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『海の翼 』 秋月 達郎

海の翼 (新人物文庫)海の翼 (新人物文庫)
(2010/01/05)
秋月 達郎

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友人のご家族がタイに駐在しており、先頃までの内戦に近い状態がやや治まったことにほっとしている。
外国で危険な事態が発生した際、在外邦人救出の目的で自衛隊機・艦船を派遣することは法律上できず、現在、自民党がプロジェクトを立ち上げ法改正の検討を始めたばかりだという。今のままで有事が起きれば、またイラン・イラク戦争当時のようなことになってしまう。

イラン・イラク戦争の時、イラクのフセイン大統領がテヘランへの無差別攻撃を宣言。各国が自国民を救出すべく、定期便の座席は優先的に自国民に割り当て、特別便を飛ばしてくる中、邦人は乗るべき航空機が無かった。定期便はなく、自衛隊機は法律に阻まれて派遣できない。勇気ある機長の申し出にも拘わらず、組合の反対で民間機も使えなかった。

このような状況で、日本人のためならと、航空機を飛ばしてくれたのはトルコ政府である。

「いつの日か必ず日本に恩返しをしなければならない」

と、百年も思い続け、伝え続けてくれたトルコの国、トルコの人々。
百年も伝え続けてくれ、命をかけて恩返しをしてくれるほどのこととは、何だったのだろう?
それは明治初期のこと。日本近海で遭難したトルコのエトゥールル号の乗員達を日本人が救助したのである。そう聞いただけでは、なぜ百年も?との疑問が残るだろう。私はその逸話は知っていたが、こうして小説になったものを読んでみると、救助に携わった小さな島の島民達の献身ぶりに改めて驚き、トルコの人達の感謝の理由がよくわかる。
また逆に、潔く日本人の救出を優先してくれたトルコの人々の比類ない優しさにもさらに驚かされる。

このようなトルコとの温かい交流があったことは、全ての日本人に知って欲しい。学校教育のなかでも教えて欲しい。
そして今度はこの日本で、

「いつの日か必ずトルコに恩返しをしなければならない」

と百年でも二百年でも伝えたい。

また私たち日本人の祖先の善行が、百年後の他国の政治判断まで動かしたことにも感謝し、私たちも子孫に恥ずかしくない日本人にならなければならないと思う。
そのためには、危険なことは他国に任せっぱなしという現状も変えていかねばならない。あの時、トルコ政府やトルコの人達の親切に甘え、とても恥ずかしい国であったという反省も必要だと、この本を読みながら痛切に感じた。
自民党の進める法整備が、速やかに行われることを願いたい。

この小説では、エルトゥールル号の海難事故とイランからの邦人救出に加え、日露戦争でのトルコとの繋がりも描かれ、厚みのある内容になっている。史実を淡々と書いているだけではなく、小説としてのドラマチックな展開もあり、誰にでも堅苦しくなく読めるだろう。気軽に手に取り、是非ご家族皆さんで読んでみていただきたい。
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『ジーキル博士とハイド氏』 スティーヴンソン

ジーキル博士とハイド氏 (新潮文庫)ジーキル博士とハイド氏 (新潮文庫)
(1967/02)
スティーヴンソン

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時と場合によって、まるで別人のような言動や行動を取ることを「ジーキルとハイドみたいだ」などというが、実際にこの物語のような異常事態に陥ることはまずない。

人は誰でも一面的でなく、献身的な人でも自分が損をするのは嫌だと思う瞬間があったり、穏やかな人ほど怒ると怖かったりする。そして大抵は、自分でもいろいろな面を持っていることを自覚し、なんとかやりくりしながら生きている。通常「ジーキルとハイドみたいだ」と言われる人でも、自分の中で葛藤しながらやりくりをしているものだ。

ジーキルは、そのやりくりができない性分であったのだろう。良い自分は悪い自分と一緒にいることを許せない。悪い自分は良い自分から行動を制限されるのを嫌がる。自分の多面性を自分で管理し、やりたいときにやりたいことができる環境を作り出そうとしたのだ。

悪い自分を良い自分の自制心で抑えているから何とかなっているバランスを、ジーキルは大きく崩し、取り返しのつかない結末を迎える。しかし、現実の世界ではジーキルのような極端な考えを持つ者はいないから、個性のある名作として読み継がれてきたのだろう。

