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『トコトンやさしいバイオガスの本 』(B&Tブックス―今日からモノ知りシリーズ) 澤山 茂樹

トコトンやさしいバイオガスの本 (B&Tブックス―今日からモノ知りシリーズ)トコトンやさしいバイオガスの本 (B&Tブックス―今日からモノ知りシリーズ)
(2009/06)
澤山 茂樹

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理科音痴の私が、この本を中身も見ないでアマゾンで注文する気になったのは、「トコトンやさしい」という言葉に惹かれたのと、以前読んだ小泉武夫先生の本に「生ゴミは発酵させるとエネルギーになる」ことが書かれていて興味を持っていたからだ。
また、この本を薦めてくださった方は、「トコトンやさしいけど専門家にも重宝がられている本だ」というようなことを仰っていた。子供だましではないということだ。

さて、読んでみて「トコトンやさしい」は看板通りだった。
まず第一章では「バイオガス」と「バイオマス」の用語の違いから始まり、何が原料で、どういう化学的反応でガスが発生するか、どのようなプラントで作るのか、どう利用するのか、それが社会に及ぼす影響などが、簡潔に説明されている。
簡潔にと言っても、それぞれの項目ごとに見開きで、右側に文章、左側に図解や写真が載せられた丁寧な構成になっていて、これは二章以降も最後まで同じレイアウトが続く。
二章以降は、一章で説明されたことが、さらに細かく解説される。

第一章「バイオガスってどんなもの?」1~11
第二章「バイオガスができるまで」12~23
第三章「バイオガスの原料はどんなもの?」24~34
第四章「バイオガスを利用しよう」35~43
第五章「もっと知りたいバイオガス化事情」44~55
第六章「バイオガスの新しい技術」56~68


各章の後ろについている数字が、見開きになっている説明項目の通し番号である。細分化されていて読みやすい。
体系立てて、バイオガスを原料から、法律、実際の利用、研究内容まで幅広く取り上げているので、専門家が重宝がるというのもよくわかる。

折しも、津波による原発事故が起こり、自然エネルギーが注目されているが、バイオガスに関しては、既存の原発や火力の代替エネルギーとして考える類の物ではないという感想をもった。

まずは原料からして同じ品質のものを供給できない。牛の糞尿と豚の糞尿では糞と尿の割合に相当な差があるし、生ゴミではその度ごとに中身の成分が違う。
ガス化過程でも、原料や温度が違えば、発酵されて出てくる成分が違う。違ってしまえば、ガスにならない場合もある。という非常に不安定なものである。

また、工場内プラントなどで原料が一定に保てても、エネルギー発生の効率は悪く、たとえば、適正にガス化するための温度調節に使う分のエネルギーしか供給できなかったり、食品製造では容器の洗浄分のエネルギーにしかならなかったりする。

しかし、効率が悪くてもバイオガスを利用する意味は大きい。これまでは海や山に捨てられ、環境を破壊していた「生ゴミ」「産廃」「糞尿」類を、ガスや電気や副産物である肥料などに変えて無害化でき、僅かであっても化石燃料や原発の利用を減らすことができる。このような、発生するエネルギー量に換算できない利点もある。

とはいっても、効率が良いに越したことはない。この本にも、さまざまな研究チームや実験プラントのことが紹介されているが、この分野は研究途上であるようなので、さらに研究を進めてほしい。バイオガスの先進国はドイツだとされているが、日本が本気を出せば追いつくことも夢ではない。最後の第六章「バイオガス化の新しい技術」を読んでいると、そう思えてくる。

「トコトンやさしい」シリーズ(正式名称「今日からモノ知り」シリーズ)には、「太陽電池」や「エネルギー」や「天然ガス」などもあるので、原発事故以降エネルギーに興味を持ち始めた方は、そちらもご覧になると良いかもしれません。
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『「大発見」の思考法』 山中 伸弥、益川 敏英

「大発見」の思考法 (文春新書)「大発見」の思考法 (文春新書)
(2011/01/19)
山中 伸弥、益川 敏英 他

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iPS細胞の山中博士と素粒子研究でノーベル賞を受賞した益川博士の対談、と聞くと、さぞ難しいことが語られているのではないかと思うだろう。ところが読んでびっくり。本当にこの人たちは世界的な科学者なの?というような笑ってしまう話がいっぱいで、専門分野の難しいことも誰にでもわかるように表現してくれているので、心の底から楽しく読める。
たとえば、こんなやりとり。

益川 その頭文字をとってiPS。でも、どうして「i」だけ小文字にされたのですか?
山中 実はですね、若者に人気の「iMAC」や「iPod」にあやかろう、と。(笑)そういう気持ちが多少あったのは事実です。


