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『神道と日本人 魂とこころの源を探して』 山村 明義

神道と日本人 魂とこころの源を探して神道と日本人 魂とこころの源を探して
(2011/09/14)
山村 明義

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題名から、宗教に関する学術的な本か、または民俗学のような本を思い浮かべていた。ところが意外なことに、現代の神道と現代の日本人の話が軸になっている、とても読みやすい本なのである。
著者の山村明義氏は、全国の神職の方々を訪ね歩いてインタビューを行った。そこで語られるのは、神社の由来や神話の話から現代社会と神社や神道の関わりまで、実に多岐にわたる。

個別にインタビューしているのに、何人もの神職からしばしば同じような言葉や考えが述べられる。
特に、現代社会がおかしくなっていることについて、多くの神職は、日本人らしい心が失われているからだと考えているようだ。何事にも感謝する心、家族や先祖を大切にする心、自分のことより他人のことや公のことを心配する心。
また現代人は心の制御ができていないと仰る方もいる。人間は誰もが荒魂と和魂を持っているが、それを制御できるのが本来の日本人だった。しかし現代の日本人は、その制御ができず、すぐにキレたり、いじめに走ったりするという。

また、自然や天災と神社の繋がりも各所に見られる。東日本大震災の時のいろいろなエピソード、阪神淡路大震災からの復興に大きく貢献した神社・・・そして、古事記の時代よりも前から「御神体」として祀られていた滝や岩などの自然物。「神道」とか「神社」という名前が付く前から、自然と日本と祈りというのは切り離せないものだったのだとわかる。
古くからの神社の記述の中に、熊野那智大社や十津川村の玉置神社が取り上げられていることに、私は、過敏だと思われるかもしれないが、鳥肌が立ってしまった。この本が書かれたあとに、那智大社も十津川村も大洪水の被害に遭っているのだ。自然災害と神社の繋がりが、著者も意図しないところで明らかになったと、私は感じ入りながらそれらの箇所を読んだ。

その他にも、この本の中に、神社のさまざまな顔を見ることができる。
神道を代表する伊勢神宮、出雲大社や宮中祭祀等の歴史と伝統から、外国に出て行った神職、共産党と協力して自然を守った神職、女性神職や、インターネットでのお参り、韓国人達が集まる神社など、従来の神道のイメージとはちょっと違うことまで、神社や神職のバラエティ豊かさに驚かされる。また昔から伝わる激しく厳しい禊ぎを通じて領土を守る「防人」とも言える神職には感動を覚え、神職のアドバイスを無視し神様に御礼もせず嘘までついた元首相には怒りを感じた。

この本を読み終えると、本来神道というのは時代に関係が無くまた開放的で普遍的であることがよくわかる。
そもそも神様のネットワークというのはとても広く網の目のように繋がっていて、敵同士であった筈の神様までいつの間にかネットワークの一員になっている。これが開放的な横の繋がりで、神様たちがどんどん子孫を増やしていき現代の私たちに至っているというのが縦の繋がりと考えると、縦横にもの凄く大きなネットワークを築いているということになる。
神社のイメージを古くて閉鎖的なものにしているのは、ご多分に漏れずアメリカの占領政策である。神道指令の基となる考え「国家神道が戦争を引き起こした」、その言葉の呪縛から逃れ、自然な気持ちでこの本を読むと、神道と日本人について見つめ直すことの大切さがわかってくる。
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『神道〈いのち〉を伝える』 葉室 頼昭

神道“いのち”を伝える神道“いのち”を伝える
(2000/11)
葉室 頼昭

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私が初めて自転車に乗れるようになったところは、神社の境内である。最寄りの遊び場が神社だったからだ。小学生の頃は毎日のように、神社で缶蹴りや基地ごっこなどをしていた。お宮参り、初詣、七五三、成人式などもこの神社にお詣りした。一時期は、巫女として結婚式やお詣りのお手伝いをしていたこともあった。
それでも「神道」とはなにか? ということを深く考えることもないまま、大人になってしまった。

