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『海の史劇』 吉村 昭 (再掲)

本日5月27日は、日露戦争における日本海海戦でロシアのパルチック艦隊を撃滅した「海軍記念日」です。
4年前に書いたものですが、吉村昭氏の『海の史劇』を再掲いたします。

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海の史劇 海の史劇
吉村 昭 (1981/05)
新潮社
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オーストラリアでは、昨日4月25日は休日だった。年に9日ある国の休日のうちの一日、戦争記念日であるアンザックデーだったのだ。
「アンザック(ANZAC)」とは“Australian and New Zealand Army Corps(オーストラリア・ニュージーランド軍団)”の略で、第一次世界大戦に連合国の一員として参戦した軍隊のことである。
この日は、かつての兵士たちに感謝を献げ戦没者を偲ぶ記念式典を夜明けに行ったり、旧軍人やその家族や子孫が勲章を付けてパレードを行う。こうした行事が全国各地で行われる。

オーストラリアの関わった全ての戦争が対象であるのに、第一次世界大戦時の“ANZAC”が記念日の名称に使われているのは、オーストラリア・ニュージーランド開国以来初めての大戦参加であったことと、ANZACが上陸したトルコのガリポリでの戦いが過酷であったためのようだ。それで、アンザックデーになると、新聞やTVではガリポリ戦の特集が組まれたり、学校の授業で習ったりする。ANZACは勇敢だったと。そしてトルコ軍とANZACの間には友情のようなものさえ生まれたというエピソードを聞くこともある。

日本の近現代で、このように語り継がれるような代表的な戦いというのは一体何であろうか。戦史について詳しいわけではないが、日本海海戦のことは、もっと今の日本人が知っていても良い話ではないかと思う。

『海の史劇』には、日本海海戦の一部始終が丹念に描かれている。
ロシア側の資料にも当たっているので、海戦の八ヶ月以上も前にロシアの大艦隊がフィンランド湾の奥から出航するところから始まる。ロシアがあちこちの港で立ち往生したり、進路をどのようにとるかで悩んだりしながら、今の感覚からするとノロノロとやってくる。そして日本は圧倒的に小さな艦隊で迎え撃つ。ロシアのノロノロを読んできた後だから、東郷平八郎率いる連合艦隊の敏捷さが引き立つ。
しかし日本軍の快進撃を応援しながらもロシアを憎めないのは、両軍共に海軍魂とでもいうのか、戦闘においては命をかけて責任を全うしながら、心には温かいものが流れているのを感じたからだ。戦いにこういう表現はふさわしくないかも知れないが、お互いに「ああ、良い相手と戦ったな。」と思ったのではないかと想像した。

連合艦隊勝利の後も歴史は続く。ロシア人捕虜の日本での厚遇、ポーツマスで行われた講和会議、ロジェストヴェンスキー提督の日本での様子や帰国後のロシアでの処遇などまで追っている。

ところで、オーストラリアでは第一次世界大戦時に、戦地の兵士達に向けて、日持ちがして栄養豊かなビスケットが送られていた。今でもスーパーに行けば、この“ANZAC Biscuits(アンザック ビスケット)”が何種類も売られていて、いつでも買うことができる。ビスケットの袋の裏側にはANZACの説明が書いてあるものもあり、誰でもこの戦いの歴史を知ることができる。
一方日本では、東郷平八郎や小村寿太郎の名前が載っていない歴史教科書があるという。私自身もこの本を読まなければ、日露戦争よりも、毎年毎年四月になると聞かされるANZACやガリポリのことの方を詳しく知る日本人になってしまうところだった。本当は教科書に載せて欲しいけれど、それが無理なら、せめて若者達にはこうした本を読んで欲しい。


※日露講和会議については、やはり吉村昭さんが『ポーツマスの旗』を書かれています。戦闘は終わっているのに、こちらでは外交という戦いが行われていたということがわかります。合わせて読まれることをお薦めします。

