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『帰れぬ人びと』 鷺沢 萠

帰れぬ人びと 帰れぬ人びと
鷺沢 萠 (1989/10)
文藝春秋
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最近の文学界では、ずいぶん若い人が賞をもらったりしている。作品を読んだことはないが、そういうニュースを聞くと、鷺沢萠さんを思い出す。私自身も「若い人」だったときに、鷺沢萠さんは若手女流作家として注目されていた。私も最初の単行本であるこの本を読んで衝撃を受けた。若い人が若い感性で若い世代のことを書いているのではなく、人生の酸いも甘いも噛み分けた人が書いたような作品集だったからだ。鷺沢さんが私よりも年下で、しかもまだ学生だとは信じられない思いだった。

この中には四つの作品が入っているが、どれもに哀愁が漂う。
主人公は、家を出てしまった父親の元へ生活費をもらいに行く少年、古びた店で食堂を切り盛りする青年、夕暮れ時に下町にある塾の先生のアルバイトをする若い会社員、父親の経済破綻に翻弄された一家の息子。
舞台に選ばれている場所は、東京の中では地味で目立たない下町や湾岸部である。

私は東京に住んでいたが、羽田空港に向かうモノレールから見える景色は、見知らぬ世界を覗いているようであり、いつも「哀愁」を感じていた。
公団住宅のような建物に洗濯物が干してあったり、倉庫の前にトラックが停まり、積み重ねられたパレットを降ろしている。その倉庫も団地のように一棟がいくつもの区画に分かれ、それぞれの入り口に借り主の名が打ち付けられている。競馬場の近くでは厩舎ギリギリのところを通り、飼い葉を食む馬の鼻先が見えたりする。見ていると何故かもの悲しく泣きたいような気分になってくるのに、20分くらいの行程の間、窓の外の風景から目を離せない。
下町も、観光地ではないところは裏寂しい感じがする。そうしたところでは、地下鉄の出口を出た瞬間に「ああ、私の知らないところで、知らない生活が淡々と営まれているんだ。」ということにハッと気づいたりする。

そういう場所の空気を、鷺沢さんは文字だけで感じさせてくれる。町の情景、主人公達の心情、何もかもが「哀愁」の霞がかかったように描かれる。

私が一番好きなのは『かもめ家ものがたり』。青年コウの営む「かもめ家」は、以前の持ち主が残していった暖簾をそのまま使って始めた食堂だ。そこに集う客たちや、コウが店を開く前に手伝っていた店の親方、プロ野球の二軍にいる郷里の同級生、そしてある日かもめ家に転がり込んできた鮎子。(鮎子の存在は、村松友視さんの『時代屋の女房』に似ている。)彼らがコウと交流していくうちに、それぞれの人生が明らかになっていき、過去と今とのコントラストが浮き上がる。客の一人である柳はコウに訊ねられる。

「柳さんにとっては、どっちが本当なんでしょうね。中学の先生やってる自分と、昔の自分と-」
柳は眩しそうに視線を戻した。そうして短く、けれどはっきりと答えた。
「今」


こんなところも、この作品の好きなところだ。時々顔を出す潔さが、「哀愁」を「陰鬱」にせずに「哀愁」のままに保っている。
物語の終わりには意外なことがわかるが、それに対するコウの態度もあっけらかんとしていて、読後がさわやかだ。
こうした潔さやさわやかさに鷺沢さんの「若さ」が込められていたのかもしれない。

鷺沢さんのその後の作品は、「若さ」に寄り、等身大になっていった。同世代をよく書けているのかもしれないが、私はこのデビュー作の衝撃が強く、やや物足りなさを感じていた。
繊細な感性と豪快な言動を併せ持つという鷺沢さんの、繊細な部分をもっと見せて欲しかった。

ご自身の人生は波瀾万丈で、読者の勝手な思いとしては、様々な経験を乗り越えた後、歳をとってからの錬磨した作品を期待していた。二年前、まだ30代の若さで亡くなってしまったことが本当に惜しまれる。自ら命を絶った理由は全く知らないけれど、鷺沢さんの執筆活動を考えるとき、自分の羽を引き抜いて美しい反物を織っていた夕鶴の「おつう」を思い浮かべて、悲しい気持ちになる。
作品には繊細さを感じさせて欲しかったが、鷺沢さんにはコウたちのようにあっけらかんと生きて欲しかった。読者とは何と我が儘なものだろう。だけど、どんな境遇にあっても、歯を食いしばるでもなく、自暴自棄になるでもなく、哀愁を身にまといながらもきちんと日々を重ねる主人公たちの生みの親には、ちゃんと生きていて欲しかった。。



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『大むかしの生物』 日本古生物学会

大むかしの生物 大むかしの生物
日本古生物学会 (2004/11)
小学館
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「アノマロカリス」、これが表紙を飾る不思議な生き物の名前だ。私には、いつの時代の何の仲間かもわからない。そう言えば「大昔の生物」と聞いて思い浮かぶのは、三葉虫、アンモナイト、恐竜、マンモスくらいだ。子供が「カエルの先祖ってどんなかな?」と言い出して購入したこの本には、知らない生き物がたくさん載っていて、「へぇこんな生き物がいたんだねぇ。」と、子供たちと共に驚きの声を上げている。

「アノマロカリス」は魚類が出現するかどうかの古い時代の生き物で、正体不明という感じがするが、「モスコプス」は妙に親しみを感じる姿だ。こちらも今までに一度も見たことがない生き物だ。恐竜のようだが、頭はつるっと丸くて優しげな顔つき。手足も地面にぺたんとついて、恐竜のように前足を上げて襲ってくることはなさそうだ。調べれば、恐竜とは違う「単弓類」だという。

学校では確か、両生類から爬虫類ができて、爬虫類から哺乳類が分かれたと習った。しかし新しい学説によると、哺乳類の元となったのはこの「単弓類」で、「双弓類」の爬虫類や恐竜とは系列が違うようなのだ。私と同世代の人達は、もうこの事実をご存じなのだろうか?私だけが知らなかったのかもしれない。「こんな大事なことを何で誰も教えてくれなかったの?」という気分だ。この図鑑を読んでみて良かった。

哺乳類が出現してからも、知らない生物がたくさんいて非常に興味深い。
一角獣なんて、おとぎの国の動物だと思っていたが、「ツァイダモテリウム」はまるで一角獣だ。なぜ右側の角だけ大きくなったのだろう?
「クジラの先祖」と書いてある「パキケトゥス」は、「オオカミの先祖」の間違いじゃないの?と思ってしまうような完璧な四つ脚動物だ。(→※追記参照)

こうしていると次から次へと紹介したくなるので、この辺でやめておこう。そして、新しい発見を求めて図鑑を見る時間としよう。


※追記
この図鑑のイラストも描いていらっしゃるcorvoさんから次のような、コメントを頂きました。
「パキケトゥスの姿勢は、まだ議論の余地があるようです。今年のSVPで発表がありました。」
corvoさん、ありがとうございます。

