であった。


※この本を読みながら同時に、吉田松陰の生涯を書いた『ひとすじの蛍火』(産経新聞連載中)を読んでいました。
同時代の似たような思想を持つ水戸と長州の武士たちですが、今のところ(まだ連載中なので)どちらにもお互いのことはあまり書かれていません。鉄之介が長州を訪れた時に吉田松陰が捕らえられたといううわさ話を聞いているくらいです。その時代には、全国の様々なところで同じようなことを考えていた人たちがいて、しかしその中には相互に面識もない人たちがたくさんいたということでしょう。
そのような尊皇攘夷思想の分布の仕方(広がり方)を味わえたという点で、この二つを同時に読むというのは、大変おもしろい体験でした。




『幼ものがたり』 石井 桃子

幼ものがたり 幼ものがたり
石井 桃子 (2002/06/14)
福音館書店
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『クマのプーさん』や『ピーターラビット』など多くの名作を訳し、『ノンちゃん雲に乗る』をはじめ子供向けの良書をいくつも書かれた石井桃子さんは今日、百歳のお誕生日を迎えられた。百年前といったら明治時代。石井桃子さんは、いったいどのような子供時代を過ごされたのだろうか。

 私は、ちょんまげを結ったひとが、芝居のなかではなく、現実に生きて歩くのを見て育った。それは、たった一人のひとであったけれども。

その時代でも、断髪令から四十年もたっており、ちょんまげ姿は珍しいものではあったが、その界隈でひとりは現実に生きていた。石井さんは、そういう時代の子供だった。

この本には、石井さんが生まれてから学校に上がるまでのことが、その時々の心情を交えて書かれている。家の間取り、家族や親戚、友達のこと、近所の様子、年中行事のこと・・・断片的にではあるが、実に詳しく書かれている。学校へ上がる前の幼児の時の記憶が、こんなに鮮明だとは驚くばかりである。

特に、いつも自分を背負って子守をしてくれていた「まあちゃん」については、身近な存在であっただけに、さまざまな逸話があって面白い。
まあちゃんは父の従姉妹だが、大病して一人前でなくなり、父母も早くに亡くなり石井さんの家に引き取られていた。負ぶわれた背中から見たまあちゃんは、買い物を値切って、かえって高く売りつけられてしまったり、石井さんの母親か父親の口真似で「せがれ(石井さんの兄のこと)はシンガポールにいっております」などと言ったり、小銭をジャラジャラさせてお菓子屋に行って子供達におごってやったりしていた。家では禁止されている「針仕事」を物置に隠れてこっそりやってしまったりする。

味噌や納豆を家でつくっていたことも書かれている。

 ある日、祖父は、井戸と長屋門のあいだへかまどをしつらえさせ-じつのところ、私は、そのかまどがどんなものだったか、おぼえていないのだが-母やまあちゃんを指揮して、その上にかけた石川五右衛門をゆでたような大釜で大豆を煮ていた。祖父は、時々しゃもじで豆を少しすくっては、指のあいだでつぶして見る。そのあと、どんな工程を経て、家で一年間使うだけのお味噌をつくったのかは知らないが、やわらかく煮えた豆のいく分かは、わらのつとに入れられて、長屋門の土間のすみにおいてある大樽の中にしまわれた。これは納豆になるのである。

家の外では、天秤棒に盤台をさげて「こんちゃ!」とやってきて、おさしみを頼むとそこでつくってくれる魚屋さんや、よかよか飴屋やしんこ細工、新聞紙を三角の袋にして豆を入れる炒り豆屋などが、往来を行き来している。

私は『大草原の小さな家』などで、アメリカの開拓時代の子供の暮らしを知っていた。リンドグレーンの作品をたくさん読んで、スウェーデンの昔の子供達のこともいろいろ知った。しかし意外と、明治時代の日本の子供達が、どのような暮らしをし、どのようなことを見聞きしていたのかは、よくわかっていなかった。
石井さんが、こうしたことを細かく覚えていて、詳しく書き記してくださったことは、たいへんありがたい。