益川博士の小学生時代のエピソードもほほえましい。

益川 ・・・あるとき母は父兄会で先生に、「たまには宿題を出していただかないと、子供が家で勉強しなくて困ります」と注文をつけたらしい。母は大恥をかきました。先生から「宿題は毎日出していますよ。しかし、お宅の息子さんは、一度もやってきたことがない」と逆に注意されてしまったんです。その夜はひどい目にあいましたよ。両親から二時間も説教を喰らいました。
山中 非常に勇気づけられるお話ですね。(笑)


と、山中博士の漢字が書けない話、塾をすぐにやめた話が続く。

お二人のユーモアと、自信に裏打ちされた謙虚な態度が、このような楽しい対談となったのだろう。
楽しいだけではなく、本の題名通り「大発見」をする人の思考法もよくわかる。
お二人は違ったタイプの科学者のようであるが、共通するのは、失敗を糧にするところだ。
山中博士は、マウスの実験二種類で仮説とは全く違う結果が出て、普通ならがっかりするところを「面白い」と感動し、その研究の延長線上にiPS細胞があるそうだ。
益川博士は、予想通りに行かなくても「できない」ことがわかったから成功例だ考えるそうだ。

共通点はまだまだあって、いろいろな分野の科学に興味があり研究分野もフラフラと迷った時期があったこと、生まれが自営業の家で稼業をそばで見ていたことなど。これらは、自分で創意工夫したり、自分独自の視点を持ち他の人が考えないことを思いつくのに役立っているというように感じた。

母親という立場で読んでいて興味深かったのは、最近の子供たちを取り巻く環境についての会話である。
山中博士は子供の頃ラジオや時計を、益川博士はテレビを分解していたという。昔は物の仕組みがきちんとわかるようにできていた。しかし今は・・・

益川 今のテレビは外側のことはわかるけど、中にどんな装置が入っていて、どういう仕組みで動くのかわからない。ブラックボックス化しているわけです。皮肉なことに、科学が発展すればするほど、科学的な事柄が人々の生活から乖離していく。

またゲーム機の普及についての言及もある。

益川 この頃は家族旅行にいっても、子供たちがそれぞれゲーム機に夢中になって会話もろくにしないといいます。携帯ゲームの性能が良くなって、ソフトを入れ替えれば何百通りのゲームができて時間がつぶせるから便利なんだそうだ。
 でも、そんなゲームのソフトが束になってもかなわないくらい、人間の頭の中には楽しいことがいっぱいつまっていることに気づいてほしいなぁと思いますね。
山中 ゲーム機の中には本当の世界も自然も存在しませんからね。
益川 それぞれの頭の中にこそ無限がある-僕はそう思っています。


益川博士は、このほかにも大学受験や子供向け科学教室などについても語っておられ、日本の教育について、いろいろと危惧されている。

山中博士は、最先端を走っているだけあって、研究者の持っているべき技術に詳しく、特に、プレゼン力の重要性を強調されている。また、ご本人が仰っているわけではないが、成功を収める科学者には人徳も大事ではないかと感じた。iPS細胞の論文を世界に先駆けて出すことができたのは、ライバルの動向を教えてくれた知人の助言があったからであるし、また実績がないのに希望する研究室に入ることができたのも、その人柄によるところが大きいのではないだろうか。

東日本大震災から日本が復興するためにも、また、将来の災害対策にも、新しいエネルギー供給にも、多くの科学の力が必要であろう。これまでには考えつかなかったような科学的「発見」が役立つかもしれない。津波の被害や、被災地の様子を見て、「人の役に立つ科学者や医療従事者になりたい」と思っている子供や若者もいるだろう。この本は、今後の日本を背負って立つ人たちに「自分にもできそうだ。」「よし、夢を叶えるぞ。」と希望を与えるような本でもある。たくさんの子供たち、若者たちに、是非読んでほしいと思っている。
 

『なぜ君は絶望と闘えたのか―本村洋の3300日』 門田 隆将

なぜ君は絶望と闘えたのか―本村洋の3300日 (新潮文庫 か 41-2)なぜ君は絶望と闘えたのか―本村洋の3300日 (新潮文庫 か 41-2)
(2010/08/28)
門田 隆将

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昨日、裁判員制度が始まって以来、初めての死刑判決が出た。裁判員の方々の精神的な重圧は大変なものであっただろう。

私はこれまで「人の命を奪ったならその者の命を奪う死刑が、罪にふさわしい罰だ」という単純な捉え方をしていた。しかし、『なぜ君は絶望と闘えたのか 本村洋の3300日』を読み、「死刑」の意味を深く考えさせられ、罰としての役割だけではないのだと知った。

