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『ほんとうは「日韓併合」が韓国を救った!』 松木 國俊

ほんとうは「日韓併合」が韓国を救った!ほんとうは「日韓併合」が韓国を救った!
(2011/09/12)
松木 國俊

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豪州にワーキングホリデイで来ていた韓国人学生二人と話をしていたとき、当時中国が経済的に急成長していたこともあり、学生の一人がこう言った。
「これからはアジアの時代だ。中国や韓国、日本が手を組んで、アメリカに対抗できるようにしていくべきだ。」
そこで私は、こう言ってみた。
「それ、第二次世界大戦の時やったよね。日本と韓国は手を組んで、アメリカと戦ったよね。」
その途端、韓国人学生は言葉に詰まり、じっと私の顔を見つめ、
「えっ、その、うーん???ちょっと待って。今混乱している。」
私は、やはりそうなのかと思った。韓国の若者は、一番最近戦った相手は第二次世界大戦時の敵(!)である「日本」だと思っている、という報道を見たばかりだったのだ。
しかし、その学生は史学専攻だったので、無知のためだとは思えず、なぜそのようなことになっているのか不思議でたまらなかった。

その謎が、この本を読んで一気に解けた。韓国では、正式にそのような歴史を教えているのだ。国定中学校歴史教科書には次のように書かれているという。

「日帝が太平洋戦争を起こすと、大韓民国臨時政府は日本に宣戦布告をし、連合軍と手を結び独立戦争を展開した。光復軍は中国各地で中国軍と協力して日本軍と戦った。そればかりか、インド、ミャンマー戦線でもイギリス軍と連合して日本軍と戦った」

これには驚いた。「従軍慰安婦がいたのかいなかったか」「竹島はどこの国のものか」という個別の問題以前に、世界の常識である歴史的事実とは、全く違ったことを教えているのだ。

その時に話していた韓国人学生たちは、礼儀正しいうえに人懐こく、私たちはとても仲良くなって家族ぐるみのつきあいをした。アジア人の中でもひときわ、日本人と近い価値観も持っている。歴史認識がこんなに違わなければ、日本と韓国はもっとうまくやれるのに、と何度も思った。
この本を書かれた松木国俊氏も、いわゆる「嫌韓」の人ではない。商社で韓国に駐在していた時期があり、今も韓国語の通訳などもされているそうだ。韓国には親しみを感じていて、韓国人のご友人も多いようだ。その上でこのような本を出されたのは、韓国にとっても、正しい歴史を認めることが大事だと思っていらっしゃるからだ。

この本で正しい日韓の歴史を知ると、併合時代にも日本人と韓国人には協力的な関係が随所にあり、日本が韓国の近代化に心を砕き、金銭的にも信じられないほど多額な援助をしていることがわかる。日本政府や総督府だけでなく、民間の日本人にも韓国の発展に協力を惜しまなかった人たちがいる。
韓国が「日本が奪った」と主張する七つのもの-「国王」「主権」「土地」「国語」「姓名」「命」「資源」を、日本は実際に奪ったのか。
様々な公文書等を提示しながら、本当の歴史をわかりやすく解説してくれる。
日本では、日韓の歴史を詳しく習うわけではないから、何も知らないという人が多いと思う。しかし、そういう人も退屈せず、きちんと理解できるように書かれている。

韓国の「見栄」が歴史捏造の推進力となり、日本の「不勉強」が捏造を事実のように見せていく。特に、政治家やマスコミの不勉強は罪が大きい。この構図をなくさなければ、日韓の溝は埋まらない。
願わくば、これを中学や高校で必読書にしてほしい。韓国学生の学ぶ日韓史の量に比べて、日本はあまりに学ぶ時間が少ない。教わる内容には、韓国の教科書を引き写したようなものさえもある。これでは、事実に反することを言われても言い返せない。少なくとも政治家やマスコミ志望の学生は、是非ともこの本を読んでおいて欲しい。
また、韓流好きにせよ、嫌韓にせよ、日本には韓国が気になって仕方がないという方々が増えている。そういう皆さんにも読んでみて欲しい。韓国への理解がぐんと深まるに違いない。
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『中国人の世界乗っ取り計画』 河添恵子