しかし神道のことを知ろうと思って本屋さんへ行くと、あまりの神道関係の書籍の少なさに驚く。棚に何段もある仏教やキリスト教はもちろん、イスラム教やユダヤ教などよりも少ない。(これも「神道指令」という占領軍の思いつきによる有り難くない置き土産であると思うが、その話は別の機会に。)
『神社・神様Q&A』というような本はあるのだが、じっくり読んで神道の本質を理解するというようなものはあまり見あたらない。
と嘆いていたところ、知人が葉室頼昭氏の著書を紹介してくれた。葉室氏は何冊も「神道シリーズ」を出されていて、それぞれに興味深い内容なので迷いに迷い、この一冊を読んでみた。

まず驚くのは、春日大社という世界遺産でもある大きな神社の宮司である葉室氏が、かつて医者でもあったということだ。しかし、そういう経歴を持つ方の神道のお話は非常にわかりやすく、おもしろい。これは意外なことであった。
普段「アメリカの学校ではダーウィンの進化論を教えるかどうかで揉めている。」などというキリスト教世界の話ばかり聞いていると、宗教と科学は対立したり矛盾するところが多いのでは?と思ってしまう。
ところが葉室氏の本は、読めば読むほど、神道というのは科学とは矛盾しないどころか、「共生」していると感じる。それは、そもそも日本人は自然を大切にし、自然に寄り添い、自然に感謝しながら暮らしていたからであろう。そのような太古から培ってきた日本人の生き方そのものが「神道」であるのだそうだ。

神道というのは宗教ではないんです。神道というのは、日本人が昔から伝えてきた生き方であり、人生観なんですね。

本の題名にある「いのち」についても、葉室氏は、科学と神道の考え方を両方交えながら解説してくださる。
「いのち」とは、「い」きるため「の」「ち」えであり、知恵を先祖から自分、自分から子孫へと継承していくことで、いのちが繋がる。生きるための知恵は、それぞれの民族によって違う。それを生物の進化にたとえて話す。
生物は細胞に書き込まれた「知恵」を新陳代謝によって、新しい細胞に伝えていく。それが生物の「いのち」である。生物の種類によって伝える「知恵」が違うように、住んでいる環境の違う民族には、それぞれ違う「いのち」がある、という。

この説明には、自分の体験からも共感できる。
私の住んでいたオーストラリアには、皮膚癌専門の診療所のようなものがあった。日差しの強いオーストラリアで、白人は皮膚癌になりやすいからだ。しかし長い間この地に住むアボリジニの人たちは、何世代もを経て紫外線からの防御反応が大きい褐色の皮膚に進化しているから、皮膚癌にはなりにくい。
もうひとつ、日本人は玄関で靴を脱ぐが、オーストラリア人は脱がないで靴のまま入り込むか、または最初から靴を履かずに外を歩いている。湿気の多い日本で同じことをしたら、家中泥だらけになり、不衛生で病気にも罹りやすく、まさに「いのち」が危ない。
生物学的にも、人間の暮らし方の知恵にも、それぞれの民族や住む場所によって、違う「いのち」があるのだ。

日本人は特に「いのちを伝えていく」「いのちが繋がっていく」ということを大事にする民族だという。伊勢神宮や春日大社が外国から評価されているのは、二十年ごとに遷宮し建物を新しくしながらも、ずっと続いているからだそうだ。神社のいのちも伝えられ、繋がっているのだ。
先祖あってこその自分であり、子孫のためを考えながら生きる。それが本来の日本人であった。ところが、戦後、それが途切れてしまったと葉室氏は嘆く。

日本人というのは、当たり前のことですが、日本人のいのち、日本人の祖先の知恵で体が働いて生きているのに、戦後アメリカのいのちを持って生きようとしたから、体がおかしくなってしまった。そのために、現在のような日本人になってしまったんです。それがわからないんですね。いまはもう戦後五十年以上もたっているんだから、いま目ざめてもらって、日本人の本来のいのちで生きる。当たり前のことなんですが、それをやらなければいけないんです。