この本を読むきっかけは、最高裁での弁護士達の詭弁への怒りであった。山口県光市で母子が殺害された事件で、ちいさな一歳にも満たない赤ちゃんを殺害した状況を「あやそうとして首を蝶々結びにしたら死んでしまった。」などという人をバカにしたような説を唱えた弁護団への怒りであった。そして、妻子を奪われた上こんな人達と戦わなくてはならない、遺された本村洋さんを気の毒に思い、共感したり応援できることがあれば・・・という思いだった。

本村さんの闘いのほぼ一部始終が、ここには書かれている。「共感したり応援したりできれば・・・」などというおこがましい気持ちはすぐに封印した。
何の罪もない最愛の妻子を突然奪われた辛さは、誰にも共感できないほどのことである。また、この本に出てくる本村さんを応援した人達というのは、普通ではできないような気遣いや怒りや熱意を持っている。本村さんの日常を見て細かい気配りをした会社の上司や同僚から、時の総理大臣までもが、恐らく特別な思いで本村さんを支えた。
しかし、本村さんは支えられただけではない。妻子の死をきっかけに、日本の裁判制度の問題点を社会に明らかにし、それを一つ一つ解決していくという、社会正義のための活動していく。結果的に本村さんは多くの人々に支えられながら、より多くの人々に貢献したという事になる。

そのような本村さんのストーリーと並行して、「死刑」の意味を考えることにもなる。本村さんが面会したアメリカの死刑囚ビーズリー。彼がなぜ聖人のような顔になっていたか、そういう彼が死刑になる意味は?
この面会場面に、目から鱗が落ちる思いがした。
そして、本村さんの妻子を殺害した被告Fに対しての「死刑」判決の意味も最後に考えることになる。著者の門田氏は、初公判からずっと本村さんを取材し続け、最後にFに辿り着いた。ここでFに辿り着いたことが、この作品を非常に価値の高いものにしていると思う。
このFへの取材部分を読まなければ、私の「死刑」に対する考え方は、とても浅はかで陳腐なもののままだっただろう。

また、政治不信の今だからそういう部分に目が留まるのか、総理大臣のリーダーシップの必要性とその威力を再認識する場面も描かれている。

刑事訴訟法の中に被害者の権利がないと訴える本村さんの記者会見を見て、
「本村さんの気持ちに政治家として応えなければいけない」
と言及したのは、小渕総理(当時)。一国の総理が、特定の犯罪被害者遺族の名前を挙げる発言は、希有だという。総理が亡くなる11日前のことだった。

小泉総理(当時)は、本村さんを初めとする「全国犯罪被害者の会」のメンバー四人から直接話を聞き、弁護士出身の保岡興治議員に日本の現状を確かめた後、その場で、
「だめ!こりゃいかん!すぐやろう!」
と反応し、翌年には、犯罪被害者を保護、救済する議員立法が成立した。

人の気持ちがわかり決断力のある人が国のリーダーとなるべきだ、という思いを強くするエピソードだ。

今の制度では、私たちの誰が裁判員になってもおかしくない。「死刑」の意味や裁判や少年法に関する問題点などを知っておくことは大切だと思う。たとえ自分が裁判員にならなくても、私たち国民の代表として判決に加わる人々への共感や理解に繋がると思うのだ。
本村さんが、闘いながら、私たちに知らせてくれたこれらのことを、是非読んでみていただきたい。

『救命センターからの手紙 ドクター・ファイルから』 浜辺 祐一

救命センターからの手紙 ドクター・ファイルから (集英社文庫)救命センターからの手紙 ドクター・ファイルから (集英社文庫)
(2001/03/16)
浜辺 祐一

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『Dr.コトー診療所』の熱心な視聴者であった私は、この浜辺祐一医師の著書を初めて読んだとき、「何て冷たいお医者さんなのだろう。」と思った。
 
 患者の名前なんて覚えていない。
 生と死の境目にいる患者をネタにして冗談を言いながら治療を進める。
 患者が治ったからと大喜びするわけでもなく、残念な結果になっても淡々とやはりダメでした、はい次・・・という感じである。

しかし、読み終えると次の一冊を手にしていた。なぜか惹かれるものがあるのだ。
そして二冊目に読んだこの『救命センターからの手紙』では、その魅力の秘密がわかった。ここには現場の医師の本音が包み隠さず書かれているのだ。

救命センターでは、コトー先生のようにじっくりと患者と向きあうとか、患者やその家族の人となりまで知って治療することはまずない。
見知らぬ患者が突然運び込まれ、最善の治療が求められ、後からやってきた家族の思いもかけない言動を目の当たりにすることもしばしばだ。
「病気を見ずに、人を見ろ」なんてことを言われなくても、人間の本性をイヤと言うほど見ている。

また人の生死を分ける場面に数多く遭遇し、それについての素早く適切な判断が求められ、否が応でも「人の命とは何か」ということをきれい事ではなく考える機会が多いのだろう。

 ほんの僅かな社会復帰率に望みを託して、多くの植物人間を作り出して良いものか?
 「人の命の価値に上下はない」というのが、果たしてどんな場合もそうなのか?
 よくない結果を告知をすべき患者とすべきでない患者は?