『天皇の料理番』 杉森 久英

天皇の料理番 天皇の料理番
杉森 久英 (1982/01)
集英社
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日本は、本当に何を食べても美味しい国だ。オーストラリアにいると、洋風な料理でさえも日本で食べた方がおいしかったと思うことがよくある。そんな日本の西洋料理の元を辿ると、この本の主人公「徳蔵」に行き当たる。

徳蔵は福井の旧家の次男坊。十歳の時に自ら志願して禅寺に弟子入りするが、歴代住職の墓石を次々と押し倒して、1年あまりで破門になる。夫婦養子となった家を、「料理人になりたい。」と黙って飛び出したのが17歳の時。こんな腕白な人物だったからこそ、明治時代、文明開化の激しい波に乗って、「西洋料理」という新しいジャンルでの第一人者にまで、のし上がって行けたのだ。

しかし当然、腕白なだけではダメである。「料理人になりたい。」という自分の志のためなら、人を立てることもできるし、1年だけとはいえ仏門で学んだ時に得た「辛抱」を貫くことも出来る。ごくたまに、辛抱しきれなくて、相手を「ポカリ!」ということもあるけれど。勤勉で、誰よりも働き、誰よりも勉強をした。華族会館で、学生街の小さな食堂で、フランスの名門レストランで・・・修行に修行を重ね、貪欲に、時には強引に技術を学んだ。

この小説の面白いところは、単なる料理人のサクセスストーリーではなく、いろいろな楽しみが発見できることだ。

一つには、日本における西洋料理の歴史を知ることが出来る。当時の上流社会が西洋料理のレベルアップや普及を牽引していたことがとてもよくわかる。
また、その当時の東京の様子や世相を知ることができる。丸の内はまだ野原で屋台置き場になっていたことや、吉原の情景など、知らないことがたくさん書かれていた。
人と人との不思議な縁がいくつも見られる。福井で生まれて初めての「トンカツ」を食べさせてくれた軍曹。兄や最初の職場での同僚新太郎と女性たちとの奇縁。
宮中の舞台裏の様子も少しわかる。その中でも、徳蔵は腕白ぶりを発揮していたらしい。

また教育制度についても、考えさせられるところがあった。徳蔵は、高等小学校しか出ていないが、自力で先生を見つけ出してフランス語を習い、フランスへの料理修行の夢を果たし、日本に帰国した後は西洋料理界の最高峰に立つ。しかも「料理バカ」ではなく、社会に対する関心も、知識も、洞察力もある。

一番驚いたのは、学生街の食堂で働いていたときの逸話だ。
折しも日露講和条約が結ばれ、食堂に来た学生の間で「屈辱的な条件をのんだ。」と不満の声が上がったとき、徳蔵は反論した。勝ったと言っても日本は物資を使い果たし余力がない。国民にそれを知らせれば交渉相手のロシアにも知られることになり、政府は苦しい立場だろうと言ったのだ。
今となれば日本政府が精一杯の交渉をしたことがわかっているが、当時は、その学生のような意見が大半で、政府に不満を訴える集会や暴動も後を絶たなかった。そんな中で、小学校しか出ていない二十歳前の徳蔵が、多数意見に惑わされず正鵠を得た意見を述べ、しかも大学生を論破してしまったのだ。

徳蔵の頃からから比べれば、日本全体の学歴(学力ではなく)は相当に上がった。しかし人間としての成熟度はどうだろう。昔は、小学校しか出ていなくても、就職した会社や業界でリーダーになる人も多かったし、そういう人達は社会にも関心が深く知識もあったのではないか。今のように、ただ履歴書に書くだけのために猫も杓子も上の学校に行こうとすることが、とても滑稽なことに思える。
義務教育で社会に出るための基礎学力をしっかり身につければ、いつ社会に出るかは、個人の勉学に対する意欲や、つきたい職業で違っていても良いのではないだろうか。
現代的な考えでないかもしれないが、昔の人にできたことが今の人にできないわけはない。そんなことを考えさせられる、徳蔵の一生であった。


※この本を読み終わった頃に、芸術的イエローカードさんのコメント欄に管理人のフニャさんが学校制度について、「いっそのこと旧制に戻して、早くから職業教育を充実させた方が、学力も落とさず、個性も生かせる気がします。」と書かれていたのを見て共感を覚えました。それがこの記事の後半に繋がりました。フニャさんありがとうございました。

『おはようどうわ』 東 君平

おはようどうわ〈6〉よぞらのほしに おはようどうわ〈6〉よぞらのほしに
東 君平 (1996/08)
サンリオ
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小学生の頃、我が家では「毎日新聞」を取っていた。ある時期、私は意味の通じない記事をいくつか見つけて「最近の毎日新聞変だよ。」と言うと、父も「変な記事が時々ある。」と言いだした。私の「変」は文法的に変な文章があり意味が通じないことで、父の「変」は内容のことだったようだが、ともかく、それがきっかけで新聞を変更した。

新しい新聞になって、毎週土曜日に連載されていた『おはようどうわ』が読めなくなってしまったことに気づき、残念に思ったが後の祭り。大人になって、この単行本を見つけた時には、すぐに買い求めた。

東君平さんの素朴な切り絵も、フフッと忍び笑いをしてしまうような文章も、心が和む。子供でも読めるけれど、大人も満喫できる文章というものは、なかなか書けるものではない。東さんは、毎週毎週、よくこんなに素敵なお話を書き続けられたものだと感心してしまう。
いつも最後に“オチ”がついていて、それが「ほろり」とさせるものだったり、「くすっ」と笑うようなものだったり、優しい気持ちになれるものだったり、大人が「いや参ったなぁ。」と頭を掻くようなものの時もある。この最後がオチが楽しみで「今回は何かなぁ。」と新聞を開ける前からわくわくしていた。

大人が頭を掻くのはこんな話。『あやとり』(『おはようどうわ③イチゴのにおい』より)に出てくるお母さんは、大掃除の真っ最中。家族を追い出しテキパキと片付けている。ところが子供部屋であやとりひもを見つけ、いろいろな形を作り始める。川、はしご、ダイヤモンド、ぶんぶくちゃがま、カニ・・・。

 おかあさんは、だんだんおもいだしてきましたが、ほうきをおもいだしたところで、あやとりをやめて、ほんもののほうきをもつと、サッサッサッとはきました。
 おおそうじは、よほどしっかりしていないと、ついついあそんでしまうものなのです。


『ホタルこい』(『おはようどうわ①君とぼく』より)は「くすっ」のタイプだ。
タヌキとキツネの子供が、こちらとむこうで「ほー、ほー、ほーたるこい。」と歌っているうちに、相手にライバル心を燃やして、替え歌を作ったり、声が大きくなったりしてくる。

 キツネとタヌキは、おおごえで、ホタルのことなどわすれて、いいあいました。
「ほー、ほー、ホタルこい、キツネの水は、にごり水、こっちの水はミカン水」
「ほー、ほー、ホタルこい、タヌキの水は、くさい水、こっちの水はバラのかおりー」
 ホタルたちは、「バカみたいだね」といいながら、おうちへかえりました。


