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『ビルマの竪琴 』 竹山 道雄

ビルマの竪琴 (偕成社文庫 (3021))ビルマの竪琴 (偕成社文庫 (3021))
(1976/02)
竹山 道雄

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子供の机にあった『ビルマの竪琴』を何気なくパラパラとめくっているうちに、最後まで読んでしまった。子供の頃一度読んだはずなのに、読みながら感じることや考えることが、子供の頃とは全く違うことに驚きながら。

かつて読んだときには、「ビルマ僧は水島なのか?」という推理小説的な謎にばかりが気になっていた。水島はビルマ人に見えるということが鍵だと推測し、「水島とビルマ僧は実は双子だった?」とか「自分に似ているビルマ人を好きになってしまった?」などと、想像力を存分に膨らませていた覚えがある。その結果、本筋を忘れて読んでいたらしい。
また、当時から今までに読んだ別の本や様々な情報が、この本の理解を違ったものにしている。

(ここから先は、いわゆる「ネタバレ」もありますので、内容の知りたくない方は、ここまででお止めください。)

これまでに読んだ本の中でも、同じビルマで収容所生活を送っていた会田雄次氏の『アーロン収容所』は、理解を厚みのあるものにしてくれている。他の収容所に比べると、やや「気楽」と思われるような収容所生活の裏で、収容所に辿り着くまでの命がけの逃避行があり、その途中で命を落とした大勢の兵士たちがいた。そして彼らの御遺体はジャングルの中にうち捨てられ、金目の所持品が略奪されていく。このような事情を知った上で、『ビルマの竪琴』を読むと、「水島の手紙」の意味するところがとてもよくわかる。
亡くなった兵士達の御遺体を放っては置けないという気持ちがあふれ出て、ビルマは仏教国であるし供養をしてあげられれば・・・と、水島が思ったのであろうことが理解できる。

ビルマには供養してくれる僧が現れた。しかし・・・と今の私は本の内容を超えて、他の地域で亡くなった人々のことも考える。
収容所の様子が全く違うシベリアで亡くなった人たちは?
国内で戦いながら遺骨が未だに収集されていない硫黄島の人たちは?
世界各地に未だ遺骨も戻らない旧日本兵たちがたくさんいるが、現地で供養してくれる人はいない。
出陣していって帰らなかった人たちの霊は、やはり靖国神社に祀ることが必要だし、もっともふさわしい場所であると、この本を読みながら、とても納得した。本には靖国のことなど書かれていないのに、それしか慰霊の方法は無いという思いに至った。現地で弔ってくれる人がいなければ、後は靖国しかないのではないか、と自然にそう思えた。彼らは生前、靖国に戻るつもりで出て行ったのだから。

もう一つ、以前読んだときに気づかなかったのは、著者の戦後社会に対する思いが吐露されている部分だ。そこだけが物語から離れて、独立しているような印象の文章になっている。

わたしはよく思います。-いま新聞や雑誌をよむと、おどろくほかはない。多くの人が他人をののしり責めていばっています。「あいつがわるかったのだ。それでこんなことになったのだ」といってごうまんにえらがって、まるで勝った国のようです。ところが、こういうことをいっている人の多くは、戦争中はその態度があんまりりっぱではありませんでした。それがいまはそういうことをいって、それで人よりもぜいたくなくらしなどしています。ところが、あの古参兵のような人はいつもおなじことです。いつももくもくとして働いています。そのもくもくとしているのがいけないと、えらがっている人たちがいうのですけれども、そのときどきの自分の利益になることをわめきちらしているよりは、よほどりっぱです。どんなに世の中が乱脈になったように見えても、このように人目のつかないところでもくもくと働いている人はいます。こういう人こそ、ほんとうの国民なのではないでしょうか。こういう人の数が多ければ国は興り、すくなければ立ちなおることはできないのではないでしょうか。

戦後の世論や風潮に対するこうした忸怩たる思いは、『葡萄色のノート』『遠い日の戦争』の中にも見られる。戦時中に一生懸命やってきた人への批判や中傷が、戦後まもなくは少なくなかったということに、現代の私たちは気づかなければならないと思う。

もう一つこの文章には、大きな地震・津波被害と原発事故に遭い、何かに負けたような気分になっている今の日本人たちに響くものがあると感じ、ここだけが物語から浮き上がって、こちらに寄ってくるような気がしたのである。