ところが、現実にはいないと思っていたジーキルのような人物を、私はこの一年余り、報道を通してずっと見てきた。この人、鳩山首相の言動を見聞きする度に、全くジーキルのようだと思っていた。
自分は善人である。人の嫌がることは言わないし、やらない。良い人ならではの耳障りの良い発言をしなければ・・・。そのように、どの方面にも良い自分しか向けることなく何ヶ月も過ごして来て、とうとうバランスを崩し、ハイドの部分にお出まし頂くことになったようだ。
利害関係が対立する案件が山積みの国政において、どの方面にも良い顔をするなど、不可能なことだとわからなかったのだろうか。ジーキルのような私人であるなら、どのような不幸な目に会おうと自業自得だが、公人がそんな妙なポリシーのために国を危うくすることを私は許せない。結果的に国を危うくしたのだから、国民にとっては「良い人」などではなく、せいぜい「人がよい」だけだったのだ。

人は「良い」部分だけで生きていくことはできない。それを目指した途端にどんなことになるか、ジーキルとハイドははっきり教えてくれている。これも今になって「学べは学ぶほどよくわかった」などと言うのだろうか。もっと早くに、せめて政治家になる前に学んでおいて欲しかった。

『非常識家族』 曽野 綾子

非常識家族 (徳間文庫 そ 5-5)非常識家族 (徳間文庫 そ 5-5)
(2010/04/02)
曾野 綾子

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主人公の大介は浪人生。
大介が言う「変わっているうちの一族」の筆頭は、祖父である。
電車に乗れば大声でさまざまな品評を行う。女子中学生を見て
「まだルーズソックスなんてはいてるんだな」
レギンスをはいた女性が乗ってくると
「股引きだ」
二人分の席を占領している若者には、一歩も譲らず、席を詰めるよう交渉する。
セールスの電話に何と言って撃退しようかと、楽しみに待ちかまえている。
振り込め詐欺さえ、このおじいちゃんにかかるとタジタジだ。
そんな元気なおじいちゃんなのに、
「駅の階段を駆け上がると最後の五段で息が切れる。」
と言って病院に診てもらいに行く。

これが自分の祖父だったら、ちょっと恥ずかしいかもしれないが、でもこのおじいちゃんは「非常識」なのだろうか?
靴下をグズグズに弛ませているセーラー服姿、怪しい相場物を薦めてくるセールス、老人が前に立とうと席を譲らない若者・・・非常識なのはどちらだろう。
ユーモア溢れる曽野綾子さんの書かれたものだから、「非常識」なのは家族の方ではないでしょう?と思わせる、逆説的な題名になっているのである。

しかし、これを読む人の中には、なぜこれが面白いのかわからない若者もいるかもしれない。「こんな失礼なおじいさん、非常識ねっ。」と思う人がいるかもしれない。
そういう人が何割かでもいるから、このような小説、このような題名が成り立つのだ。
塩野七生の『サイレント・マイノリティ』、三島由紀夫の『不道徳講座』『反貞女大学』、などに似たコンセプトと名付け方だ。どの作品にも、「本当はこちらが常識なのにこんな世の中になってしまって・・・」という作者の自負と憂いとアイロニーが感じられる。

とはいっても、上から見下した堅苦しい論評などではなく、ユーモア小説に仕上げたのがすばらしい。

大介たち「変わってる一族」に最もバカにされているのが、「東大」である。
大介の伯母の夫は、東大工学部電気科卒なのに家のヒューズが換えられない。
もう一人の伯母の夫は、東大法学部卒なのにトマトケチャップとトマトジュースの違いがわからない。
そして伯母さんたちから「東大」は、こんなふうに言われている。

「東大は決して反省なんかしませんよ。あの大学の特徴は、決して反省しないところだからね」

祖父は大介に、東大法学部の悪口を法学部卒の人に言っても大丈夫だと言う。

「大丈夫だ。法学部には何を言っても平気だ。」
「やっぱり秀才なんだね。」
「違う、奴らは自分がバカかもしれないと思ったことが一度もないから、人が何を言っても平気なんだ。相手の方が間違っていると思っているから鷹揚にニコニコしてる」


進学する中学や高校を選ぶときに、東大合格率が目安となり、週刊誌までが特集を組む昨今である。その週刊誌の代わりに、この『非常識家族』を読んでみると、もしかしたら人生は変わるかもしれない。それも楽しい方へ!