毎日新聞は、最近でも時々「変」なことを書いていることがあって「やれやれ」と思うけれど、子供の頃に素敵なお話をいっぱい読ませてくれたことには今も感謝している。





『絵で見るある町の歴史―タイムトラベラーと旅する12,000年』 スティーブ ヌーン・絵 アン ミラード・文

絵で見るある町の歴史―タイムトラベラーと旅する12,000年 絵で見るある町の歴史―タイムトラベラーと旅する12,000年
スティーブ ヌーン、アン ミラード 他 (2000/10)
さえら書房
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大判の横開き絵本いっぱいに広がるのはヨーロッパの「ある町」の暮らし。紀元前一万年の石器時代に始まり現代に至る町の様子が、14の時代に分けて描かれている。

動物の皮のテントが、紀元前二千年頃には草葺き屋根になり、ゆるやかな発展をしてきた「ある町」が急激な変わるのは、ローマ帝国が勢力を広げた紀元百年頃。
巨大な円形劇場がつくられ、三階建ての住居さえ見られる。道は舗装され、川には橋がかかり、水洗トイレらしきものもあり、近代的なインフラ整備が行われたことがわかる。学校、床屋、食堂、パン屋などの現代に繋がる職業も出てきている。

「へぇ、今のような生活はこの延長線上にあるのだわ。」と思っていると、次のページでその考えを打ち砕かれる。紀元前二千年頃の草葺き屋根に逆戻りしている。ゲルマン民族がやって来て、町の施設が全て破壊されてしまったのだ。便利な水道や浴場、舗装道路、橋は、影も形もなくなっている。

その後、ローマ人の時代と同等の建物が建つのは、なんと千年も経ってからである。壊されたのは建物だけではなく、技術や社会のシステムも全て捨て去られ継承されずにいたからであろう。以前と同じ水準に辿り着くのに、再び試行錯誤を繰り返し、千年もかかったのだ。

その後も町は復興と衰退を繰り返す。衰退の原因は、バイキングの襲撃、疫病、内戦など、時代によって異なっている。

この本の最初に書いてある解説は、こう結ばれている。

今、この町の人々はどの時代の先祖よりも、はるかに裕福な生活をおくっています。しかし、つぎの100年のあいだに、この土地になにがおこるか、それはだれにもわかりません。

日本は「ある町」とは違い、他民族の侵略などで全てが破壊され尽くしたことはない。世界で最も古い皇室もそのまま続いている。戦争で多くの建物は焼けてしまったが、もともと焼けやすい木でできた家に住まっていた民族であるから、建物を再建することは難しいことではない。
しかし私は、「つぎの100年のあいだに、この日本になにがおこるか」が心配でたまらない。目に見えない破壊が進んでいるように思えるからだ。そして目に見えないものの破壊は、復興に時間がかかるということはこの絵本の事例からも想像がつく。

敗戦後、日本にやってきた占領軍(GHQ)は目に見えるものは破壊し尽くさなかった。ところが、アメリカ的民主主義を是とした憲法を作り、「ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム」により、アメリカに都合の良いように国民の意識改革を促した。
日本の誇る道徳観や、日本社会のうまくいっていた仕組み、日本ならではの家族の和などは、じわじわと破壊されてきているのではないだろうか。

多くの人は、そのことに気づいている。しかし気づかないのか、別の意図があるのか軌道修正を拒む日本人もいる。ウォー・ギルト・インフォメーションの考え方を踏襲した授業を行う先生もいる。その人達には「つぎの100年のあいだに、この日本になにがおこるか」想像力を働かせて欲しい。絵本の次のページに「思想教育によって自滅した」町が描かれないように。


※11月16日教育基本法改正案が衆議院本会議で可決されました。日本が自前の教育を行えるようになる第一歩だと思います。
これに先がけ今年四月に行われた「教育基本法改正の今国会実現をめざす国民大会」での稲田朋美議員のスピーチは
「いよいよ戦後六十年を経て、教育基本法を私たちの手に取り戻す時がまいりました。」
という言葉で始まり
「戦後六十年間で失われたものを私たちの手に取り戻して、道義大国日本、そして品格ある国家の再生を目指したいと思っております。」
で終わっています。
この素晴らしいスピーチを新・へっぽこ時事放談さんが書き起こされていますので、ご紹介いたします。
稲田朋美衆議院議員のスピーチ(「教育基本法改正の今国会実現をめざす国民大会」より)

『西の魔女が死んだ』 梨木 香歩

西の魔女が死んだ 西の魔女が死んだ
梨木 香歩 (1996/03)
小学館
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以前私は「ファンタジーは苦手である。」と書いたことがある。この本も題名からして苦手な本かもしれないと思いつつ、なぜか惹きつけられるものを感じて、読むことにした。

中学三年のまいは、学校に迎えに来たママに「西の魔女が死んだ。」と告げられ、そのままママの車で魔女の家へ向かう。「西の魔女」とは、まいのおばあちゃん。英語教師として日本にやってきて、日本人のおじいちゃんと結婚したイギリス人だ。車の中で、まいはおばあちゃんの家で過ごした二年前の一ヶ月あまりのことを思い出す。

「魔女」「イギリス人」という非日常的なものが出てきたので、「典型的なファンタジーだ。この物語に入っていくのは苦労するだろう。」と覚悟を決めて読み進めると、意外や意外、そこには、懐かしいような、私のよく知っている世界が広がっていた。

二年前、中学に入学したばかりの五月に、まいは学校に行けなくなってしまった。ママは、まいをおばあちゃんのところで過ごさせることに決める。

おばあちゃんとの暮らしは、こんなふうだ。
裏山でバケツ三杯分もの野いちごを採ってきて大鍋でジャムをつくる。夕方には、ジャムの瓶に日付やジャムの種類を書いたラベルを貼る。それが終わると、おばあちゃんは裁縫箱を出してきて、まいのエプロンを縫ってくれる。
別の日には、大鍋を沸かしてグラグラと煮立てて布巾類を消毒する。大きなたらいに水と石鹸とシーツを入れ、足踏みして洗う。二人がかりで絞った後は、庭のラベンダーにふわっとかぶせて乾かす。
極めて平凡な暮らし。ただし、現代風ではないけれど。

そんなごく普通のおばあちゃんが、夕食後の手仕事の合間に、自分には魔女の血筋が流れていると語りはじめ、おばあちゃんの祖母に備わっていた特殊な能力の話をする。まいが学校で浮いてしまったのも、特殊能力を有する家系で注目されやすいからだと、おばあちゃんは言う。そしてまいは、魔女修行をすることになる。不安そうなまいにおばあちゃんはこう言う。

「・・・悪魔を防ぐためにも、魔女になるためにも、一番大切なのは、意志の力。自分で決める力、自分で決めたことをやり遂げる力です。その力が強くなれば、悪魔もそう簡単にとりつきませんよ。・・・」

まいが特殊能力を持っているかどうかはともかく、とても繊細な神経の持ち主であることは確かだ。以前パパが言った「人間は死んだら何にもなくなる。」という言葉に怯えている。それに気づいたおばあちゃんは、魂の話をしてくれる。そして魂はなくならない証拠に、

「おばあちゃんが死んだら、まいに知らせてあげますよ。」

と約束してくれるのだ。

おばあちゃんは本当に魔女なのだろうか、本当に死を教えてくれるのだろうか。
暮らしは平凡だけどイギリスの風習が混じり込んでいたり、流暢な日本語の中に時折「アイノウ」「マイディア」などの英語が呪文のように発せられるところが、独特の雰囲気を醸しだし、魔女であるのかもしれないと思わせる。

その魔女の死を知らされて、まいは、二年ぶりに戻ってきた。そこでのことはファンタジー?それとも現実?