そして、それを知ってみると、子供時代のさまざまな見聞や感じたことが、物語を訳したり創作する上で役立っているのだろうと思う。
現代の子供は、テレビやインターネットのおかげで、世界中のいろいろな事象を何でもよく知っている。その分、実体験とそれによって培われる感受性が昔に比べて貧弱になっているような気がする。何でも知っているということは、それだけ心が動かされる機会が少なくなっているということではないだろうか。便利だけど味気ない世の中になってしまったのだなぁと思うと、明治生まれの人たちがちょっびり羨ましい。


※これまでに採り上げた石井桃子さんの本
『クマのプーさん』
『はたらきもののじょせつしゃけいてぃー』
『百まいのドレス』
『三月ひなのつき』
『ノンちゃん雲に乗る』

『ノンちゃん雲に乗る』 石井 桃子・作/中川 宗弥・絵

ノンちゃん雲に乗る ノンちゃん雲に乗る
石井 桃子、中川 宗弥 他 (1967/01)
福音館書店
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小学生の頃、誕生日か何かの折に貰ったこの本は、何から何まで「特別」という感じがしていた。水色と黄色のこの上なく美しい表紙。子供の本で全集でもないのにケースに入っている。ページを繰ると、なんと青いインクの文字が印刷されている。そして書かれている物語は、このくらいの女の子の心情を良く捉えていて、自分がノンちゃんになりきってしまうほどの吸引力があった。

ノンちゃんは、お父さん、お母さん、お兄ちゃんと四人で暮らしている。
体が弱いノンちゃんを残し、お兄ちゃんだけが都心に連れて行ってもらって、しかも皆がそのことをノンちゃんに内緒にしていたことを知り、悲しくて悲しくて、近所の神社に行って泣きながら木の上に上る。そしてばりばりッ、パシャン!どうん!と音がして・・・

気がつくとノンちゃんは空に浮かんでいて、誰かに雲の上に引き上げられる。引き上げてくれたのは真っ白いひげのおじいさん。そのおじいさんに乞われるまま、ノンちゃんは「身の上話」を始める。

「シュギ」というものをもっていて物知りでいろいろなことを教えてくれるおとうさんのこと。いなかったらどうしていいかわからないくらい好きなおかあさんのこと。そしてよくばりでいじわるなおにいちゃんのこと。

どの話もノンちゃんの家族に対する思いが溢れ、ああ素敵な家族だなぁと思う。悪い子のようなおにいちゃんの話だって、聞いてみれば子供らしくておもしろい。読みながら吹き出してしまうような話がいっぱいだ。おじいさんも、そんなおにいちゃんの話がお気に入りで、もっともっととせがむように聞きたがる。
ノンちゃんのように聞き分けのよい子じゃないのに、どうしてだろう?とノンちゃんは少し不思議に思う。

おじいさんは、最後にノンちゃんのことを教えて欲しいという。ノンちゃんは本当にいい子で、誰からも褒められるような子だから、訊かれるまま正直に、親孝行で、友達に親切で、先生のいいつけを守り、成績も全甲だと答える。読み方も、修身も、書き方も好きで、ノンちゃんは「なんでもできるの。一番!」とこれも嘘偽りなく言う。すると、

「そういう子は、気をつけなくちゃいけない!」おじいさんが、心配そうにまゆをひそめながらいいました。
「そういう子は、よくよく気をつけんと、しくじるぞ!」
「え?」ノンちゃんは、びっくりしました。
 ノンちゃんは、人からそんなことをいわれたのは、生まれて以来、はじめてでした。


私も初めてこの場面を読んだときは、びっくりした。そこまでの話の中で、ノンちゃんは悪いところが一つもなかった。こんなにいい子が、こんなことを言われるなんて意外だったのだ。

「ほんと、おじいさん?」ノンちゃんは、少し心配になってききました。
「ほんとだとも。ようくきいておぼえておけ。人にはひれふす心がなければ、えらくはなれんのじゃよ。勉強のできることなど、ハナにかけるのは、大ばかだ。ひれふす心のない人間は、いくら勉強ができても、えらくはなれん。おまえには、いいおとうさん、おかあさんがついてござるから、まずまちがいないと思うが、おまえのようになんでもできる子は、よほど気をつけんとわるくなる。そうなったら、人間はもうおしまいさ。ひれふす心・・・ようくおぼえておけ。これさえ忘れねば、まずまちがいはない。」