多くの人が他人をののしり責めていばっています。
けれど
どんなに世の中が乱脈になったように見えても、このようにもくもくと働いている人はいます。こういう人こそ、ほんとうの国民なのではないでしょうか。こういう人の数が多ければ国は興り、すくなければ立ちなおることはできないのではないでしょうか。

この文章の後には、兵士達が、日本に帰ったらどのような暮らしをするかを考える場面が続く。もくもくと働き、それにささやかな誇りをもっている庶民の暮らし・・・。
物事を決めるような権限をもっていない普通の国民にできることは、「もくもくと働くこと」なのだと、改めて教えられた気がした。

子供の夏休みの読書にも良い本であるが、かつて読んだことのある大人も、もう一度読んでみることをお勧めしたい。

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『ぼくのじしんえにっき』 八起 正道・作/伊東 寛・絵 (再掲)

東日本大震災が起き、二週間になろうとしています。
震災で亡くなられた方のご冥福をお祈りし、被災された方々にお見舞い申しあげます。
まだ充分な支援が受けられていない方々に、暖かい場所と温かい食べ物がどうか早く届きますように、関係者の皆様、よろしくお願いいたします。

地震発生後、この記事へのアクセスが急増しましたので、再掲いたします。
元記事は2007年に書いたもので、今回の地震を踏まえた内容ではないこと、リンク先が消滅しておりますことを、ご了承ください。

以下は、過去記事です。
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ぼくのじしんえにっき ぼくのじしんえにっき
いとう ひろし、八起 正道 他 (1994/07)
岩崎書店
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「子供達への年賀状」という題名で、作家の曽野綾子さんが昨日の産経新聞(1月4日「正論」)に子供達への提案を書かれていた。とてもわかりやすく書かれていて、子供も大人もこれを読んで今年1年の過ごし方を考えるのも良いのではないかと思った。現実主義の人、家族はなにより大切だと思っている人、人間は「心」だと考えている人、甘やかすことより自立を促すことが必要だという考える人には、きっと納得のいく提案だと思う。
「優しい英雄になるために6つの提案」と副題がついていて、子供達に語りかける柔らかい言葉で書かれているので、それぞれの提案の最初の部分だけそのまま取り出してみる。

第1は、ある日曜日に、朝飯と昼飯を抜いてみてください。
第2には、一家でご飯を食べる時にはテレビを消す、という決心です。
第3に、毎日、少しずつでも本を読むこと。
第4に、うちのお手伝いをしてください。
第5に、荷物を持って歩けること。
第6に、優しい同情の心を持てる人になること。


本当は、これらの後にそれぞれ続く文章に味わいとユーモアがあってとても良いのだが、ここでは、私が今日紹介する本を思い出すきっかけとなった文章だけを引用する。

料理が自分でできなければ、人間は飢えに苦しみ、不衛生による感染症で死滅するからです。いつでもコンビニやデパ地下で、おかずを売っているという保証はありません。地震があって停電になれば、そうしたものは、明日から売り場に出なくなります。災害の日から、パンを配給できる国なんて、世界でほとんどありません。皆、自分で工夫して生きていくのです。子供だからって毎日の生活の責任を、全く担わなくていいということはありません。

曽野綾子さんは常々、人間は危険予知能力を養い、危険への備えをしておかねばならないとおっしゃる。その言葉は、戦争の体験、ボランティアや取材で目の当たりにした発展途上国の現状に裏付けされた重みのある言葉だ。国の危機管理について語られることの多い昨今だが、一般市民の私たちはまず個人の危機管理を行うべきではないかと気づかされる。

阪神淡路大震災や火山の噴火などの体験者は別として、子供達に「危機管理」「災害への備え」などと言っても、「何それ?」という感じだろう。大人の私だって、言葉でわかっていても具体的にどういうことが起こるかほとんど想像できない。

この『ぼくのじしんえにっき』は、地震の起きた地域の様子が刻々と実にリアルに描かれる。

物語は、地震が起こる前、おばあちゃんとおかあさんの喧嘩から始まる。お風呂の水の入れ替えなどという些細なことで言い合いをする。そしておばあちゃんが、いかに年寄り的な考えに毒されているかが披露される。動物が鳴くと「何か起きるんじゃないか。」と年寄りの取り越し苦労をするし、食べ物の好き嫌いは「もったいない。」と許してくれないし、「車やクーラーはエネルギーの無駄で贅沢だ。」といいながらお風呂の水は毎日入れ替えたり部屋に缶詰を溜め込んだりして年寄りの贅沢を楽しんでいる。一瞬、これはユーモア小説なのではないかと錯覚してしまうような始まり方だ。