『坊っちゃん』 夏目 漱石

坊っちゃん (新潮文庫)坊っちゃん (新潮文庫)
(2003/04)
夏目 漱石

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今の子供達はつくづく幸せだと思う。私の子供の頃に比べて、読み応えのある児童書や中高生向けの小説がたくさんある。かつては小学校の高学年から中学生の読むものは本当に少なかった。子供達が新しい作家の本を見つけ、次々とそのシリーズを読んでいくのを見て、うらやましいと思う。

「でも・・・」と時々思う。選択肢が豊富にあることで、古くからある名作を読まないままになってしまうことが残念だ。読むことを薦めても、「だって古くさいんだもん。」と言う。ぱらぱらとめくって、言葉や情景が古くさいからきっとおもしろくないだろうと思いこむのは勿体ない。『坊っちゃん』なんて落語みたいにおもしろいのに・・・。

そんなことをこぼしていたら、文学にたいへん造詣の深い方が、
「『坊っちゃん』を読み聞かせたらいかがですか?」
と提案してくださった。なるほど!と、さっそく毎晩夕食後のひととき、『坊っちゃん』を少しずつ読んでみることにした。
するとこれが大当たり。子供達はゲラゲラと笑いながら聴いている。私が読むのを忘れていると、
「ねぇ、『坊っちゃん』!『坊っちゃん』!」
と催促される。
下の子など、あまり『坊っちゃん』に夢中になり過ぎて、フィギュアスケートのコーチの名前を「ゾナモシ」だと勘違いしたくらいだ。(正解は「モロゾフ」)

読んでいる私も、威勢の良い文章に乗っかって、調子よく啖呵が切れるようになってくる。
そして『坊ちゃん』は黙読より音読こそがふさわしい読み方なのではないかと思えてくる。
例えば、生徒にいたずらを仕掛けられて悔しがるこんな場面。

正直に白状してしまうが、おれは勇気のあるわりあいにちえが足りない。こんなときにはどうしていいかさっぱりわからない。わからないけれども、けっして負けるつもりはない。このままにすましてはおれの顔にかかわる。江戸っ子はいくじがないといわれるのは残念だ。宿直をして鼻たれ小僧にからかわれて、手のつけようがなくって、しかたがないから泣き寝入りにしたと思われちゃ一生の名折れだ。これでも元は旗本だ。旗本の元は清和源氏で、多田の満仲の後裔だ。こんな土百姓とは生まれからしてちがうんだ。ただちえのないところがおしいだけだ。どうしていいかわからないのがこまるだけだ。こまったって負けるものか。正直だから、どうしていいかわからないんだ。世の中に正直が勝たないで、ほかに勝つものがあるか。かんがえてみろ。今夜じゅうに勝てなければ、あした勝つ。あした勝てなければ、あさって勝つ。あさって勝てなければ、下宿から弁当を取り寄せて勝つまでここにいる。おれはこう決心したから、ろうかのまん中へあぐらをかいて、夜のあけるのを待っていた。蚊がぶんぶん来たけれどもなんともなかった。さっき、ぶつけたむこうずねをなでてみると、なんだかぬらぬらする。血が出るんだろう。血なんか出たければ勝手に出るがいい。

坊ちゃんはこの通り、単純で喧嘩っ早いけれど、育ててくれた清への愛情や感謝の気持ちもあちこちに散りばめられている。清の出てくる場面になると、自分の読み方も心持ち優しい声色になっている。

『坊ちゃん』を読み聞かせる。そうすると、約百年も前に書かれた物語が、目の前で活き活きと動き出す。もう「古くさい」なんて誰も言わない。
『坊ちゃん』の読み聞かせ、試してみませんか?

『新世紀のビッグブラザーへ』 三橋 貴明

新世紀のビッグブラザーへ新世紀のビッグブラザーへ
(2009/06/23)
三橋 貴明

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ライトノベル風というのだろうか、この若者ウケしそうな小説を読んだ人の感想は、大雑把にいって三つのタイプに分かれると思う。

タイプ1:政治にあまり関心がない
「何だかできそこないのアニメみたいじゃない?主人公のススムって“古代進”のパクリでしょ?自分の住んでいる地域を防衛するとかなんとか・・・“宇宙戦艦ヤマト”に似てるけど、でも舞台はアジアの一部でスケール小さいわね。」

タイプ2:テレビや新聞で政治のこともそこそこ知っている
「まぁまぁのパロディってとこね。フクシマキヨミなんていう聞いたことがあるような名前の人物が人権を声高に叫ぶ場面にはちょっと笑えたけど、中国、韓国、北朝鮮、日本が一つの連邦になっちゃうって話は荒唐無稽すぎてついていけないわ。」