まいのおばあちゃんに出会って、自分が「ファンタジーは苦手だ。」というのはちょっと違うと気づいた。「現実とファンタジーの境目がうまく書けている作品は大好き」だったのだ。


※日本の最近の児童文学の中では(そんなにたくさん読んでいるわけではありませんが)、今のところこれが一番気に入っています。小学生くらいの子供に読ませても、全く心配のない健全な作品で、また内容も普遍性があるので長く読み継がれていくのではないかと思います。「いじめ」までいかなくても、学校で疎外感を感じているような子に勇気を与えてくれるかも。文庫もあります。

『はなのすきなうし』 マンロー・リーフ・さく、ロバート・ローソン・え、光吉夏弥・やく

はなのすきなうし はなのすきなうし
マンロー・リーフ、ロバート・ローソン 他 (1954/01)
岩波書店
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本を開くと、表紙の明るい色から一転して、モノクロの世界が広がる。絵本らしからぬ地味なつくりだが、ちょっとユーモラスで個性的な挿絵が活きている。子供の頃からあったけれど、大人になってから、この感性に魅了されて好きになった絵本だ。

ふぇるじなんどは、牧場の片隅で花の匂いを嗅いでいるのが好きな雄牛。どんどん体が大きくなって、ひょんなことから猛牛だと勘違いされて、闘牛場に駆り出される。観客も、闘牛士達も、ふぇるじなんどがどんなに大暴れしてくれるかと、ドキドキしながら待っている。本当は、花の好きなのんびりした牛なのに。

ふぇるじなんどのことを一番良くわかってくれていたのはお母さん。ふぇるじなんどがまだ小さい仔牛だったときに、お母さんが尋ねた。

「どうして、おまえは ほかの こどもたちと いっしょに、とんだり、はねたりして あそばないの?」
と、おかあさんは ききました。
けれども、ふぇるじなんどは あたまをふって、いいました。
「ぼくは こうして、ひとり、はなの においを かいで いるほうが、すきなんです」

そこで おかあさんには、ふぇるじなんどが さびしがっていないことが わかりました。-うしとは いうものの、よく ものの わかった おかあさんでしたので、ふぇるじなんどの すきなように しておいて やりました。


一人でいることを容認し、好きなようにしておいてやる懐の深さは、人間のお母さんも見習うべきかもしれない。
学校では「みんな仲良くしましょう。」と教えられるから、一人でいることはいけないことなのかと思ってしまうことがある。だけど子供だって一人でいたいときもある。特に成長期には、各々の成長度合いが違うので、一人だけ取り残されているように感じたり、周りが子供っぽく見えたりすることもあるだろう。ちょっと「みんな仲良く」を一休みしたいことだってあるのだ。
一人でいる子を、「協調性のない子」と決めつけず、ゆったりと構えて見守ってやることも、時には必要ではないだろうか。

「話題が合わずに一人でいることになったらかわいそう。」という思いから、我が子に皆と同じおもちゃを買い与え、皆と同じ服を着せてやり、皆と同じテレビ番組を見せるようになる気持ちもわからないではない。(私も日本に帰ったら、きっとそういうことが気になるだろう。)
けれども、自分に皆と同じではないところがあることを感じたときに子供はどう対処するのだろう。同じでない子がクラスにいたら、どのようにお付き合いするのだろう。あまりに「一人でいるのはいけないこと」という呪縛に縛られすぎて、子供達が窮屈になっていないだろうか。
もちろん「みんな仲良く」するのも大切だけれど、「一人でいる」ことがあってもいいんだよと子供達には教えてやりたい。

『毎日を楽しく彩る折り紙―指先から伝わるぬくもりのインテリア』 日本折紙協会

毎日を楽しく彩る折り紙―指先から伝わるぬくもりのインテリア 毎日を楽しく彩る折り紙―指先から伝わるぬくもりのインテリア
日本折紙協会 (2001/10)
永岡書店
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「外国に行ったら日本の文化を知らないと恥ずかしい。」と言われるが、私たち庶民の外国暮らしでは、普段の生活で歌舞伎や茶の湯について質問されたりすることはほとんどない。知っておいて一番役立つ日本文化は、折り紙である。
“ORIGAMI”は、そのまま英語にもなっていて、本屋さんや図書館に行けば、“ORIGAMI”という題名のついた本が何冊か並んでいる。
ところが実際に折り紙を教えてみると、子供はもちろん大人でも、紙を半分にきちんと折るということの出来ない人が多い。ある幼稚園で折り紙を教えたときは、長方形の紙しかなく、先生に正方形に切って欲しいと頼んだ。縦にしたり横にしたり、矯めつ眇めつした後に「どうやって正方形にするの?」と聞かれたのには腰を抜かすほど驚いた。幼稚園の先生なのに正方形の紙が作れない!?
そんな有様なので、折り紙でささっと奴さんが折れるだけで「ラブリー!」、袴まで付けると「ゴージャス!!」と言われる。

私自身は、折り紙でも実用的なものを折るのが好きで、小さい頃から箱とか財布などを好んで作っていた。折り紙を教えるにしても、大人はこういうものを喜ぶのではないかと思い、日本からこの本を選んで持ってきた。この選択は大正解だった。但し、喜んだのはオーストラリア人でなく、私だった。

まず最初に役立ったのが、ご祝儀袋。日本人の知人の慶事があったが、こちらではご祝儀袋など売っていない。そこで、この本に載っていた鶴の形のご祝儀袋を折ることにした。本当は和紙で折ると素敵なのだが、それも当然入手できないので、ふつうのコピー用紙を使った。それでも折り上がってみれば、コピー用紙だったとはわからない立派なものになった。これを贈った知人もたいそう感心してくださった。

それから、子供が学校で手作りの帽子を被ってパレードをする事になったとき、ミッキーマウスのように耳のピョンと飛び出た帽子を折っていった。これは友達にも先生方にも好評だったようで、子供は「帽子を褒められたよ。」と喜んでいた。