地震が起きると、そんな年寄り臭い考えが、自分たちの飲み水や食料を確保していてくれたことがわかり、状況が悪化すればするほど、おばあちゃんの知恵が活かされていく。「情けは人のためならず」などという諺も教えてくれながら、被災地での暮らし方を主導していったのはおばあちゃんだ。

家庭の外でも、どんどん被害が広まっていた。水や食料をめぐる喧嘩、犯罪、伝染病の蔓延。悲しく、残酷で、怖いことが次々起こるが、それが現実なのだ。知っていなくてはならないことだ。

「怖くて読むのを止める子がいたら困る。」と作者が考えたのかどうかはわからないが、子供の日記という体裁をとっているため子供らしい素直な表現で書かれているので、必要以上に恐怖感を煽ることなく、自然と先が気になって読み進められる。

また淡々とした文体で、家族愛や生と死について語られているところも好感が持てる。家族愛の中でも、特に強調されているのは「お年寄りの経験を尊重しましょう。」ということだ。日記の最後にはこう書かれている。

 テレビで、「あと六十年は、じしんのしんぱいはありません」っていっていた。
 ぼくがおじいさんになるころ、またじしんがくるんだ。そのときは、ぼくがおふろを毎日そうじして、水をいっぱいためて、かんづめをかっとくんだ。


曽野さんの提案は、六十年に一度のことを疑似体験して、それに備える心構えと技術を養っておこうということだ。子供達だけでなく、豊かで平和な時代に生まれ育った私たち皆への年賀状だと考えてもよいのかもしれない。

『三月ひなのつき』 石井 桃子・作/朝倉 摂 ・絵 (過去記事) +平成22年の戯言

三月に入り、女の子のいる家にはお雛様が飾られていることだろう。
この本を初めて紹介した頃は、「女らしさを押しつける」として学校で「雛祭り」を行わないよう呼びかけるパンフレットが文科省の委託団体によって作られていたそうだが、最近ではそのような日本文化の否定という非常識は是正されたのだろうか。子供の学校では、お雛様が飾られたり、雛祭りの由来についてのお話があったりする。

雛祭りは、日本の伝統文化であり、またこの本にあるように家族の歴史と繋がっていることも多いのではないだろうか。
戦争で焼かれてしまった思い出のお雛様、なかなか買えない中での高価ではないが心のこもったお雛様・・・。
私の家では、父の病状が悪化して、父母が揃って最後に電車に乗って出かけた先が御人形屋さんだったと、母が教えてくれた。我が子、つまり孫娘のための初節句の御人形を選びに行ってくれたのだ。

日本の人形作りは世界に誇るものだと思う。
何枚もの布を重ねて美しい衣装を作る色彩感覚、筆一つで微笑むような表情をつくれる技、そして小さくても本物に負けないどころか本物よりも精巧で美しいつくり。私たちは当たり前のように思っていることも、外国の人に見せると「信じられない!」と絶賛を浴びる。
このような手先の器用さや美的感覚は、人形作り以外でも、末永く日本の得意分野として持ち続けたいものだ。

また雛祭りに、ひなあられや桜餅、菱餅などを頂くことも子供達の楽しみの一つである。
クリスマスにはブッシュドノエルやパネットーネ、シュト-レンなど各国の伝統的なケーキやパンが手に入るようになったというのに、雛祭りに雛ケーキを食べ、日本の伝統的な御菓子を選ばない傾向があるというのは寂しい限りだ。
みなさん、今年は雛ケーキをやめて、和菓子にしてみませんか?

以下は、過去の紹介記事です。

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三月ひなのつき三月ひなのつき / 石井 桃子、朝倉 摂 他
 
幸せなことに私も我が娘も、初節句の時から雛人形を持っている。私の時は母方の祖母が、娘の時は私の両親が選んでくれた。どちらの時も、これと決めるまでに御人形屋さんの店内を何周もして、一番良い顔の人形を選んでくれたらしい。「自分の孫には納得のいく御人形を。」という気持ちが嬉しい。

自分の子や孫に雛人形を選ぶときは、誰しも同じような気持ちを抱くのだろう。
この『三月ひなのつき』のよし子は、十歳になるのにお雛様を持っていない。おかあさんの気に入ったお雛様が見つかるまで買ってくれないからだ。