タイプ3:インターネットで積極的に政治の情報を集める
「 帯には『起こりうる現実を描いたシュミラフィクション』って書いてあるけど、過去に起こった事実や今進行中の事実の記述が半分くらいを占めているわ。
“東アジア共同体”“日本列島は日本人だけの所有物ではない”という鳩山首相の理念を、中国に訪問して自らを“人民解放軍の野戦軍司令官”だと宣う政治家の主導で進めていったら、日本はこうなってしまう!
私たち日本人にとっては、ジョージ・オーウェルの『1984』よりずっと現実味を帯びた恐ろしい近未来小説だわ。」

話の筋は意外と単純で、大アジア人権主義市民連邦に住むススムが、MIKIという美少女の助けを借りて、世界と遮断された連邦の情報環境を変えようと奮闘する物語である。
〈タイプ3〉の人が読めば、これもあり得る、あれもあり得る、という状況ばかりが次々と出てくる。背筋が凍るような恐ろしい話ではあるのだが、よくここまでシュミレートして小説の形にまとめ上げたものだというおもしろさもあり、引き込まれてしまう。

だが実際のところ、作者が本当に読んで欲しいのは、<タイプ1>や<タイプ2>の人たちではないだろうか。テレビや新聞からの情報しか知らないある意味「純粋無垢な」人たちへ、わかりやすく日本の現状を教えてくれようとしているのだ。

本書の冒頭では、ある男性がセールスマンの売り込みにきたデリバティブ(金融関連商品)の購入を断っただけで、セールスマンへの差別だとされ、人権侵害という犯罪の疑いで、人権擁護委員から家の中のパソコンや書類を押収されてしまう場面が出てくる。
普通の感覚なら、こんな馬鹿な話はあり得ないと考えるのが当然だろう。しかし、その馬鹿な話が可能になる法案が、自民党によっても民主党によっても既につくられているのだ。そのことを知らされていない「純粋無垢な」人の方が、今の日本には多いのではないだろうか。

しかし、つい最近になって、この物語が絵空事でないと、誰もが気づくような報道もあった。
中国の情報統制に嫌気が差して、グーグルが中国市場からの撤退も辞さないと宣言したのだ。
ススムの住む「情報が閉鎖されたイントラネット社会」は、彼の地ではもう現実になっている。

それ以外にもこの物語の中には、一般にはあまり報じられていない事実や真実が多く隠されている。

この物語では、架空(?)の「アサヒメディア」がプロパガンダを発信する媒体として槍玉に上がっている。しかし他のメディアやネット情報に触れているからといって、安心してはいけない。

新聞は『日経新聞』と決めている。
『天然生活』や『クーネル』(私もこれらを愛読していますが)を読んでのんびりまったり平和が一番だわ~と思っている。
韓流にはまって今でも韓国ドラマや韓国スターばかりを追っかけている。
読書と言えばコミック三昧。
インターネットでは芸能情報しか見ない。
ネットと言えば「クックパッド」と料理ブログばかり利用している。
愛する子供のために教育サイト「インター・エデュ」のチェックは欠かさない。

これらに当てはまる貴方、知らされていない大事な情報はありませんか?
一日でささっと読んで情報格差をキャッチアップできる『新世紀のビッグブラザーへ』を、とりあえず騙されたと思って読んでみませんか?


※『新世紀のビッグブラザーへ』に出てくる事実に関連すると思われる本を、拙ブログでも何冊か紹介したことがありますので紹介いたします。題名をクリックすると、記事に飛びます。

『大地の咆哮 元上海総領事が見た中国』 杉本 信行
『「南京事件」日本人48人の証言』 阿羅 健一
『「反日マスコミ」の真実』 西村 幸祐
『生活者の日本統治時代―なぜ「よき関係」のあったことを語らないのか』 呉 善花
『萬犬虚に吠える―教科書問題の起こりを衝く』 渡辺 昇一
『閉された言語空間―占領軍の検閲と戦後日本』 江藤 淳
『民間防衛 新装版―あらゆる危険から身をまもる』
『ダライ・ラマ平和を語る』 ルイーゼ・リンザー
『WiLL (マンスリーウィル) 2008年 05月号』
『赤い大地黄色い大河―10代の文化大革命』 アンコー チャン 
『日本の島々、昔と今。』 有吉 佐和子


※著者の三橋貴明氏は、情報格差をなくそうと様々な活動をされており、2月には「メディアパトロールジャパン」という新しいタイプの報道メディアを何人かの方々と立ち上げるそうです。
詳しくはこちら→「メディアパトロールジャパン」

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