そこで「日本人の本来のいのちで生きる」とは何かが、医療や神話や経済など幅広い例を引いて書かれている。おもしろいことに、科学的な知識で説得力のあるお話をされながら、何でも科学や理屈で物事を考えるのは日本人本来の生き方ではないというのが基本的な姿勢である。
自分のために生きようと我欲をもつのは本来の日本人の生き方ではない。
病気や環境破壊を人の力で治そう、直そうとするのは本来ではない。
自然のリズムとバランスに従いなさい。
不況を日本人の知恵で克服しよう。
感謝をしよう。
言霊という言葉の力を信じよう。
一つ一つの言葉に納得し、本来の日本人である自分が目ざめていく気がする。

神道について興味がある方はもちろんのこと、
「初詣には行ったけれど神道のことはよくわからない。」と思っている日本人の貴方、
「神様にお願いしたんだけど何で思いどおりにならないんだろう?」と疑問に思っている日本人の貴方、
「神社より教会の方が素敵だわ~☆」と日本人でないいのちに憧れている日本人の貴方、
「今の日本はなぜこんなになってしまったんだ!」とお怒りの日本人の貴方、
是非この本を読んで、本来の自分や本来の日本について、気づいたり考えたりしてほしい。


※お詫び
お正月ボケか、誤字脱字とおかしな言い回しがいくつかあり、一部修正いたしました。内容は変更していません。(平成21年1月16日)

『雪女 夏の日の夢』 ラフカディオ-ハーン・作/脇 明子・訳

雪女 夏の日の夢 (岩波少年文庫 (563)) 雪女 夏の日の夢 (岩波少年文庫 (563))
ラフカディオ・ハーン、脇 明子 他 (2003/03)
岩波書店
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これは岩波少年文庫の一冊で、裏表紙には「中学生以上」とあるが、作品によっては小学校の高学年あたりから読めるだろう。私が子供の時に読んだ小泉八雲の作品集は『怪談』だけで、「怖い」という印象から八雲の作品を手に取ることはなくなり、エッセイを読む機会はなかった。
この本では、『怪談』から著名な四作品『耳なし芳一』『ムジナ』『雪女』『食人鬼』を、『日本の面影』からは『東洋の土をふんだ日』『盆踊り』『神々の集う国の都』を採り上げていて、物語とエッセイを一冊で読むことができる。また、それ以外の作品も、怪談とは一味違う不思議な物語がいくつか選ばれていて、少年文庫にふさわしいと感じるものばかりだ。

『弁天さまの情け』は、女性の書いた和歌の短冊に一目惚れ(一読惚れ?)をした若者と、その短冊を書いた女性との不思議な出会いについて書かれており、男女の情の機微を書くことにも長けている八雲の作品に触れる最初の機会として、好ましいものだと思う。

もしも歴史好きの子であれば、『果心居士の話』に織田信長や明智光秀が出てきて、その性格の違いまで描写されていることや、足利義政が大河内明神の社再建に費用を出した秘密が書かれている『鏡の乙女』をおもしろがるだろう。
『果心居士の話』には、梨木香歩さんの『家守奇譚』を読んだことのある人にも楽しめる場面がある。ラストシーンを読むと「ああ、この場面は・・・!」とはっとするのではないだろうか。

『梅津忠兵衛の話』では、なぜ「出羽の国」という名のお相撲さんがいるのかがわかる。

この本を私が読んでいると、子供がさかんに「『食人鬼』読んだ?『食人鬼?』読んだ?」と言ってくる。題名ほど恐ろしい内容ではないが、余程印象深かったようだ。食人鬼の前世はお坊さんであったが、何故食人鬼になってしまったかに「ほう、なるほど。」と納得し、また反省する食人鬼の姿に心打たれたらしい。
私の方は、『雪女』にとても日本的な結末を感じて、改めて名作であると認識した。
日本では、鬼や幽霊や妖怪にも情があり、身を引いたり反省をしさえする。その健気さに、食人鬼や雪女が愛おしく思えてしまうほどだ。
どちらも『怪談』からの作品であることに苦笑してしまった。かつて私は『怪談』がただただ怖くて小泉八雲から逃げたが、今またここに戻ってきたのだ。