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『三陸海岸大津波』 吉村 昭

三陸海岸大津波 (文春文庫)三陸海岸大津波 (文春文庫)
(2004/03/12)
吉村 昭

商品詳細を見る


東日本大震災が起きて以来、人々の間では、不安から様々なうわさ話が飛び交い、また原発問題に関しては、故意に恐怖を煽ったり、または根拠もなく大丈夫だと言ったり、どれが正しいのかわからない情報が溢れている。
「事実はどうなのか。」今、私たちが一番知りたいのは「事実」である。
吉村昭氏の『三陸海岸大津波』は、今回と同じ三陸で起きた津波をテーマにしているというだけでなく、その時々の「事実」だけを丹念に掘り起こした作品だということから、多くの方に一読をお勧めしたい。

自然災害は繰り返される。それが毎年とか数年おきなら、常日頃対策を取っており、被害も最小限に抑えることができる。しかし何十年、何百年おきにしか来ない災害だと、人々は日常の便利さを優先させて、面倒な防災対策を怠ったり、危険な場所での居住や就労を行うようになってくる。それを防ぐには

残る唯一の方法は人間がもう少し過去の記録を忘れないように努力するほかはないであろう。(『津波と人間』寺田寅彦)

吉村昭氏の作品は、全般的に記録的な要素が多いが、この『三陸海岸大津波』では、想像して書いた箇所も物語化するために作り出した会話もない。「記録文学、」いや、もしかすると「文学」も余計で「記録」といった方がよいような内容になっている。
津波についての数値的な記録、公文書、当時の記者が取材した記録や絵、子供たちの作文等の膨大な資料を、各地区の役所や図書館などをまわって集め、また過去の津波の経験者に取材した言葉が、並べられている。

三陸地方には江戸時代に20回近い津波が襲っていたことや、昭和8年の津波では津波の襲ってくる様子が地域ごとに報告されていることには、こんな記録が有ったのかと驚かされ、津波が起こった直後からの自治体の動きの機敏さを知り、指揮命令系統がしっかりしていたのだろうと感心する。
しかし何と言っても印象に残るのは、津波体験の記録である。津波に流されながら生還した人の体験談、子供の作文に残るあわてた避難の様子。親兄弟がバラバラに逃げ、一方は助かり他方は帰らぬ人となる。家族が「死んだ」と観念した瞬間、孤児になった人のその後の生き方・・・。東日本の震災では、まだ生々しく、当事者たちにはとても訊けないようなことが、ここには記録されている。

この記録によって、私たち被災していない者は、当事者たちの今は報道されない体験や思いを僅かでも知ることができる。
またこれから後に三陸に住み続ける人には、必ずまたやってくる津波に備える術を確認することができる。

ニュースを見ても、長老の忠告を聞いて堤防や水門や道を造ったり、石碑に基づき家を建てる場所を制限したり、地域の習わしから避難訓練を欠かさなかったり、過去の経験に敬意を払って救われた命がある。
吉村氏が、明治の頃の古い記録や、地域ごとに分散していた記録を、一つにまとめ、誰もが一度に読めるようにした功績は大きい。

この記録を、今だけではなく、長く読み継ぐことが、島国であり地震大国でもある日本人に必要なことではないだろうか。

『遠い日の戦争』 吉村 昭

遠い日の戦争 (新潮文庫) 遠い日の戦争 (新潮文庫)
吉村 昭 (1984/07)
新潮社
この商品の詳細を見る


「戦後レジーム」とは何だろう?
憲法がどうしたとか、民主主義が良いのか悪いのかとか、理念的なことは難しいから、もっと国民にわかりやすく教えてよ、と思っている人も多いのではないだろうか。