そして、そんな「いい子」の妹をもったおにいちゃんは辛かろうと言うのだ。おじいさんと話しているうちに、さっきまでは怒っていたおにいちゃんのことが、かわいそうになってくる。ノンちゃんは、家に帰りたくなってしまう。おじいさんから星を一つもらって、雲はしずかに走り出し・・・。

雲の上でノンちゃんは、学校では学べないことを学び、家族の絆は一層深くなっただろう。

子供の頃は、おもしろい物語として何度も読んだが、読み返してみると、知らないうちに私自身も学んでいたのだろうと思うところがたくさんある。家族のあり方、正直、思いやり、それから「ひれふす心」。
そして今、我が子たちにも「特別」な本となってくれるといいなと思っている。

ピーターラビットの生みの親 『Miss Potter』(映画)

ピーターラビットとビアトリクス・ポターの世界 ピーターラビットとビアトリクス・ポターの世界
カミラ ハリナン、上野 和子 他 (2002/11)
大日本絵画
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友人から是非と勧められて、子供達と一緒に『Miss Potter』を観に行った。ピーターラビット生みの親、ビアトリクス・ポターを描いた映画である。

ピーターラビットの人気の秘密は、お茶目でかわいい動物たちがたくさん出てくるところだが、ミス・ポターもこんなにお茶目でかわいいらしい女性だったとは。

映画は、初めての原稿を出版社に見せに行くときから始まる。本にすることが決まったときの、はにかんだような、それでいて顔全体がはじけそうなる笑顔。この笑顔を見ただけで、ビアトリクス(ミス・ポター)と友達になりたいと願ってしまう。

ビアトリクスは小さい頃から、飼っていた動物の絵を描き、動物のお話を作るのが大好きだった。しかし彼女の家は、メイドが何人もいるほどの上流階級だったため、母親は娘が本を出すことなど望んでいない。早く良いところのお坊ちゃんと結婚して欲しいのだ。そんな母親に反発し、結婚はしないと誓って、本を描くことに邁進する。担当になった編集者ノーマンにとっても初めての仕事。二人は印刷の具合も厳しく熱心にチェックし、素晴らしい本が誕生する。

2冊目、3冊目と、出していくうちに、当然のように二人は恋に落ちる。百年も昔の話だから、それはそれは慎重に思いを育んでいく。プロポーズに返事をする場面が、この映画の中で最も好きなところだ。お茶目で、一瞬であるのにあの満面のはにかんだ笑顔がスクリーンからも溢れ出てきそうになる。

しかしビアトリクスの幸せなときは、そう長くは続かない。笑顔が素敵なだけに、笑顔が消えたときのビアトリクスは魂が抜き取られてしまったかのようだ。

そんな時でもビアトリクスは絵筆を持つ。しかし描いた動物たちが、てんでに動き出してしまう。
それまでの間も、ビアトリクスの描いたピーターは目だけくりくりっと動かしたり、アヒルのジマイマはしっぽをきゅっと振ったりして、ビアトリクスの心の中を映し出していた。他のアニメ映画のように、めまぐるしくて大げさで騒がしい動きとは全く違う、控えめなアニメーション。ほんの一瞬なのに、その一瞬が多くのことを物語っている。すばらしい演出だ。

動物たちが勝手に動き出すほど参ってしまったビアトリクスは、自分の意志で新しい人生を歩き出すことを決断する・・・。


ピーターラビットのシリーズは、たいていはどこの図書館にもあるから、我が家はシリーズのうち一冊しか持っていない。映画を見終わると、ビアトリクスが「私の友達」と呼ぶ動物たちの本、ノーマンが次はどんなストーリーかと楽しみにしていた本を、全部手元に置いてじっくり読みたいと思っていた。


※オーストラリアでは、子供が観ても良い映画は「G」(子供だけで観て良い)と「PG」(親と一緒なら観ても良い)に分かれており、この映画は「G」。けれども、子供だけに観させておくのはもったいない大人も楽しめる映画でした。