おかあさんは、自分が子供だった頃に持っていたお雛様が忘れられない。おかあさんの祖母が、隣に住む人形づくりのおじいさんに頼んで作ってもらった特別のひと揃いは、女の子なら誰でも欲しくなるようなつくりになっている。

他にはない魅力のひとつは、木でできた箱の中に全部一式が入っていて、外箱と御人形が一つ一つ入っている内箱を組み合わせて、ひな壇を成すことだ。だから外箱の引き戸には美しい春の絵が描いてある。一つの箱に全てがきちんと収まっていて、こぢんまりとした檀飾りができるというのは、豪華な大きいものよりも愛着が沸いて好きだという女の子が多いのではないだろうか。

もう一つの魅力は「小道具一式」。私も自分の雛人形を出したときに、一番楽しみだったのは御人形よりもお道具だった。このおかあさんの小道具はとても凝っている。

 まず最初にさがすのは、内裏びなのそばにおくものです。女びなには、まるい平らな赤い箱にはいった鏡があり、男びなのためには、刀掛けがありました。それから、その外側に燭台が一つずつ。これも、かわらけに油をつぎ、灯心をいれてともす式の、古風なあかりでした。そして・・・

と小道具だけで四ページもの説明がある。
そんな素敵なお雛様だったが、一九四五年五月二十六日の空襲で焼けてしまって今はない。

 それいらい、よし子の家には、おひなさまはありません。あまり、まえのおひなさまが、おかあさんの心に美しくきざみこまれてしまったので、おかあさんは、ほかのものを、あのおひなさまのかわりにかざることができなくなってしまったのです。

そして、よし子が生まれ、毎年おかあさんの気に入るのが見つからないうちに、おとうさんがなくなり、お雛様がやってくる望みはもっと薄くなっていた。
よし子は、本当は自分のお雛様が欲しかったが、家のことを考え我慢してきた。ところが、とうとう我慢ができなくなり、おかあさんに、欲しい気持ちを言ってしまう。

おかあさんは意を決して二人でデパートに行くが、やはりなかなか気に入ったものが見つからない。休んでいる間に、おかあさんがよし子に話してくれた「あのおかあさんのおひなさまが、今のおかあさんを助けてくれている。」という話は感動的である。その話は、よし子を「もう少し待ってみよう。」という気にさせた。

そして今年もお雛様を買わないまま三月三日を迎えた。
その日よし子は、あの時買わずに待って良かったと思ったに違いない。おかあさんも、よし子にさみしい思いをさせずにすんで、ほっとしたに違いない。おかあさんからよし子へ宛てた手紙に、「三月三日 おとうさんの日に」とあるのが、じーんとくる。

『あのころはフリードリヒがいた』 ハンス・ペーター・リヒター

あのころはフリードリヒがいた (岩波少年文庫 (520))あのころはフリードリヒがいた (岩波少年文庫 (520))
(2000/06)
ハンス・ペーター・リヒター

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日本人の「ブーム好き」は最近エスカレートしているように感じる。宣伝の巧みなドーナツ屋に行列を作ったり、亡くなった途端に突然忌野清志郎ファンが増えたり、ちょっと子供っぽいけれど、別に害を及ぼすわけでもなし、まぁこれが日本の国民性なのか・・・と流してしまうこともできる。
けれども、そうした日常が、結局は政治的な態度にも結びついていて、それが国の盛衰にも関わってくるとなると、ある種の恐怖感が湧いてくる。

ことの始まりは四年前の自民党大勝。「郵政民営化」というワンフレーズが国民を動かした。
続いて「国家の品格」のブームと「美しい国」を唱えた安倍元首相の人気。
それもつかの間、マスコミや自民党内からの安倍バッシングで安倍元首相の人気が急落。
そのままマスコミがじわじわと自民党批判を続け、「政権交代」というワンフレーズ選挙に結びつき、民主党の圧勝。たった四年前に国民が支持した「郵政民営化」はあっという間に悪者だ。
こんなジェットコースターに乗っているような政治の責任の一端は、間違いなく国民にある。
印象的なフレーズやマスコミの報道に、国民の大半が感化され、一気に政治的態度を変更する。一昔前なら「転向」とか「変節」と言われた行動を、気軽にとってしまう風潮に、私は「恐怖」を感じる。
これはいわゆる「全体主義」というものではないのだろうか。