また、時々戸外でピクニックをやるのだが、終わる時間が決まっておらず、持ち寄った料理をそのまま置いて帰ってくることがある。そんな時に、カレンダーの紙を使ってカゴやトレイを折って、それに載せて持っていく。食器を持ち帰る心配をしなくて良いし、焚き火をしている時は、最後にそのまま燃やしてもらえば良い。

当初はオーストラリアの人達に教えてあげようと思って選んだ本だけれど、オーストラリア人には難しすぎた。その代わり私には重宝だった。
実用的なだけでなく、紙の材質や色を選ぶと、洗練された美しいものができる。日本に住んでいれば、もっと楽しめるだろう。そういえば、日本の紙の質、種類の豊富さは、すばらしい。日本に住んでいる時には気づかなかったけれど、「日本の紙」は世界に誇れるものの一つだと感じている。


“Passage to Freedom The Sugihara Story” Ken Mochizuki (杉原千畝物語)

Passage to Freedom: The Sugihara Story Passage to Freedom: The Sugihara Story
Ken Mochizuki (2003/09)
Lee & Low Books
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子供達の学校の国語(つまり英語)のリーディング学習のシステムは、とても良くできている。一クラスが、五段階くらいのレベルに分かれ、授業でも、家でも、各段階の本を読む。本は何種類も用意されていて、それぞれの段階に色分けされたボックスにぎっしり入っている。持ち帰り用はそこから選んで借りてきて、読み終わったら別の本を借りてくる。中にはカセットテープ付きの本もあり、テープを聴いて正しく読む練習をすることもある。

町の図書館にも、このカセットつきの本のコーナーがあり、その中に日本人が主人公の本を見つけた。リトアニアの領事時代に、多くのユダヤ人の命を救った杉原千畝の物語である。

杉原千畝は、ナチスに追われポーランドから逃げてきたユダヤ人達に、ビザを発給したいと考える。日本政府に二度も“No.”と言われたにもかかわらず、またナチスからどんな報復があるかもわからないというのに、それでも個人の責任でビザにサインをすることに決めた。

それからというもの、千畝は寸暇を惜しんでビザにサインをし続けた。目がまっ赤になり、喋ることが出来なくなり、肩凝りがひどく、妻は毎晩肩もみをした。そして、千畝が疲れ切ってサインをやめたくなったときには、妻が「出来るだけ多くの人達の命を救いましょう。」と励まし続けた。転勤が決まっても、引っ越す道すがら、サインをし続けた。

後書きに書かれているが、命が助かったユダヤ人の多くが、このビザを家宝として大事に取ってあるそうだ。

オーストラリアの子供がリーディングの勉強を通じて、この物語を知ってくれたら嬉しい。
日本でも、英語の教材に杉原千畝の物語(この本かどうかは未確認)を使ったら、テストの平均点が良かったという話を聞いたことがある。感動を与える物語は、子供達の学習意欲を高める力もあるのだろうか。私は日本の英語学習については何も知らないが、日本人なら誰もが誇りに思うこのような物語は、英語学習に積極的に取り入れても良いのではないかと思っている。

『アーロン収容所』 会田 雄次

アーロン収容所 アーロン収容所
会田 雄次 (1973/01)
中央公論社
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11月11日11時に、オーストラリアでは第一次世界大戦で亡くなった方々を悼んで、黙祷を行う。今年は土曜日だったので、学校では前日の金曜日に黙祷を行ったという。夕食時に、そんな話題から日本の戦争に関する話になった。私は「本で読んだのだけど。」と前置きして、次のような話をした。

第二次世界大戦に負けて、戦地にいた日本人が収容所に入れられた。最初のうちは生きていくのに精一杯だったけれど、少し慣れてきて、監視も厳しくなくなると、捕虜達だけで劇団を作って、毎週お芝居をした。日本兵には、戦争前には、元々役者だったり、映画の助監督だったり、かつらを作る床山さんだったり、お芝居の看板を描く人もいたし、溶接工など大道具・小道具の職人にも事欠かない。麻袋をほぐしてかつらの材料にしたり、パラシュートの布を染めたり縫ったりして衣装をこしらえ、道具類も大がかりになってきた。とうとう舞台の上に洗面台が置かれ、蛇口をひねると水が流れる仕組みまで作った。

日本の戦前は前近代的だったわけではなく、かなり文化的な生活をしていたことがよく表れており、またどんな環境下でも各々の才能を発揮して協力し合うのは、日本人は「創意工夫」が得意で「和」の精神があったからだと思い、子供達に話したくなったのだった。

私は、この話を『アーロン収容所』で読んだ。この本は、会田雄次氏が収容所で体験した数々の出来事から、イギリス人の日本人に対する蔑視感情がわかるとして有名である。それで私はイギリス人気質のことばかりが書かれているものだと思って読み始めたが、実際には、同じくらい日本人気質についても書かれているし、オーストラリア兵、インド兵、ビルマ人、グルカ兵についての印象の記述もある。それらが、学者らしい考察と整理の仕方で、とても読みやすいものになっている。意外と簡単に読めてしまうが、どのページも考えさせられることばかりである。

この本に書かれているイギリス兵やオーストラリア兵の有色人種に対する感情や扱い方については、日本人からすると実に屈辱的で、読むのも辛いほどだが、会田氏が執筆をためらいながらも書き残しておこうと決めた価値は大きい。
また同様に、日本人気質についても辛辣に書かれていて、こちらからも目を逸らしてはならない。その典型的な例が次のような会話だ。

「米を配給しなくてよかったですよ。英軍から貯えた食糧があったら供出せよ、ビルマの難民に分配するのだといってきましたから。私たちの方はまだあったからよかったですが、菊(師団)か何かは兵隊に分けてしまっていたので、英軍からひどくパッチをはかされた(叱られたの意)そうです。」
「それはよかった。お役にたって。」
お役にたつとはビルマの難民に対してでなく英軍に対してである。


日本兵は忠節であった。その対象が何に変わろうと、ためらいなく新しい主人に忠節であろうとするものが多かったという。考えてみれば、そうして日本という国自体も、敗戦してすぐにマッカーサーの到着を歓迎するような空気ができ、旧敵アメリカを理想の社会として復興を進めてきたのではないだろうか。
そして今日の日本では、何かが流行ると、皆が一斉にそれまでのものを捨て去り、流行のものに殺到するという現象に繋がっているのではないかと思う。「長いものにまかれよ。」は日本人の性のようである。

「戦場と収容所」という章にも感銘を受けた。章の副題に「人間価値の転換」とあるように、戦場で活き活きとして尊敬されていた人間が収容所では平凡な存在になったり、逆に戦場で目立たなかった人が収容所ではリーダーシップを発揮したりするのだという。そこに書かれている具体例が実に観察眼鋭く、次の一文に説得力を与えている。

人間とは種々の型があり、万能の型というものはない。異なった歴史的条件が異なった才能を要求し、その型の人物で、傑出し、しかも運命に恵まれた人物だけが活躍した。古代の偉大な政治家も、現在では村会議員にもなれないかもしれない。現在のやくざの親分は、あるいは戦国大名になれたかもしれない。芸術家や学者でもそうであろう。