※日本には2月24日から配給となっていましたが、公開されているかどうかわからないので、動画が見られるサイト↓を紹介します。
『Miss Potter』
ビアトリクスの笑顔とお茶目に動き出すイラストたちが見られます。(トップページ画面下の「VIDEO」をクリック。)




『生活者の日本統治時代―なぜ「よき関係」のあったことを語らないのか』 呉 善花

生活者の日本統治時代―なぜ「よき関係」のあったことを語らないのか 生活者の日本統治時代―なぜ「よき関係」のあったことを語らないのか
呉 善花 (2000/12)
三交社
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マスコミは信用できないという話を先日書いたが、政治家も信用できない。
「従軍慰安婦」に対して謝れという言葉が、日本政府に投げつけられる。韓国からそして最近ではアメリカからも。しかし従軍慰安婦の存在を認めた河野談話、つまりそれをきっかけに被害者に対する基金を設立したり首相が謝罪の手紙を書いたりすることになった、あの重要な談話の根拠について「これはあくまでも推測です。 」と河野洋平元官房長官本人が述べているのには驚いた。資料が無く関係者の話から推測したと言うが、韓国側の証言は参考にしているのに対し、日本人の証言は「「私はかかわっていましたよ」と本人が言ったって、本当にかかわっていたかどうかは証明のしようがないではないか」と言う理由で誰からも聞いていないようなのだ。河野さん、いったいあなたはどこの国の政治家なのだろうか?

呉善花さんは、この本で日本の統治時代に朝鮮で暮らしていた日本人・韓国人へ、インタビューを行っている。そこで愕然としたことがあるという。

特に近年、あれだけ「従軍慰安婦」が問題にされながら、その当時に成人として実際見聞をもつ数少ない生き証人として最後の世代に属する彼らから、日韓の一人の研究者も運動家もジャーナリストも、直接話を聞こうとしていなかったことを知って、私は大きな驚きをもった。いったい、これほど当事者性が無視されている問題がほかにあるだろうか。

このインタビューで『従軍慰安婦』に触れた箇所から代表的な証言を採り上げてみよう。

阿部元俊さん(日本人)の証言

◆答◆朝鮮の田舎に行って若い娘たちを奪ってきたと言われますね。そんなことはあり得ないです。もし、そんなことをしたら誘拐犯ですし、懲役刑を受けることになります。いや、法律の問題以前に、村の人にめちゃめちゃにやられてしまいますよ。強制的に連れていかれる娘を見ながら、そのまま放っておくような卑劣な韓国人がいたとはけっして思えません。田舎であればあるほど、生活者間の連帯意識も民族意識も強くて、そんな彼らが我慢して黙ってみているわけがありません。彼らの民族愛がいかに強かったかは、私はいろいろな場面で見てきていますし、今でも鮮明に覚えています。そんな世界で女狩りができるわけがないのです。
 ですから、そんな問題があれば必ず耳に入っているはずです。でも、そんな話も噂も一度も聞いたことがありません。これはね、当時朝鮮に住んでいた日本人の名誉にもかかわることです。もし、あったとすれば、我々もまたそれを黙って見ていたことになるんですから。
 警察署長も朝鮮人でしたし、裁判所の判事、検事などにも朝鮮人がいました。朝鮮総督府では、局長、部長、課長にも朝鮮人がいました。もちろん警察官は朝鮮人だろうと日本人だろうと同じ権限をもっていました。そういう状況下で女狩りが堂々と行われ、一人として問題にする者がいなかったなんて、あり得ることではないんです。全人口の一パーセントにすぎない日本人がそんなに悪いことをして安全に生きていられたわけがないんです。


長くなってしまったが、日本人の方々皆さんの認識がほぼこの中に言い表されている。一方、韓国人の方々は日本人とは異なる認識を持っている。

閔圭植さん(韓国人)の証言

◆答◆慰安婦問題の根本的な問題は、強制的に募集して連れて行ったにもかかわらず、今の日本では認めようとしないことです。ある日本の大臣は「お金を払ったから売春婦であって、強制的に連れて行ったのとは違う」という妄言を発してさえいます。何千人の若い娘たちを、トラックに載せて連れて行ったのは疑いない事実なのに、強制でないというのはとんでもない発言です。国家間の代表たちは、会えばさしさわりのない合議をしておいて、そのよそでは全く違う妄言をするんですよ。