『あのころはフリードリヒがいた』はドイツの作家による自伝的児童文学である。ヒトラーの台頭と共に、近所の住民達や自分や家族がどのような行動をとるようになったかが、少年時代の体験を踏まえて書かれている。そこには、自分の考えというものをなくし、周りの「空気」や「勢い」に同調し、皆が一斉に行動することで興奮状態が生み出され、ますます勢いづいていく住民の姿が描かれている。発達する台風のように周囲をどんどん巻き込んで勢力は強大になり、ついには誰にも止められなくなってしまう。

「みんながやっているから」というだけで、理由もわからないまま行動するこのドイツの住民達と、今の日本人とどれほどの違いがあるのだろう。
私たちは、民主主義社会にいるのに、独裁者を頂いているわけではないのに、なぜもこんなに全体が一気に動いてしまうのだろう。

マスコミの多くは、日本の戦時中を全体主義だといって嫌悪していたはずだ。
マスコミの号令で右を向かせるも左を向かせるも自由自在という現在の日本社会は、全体主義ではないのだろうか。
もしも、全体主義は危険だという認識をもっているなら、耳障りの良いフレーズで国民を煽動するような報道は謹んで欲しい。政策論議とは無関係に、特定の政治家の揚げ足取りや悪い印象を植えつける報道を執拗に行うべきではない。

教育者の多くは、国民に同じ方向を向かせる戦前の教育を批判してきたはずだ。
それなら、自分自身で偏りのない正しい情報を取捨選択する技術や、物事の本質を見極める力をきちんと伸ばす教育をして欲しい。凝り固まった思想を広めることなど以ての外だ。「自由」とは、自分勝手なことでも、気ままに軽薄に生きることでもなく、自立した思考のことであると子供達に教えて欲しい。

私も含め親や祖父母は、子供や孫から「誰々ちゃんも持っているよ。」と言われて物を買い与えることをやめなければならない。「みんなと同じ」という安易な価値基準に寄りかからない人間を育てるために、心を鬼にしなければならない。もちろん自分たちも、同じような消費行動や価値判断は慎まなければならない。

こうして考えてみると、全体主義的傾向からの脱却への道のりは簡単ではないだろう。しかし今のうちならまだ間に合う。
「これは間違った方向だ。」とわかっていても、雪崩のようにそれに巻き込まれてしまう社会など、想像しただけでぞっとする。そうならないうちに、私たちは早く自立した国民の集まりにならなければいけないと思う。


※ドイツ全体主義の中で自立し続けた作家ケストナーの伝記です。 
『ケストナー―ナチスに抵抗し続けた作家』 クラウス コルドン

※自立した思考のために、一人一人がまず「閉ざされた言語空間」から抜け出さなければなりません。
『閉された言語空間―占領軍の検閲と戦後日本』 江藤 淳

『モモ』 ミヒャエル・エンデ

モモ (岩波少年文庫(127))モモ (岩波少年文庫(127))
(2005/06/16)
ミヒャエル・エンデ

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「『モモ』は好き?」
「『モモ』、お薦めよ。」
「子供の頃読んで感銘を受けた本は『モモ』なんだ。」
私が児童書が好きだと言うと、実に多くの人が『モモ』の名を出してくる。しかし私は『モモ』をずっと避けてきていた。同じ作者による『ネバーエンディングストーリー』の映画をテレビでチラリと見て以来、
「ああ、この非現実的な世界にはついていけない。あまりにファンタジー過ぎる!」
と、ミヒャエル・エンデ作品には近づかないようにしてきたのだ。

ところが、つい最近になってなぜか『モモ』が気になりだしてきた。
『モモ』を薦めてくれた人たちを思い出すと、誰も考えつかないような事業を興して評判になり心底楽しそうに仕事をしていたり、子育てを終えボランティアに生き甲斐を感じていたり、仕事以外の趣味をたくさん持っていたり、活き活きと人生を歩んでいる人ばかりなのだ。
なぜだろう?
そう思って本屋さんでパラパラと『モモ』のページを繰っていると、こんな文章が目に飛び込んできた。

きみの生活をゆたかにするために-
時間を節約しよう!