中国人の世界乗っ取り計画中国人の世界乗っ取り計画
(2010/04/08)
河添恵子

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尖閣諸島の問題で、現政府の領土・領海意識の無さが露呈した。政府のさまざまな政策を見ていると、国境周辺の領土・領海に関してだけでなく、「国を乗っ取られるかもしれない」という危機感があまりにも希薄である。

「外国人観光客を増やして、経済振興に繋げよう。」
「外国人留学生を増やして、文化交流を図ろう。」
「外国人労働者を増やして、少子高齢化社会の労働力不足に備えよう。」

一見もっともらしく平和的に聞こえる政府の掲げる政策は、「国を乗っ取られる」という危険性も孕んでいる。この私の心配を「大袈裟だ。」「疑い深すぎる。」と言う方々は、ぜひこの『中国人の世界乗っ取り計画』を読んでいただきたい。

高齢化社会に備え人材確保の手段として移民を積極的に「誘致」したのはカナダ政府。
結果的に、高齢者以外は中国人しかいない街ができてしまったり、中国のバブル経済の影響でカナダ人達が家を買えなくなってしまったりしている。

イタリアやフランスでは伝統産業の企業が中国人に乗っ取られている。
イタリア製の高級ブランドが、実は中国人経営の中国人労働者がはたらく工場で作られていることも発覚した。工場によっては、材料の布などを中国から輸入し「メイドインイタリー」は「作っている場所だけがイタリア」というケースもあるそうだ。

情報化の遅れていた南太平洋の島嶼国では中国国営放送CCTVが“チャンネル9”という英語放送を提供し、中国への親近感をもたせるような情報を流す。

アフリカ諸国に投資を行い、多数の中国人労働者も派遣する。

そして、大量の中国人達が入り込んだ世界の各地域では、その金満主義やモラルの無さに辟易している。

著者の河添恵子氏が書いているが、最近の中国移民達を従来の「貧しくて不法入国してきて安い労賃で働く」という固定概念で捉えてはならないという。
お金や学歴を持って、「儲けてやろう」と積極的にやってくる層が急増しているそうだ。
つまり「乗っ取ろう」という意欲のある中国人達が世界に進出しているのである。

実は、私もそういう中国人達の姿を目の当たりにしてきた。

シドニーのヨーロッパ人が好んで住む街の一角に、本格的なフランスのパンと総菜を商う店があり、店内にはフランス語が飛び交っていて、いつも繁盛していた。ところが、ある時店員が全員中国人の女の子達に替わっていた。何があったのだろう?
しかし、これはまだわかりやすい方で、目につく店頭には白人系の店員を置き、経営は中国人という店も多い。
豪州人が自虐的に言うには、その昔、英国から豪州に渡ってきたのは囚人や貧民ばかりだったから、社会の下層の者、使われる側の者ばかり。移民にはマネージメント力があったり、お金を持ってくる人を望むのだと。これが本当かどうかわからないが、豪州には「ボス」と呼ばれる地位にある中国人がたくさんいるのは確かだ。

イタリアのある街では、主人が「何か変だ。異様な雰囲気だ。」と言い始めた。
アジア人の少ないイタリアで、その街だけは中国人だらけなのだ。イタリア人を見かけない。私たちは同じアジア人だが、西洋人がいないその街は、不自然でとても怖かった。
どの国にもある「チャイナタウン」なら中華レストランが並び観光客もたくさんいるので、中国人だけということはない。
その街は、革製品の製造所や問屋が建ち並び、部外者がほとんど訪れることのない地域だった。街の産業も住まいも全て中国人に乗っ取られていたのだ。

そのような体験をしてきたので、日本政府の意識はあまりにも「平和ぼけ」していて楽観的過ぎると感じる。
一方、中国に危機感を持っている人でも、その根本に「反日」「愛国」があるという人が多い。しかし、中国が見ているのは世界で、溢れる人口を世界中に受け入れさせようとしている。そして、中国のエリート達は、「愛国」より「愛金」。お金のためなら喜んで世界のどこへでも行く。