★質問★実際にトラックに乗せて連れて行くような場面をご覧になったことがありますか。
◆答◆いいえ、私は見ていません。

★質問★その当時、そんなふうにして連れて行ったという話を聞いたことがありますか。
◆答◆その当時は聞いていませんでした。

★質問★それならば、なぜ今になってそういう強制的な連行をしたと言われるんでしょうか。
◆答◆そうしたことがだんだんわかってきたからです。そういう話は最近、あちこちで言われているんです。


この「当時は知らなかったけれど、最近言われている」という点を日本人の方は、こう指摘している。

大師堂経慰さん(日本人)の証言

◆答◆もしも一般婦女子の強制連行が実際にあったとすれば、間違いなく暴動が起きていたと思います。これを目撃した人が多数いて、この人たちの日本非難が戦後早々から声高に叫ばれて当然であり、戦後四十七年もの間、韓国政府も韓国民もこれを問題にしないなど考えられるでしょうか。


上に挙げたいくつかの証言を見るだけでも、「従軍慰安婦」以外にも統治時代の様子について「へぇ」と思うことがある。
たとえば日本人はそんなに少数派だったということ。それに警察でも、裁判所でも、総督府でも、朝鮮人が日本人と同じように権限を持っていたこと。統治する側とされる側がキッパリと分かれている図式を想像していると「へぇ」となる。上司が朝鮮人、部下が日本人ということも、よくあることだったという。

インタビュー全体を見てみれば、副題にある「なぜ『よき関係』のあったことを語らないのか」と思うような場面がたくさん出てくる。日本人と朝鮮人が尊敬し合い、助け合い、友達になり、引き上げの時には抱き合って涙の別れをする人たちも大勢いたという。
とくに日本人の思い出に残る統治時代は、懐かしく楽しかった日々という面が強く出ている。今は北朝鮮になっている町に住んでいた方々は、自分の故郷の地を二度と踏めないことがどんなに寂しいかを切々と語る。

「よき関係」があったのに、被害者と加害者という構図を強調することで、その関係は隠され、また誤解されてきたのではないだろうか。
韓国人側には、創始改名によい感情を持っていない人もいた。日本人からも給与や昇進などは完全に公平ではなかったという証言があった。文化の違いでお互いを下に見ているようなところもある。そういう「よい関係」と言えない面もたしかにあるが、韓国政府や日韓マスコミが言うような「残虐な日本」はこの中には見つからない。必要以上に対立を煽ることで、よい関係を保っていたものまで、壊れてしまいそうな、いや既に壊れかかっていることが、このインタビューからも感じられる。
韓国側の証言者は、呉善花さんが、いくら当時の生活のことをお聞きしたいと言っても政治的な話になってしまうことが多かったという。また息子が聞き耳を立てている中でリラックスして話せない様子の方もいらした。それで韓国の方々の証言は、日本の方々よりも具体性が少ないのが気にかかった。

台湾の日本統治時代はとても良好な関係だったという話をよく聞く。この本で統治時代の生活を知ると、朝鮮でも世間で思われているより良好だったのではないかと思うようになる。呉善花さんは、台湾人の友人と話していて、同じように反日教育を受けて育ったのに、なぜ台湾人は親日なのか不思議だと書かれていた。統治の様子がそう変わらないものだとしたら、問題は戦後にあるのではないだろうか。

呉さんは、朝鮮は昔から日本を下に見る傾向があり、それが反日教育を過激なものにしたからではないかという指摘をされていた。

私は、日本が去った後の新しい統治者の違いもあるのではないかと思う。
台湾には、日本に替わって新しく「中国国民党」という統治者が来た。比較すれば日本の方が良かった。それで今の統治者よりも、前の統治者である日本の方が良かったと思うことができた。
一方、朝鮮は独立し自分たちの政府ができた。日本時代の方が良かったとは、口が裂けても言えない。自国の調子が悪いときには、「統治時代が・・・」「日本が・・」と言い訳にさえ使われた。親日家だったというだけで財産が没収されたり、罰が与えられることもある。これでは「よき関係」が無かったものとされ、壊れていかない方がおかしい。