 けれども、現実はこれとはまるっきりちがいました。たしかに時間貯蓄家たちは、あの円形劇場あとのちかくに住む人たちより、いい服装はしていました。お金もよけいにかせぎましたし、つかうのもよけいです。けれども、ふきげんな、くたびれた、おこりっぽい顔をして、とげとげしい目つきでした。


これはファンタジーなんかじゃない、まるっきり現実だ!と感じた私は、即座に『モモ』を読むことにした。

時間どろぼうである「灰色の男たち」の陰謀によって、時間を節約し貯蓄にまわそうとする人々が増えてくる。
大人は忙しく働きづめになり、どんどん不機嫌になる。そして子供の相手などをしていられなくなる。子供にはおもちゃを買い与えて、それにお守りをしてもらえばいいのだ。それこそ時間の節約になる。お金はいっぱいあるから、おもちゃは自動で動く高価なものを買ってやれる。こんな複雑なおもちゃで遊べる子供達はさぞ幸せだろう。

本当に子供たちは幸せになったのだろうか?先ほどの言葉を借りれば、「現実はこれとはまるっきりちがいました。」
一つの遊び方しかできない複雑なおもちゃには、すぐに飽きてしまう。自動で向こうから働きかけてくれるおもちゃは、子供から創造力を奪う。おこづかいをたくさんもらったり高価なものを次々と買ってもらっている子供はこう言う。

「うちの親はぼくをだいじに思ってるよ。でも、いそがしいんだ、どうしようもないじゃないか。ひまがないんだもの。そのかわりに、トランジスター・ラジオまで買ってくれたんだよ。とっても高いんだぜ。ぼくをだいじに思っている証拠じゃないか-それとも、ちがうかい?」

そして、とうとう泣き出してしまう。

 ほかの子どもたちも、なん人かは身につまされたようにその子をながめ、なん人かは地面に目をおとしました。その子の気もちがよくわかったのです。ほんとうは、みんなとおなじように泣きたい気もちでした。だれもが、じぶんが見はなされた子どもだと感じていたのです。

この子供たちの悲しみを理解する浮浪児モモは、「灰色の男たち」に疎まれ、戦いが始まる。モモの人の話を黙ってじっくりと聞いてやるという姿勢が、時間節約の邪魔になるからだ。モモの親友たちも時間節約の社会に巻き込まれ、時間を司る神様のようなおじいさんも登場し、ファンタジーが展開される。しかし、私はもう「非現実的な世界だ!」とは思わなくなった。

作者のミヒャエル・エンデは、冒頭で、モモが住むことになる円形劇場の説明に続いて、こう書いている。

 そして、舞台のうえで演じられる悲痛なできごとや、こっけいな事件に聞き入っていると、ふしぎなことに、ただの芝居にすぎない舞台上の人生のほうが、じぶんたちの日常の生活よりも真実にちかいのではないかと思えてくるのです。みんなは、このもうひとつの現実に耳をかたむけることを、こよなく愛していました。

私が、このもうひとつの現実に耳をかたむけたくなったのは、今だからかもしれない。
ファンタジーという舞台で真実が演じられているなどということは、知らなかった。食わず嫌いだったファンタジーを、子供に付き合って読むようになってから、そのことに気づいたのだ。

それに、子供の頃から既に時間貯蓄型の都市-東京に住んでいた私は、時間の節約が勤勉、勤労と結びつき、良いことだとずっと思っていた。
しかし、自分が子供を育ててみると、時間の節約や効率によって失われるものも見えてくる。一見無駄に見える時間が、後になって実を結ぶとてもたいせつな時間となる場合があるとわかってくる。子供と過ごす時間はお金には換えられないと思う瞬間が何度もある。

また世界的な金融危機によって、これまでの経済至上主義を見直そうという考え方も出てきており、こうした点でも、今読むことに意味があったように思う。
「経済とはお金を廻すこと。さあ、どんどん稼いで、どんどん使おう!」と説くエコノミストが、「灰色の男」に見えてくる。
一方ミヒャエル・エンデは、観光ガイドをしているモモの友達ジジの作り話という形で、共産主義についてもユーモアたっぷりに痛烈な批判をしている。この「〈赤い王〉とあだ名された世にも残虐な暴君、マルクセンティウス・コスムス」の話は、子供が読めば荒唐無稽な笑い話、大人が読めば作り話の衣を纏った真実、という秀逸な出来になっている。

人間はどうしたら本当に心から豊かな暮らしをできるのか、これからも私たちは考えて続けていかなければならない。そしてそれを考えるには、モモやモモの友達のような考える力と考える時間が必要なのである。

Appendix

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