中国の脅威を信じない人も、よく知っている人も、一読の価値はあると思う。騙されたと思って読んでみて頂きたい。

『台湾人生』 酒井 充子

台湾人生台湾人生
(2010/04)
酒井 充子

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台湾の人たちは日本の統治に苦しめられたとか恨んでいるという声がある。
一方で、台湾の日本語世代はとても親日的だと言うことも言われている。
この二つは矛盾するようだが、どちらも本当で、この二つの思いを二つとも抱えたまま六十年以上も過ごしてきた人がたくさんいる。そして、その思いの複雑さは本人達も上手く整理して説明できない。けれども、抱えてきた思いを、現代の日本人や台湾人にどうにかして伝えたいという気持ちが、切々と伝わってくるインタビュー集である。

このインタビューは、著者がドキュメンタリー映画を撮影するために行ったもので、映画なら台湾の人たちの思いがもっと直接伝わってくるのだろう。しかし、文字で読むだけでも、胸が締め付けられるような何とも言えない気持ちになる。
日本語で話す台湾のおじいさん、おばあさん達の話は、まるで昔の失恋を、多少の恨みと、切ないような懐かしさと、今でも抑えきれずに溢れ出てくる恋心とともに語っているかのようだ。

「多少の恨み」に焦点を当てれば「日本は台湾人に酷いことをした」ということになるし、「切ないような懐かしさ」を掘り下げていくと「日本は台湾で感謝されることをした」となる。私たち現代の日本人は、そのどちらともを知り、今でも日本に熱い視線を投げかけてくる「恋心」にどうにかして応えなければならないと思う。

台湾の日本語世代の方々の複雑な思いは、インタビューからそれぞれの読者が感じ取るべきだと思うが、台湾人が日本人に抱いている「恨み」は日本への「恋心」の裏返しでもあるということは、ここに記しておきたい。
統治時代、学校では成績がよくても台湾人は表彰されなかったり、給料体系が違ったり、そういう区別や差別があったのは確かなようだ。しかし、そのことが恨みの元となっているのではない。

「今の若い人よりわたしは日本人。なんでその子を捨てたの?そして情けもないの?それがわたし一番悔しいの。台湾人のね。悔しさと懐かしさとそれから何と言いますか、もうほんとうに解けない数学なんですよ。」

「確かに僕たちは血統的には違うけど、国を思う、国を守る心は同じですよ。日本人以上の日本人だとぼくは信じておりますよ。」

「ぼくたちは日本に捨てられて、そして敵対国の支那人に押し込まれていやな国に籍を置かなきゃいけなくなっちまって。」

「わたしは日本人に対して自分の家族、兄弟みたいに思って、日本人を見たら楽しかった。ところが今の日本人は冷たいような気がする。いまはまだ先輩たちがおられるからいいんだけど、いなくなったら最後。」


つまり、私たちがこれだけ日本を思い日本に尽くしてきたのに、戦後の日本は台湾に対してずいぶん冷酷な仕打ちをすると、恨んでいるのだ。

この本を読んで、台湾の方々の思いを知ると、
日本はもっと台湾への関心を持って欲しい。
日本も台湾も、若者達が日台関係を含めた正しい歴史を知って欲しい。
日本と台湾は、兄弟のような絆を取り戻して欲しい。
日本は台湾の国際社会への復帰を応援して欲しい。
という望みの一つでも叶えて差し上げたいと思う。

私には、このように本を紹介するくらいのことしかできないが、これをきっかけに、一人でも多くの方が台湾に関心を持ってくださるよう願っている。

※これまでに紹介した台湾関係の本。
『台湾人と日本精神(リップンチェンシン)―日本人よ胸を張りなさい』 蔡 焜燦
『台湾の主張』 李 登輝
『新・ゴーマニズム宣言SPECIAL 台湾論』 小林 よしのり