この名著の価値は私が言うまでもないが、「難しそうだ。」と手に取ることを躊躇している人がいたら、ぜひとも読むように薦めたい。冒頭に挙げたお芝居の挿話のように、収容所仲間からは「収容所生活をすこし楽しげに書きすぎた。」と批評されるような痛快な話も書かれていて、退屈な内容ではない。そのくせ、書かれていることの本質は深く、鋭い。





『おてんばエリザベス』 ブライトン・作 佐伯紀美子・訳 /“The Naughtiest Girl in the School” Enid Blyton  

The Naughtiest Girl in the School (Naughtiest Girl) The Naughtiest Girl in the School (Naughtiest Girl)
Enid Blyton (1999/04/15)
Hodder Children's Books
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オーストラリアに来て、最初のうちに困ったのは、日本語の本が手に入らないこと。それで、仕方なく地元の図書館で本を借りてきて読むことにした。学生時代は英語が好きではなく、「出来る限り英文は見たくない。」というほどだったのに、その時は本を読みたい気持ちの方が勝っていたのだ。

ある時、とても印象的な表紙のイラストが目に止まった。題名は“The Naughtiest Girl in the School”-『学校中で一番ノーティーな女の子』。
(挿絵はその時見つけたクラシックなこれが一番好き)
the-naughtiest-girl-in-the-school.jpg
これはおもしろそうだ!とピンときて、借りて帰った。予感的中。とてもおもしろい本だった。この本を読んで「な~んだ。英語を勉強したら、こんな本が読めるって教えてくれれば、ちゃんと勉強したのに。」と思った。英会話もいいけれど、本好きの子には本好きの子の英語学習があってもいいのではないだろうか。

題名に付いている“Naughty(ノーティー)”は、子供達から学校の話を聞けば、必ず出てくる単語だ。
「今日は男の子達がノーティーだったから休み時間に外で遊べなかったんだよ。」
「あの子はノーティーな子だから、椅子を投げたりしていつも怒られてるよ。」
この本の日本語版の題名は『おてんばエリザベス』だが、「おてんば」というと「活発な」という良い意味にもとれる。しかし主人公のエリザベスは、家で甘やかされ、我が儘に育って、気が強くて頑固。「おてんば」という表現ではやわらかすぎる気がする。「言うことをきかない」とか「反抗的な」という方が、近いのではないだろうか。

この我が儘娘が、全寮制の学校に入れられる。ここでは、生活全般のことが生徒会で決められ、審議される。家から持ってきたお小遣いも、金額の多少に関わらず全て生徒会が徴収し、必要に応じて振り出される。
「音楽の先生がピアノで弾いてくださった曲がすてきだったから、遊戯室で聴くレコードを買いたい。」
「学校の庭でレタスを育てたいからタネを買いたい。」
と申請し、審議されて通ったらお金を出してもらえるのだ。
我が儘に育ったエリザベスは、こんな制限された生活に反発を感じ、
「悪いことをしつくして、今学期で学校を辞めてやる!」
と息巻く。
ところが、この学校では、生徒が別の生徒の更正を促すという校風があり、エリザベスは徐々に「悪いこと」が出来なくなっていく。そして自分の意図に反して、学校が大好きになってしまうのだった。

要するに「悪い子が心を入れ替えていい子になる」というよくある話だが、イギリスの全寮制の学校の様子や、生徒と先生の関係、生徒がどのように自主的な生徒会運営をするかという点で、日本とは全く違う学校生活が描かれていて、とても興味深い。

この本の作者Enid Blyton(エニド-ブライトン)1897-1968は、600冊以上もの絵本、児童文学を書いていて、イギリス、オーストラリアでは知らない人はいないほどの児童文学の大家である。ところが日本では絵本のキャラクター『ノディ』くらいしか知られていないのではないだろうか。

児童文学では、今回ご紹介した『エリザベス』シリーズの他に『おちゃめなふたご』シリーズが翻訳されている。こちらも、全寮制の学校で活躍する双子の女の子のお話だ。
この年頃の女の子を扱った海外作品として、『赤毛のアン』や『大草原の小さな家』等と共に、もっと読まれてもいいシリーズだと思う。
舞台の時代が古いけれど、そんなことも関係なくなるような、活き活きした女の子達が活躍してくれる。それもそのはず。ブライトンは活き活きとした子供達を書くためには子供と接することが必要だと考えて、教師になったのだそうだ。

頑固な女の子、意地っ張りな女の子、気が強い女の子、そして正義感の強い女の子、そんな子にお勧めしたい。時代や国が違っても、エリザベスの良き理解者になるに違いない。


※こちらが日本語版。挿絵のイメージがだいぶ違って、ちょっと不満。エリザベスは、こんなに幼い印象ではなく、もっと小生意気な感じです。かわいらしくしないと、日本の子には受けないのかな?

『ユダヤ・キリスト・イスラム集中講座 宗教紛争はなぜ終わらないのか』 井沢 元彦

ユダヤ・キリスト・イスラム集中講座 宗教紛争はなぜ終わらないのか ユダヤ・キリスト・イスラム集中講座 宗教紛争はなぜ終わらないのか
井沢 元彦 (2004/11/20)
徳間書店
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オーストラリアに来て数ヶ月のイスラム教徒の知人が、突然キリスト教に改宗した。しばらくして、町の教会で「かつてイスラム教のテロリストだったが今はキリスト教に改宗した人」の講演があると聞いた。

一方、友人の中でも、仏教徒、ヒンズー教徒、それに私は、共通の友人に熱心なキリスト教(英国教会)の信者がいて、キリストのお話を聞く機会が多いが、否定もしなければ改宗もしない、したたか三人組である。

これは、一神教と多神教の違いによるものではないかと感じていたが、そもそも一神教について、あまりにも知識がないので、この本で勉強をしてみることにした。

前半部分に、ユダヤ教→キリスト教→イスラム教と誕生してきた経緯と、それぞれの違いが書かれている。そして後半は、各宗教のリーダー的な仕事をされている方へのインタビューで、主にお互いの宗教についてどう思っているかを聞き出している。

これを読んで、この三宗教が、いかに近いものかということがわかった。ユダヤ教のラビがインタビューで話していたが、ユダヤ教という母親の元に、キリスト教とイスラム教という二人の娘が生まれたという図式らしい。

私の理解で整理してみると、

◆各宗教の考え方
①ユダヤ教
まず最初に唯一絶対の創造神という考え方を生み出した。ユダヤ人はその神から撰ばれて救われる民族だという考え。
②キリスト教
「今までのユダヤ人しか救わないという考えは間違っていたから全人類が救われる新しい考えと交換した方がいい。」とキリストという姿で神が伝えに来た。だからキリスト=神である。人間でない証拠に死んだ後で復活した。だからイースター(復活祭)は大事な行事。
③イスラム教
ユダヤ教、キリスト教を経て、アラブではムハンマドという預言者(神の言葉を伝える人間)が、これこそが最終の教えであると、コーランを口述した。キリストはいたし、キリストの言葉は正しいけれど、それは数ある預言者の一人であって、神そのものではない。