『妖怪・妖精譚 小泉八雲コレクション』 ラフカディオ-ハーン・作/池田 雅之・訳

妖怪・妖精譚 小泉八雲コレクション (ちくま文庫) 妖怪・妖精譚 小泉八雲コレクション (ちくま文庫)
ラフカディオ・ハーン (2004/08/10)
筑摩書房
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子供の頃、多少は怪談なども読んでいたのに、パタリと読まなくなったのは、『耳無し芳一』の載っていた怪談集を読んでからである。夜眠れなくなってしまったのだ。それ程までに小泉八雲の書く怪談は怖かった。
最近になって、もう大人になったのだし大丈夫だろう(大人になってからずいぶん経っていますが・・・)と、この本を読んでみることにした。

『耳無し芳一』は、今読んでもやはり怖いが、こんなに味わい深い話だとは気づいていなかった。子供の頃読んだときには、まだ源平合戦のことなど知らず、それに付随して「平家蟹」のことが書かれていても、「何の事やら?」で、ただ怖さだけが頭に残ったのだろう。今は、「平家蟹のことを書くなんて、日本の自然を愛し、言い伝えを面白がる小泉八雲らしい。」と、微笑ましくさえ感じるのだ。

怖くない、それどころか笑えるような話を書いていたことも知らなかった。

『団子をなくしたおばあさん』は、底抜けに明るくて、読んでいるこちらまでおばあさんと一緒に「て、へ、へ」と笑ってしまいそうだ。そのおばあさんの鬼退治の方法ときたら、またまた笑い出さずにはいられない。
『若がえりの泉』の無邪気すぎるおばあさんには、呆れるやら気の毒やら。

このように愉快な話の中で一番好きなのは『ちんちん小袴』である。
美しいけれどだらしのない若妻が、畳の隙間に楊枝を捨てていたために、畳の妖精がたしなめたという筋だが、その妖精の姿も、たしなめ方も、実に可愛らしいのだ。小泉八雲は日本のことをしばしば「可愛らしい」と表現しており、また日本人については「いつも笑っていてあまり怒らない」と書いているので、この妖精にも日本の魂が吹き込まれているように感じる。そして、この物語の中では、日本の魂が薄れつつあることも示唆している。

この妖精が今も日本にいるかどうか、わかりません。日本に新しく入ってきた鉄道や電信柱に、妖精がおびえて逃げてしまったらしいのです。

畳の妖精は、小さな子供に教訓を与えてくれるが、もう少し大人向けのものもある。

ある博識な僧のところへ、夜な夜な普賢菩薩が象にお乗りになっていらっしゃるという。僧によれば、普段から座禅や読経に励んだおかげらしい。近くまで来た猟師は、今晩一緒に拝まぬかと誘われるが、はたしてそんなことがあるかと小僧に訊いてみると、小僧も見たという。それで夜を待つことにした。
夜になり遠くの方から小さな光が現れ、次第に近づいてきたまばゆい普賢菩薩に向かい、僧と小僧はひれ伏して念仏を唱えはじめた。しかし猟師はその菩薩を弓矢で射ってしまう。
博識で学識のある和尚さんなら仏さまを拝めるかもしれないが、殺生を生業にしている自分にまで見えたということは、本物の普賢菩薩ではなく魔物がだましているのだと、猟師は判断したのだ。
そして翌日、矢の刺さった大狸の死骸が見つかった。