※同じく日本に統治されていた朝鮮の方々へのインタビュー。台湾人の方々が、心を開いて話されている様子なのに対して、本音を言えないような雰囲気が感じられます。
『生活者の日本統治時代―なぜ「よき関係」のあったことを語らないのか』 呉 善花

『サイゴンの火焔樹―もうひとつのベトナム戦争』 牧 久

サイゴンの火焔樹―もうひとつのベトナム戦争サイゴンの火焔樹―もうひとつのベトナム戦争
(2009/05)
牧 久

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妙な言い方だが、子供の頃、ベトナム戦争は私にとって最も身近な戦争だった。新聞の文字が読めるようになった頃、紙面に表れる「戦争」の文字にはたいてい「ベトナム」という言葉が枕詞のようについていた。「べ平連」「ベトコン」などという単語も、意味もわからないまま聞き覚えていた。この頃の私のベトナム戦争に対するイメージは、「よくわからないけれどアメリカの戦争らしい」だった。

高校生か大学生になって、ベトナム戦争の本を何冊か読んだが、もともとの知識の無さと、ある時期を堺にベトナムから世界への情報がぷっつりと途絶えていたこともあって、きちんと理解したとは言い難かった。

大人になり、海外で暮らすベトナム出身者数人と知り合いになった。生粋のベトナム人だけでなく、父親が日本人だというベトナム人女性、ベトナム生まれだが中国人だという男性もいた。いずれも私と同年代の彼らは、いったいどんな人生を経て、なぜ海外で暮らしているのだろう?
特に私はベトナム生まれの中国人という存在を不思議に思った。
ベトナム戦争では、結局北が勝ち社会主義国になったのではないか。とすると、その中国人は国外に「逃げた」わけではないだろう。中国人は社会主義側の人なのだから。なぜ家族で海外に暮らしているのだろう?・・・こんな私の考えは、無知もいいところだったと『ベトナムの火焔樹』を読んだ後では、非常に恥ずかしく思う。
ベトナム戦争は「北対南」とか「ソ連対アメリカ」とか「共産主義陣営対資本主義陣営」とか、そんな単純な図式では語れないものだったのだ。

かつて日経新聞のベトナム特派員であった牧氏が先頃出されたこの本で、私の頭の中は整理され、次のようなことが印象に残った。

・「ベトコン」とアメリカと南ベトナム政府が呼んでいた解放民族戦線の人たちは、最初は「北」でもなく、「親米」でもなく、「社会主義的」でもなかった。いつのまにか「北」に乗っ取られ、利用され、捨てられた。
・「中国人華僑」は南側で商売をしていた人が多く資産を持っているので、サイゴンが陥落し社会主義国となれば、「資本家」である中国人は財産を剥奪されたり迫害されることになる。本を読む前の私のように、中国人と中国とを一緒くたにしてはならない。また同じ共産主義陣営でも、当時ソ連と中国は反目し合っていた。
・南ベトナムの人々にとっては、戦争が終わった後の徹底した共産主義化の方が遙かに過酷な日々であった。資産剥奪、思想改造・・・そしてそれは文化大革命にそっくりである。
・ボートピープルがベトナム社会主義共和国の犠牲者だという世界共通の認識はあるが、それ以外のさまざまな犠牲者についてはあまり知られていない。
・ベトナム戦争には第二次世界大戦後もベトナムに残った元日本兵も関わりが深かったという推測も書かれていて、フランスによる統治まで遡り、また大川周明の名前まで出てくる、その歴史的な流れは非常に興味深い。

これらのことが、当時の新聞記事と、戦後だいぶ経ってから公開された情報や、牧氏が最近になって個人的に体験したことや取材したことを交互に並べて、とても分かりやすく書かれている。
個人的な体験の部分は、よくぞここまでと感心してしまうほど、牧氏にとってはあまり嬉しくないだろうことまで明らかにされている。その象徴的なものが、本書の最初に置かれた口絵である。かつての助手兼通訳であったベトナム人チャン・バン・トアン氏が、牧氏に贈った絵である。ボートピープルとなってオーストラリアに渡り、画家となったトアン氏の描いたこの絵の題名には、牧氏の名前が付けられている。牧氏はこれを見て、かなり苦しまれたのではないかと思う。その理由は、本書を読んでいただきたい。このような個人的なことまで公にして、ベトナム戦争の真実を明らかにしようとする牧氏の姿勢には心を打たれる。