◆それぞれの宗教の共通点
①ユダヤ教とキリスト教
自分達の創造神「ヤハウェ(エホバ)」は共通。イスラム教はイスラム教徒以外を豚や猿だと呼んだり、殺戮を認めるから、ムハンマドは預言者でないし、アッラーの神は「ヤハウェ(エホバ)」ではないという点で一致。
②ユダヤ教とイスラム教
唯一絶対神は一人しかいないはずだからキリストは神ではないという点で一致。
③キリスト教とイスラム教
ユダヤ民族しか救わないという宗教は間違いであり、全部の民族を救うというキリストの教えは正しいという点で一致。

インタビューからは、現代の経済、領土などの要素が絡んだ複雑な問題や、相手に対する疑心暗鬼などが垣間見られる。

このインタビューで「そういうことなのか!」と思ったのは、アメリカはイスラエルを擁護し、ユダヤ人の帰還を積極的に支援している理由について、ユダヤ教とイスラム教の両方から出ていた見方だ。
キリスト教では、イエスの再臨が信じられている。それは、全てのユダヤ教徒が一堂に会して、キリスト教に改宗したときに叶うのだという。その再臨を早めるため、まずはユダヤ教徒を集めようと、ユダヤ人の帰還を懸命に手助けしようとしているというのだ。
そしてこれについてユダヤ側は「意図はわかっているが、帰還を助けてくれるなら断ることもない。利用しよう。」、イスラム側は「キリストの再臨は自分たちも信じているけど、ユダヤを集めるのは自分たちの領土以外のところでやってくれ。」と考え、パレスチナで紛争が起きるらしい。

日本人として、一番興味深かったのは、インタビューに応じたユダヤ教、イスラム教のそれぞれの代表は、両者とも日本に住んでいらした方で、そのためか、他宗教に大変寛容なご意見をお持ちだということだ。

オマール(イスラム教)
 それから、宗教で強制してはいけないというのは、これはコーランの言葉なのです。みんな生まれつきの信仰を持っていて、生まれた環境で、キリスト教になったり、イスラム教になったりする。
 先ほど、私がイスラム教を本当に理解したのは日本に来てからと言ったのは、今まで持っていたものが当たり前に思っていたけれども、違うものがわかって、自分が持っているものが何かということを、そのとき初めて理解したわけです。他の人の文化を理解したから、おかげさまで、自分の持っている文化のよさを教えてもらったんです。自分の持っている信仰に、私は初めて気がついた。ですから、そこには対立は起こるはずがないんです。


ラビ・マーヴィン・トケイヤー(ユダヤ教)
 私は日本の伝統、文化、日本人の中に、非常に美しい人生観、概念、宗教を見いだしたのです。それは私たちユダヤ人が学ぶべきものであり、また世界が学ぶべきものです。ユダヤ人にとって日本人は友です。我々は日本人に対し尊敬の念を抱いています。
 この観点から見て、日本人が唯一の神を信じようと、2つの神を信じようと、たくさんの神を信じようと問題ではないのです。日本の中に見出される、それら尊いものは、尊敬に値します。それで充分なのです。

 
お二方とも、まるで多神教の信者のようだ。この本を読めばわかるが、一般の一神教信者は、ここまで寛容ではない。一つの神しか信じない人が、他人は他の神を信じても良いと認めるようになるだけでも、宗教紛争はかなり減るのではないだろうか。日本が、そうした考え方を吸収する場所となっているという事実に驚き、嬉しくもあった。

私は、この本を読むまでは、一神教が複数共存することは出来ないのだと思っていた。しかし、日本で柔軟性を身につけたオマール氏や、トケイヤー氏の言葉を読んでいると、不可能ではない気がしてくる。唯一絶対神はいるけれど、民族によって解釈や伝わり方が違うのだと考えれば良いのだ。そこで問題になるのが聖書の記述で、聖書に書いてある「敵」は「敵」のままだし、「裏切り者」は「裏切り者」のままだ。だが、トケイヤー氏は言う。

「キリスト教的な聖書の読み方」をしてはいけません。何もかも字義通りにとるのではない。私たちは聖書を学びますが、考古学的な資料や、歴史学の助けも借りながら読みます。

聖書の記述には、その時の政治状況や布教の効果を狙ったものもあるのだから、記述を盲信してはいけないということだ。これには頷かされた。
神は唯一絶対の存在かもしれないが、聖書は人間の手によって書かれて編集されているのだから、間違いや何らかの意図が入らないとは言えない。聖書は唯一絶対ではないのだ。その当時の信者や、布教活動に合わせて作られている。それが、その地域の、その周辺にいた民族(住民)への伝わり方であり、別の人達には別の伝わり方があってもいいと考えれば、争うこともないのにと思う。それをトケイヤー氏は、このように言い表している。

例えば太陽からは様々な光線がやって来ます。それらの光線を神道、仏教、ヒンズー教、ユダヤ教・・・などと考えることができます。またニルヴァーナ(涅槃)に至る道がいくつもあります。あなたの道もあれば、私の道もある。だから道は違っても、あなたの隣に座れるし、あなたも隣に座ってくれればいい、友人として。

こうした考え方が、日本で醸成されたらしいことは誇らしい。それも、日本が、彼らから尊敬されるような「伝統、文化、非常に美しい人生観、概念、宗教」を持っていたからである。
逆に、日本が彼らから学ばねばならないのは、自分たちの「伝統、文化、非常に美しい人生観、概念、宗教」を尊び、愛し、守っていこうとする熱意である。


追記
文中で、イスラム教の預言者「ムハンマド」と書くところを、うっかり間違えて「モーセ」(ユダヤ教の預言者)と書いていました。ご指摘を頂き修正いたしました。(H18.11.14)
教えてくださった方ありがとうございました。

『おとうと』 幸田 文

おとうと おとうと
幸田 文 (2000)
新潮社
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前回は姉妹のお話だったので、今回は姉弟のお話・・・。

ずいぶん昔から気になってはいたが、書店で手に取ってみては書棚に戻し、また書店に行っては手に取り、というのを何度繰り返しただろう。弟を一人持つ姉、自分と同じ境遇の私小説は、何だか気恥ずかしくて、いつも書棚に戻してしまうのだった。
姉弟とも家庭をもち、遠く離れた土地に住むようになった今なら読める。そう思って、長年の躊躇を振り払って読んでみた。

幸田文は、自分の祖母よりも年上のはずである。しかし、そんな世代差を感じさせない、活き活きとした文章で、日常生活の機微が描き出される。

題名になっているだけあって、弟碧郎への思いについての描写は随一である。姉ならわかる弟の素直さ、幼さ。それに反して、世間では「不良」といわれる弟の振る舞い。そのズレの間で、姉は弟によかれと思うことをなるべくさりげなく行おうと腐心し、弟は突っ張りながらも最後のところでは姉を頼る。こうした姉弟関係が、全編を通してくっきりと浮かび上がってくる。
姉が今で言うストーカーにつけねらわれたことがある。遊び歩いているため顔の広い弟が、町中に声をかけて姉を守ってくれたときの記述には、弟を誇らしく思う気持ちが溢れている。