『遠い日の戦争』は、吉村昭さんの得意とする逃亡小説である。米兵俘虜を処刑した清原中尉は、終戦後、戦犯として占領軍及び日本の警察から追われる立場となり、逃亡生活が始まる。
清原が処刑に加わった理由には「戦中」の価値観が、逃亡中の境遇には「戦後」の価値観が表れていて、これは「戦後レジーム」が国民レベルでどのようにして始まったかの物語ではないか!と感じ、ここに紹介することにした。

清原琢也中尉は、福岡の西部軍司令部の航空情報主任として、アメリカの航空機の動き、爆撃の場所、頻度、規模などを詳細に把握していた。ゲームのように日本の都市部で無差別殺人を繰り返す米兵たちに怒りを感じていたが、福岡の空襲では想像をはるかに越えた被害状況を目の当たりにして呆然とする。

 市街には軍事施設も軍需工場もなく、B29編隊は、市民を殺傷し家屋を灰にすることを唯一の目的に焼夷弾を散布していった。眼前に見られるような光景が日本各地の都市で繰展げられ、多くの非戦闘員が死に追いやられていることを知った。

空襲の翌日、司令部には数十名の市民がB29の搭乗員捕虜を処刑しろと押しかけた。
そして広島に原爆が落とされ、

その後、伝えられる新型爆弾による広島市の被害状況に、琢也はアメリカ軍がすでに日本人を人間の集団と認めていないことを感じた。建築物はすべて消滅し、市民の大半は瞬間的に飛散し焼死したという。それは、野鼠の群を一時に焼殺する駆除方法にも等しいものに思えた。

米軍俘虜を処刑することは、国民を代表した行為だという感覚が清原たちにはあったのだろう。

ところが終戦後、占領軍がやって来てマッカーサー司令部は「俘虜虐待をした者には残らず日本政府の手で逮捕する」と発表。裁判が行われ、最初の刑確定者には、脱走常習の俘虜を殴ったという罪で絞首刑の判決が下った。

逃げよう、とかれは思った。逃げずにおくものか、とも思った。その高ぶった感情は、絞首されることへの恐怖からではなく、かれらに対する腹立たしさからであった。連合国側は、日本人を殺した自国の将兵を英雄視し、敗北した自分たちには侮蔑的な死を科そうとしている。その矛盾が、かれには許し難かった。

この「許し難い」というのが日本人としては普通の感情に見えるが、当時、清原が逃亡中に出会った日本人たちの中で、この感情を共有できる人はほんの僅かであった。占領軍への怯えや食糧不足から清原の逃亡とは関わりたがらない人たちもいたが、そのころはまだ清原にも自分を煩わしく思う人々の気持ちが理解できた。しかし、そのうち

通行人も連合国側関係者や警察関係者と同じように、自分にとって敵である

と感じるようになってくる。新聞は連日、民主主義を称え、ラジオでも、戦争は日本の軍部のせいであり連合国は悪くない、庶民は被害者で軍人は加害者だと繰り返す。それに同調した有識者の中には

戦争犯罪者を極刑にすることこそ日本に民主主義を根付かせる基本的条件だ

という論文を書く人もあった。
アメリカ兵のジープに群がり食糧を施される人たち、アメリカ兵の腕にぶら下がる良家の子女・・・変わっていく国民を横目で見ながら、一人冷静なのは戦犯として追われる身の清原であった。

読んでいるうちに、これは単純な逃亡小説ではないと気づいた。清原というぶれない視点をもつ人物を主人公に据え、私たちに戦後レジームの起こりを冷静な目で追体験させてくれているのだ。

吉村さんは、思想的な偏りがなく「史実」と「取材」に重きをおかれる方だ。この小説も、司令官らの無責任や旧軍人の臆病さをも書いており、旧軍は悪くなかったと擁護するものではない。
イデオロギーに囚われず、戦中と戦後の価値観の転換を客観的に書かれているので、どなたにも抵抗なく読めると思う。