最近はインターネットの普及により、「情報は早い程良い。」というような風潮があるが、過去のことを振り返って、今しかできない視点でじっくりと捉え直すということに高い価値がある場合もあるのだと、改めて気づかされた。


※こちらも読みやすい本です。ベトナム料理の記述も多く、学生の頃は、そんなところにばかり気をとられていたような覚えがあります。
牧氏の本の中で、近藤氏はフランス語が堪能な記者として登場します。
 


※こちらは誰にでも読みやすいとは言えませんが、ベトナム戦争を詳細にわたって報告している重厚な本です。当時、毎日新聞を購読していた我が家では、既に古森記者から送られてくる記事をリアルタイムで読んでいましたが、父はこの本が出版されるとすぐに購入して読んでいました。古森記者のベトナム報道に信頼を寄せていたからです。
牧氏の本の中でも、古森氏の辣腕ぶりが垣間見られます。



※牧氏はこの他のジャーナリストについても、いくつかの出来事を書かれています。
本多勝一氏と日本の某党機関誌の記者が北から取材にやって来て、牧氏と言葉を交わす場面は、ジャーナリストのあるべき姿を問う、貴重な記録だと思います。


『ダライ・ラマ平和を語る』 ルイーゼ・リンザー

ダライ・ラマ平和を語るダライ・ラマ平和を語る
(2000/04)
ルイーゼ リンザー

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著者のルイーゼ・リンザーは、ナチスに抵抗して死刑判決を受けたことのあるドイツの女流作家。カトリック信者であると共に、文中からは社会主義、共産主義へ幾ばくかの期待を抱いている人物であることがわかる。そのルイーゼ・リンザーが、一週間にわたってダライ・ラマ14世と対話をした記録が本書である。

著者自身は、ダライ・ラマ14世とは前世でも関わりがあったのではないかと書いているほど、ダライ・ラマに惹きつけられ共感を覚えている様子だが、私にはむしろ、宗教も思想もダライ・ラマとは全く異なる立場であることが、対話の内容を興味深いものにしていると感じられた。

例えば、著者は共産主義に関して同情的なニュアンスを込めてこう質問する。

私の質問-当初の理念を実現するために十分な時間を共産主義に与えなかっただけなのではないでしょうか。共産主義を野蛮で闘争的にさせたのは、西側諸国のほとんど全体の抵抗だったのではないでしょうか?イエスという平和創造者の意志に反してキリスト教徒に武器を取らせたのは、「異教的」ローマ人によって奴隷化されていた地中海世界の抵抗だったのではないでしょうか?世界の何ものも不変のままではありません。中国の共産主義も変化することでしょう。キリスト教も変化しつつあります。チベットも変化するのでしょうか?

それに対する答えは、驚くほどキッパリとしている。

ダライ・ラマ-確実に変化します。しかし、中国人の圧倒的な圧力を受けても、チベットは共産主義にはなりません。仏教は個々人を尊重します。マルクス主義があまりに権威的であるのは、チベット人にとってばかりではありません。マルクス主義は、すべての人間の基本的な権利を擁護する、と主張していますが、その反対のことをやっています。人間から、自分の頭で考えるという基本的な権利を奪っているのです。

「個々人を尊重します。」という仏教の基本的な考えとマルクス主義とは相容れないことを断言しているのだ。前回紹介した『思いやり』という本の中で、ダライ・ラマは「絶対的なものなど存在しない」「違う考えを受け入れる」と語っているが、それもマルクス主義への批判を込めていたのかもしれない。また深読みに過ぎるかもしれないが、一神教のことも念頭に置いているのではないか、とも感じた。世界の紛争は、マルクス主義か一神教のどちらかが絡んでいることが多く、そして、どちらも絶対的なものの存在に肯定的であるからだ。