複雑な家庭環境、ぐれていく碧郎を病魔が襲い・・・という、暗くなりがちな状況にも、なぜか健康的な明るさが感じられるのは、幸田文の気丈な性格が表れているのだろうか。

性格や文体はさっぱりとしているが、感性は豊かだ。時々、どきっとするような、誰もがわかっているのに誰も言い表せないような、見事な表現をする。例えば、碧郎が入院する場面をこう書く。

手押し車がすっと帰って行き、あたりがたちまちかたづくと、白い人達もすっと退いて行ったが、ひきかえのようにまた白い人たちがぞろぞろとはいって来た。院長先生の診察だと云う。碧郎は図太く寝たままで起きようともせず、枕の上から、「お願いします」と云った。ベッドのぐるりを白くとりかこまれて、げんは弟のからだを見てやることもできず、うしろのほうに控えさせられた。ほとんど無言の診察だった。

「白い」とは、実に上手い表現だと唸った。不安から看護婦さん達の姿形など意識していないのだろう。ぼんやりと白衣の色だけが目の端を動いているのだ。

本を読み終えて、私はいまだに、この十代の姉と同じことをしていると苦笑してしまった。遠くに離れて新しい家庭を築いていても、弟というものは心配でたまらない。私よりもずっと社会に貢献する仕事をしていても、ついつい口うるさく小言を言ってしまう。この本の主人公げんと同じように、父よりも、母よりも、弟を理解しているのは、同世代である私だと思ってしまうところがある。きっと、碧郎と違って、もう一家の主である我が弟は迷惑がっていることだろう。

『ねえさんといもうと』 マーサ アレキサンダー・え シャーロット ゾロトウ・さく

ねえさんといもうと ねえさんといもうと
マーサ アレキサンダー、シャーロット ゾロトウ 他 (2006/03)
福音館書店
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いとこ姉妹の妹の方が海外に留学することになったとき、私は叔母に「どうして海外に?」と聞いてみた。すると「いままでずっとお姉ちゃんの支配下にあって、逃れたい気持ちを持っていたんじゃない?」と言う。

留学を前に、姉妹揃って私の住んでいた北海道に遊びに来た。二人はとても仲が良くて、同じ家に親友が住んでいるようなものだと思った。姉も妹もいない私には羨ましかった。「お姉ちゃんの支配下?」「逃れたい?」と、とても不思議だった。

私に子供が生まれ、この叔母が「うちの子達はもう読まないから。」と絵本を送ってくれた。その中の一冊がこの『ねえさんといもうと』。本を開き、読み進めていくうちに、あの留学前の会話が甦った。

姉さんは、とても面倒見がよく、妹には何でもしてくれる。何でも知っていて、妹に何でも教えてくれる。妹は、姉さんは何でも知っているから困ることなどないと思っていた。

でも、あるひ、いもうとは ひとりになりたくなったのです。
「さあ」だの、
「ほら」だの、
「こうなさい」だの、
「だめよ」だの、
いろいろいわれるのに あきたのです。


そして妹は、こっそり家を抜け出し、はらっぱに隠れる。
そのうち姉さんの呼ぶ声が聞こえてくる。
妹は、姉さんがしてくれるはずだった、いろいろなことを思い出す。
一方姉さんの方は・・・

ねえさんは、のぎくのなかにすわりました。
よぶのはやめて しくしく なきだしたのです。


姉さんから逃れてみた妹と、逃れられてひとりぼっちの姉さん。どちらも、やはり姉妹は二人一緒でなくちゃと思っただろう。それは、妹が逃れてみて、はっきりとわかったこと。妹が姉さんから逃れるというのは、姉妹の通過儀礼なのかもしれない。

この本を読んで、ますます姉妹という関係が羨ましく感じられた。


『ごんぎつね』 新美 南吉

ごんぎつね ごんぎつね
新美 南吉 (1988/07)
大日本図書
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タイトルは『ごんぎつね』だが、これは新美南吉童話集である。

日頃、子供達が学校から借りてくる英語の本を見ていると、明るく楽しいものが多いことに気づく。日本の童話や児童書にある「せつない」という感情を抱かせるものは、ほとんど無いのではないだろうか。
『ごんぎつね』は日本情緒あふれるお話だから、ぜひとも子供達に聞かせてやりたいと、本を買うことにした。外国暮らしでは、本を買うにも費用やスペースを考えて、効率よい本選びをしなくてはならない。そこで、『ごんぎつね』だけの絵本ではなく、この童話集を買うことになった。

毎晩ひとつずつ読んで聞かせているうちに、私の方が感極まって言葉に詰まることが何度もあった。どのお話も「せつなさ」が漂う。
日本語の本を読むのが苦手な下の子も、涙ぐみながら聴いている。文字を追うのは苦手でも、日本人の心は育っているのだと、少し安心した。

「清廉潔白」の「廉」という名をもつ少年と近所の薬屋の家出をしていた年配の放蕩息子が、偶然同じ田舎道を同じ方向に歩いていく。「廉」という名の通り素直な少年の前で、薬屋の息子は、ぽつりぽつりと自分を語り、心が浄化されていく。二人が別れた後に、廉少年のところに薬屋のおじさん、つまり放蕩息子の父親が自転車で駆けつける。あと一歩のところで息子には会えなかったけれど・・・。(『うた時計』)

奉天大戦争で青木少佐は、古井戸に落ちたところを支那人親子に助けられた。いろいろと話すうちに、息子はいずれ日本に行って、同年代だという少佐の息子と友達になりたいと言うようになる。
退役後、少佐が日本で会社の上役になっていたところ、支那人の物売りが会社の受付に万年筆を売りに来た。支那人は青木少佐の顔をじーっと見つめる。支那人の持っている時計が、かつて自分を助けた支那人の息子にやったものだと気づいて尋ねる。「君、張紅倫というんじゃないかい。」支那人は否定する。
そして翌日、少佐にあてて無名の手紙が届く。なんと慎ましい、他人を思いやる気遣いを感じる手紙だろう。だけど、気遣いのためにこんなにせつない思いをするなんて。(『張紅倫』※手紙の続きを知りたい方は↓「追記を表示」を開いてください。)

中学生の頃に書いたという『巨男の話』は、『泣いた赤鬼』に通じる、外見は怖いけれど気は優しい巨男が主人公。
魔女や王女様が出てきて、まるで西洋のお話のようだけれど、命をかけても他人を救うという献身の形は、日本人の心に訴えかけるものだ。

これまで『ごんぎつね』と『手袋を買いに』しか知らなかったとは、勿体ないことをしていた。ずいぶん遅かったけれど、これらの童話に出会えて良かったとしみじみ思う。



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