本書に出てくるさまざまな疑問は、現場でぎりぎりの治療をしている医師にしかわからない迷いであったり本音である。

この本音を読んでいるうちに、浜辺医師は冷たいわけではないことが徐々に分かってくる。

 狂言自殺の常習者が誤って猛毒を服んでしまったことへのやるせない気持ち。
 「散々迷惑をかけられたから」と、危篤状態の兄の所へ来ようともしない弟が「臓器は好きなように使ってください」と軽々しく言ったときの怒り。

患者を大切にしていないわけではないのだ。時には患者の家族以上に思いやっている。その背景には、せめて医師が思いやってあげなければならない患者が多いこともあるかもしれない。解説の小林和男氏は、浜辺医師の
「それにこの仕事をしていると、家庭というものが本当に良いものかどうかという疑問もありますし・・・」
という言葉を聞いている。
身体の病だけでなく社会の病をも常に見ている浜辺医師が、ニヒルに呟かざるを得ない心境が何となく理解できた。

『木の教え』 塩野 米松 (過去記事 祝!文庫化)

木の教え (ちくま文庫)木の教え (ちくま文庫)
(2010/06/09)
塩野 米松

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一冊の本でいろいろなことを考えさせられた『木の教え』。最近文庫化されたことを知り、もう一度紹介することにしました。主人公は木、そして物語ではなくいわゆる説明文であるのに、なぜか心を動かされ、じわじわと静かな感動のようなものが迫ってきます。本屋さんで見かけたら、ぜひ手に取ってご覧になってみて下さい。
以下は、過去の紹介文です。
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木は本当にいろいろなことを教えてくれるんだなぁと、感心してしまった。この一冊で、木の性質、伝統や技術の伝承のこと、環境問題、果ては教育問題までを知り、考えることになる。子供でも読める平易な文章に込められている情報の数々は大変価値あるものだ。

出だしの「木は二つの命を持っています。」が、全編を流れるテーマである。植物として生えている木は誰もが知っているが、
「木は伐り倒された後に木材としてのいのちを得ます。」
と書かれると、伐られていのちを得る?と不思議に感じる。しかし、読んでいくうちに、この「木材としてのいのち」が非常に大切なものであることがわかる。

木は木材になっても、生き物のように伸びたり縮んだりする。生えていた時の条件で、その動きが違う。そうした木の性質を生かして建物を造ると、長持ちがして修繕もしやすくなるという。そうして、樹齢千年の木を木材として千年利用できれば、建物を建て替えねばならなくなった時にちょうど樹齢千年の木が育っているから、資源としての木を失うことはないという理屈になる。

この本には、木の性質とそれを生かして建物や船を造る様々な技術が、とてもわかりやすく解説されている。今日、私のような素人にもわかるように解明されている技術は、昔の人々が、いろいろと試しては、木の種類、木の部分、向き、伐り方、削り方など、工夫に工夫を重ねて、一番良い方法を編み出してきたものだ。これが伝統である。老船大工が接着剤を使わずに伝統的な手法で舟を造り続けている理由として次の3つを揚げた。

・発明されてから数年しか経っていない接着剤より、何代にもわたって確認されてきた技術は、こうすれば安全という確証がある。(経験による安全の確証)
・新しいものを追いかけて、木を生かす技術が消えて忘れ去られてしまったら、後になって昔の方が良かったと言っても遅い。(技術の伝承)
・解体修理ができる。(資源の有効利用)

なるほど、伝統的なやり方の方が良いように思える。しかし現実は、木の癖も何も関係なく、木材は機械で裁断され、木の性質で建物を組むなどという手間はかけず、壊れれば修繕せずに解体してしまうようになってしまった。全ては効率重視のためだ。

このまま、木の性質をよく見て物を作る人達が消えてしまってもいいのだろうか?木材としてのいのちの与えられ方を知ってしまうと、この技術を守らなければならないという思いに駆られる。
伝統には説得力がある。伝統は一朝一夕にはできない。簡単に無くしてしまって良いものだろうか?

オーストラリア人から「日本人は木と紙でできた家に住んでいるんでしょ。」と言われ、ちょっと馬鹿にされたようで嫌な気持ちだった。だけど日本には、若い国オーストラリアの及ばない古くからの伝統と、不器用なオージーにはきっとできない技術があるのだ。今度同じことを言われたら、胸を張って「そうよ。すごいでしょう?」と答えよう。


※この本に感銘を受け、次のような本も読みました。こちらもまた素晴らしい内容でした。
『木のいのち木のこころ-天・地・人』西岡常一・小川三夫・塩野米松

Appendix

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