私はこの本を読んで、「終戦」ではなく「敗戦」だったのだということを、言葉面だけでなく実感できた。吉村昭さんと清原中尉のおかげである。


※関連図書の紹介記事
◇占領軍の政策
『閉された言語空間―占領軍の検閲と戦後日本』 江藤 淳
『白洲次郎 占領を背負った男』 北 康利
◇「終戦」でも戦いが終わらなかった人たち
『収容所(ラーゲリ)から来た遺書』 辺見じゅん
『南十字星に抱かれて―凛として死んだBC級戦犯の「遺言」』 福冨 健一
『夢顔さんによろしく』 西木正明


『史実を歩く』 吉村 昭

史実を歩く 史実を歩く
吉村 昭 (1998/10)
文藝春秋
この商品の詳細を見る


この本の内容を一言で言い表せば「史実を歩く」。この題名そのものである。

私が吉村昭さんの小説を好むのは、どの時代のものでも現実味があり、不自然さやごまかしが感じられないからである。それは史実に忠実に書くという姿勢と、そのご自身のポリシーを守るための綿密な取材による賜である。

どのくらい史実に忠実であることを、吉村さんがご自身に課しているかが、戦史小説を書くのをやめた理由に表れている。

 それらの戦史小説を発表する度に、その史実に関与した多くの方から手紙をいただいたが、「背後にそのような事実があったのを初めて知った」といった類のものに限られていた。つまり新しい史実をしめす手紙は皆無といってよかったのだ。

ところが、ある時、吉村さんが掴むことのできなかった事実が書かれた手紙が送られてきて、その作品で戦史を書くことを止めたという。丹念な取材をされていたことは吉村さんの他の随筆で読んだことがあるが、ここまでストイックだとは驚いた。

そして歴史物を書くときにも、実に細かい部分に及んで納得のいくまで調べ上げる。
資料に添って一端「刀で肩から斬り下げた。」と書いたが、斬られた側が日本の馬ではなく背の高いアラブ種の馬に乗っていたことが気になって眠れなくなる。そんな高さから斬り下げることができるだろうか?そこで、斬った側の出身地に赴き武道研究家に話を聞き、またその流派の会長に会って実際の刀と技を見せてもらう。そこで初めて、確かに斬り下げたのだと納得して、真実味を増す一文を書き加えて、次を書き進める。

吉村さんの作品が素晴らしいのは、この執念にも近い史実を知ろうとする熱意の他に、想像力とネットワークをお持ちだからだと感じた。

史実と想像力は相反するようだが、史実を明らかにするには想像力が必要だ。手持ちの資料にない部分を想像し、仮説を立て、その仮説の証拠を掴むための取材を行う。想像力がなければ、わかっていない史実を明らかにすることができないのだ。この時必要とされる想像力は、「創造力」ではなく、論理的な思考である。思いつきで歴史を勝手に作り替えることではない。

ネットワークの方は、吉村さんの人柄によって構築されたものではないかと思う。歴史の専門家、郷土史家や各地の図書館の館長に感謝し敬意を示す表現があちこちに出てくる。情報を独り占めするのではなく、共有化して皆で史実を明らかにしていくことこそが面白いと思われているふしがある。事件の関係者で最初は口を開きたがらなかった人たちも、氏の作品を読んだり、誠実な態度に触れて、徐々に口を開くようになる。

熱意、想像力、人柄、この三つが揃って初めて、密度が高く信憑性の高い小説が書けるのだと、改めて納得した。

そのようなことが、具体的な小説の取材ノートのような形で書かれているので、読んだことのある小説については「あの箇所を書くのにこれだけの裏付けがあったのか。」などの感慨を持つし、読んだことのない作品は「そこまでして調べた作品なら是非読んでみたい。」と思う。

ロシア皇帝は、日本で刺青を彫らせたのか?
桜田門外の変での戦い振りが、映画の殺陣のように鮮やかではなかっただろう理由は?
脱獄の常習犯は、手錠足錠をはめられていたのにどのように脱獄したのか?
高野長英が潜伏していた隠し部屋とは?
これらの答えは、この本の中にある。しかし答えを知っただけでは飽きたらず、小説の方も読みたくなってしまうのだ。