ルイーゼ・リンザーは、この対話の目的を「具体的・政治的な会話をするため」だとしている。そのため、さまざまな具体的・政治的な質問を繰り出し、ダライ・ラマから興味深い答えを引き出している。

我が国の政府はあまりはっきりと言うことのない国連の民主性への疑問も、次のように単刀直入に語っている。

そこには拒否権の問題があります。五つの国がいつでも優遇されています。五大国です。国連が一つの決議を行おうとすると、そのためには三分の二以上の多数の賛成、つまり約一五〇の加盟国のイエスかノーを必要とします。そのような多数が形成されないと、大国の拒否権に対しては何もすることができません。これではどこに民主主義があるというのでしょうか?

チベットへの弾圧を国連が解決してくれることは全く期待できない。弾圧している国が拒否権を持っているのだから。

ダライ・ラマ14世は、このように現代社会を洞察し分析する政治家としての目を持っている。では次のような挑発的な(?)質問には、どのように答えるのだろうか。

 中国人は彼と彼の民族を追放したのではなかったか?彼らは彼女たちを、尼僧までをも強姦し、子供たちを殺さなかったか?彼らは非常に古い仏教の礼拝所を破壊しなかったか?彼らはたえず脅かす危険ではないのか?彼らは憎むべき存在ではないのか?いいえ、彼らもまた私たちと同じように心の中に仏性を持っているのです、とダライ・ラマは言います。
 しかし、中国人側ではなぜチベット人を憎むのでしょう?
 彼らは私たちを憎んでなどいません。彼らは指導者達の煽動的なプロパガンダに踊らされているだけです。
それでは、これらの指導者は憎むべき存在ですか?
 彼らもそうではありません。彼らも仏性を持っているからです。
 しかし、彼らを憎まないということは、人間には無理なことです。誰がそんなことをできますか?
 誰でもできます!自他平等視の秘密を知る者は誰でもできます。
 どうやって?
 敵の立場に自分を置いてごらんなさい。私たちの場合は中国人の立場です。彼らは本当に私たちチベット人を害そうとしているのでしょうか?もともと彼らは、自分たち自身の民族を豊かにすることによって、自民族に善を施そうとしたのです。そして、チベットの僧院封建主義に対する闘争を通じて東洋的世界を共産主義に変えることによって、政治的にポジティブな影響をつくりだそうとしたのです。彼らの動機を理解すれば、彼らを憎むことはできませんし、彼らの暴力行為に暴力行為で応えることはできません。暴力に対し暴力で応える者は、世界の中に暴力の連鎖を存続させます。それでは決して平和は生まれません。しかし、いかなる復讐もいかなる暴力も断念する者は、新たな世界、平和の世界をつくり出すのです。ただ自他平等視によってのみ私たちは慈悲の心に到達し、ただ慈悲心によってのみ平和へといたるのです。


ここでの答えは、完全にチベット仏教の法皇としてのものである。世界情勢をどのように分析していても、その行動規範は仏教に基づくというのが、ダライ・ラマ14世の外交姿勢なのだろう。チベット仏教の頂点に立つ立場として、仏教の教えに反する行動は起こせない。自らが仏教の理想像となることで、チベットの求心力になり、チベットの団結を促し、チベットの消滅を防いでいるのではないだろうか。
著者の言うように、

仏教の導入以来、チベットでは世俗的・政治的指導性と宗教的最高指導性は、いつの時もただ一人の男性の手にあり、それがダライ・ラマだったのです。

というダライ・ラマの役割は、独立を保っていた時にはごく自然に何の問題もなく果たされていたのだろうが、異なる考えをもつ他国に翻弄される今日では、高度な指導性が求められる。15才の時からこの最高指導者の役割を果たしてきたダライ・ラマ14世を、著者は「どれほど多面的で多彩であるか」と表現する。
ジャーナリストの記事とは違って、全般的に構成や文面にややわかりにくいところがあるが、多面的で多彩なダライ・ラマの魅力がよくわかる内容となっている。

Appendix

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