 僧は博識で敬虔な人物でしたが、いともたやすくたぬきにだまされてしまったのでした。しかし猟師は、無学で仏門の修行を積んでいませんでしたが、しっかりと常識を身につけていました。そして、こうした生来の知恵こそが、危険な幻想をも即座に見破り、撃退することができたのでした。

この話の題名は『常識』である。

五十三の物語の後に、妻節子の『思い出の記』が載っていて、小泉八雲の好きだったこと嫌いだったこと、怪談を節子から八雲へ伝えてるときの様子などがわかる。
古い書物にある怪談が、節子を通じてどのように伝承され、八雲の中でどんなものと混ぜて練り直され、再話文学として新しい命を与えられたのかが垣間見られ、怪談・妖精譚をより一層楽しめるつくりになっている。

『日本の神話』 松谷 みよ子

日本の神話 日本の神話
司 修、松谷 みよ子 他 (2001/04)
のら書店
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前回紹介した『楽しい古事記』の記事にも書いたが、今の日本には古事記をあまり子供達に教えたりしたがらない人もいるようだ。信憑性がないからだとか、天皇家を神格化すると戦争に繋がるとか、そういう理由があるらしい。

松谷みよ子さんも、戦争の思い出から神話を拒否する時期があったそうだ。しかし後に日本の神話の魅力に気づき始め、現在は昔話を大切にするのと同じ気持ちで神話も大切にしようという心境に至ったそうである。

この『日本の神話』は古事記や風土記などから、比較的よく知られた神話が選ばれている。

子供向けでも、なるべく伝わってきたそのままの筋や表現を生かすというのが、神話の魅力を伝えるには大切なことだ。この本には、そうした配慮がみられ、子供だましではないものを感じる。

イザナギがイザナミの死後の姿を見てしまった場面、ヤマタノオロチの恐ろしい姿などは、どんなにおどろおどろしくても、語るに欠かせない重要な場面であり、また神話の躍動感が伝わる箇所である。自分が子供の頃に聞いたり読んだりした神話を思い出してみても、恐ろしくてドキドキした場面は鮮明に思い浮かべることが出来る。

もう一つ、昔の表現をそのまま生かしているというのも、魅力の一つだ。例えば、食べ物の神ウケモチノカミが食べ物を出すところ。

海にむかえば、さかなというさかなが、ひれのはばの広いのも、せまいのも出てきたそうな。また、山にむかえば、けものというけものが、毛の荒いものも、毛のやわらかいものも出てきた。

同じ調子の繰り返しと、反対語の対比。詩のような、歌の歌詞のような表現に出会うと、神話は元々、口承で伝えられてきたというのを実感する。

この本の中で、私が最も好きなお話は「こびとの神様」。
オオクニヌシの住む国に、小さな小人の神様スクナビコナがやってくる。仲良しになって、一緒に国造りに励む。時々は意地を張り合って

「くそをしないで、遠い道をいくのと、埴土をしょって遠い道をいくのと、どちらが遠くまでいけるだろう。」

などという馬鹿げた競争をしたりする。

しかし、このしあわせな日々は、そう長くはつづかなかった。

と、短い中にも涙あり笑いありの物語だ。あまり怖い神話は何度もは読みたくないが、このお話なら何回も読みたくなる。

こういう神話を読むと、日本の神話は、イギリスによくある妖精の物語に近いところがあると感じる。我が子は先日『パーティーの妖精たち』のシリーズ(“RAINBOW MAGIC The Party Fairies”)を読んでいた。「ケーキの妖精」「プレゼントの妖精」「音楽の妖精」・・・、パーティに関係する様々な妖精が出てくる。日本は万物に神が宿る国だ。小泉八雲の書いた畳の妖精の話『ちんちん小袴』のような、現代の神話があってもいいのになぁと思ったりする。

日本の神様たちは自分が絶対だなんて思っていない。失敗もすれば、いたずらもするし、泣いたり笑ったりもする。妖精みたいなんだよ。と言ったら、日本の子供達も、神様に興味を示してくれるだろうか。

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