『海の史劇』 吉村 昭

海の史劇 海の史劇
吉村 昭 (1981/05)
新潮社
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オーストラリアでは、昨日4月25日は休日だった。年に9日ある国の休日のうちの一日、戦争記念日であるアンザックデーだったのだ。
「アンザック(ANZAC)」とは“Australian and New Zealand Army Corps(オーストラリア・ニュージーランド軍団)”の略で、第一次世界大戦に連合国の一員として参戦した軍隊のことである。
この日は、かつての兵士たちに感謝を献げ戦没者を偲ぶ記念式典を夜明けに行ったり、旧軍人やその家族や子孫が勲章を付けてパレードを行う。こうした行事が全国各地で行われる。

オーストラリアの関わった全ての戦争が対象であるのに、第一次世界大戦時の“ANZAC”が記念日の名称に使われているのは、オーストラリア・ニュージーランド開国以来初めての大戦参加であったことと、ANZACが上陸したトルコのガリポリでの戦いが過酷であったためのようだ。それで、アンザックデーになると、新聞やTVではガリポリ戦の特集が組まれたり、学校の授業で習ったりする。ANZACは勇敢だったと。そしてトルコ軍とANZACの間には友情のようなものさえ生まれたというエピソードを聞くこともある。

日本の近現代で、このように語り継がれるような代表的な戦いというのは一体何であろうか。戦史について詳しいわけではないが、日本海海戦のことは、もっと今の日本人が知っていても良い話ではないかと思う。

『海の史劇』には、日本海海戦の一部始終が丹念に描かれている。
ロシア側の資料にも当たっているので、海戦の八ヶ月以上も前にロシアの大艦隊がフィンランド湾の奥から出航するところから始まる。ロシアがあちこちの港で立ち往生したり、進路をどのようにとるかで悩んだりしながら、今の感覚からするとノロノロとやってくる。そして日本は圧倒的に小さな艦隊で迎え撃つ。ロシアのノロノロを読んできた後だから、東郷平八郎率いる連合艦隊の敏捷さが引き立つ。
しかし日本軍の快進撃を応援しながらもロシアを憎めないのは、両軍共に海軍魂とでもいうのか、戦闘においては命をかけて責任を全うしながら、心には温かいものが流れているのを感じたからだ。戦いにこういう表現はふさわしくないかも知れないが、お互いに「ああ、良い相手と戦ったな。」と思ったのではないかと想像した。

連合艦隊勝利の後も歴史は続く。ロシア人捕虜の日本での厚遇、ポーツマスで行われた講和会議、ロジェストヴェンスキー提督の日本での様子や帰国後のロシアでの処遇などまで追っている。

ところで、オーストラリアでは第一次世界大戦時に、戦地の兵士達に向けて、日持ちがして栄養豊かなビスケットが送られていた。今でもスーパーに行けば、この“ANZAC Biscuits(アンザック ビスケット)”が何種類も売られていて、いつでも買うことができる。ビスケットの袋の裏側にはANZACの説明が書いてあるものもあり、誰でもこの戦いの歴史を知ることができる。
一方日本では、東郷平八郎や小村寿太郎の名前が載っていない歴史教科書があるという。私自身もこの本を読まなければ、日露戦争よりも、毎年毎年四月になると聞かされるANZACやガリポリのことの方を詳しく知る日本人になってしまうところだった。本当は教科書に載せて欲しいけれど、それが無理なら、せめて若者達にはこうした本を読んで欲しい。


※日露講和会議については、やはり吉村昭さんが『ポーツマスの旗』を書かれています。戦闘は終わっているのに、こちらでは外交という戦いが行われていたということがわかります。合わせて読まれることをお薦めします。

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