そんな違いが、今の国民感情の違いに表れているのではないだろうか。

作られた反日感情、作られた反韓感情を取り除かなければ、何度謝っても、いくらお金を渡しても、決して本当の日韓友好にはたどり着けない。
日本の政治家で日韓友好を標榜する人ほど、「よき関係」のあったことを知ろうとしていないように見えるのは、気のせいだろうか。

『三月ひなのつき』 石井 桃子・作/朝倉 摂 ・絵

三月ひなのつき三月ひなのつき / 石井 桃子、朝倉 摂 他
 
幸せなことに私も我が娘も、初節句の時から雛人形を持っている。私の時は母方の祖母が、娘の時は私の両親が選んでくれた。どちらの時も、これと決めるまでに御人形屋さんの店内を何周もして、一番良い顔の人形を選んでくれたらしい。「自分の孫には納得のいく御人形を。」という気持ちが嬉しい。

自分の子や孫に雛人形を選ぶときは、誰しも同じような気持ちを抱くのだろう。
この『三月ひなのつき』のよし子は、十歳になるのにお雛様を持っていない。おかあさんの気に入ったお雛様が見つかるまで買ってくれないからだ。

おかあさんは、自分が子供だった頃に持っていたお雛様が忘れられない。おかあさんの祖母が、隣に住む人形づくりのおじいさんに頼んで作ってもらった特別のひと揃いは、女の子なら誰でも欲しくなるようなつくりになっている。

他にはない魅力のひとつは、木でできた箱の中に全部一式が入っていて、外箱と御人形が一つ一つ入っている内箱を組み合わせて、ひな壇を成すことだ。だから外箱の引き戸には美しい春の絵が描いてある。一つの箱に全てがきちんと収まっていて、こぢんまりとした檀飾りができるというのは、豪華な大きいものよりも愛着が沸いて好きだという女の子が多いのではないだろうか。

もう一つの魅力は「小道具一式」。私も自分の雛人形を出したときに、一番楽しみだったのは御人形よりもお道具だった。このおかあさんの小道具はとても凝っている。

 まず最初にさがすのは、内裏びなのそばにおくものです。女びなには、まるい平らな赤い箱にはいった鏡があり、男びなのためには、刀掛けがありました。それから、その外側に燭台が一つずつ。これも、かわらけに油をつぎ、灯心をいれてともす式の、古風なあかりでした。そして・・・

と小道具だけで四ページもの説明がある。
そんな素敵なお雛様だったが、一九四五年五月二十六日の空襲で焼けてしまって今はない。

 それいらい、よし子の家には、おひなさまはありません。あまり、まえのおひなさまが、おかあさんの心に美しくきざみこまれてしまったので、おかあさんは、ほかのものを、あのおひなさまのかわりにかざることができなくなってしまったのです。

そして、よし子が生まれ、毎年おかあさんの気に入るのが見つからないうちに、おとうさんがなくなり、お雛様がやってくる望みはもっと薄くなっていた。
よし子は、本当は自分のお雛様が欲しかったが、家のことを考え我慢してきた。ところが、とうとう我慢ができなくなり、おかあさんに、欲しい気持ちを言ってしまう。

おかあさんは意を決して二人でデパートに行くが、やはりなかなか気に入ったものが見つからない。休んでいる間に、おかあさんがよし子に話してくれた「あのおかあさんのおひなさまが、今のおかあさんを助けてくれている。」という話は感動的である。その話は、よし子を「もう少し待ってみよう。」という気にさせた。

そして今年もお雛様を買わないまま三月三日を迎えた。
その日よし子は、あの時買わずに待って良かったと思ったに違いない。おかあさんも、よし子にさみしい思いをさせずにすんで、ほっとしたに違いない。おかあさんからよし子へ宛てた手紙に、「三月三日 おとうさんの日に」とあるのが、じーんとくる。



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